インスティンクト
少し昔の話。
「識別個体、シュヴェーアトか」
任務先にいたのは、最強格の個体。
「レヒツ無しだと厳しいな」
視線を落とす。
――今は、いない。
「……少し前ならな」
短く息を吐く。
「インスティンクト」
空気が沈む。
思考が静かに途切れ、感覚だけが残る。
「さて、殺すか」
シュヴェーアトの身体が霧に崩れる。
同時に、空間に剣が生まれる。
「そこだな」
生成された瞬間、叩き潰す。
迷いがない。
悲鳴が漏れる。
次の剣も、その次も。
現れた瞬間に壊される。
一つも外さない。
「……効いてるな」
「身体だけじゃない」
一歩、踏み込む。
「精神ごと、触れてる」
黒崎はわずかに目を細める。
「形だけ変えても、意味ねぇよ」
一歩、踏み込む。
何もない空間に手を伸ばす。
――“そこにある何か”を掴む。
悲鳴が歪む。
握る。
そのまま、叩き潰す。
霧の奥が、明確に揺れた。
「そこにいるのは見えてる」
視線がずれない。
「霧の中でも、本体は逃げきれてない」
さらに踏み込む。
削る。
確実に、内側を壊していく。
このまま押し切れる――
はずだった。
風が吹く。
霧が一気に拡散する。
「……チッ」
黒崎は舌打ちする。
気配が遠ざかる。
「逃げたか。運がいいな、お前」
静寂が戻る。
黒崎は自分の腕を見る。
「……げ」
袖口から覗く毛並み。
明らかに、人のそれではない。
「やっぱこれ嫌だな」
軽くため息をつく。
「レヒツみたいになるんだよなぁ……」
指で撫でる。
ざらついた感触。
「帰ったら剃るか」
空気が、ゆっくりと元に戻っていく。




