接触
「……やっぱりさぁ、誰か私を狙ってるよね」
紫苑が小さく呟く。
散歩の途中。
視線の先には、三体のゲヒュール。
しかも――前より明らかに強い。
「ねぇ、私のワンちゃんになってよ」
静かに言う。
沈黙。
「この前からおかしいと思ってたんだよねぇ。ゲヒュールが私に敵対するなんて」
一歩、距離を詰める。
「しかも今回は“本気で魅了”したのに効かないし」
わずかに目を細める。
「強いのは認めるけど……私の魅了を弾けるほどじゃない」
結論は一つ。
「――別の突然変異体に躾けられてる個体、か」
影が揺れる。
「ポチだけでいいや。手駒は減らしたくないし」
黒い影から、ポチが現れる。
「殺さないで。動けないようにして」
次の瞬間。
ポチの身体が霧のように崩れた。
空間に、剣が生まれる。
斬撃。
一体が避け、紫苑へと飛び込む。
だが――
その軌道に、すでに剣があった。
防がれ、同時に斬られる。
「ポチ、ハウス」
霧が収束し、影へと沈む。
「はい、捕獲」
紫苑は瀕死の三体を抱き寄せる。
「私の目を見て、言葉を聞いて」
やわらかく囁く。
「今から君たちは私のワンちゃん。いいなら――頷いて」
抵抗。
逃れようとする。
「大丈夫。抱きしめられて、嬉しいでしょ?」
声が少しだけ甘くなる。
「目、離せないでしょ。素直になっていいよ」
わずかな間。
やがて三体は、ゆっくりと頷いた。
「……よし」
紫苑は微笑む。
「私の影に入って」
三体はそのまま、影へと沈んだ。
「今のでやっと……ワンちゃんにできた。どういう事?」
違和感が残る。
その時。
「やぁ、一人?」
声。
「お兄さん、誰?」
紫苑は振り向く。
「君の親御さんの知り合いだよ」
「へぇ。ゲヒュール仕向けてくるヤバい知り合いが、パパとママにいたんだ」
軽く笑う。
「……同じ匂いがする」
目が細くなる。
「突然変異体のフェロモン」
一歩も動かない。
(この距離、まずい)
(私自身はただの人間と変わらない)
(ポチも、ワンちゃんたちも……出したら奪われる可能性がある)
考えろ。
「警戒してるね」
「そりゃね」
沈黙が落ちる。
――次の瞬間。
「ワンちゃんたち。全員、全速力で空へ」
影が弾けた。
無数のゲヒュールが空へと放たれる。
「……何をしてるんだ?」
「おまわりさん呼ぼうかなって」
「は?」
その直後。
「よぉ、ヤクモ。二十年振りじゃん」
横から衝撃。
ヤクモの身体が吹き飛ぶ。
「おじさん!!」
紫苑の声が弾む。
「紫苑ちゃん、大きくなったな」
現れたのは黒崎迅。
空気が一変する。
「……君が私を倒せるとは思えないけどね。人狼は付いてないんだろう?」
ヤクモが立ち上がる。
「紫苑と同じ状況だよ」
黒崎は一歩踏み込む。
「この距離なら――関係ない、だろ」
至近距離。
純粋な身体能力の領域。
「チッ……分かってやがる」
ヤクモが舌打ちする。
「今日は逃げるよ」
影が揺れる。
「追えば、その子は守れない」
ゲヒュールが放たれる。
黒崎は即座に動く。
全てを倒す。
だが――
終わった時には、ヤクモの姿はなかった。




