朝霧理央の実力
朱音が口元を押さえながら、わざとらしく笑いを噛み殺す。
「朝霧さん、傷付いてないか心配で話したんでしょ?」
「……それが?」
「もしかして、あの一言で惚れたの?チョロ」
「惚れてない」
間を置かず、フクスが鼻を鳴らす。
「いや、この匂いは惚れてるな」
「惚れてないって言ってんだろ」
朱音がわざと声色を変える。
「“私は捨てない。ずっと君の味方だよ。安心していい”——」
言い終わる前に、黒崎が顔をしかめる。
「……ウッザ」
「付き合っちゃいなよ」
「なんでそうなる」
「だって朝霧さん、黒崎のこと好きじゃん」
「だから惚れてない」
「強がり強がり」
朱音は肩をすくめて、わざと軽く言う。
「レヒツはさ、虐待されて捨てられた犬みたいなもんでしょ?」
一瞬だけ、空気が鈍る。
「……その認識はどうなんだろうな」
「合ってるんでしょ?だからあの言葉、刺さった」
黒崎は少しだけ視線を逸らす。
「……まぁ、思うところがあったのは認める」
「ほらね」
朱音が楽しそうに笑う。
「てか朝霧さんやば。黒崎を惚れさせるとか普通できないよ。心読めるの、伊達じゃないね」
「だから惚れてない」
フクスがくつくつと笑う。
「あれは面白いな」
「未来見たの?」
「今は言わない」
「後で教えてよ」
黒崎が立ち上がる。
「……もういい。仕事行ってくる」
背を向けたまま、足早に去る。
朱音がニヤける。
「気まずくて逃げたな。それで?」
「同棲するな。家だと懐く」
「は?」
「無言で擦り寄る。ついて回る。犬だな」
「——マジで?」
「マジだ」
朱音は一瞬固まってから、吹き出す。
「よし、朝霧さんに報告」
──一週間後。
「朝霧さん、攻略できた?あの堅物」
「ああ、うん。簡単だったよ」
さらっと返されて、朱音が目を丸くする。
「え、マジ?」
「家だと何も言わないけど、ずっと近くにいるよ。擦り寄ってくるし、可愛い」
「……っ、ちょ、待って」
笑いを堪えきれず、むせる。
「ゴホッ……あの黒崎が?」
「なんの話してる」
背後から声。
振り向くと、黒崎。
「ガールズトークだよー、迅くん」
「……迅くん?」
「仕事の準備してくれ」
「はいはい、行こっか」
朝霧は軽く手を振って、そのまま黒崎と並ぶ。
二人が離れていく。
少しの沈黙。
朱音がぽつりと呟く。
「……チョロ」
フクスが小さく笑う。
「違うな」
「ん?」
「相手が悪すぎるだけだ」




