99 略式軍事法廷
将軍の丘 第91歩兵師団司令部
第91歩兵師団長 ホーフェンベルグ中将
「どうかね、決心はついたかね?」
「・・・しかし、閣下・・・やはり・・・」
「残りの人生をあの部屋で過ごす、と?」
「それは・・・」
目の前で椅子に腰掛けている男は、両手を膝の上で握りしめたまま俯いた。
「無論、君がやった事についての責任は取って貰う。要はその後だよ、君の時間はまだ残されているし、我々には君の経験と能力が必要になる時がくる。いや、もうすでに必要なのだ」
「そうなのですか・・・」
私は机に肘をついて両手を組んだ。
「君にも色々と見せたはずだぞ、まだ信じられないのかね? 夢を見ているのは我々の方だと?」
「それは、理解しておりますが・・・」
先日、私に向けていた敵意に満ちた眼は、今は弱り切って目じりが下がっていた。
「軍規に定められた形式とは全く異なるが、現状ではこれしか執り得る方法が無い為、この形式で略式の軍事法廷として判決を下す。ゲオルク・ガーゲルン海軍法務大佐、君は反逆罪の咎で、軍籍をはく奪のうえ不名誉除隊だ。そして、只今をもって三等軍属として採用する」
「本来なら銃殺なのでは・・・」
彼はそう言いながら、壁際で黙ったまま立っている陸軍と海軍の憲兵将校へ視線を向けた。
「現在我々が置かれている状況の特殊性を鑑み、だよ。ガーゲルン“元”法務大佐」
私が最後の部分で語気を強めて言うと、
「・・・承知いたしました、師団長閣下。ご命のままに」カツン!
椅子から立ち上がって直立不動を執った彼に満足すると、用意していた命令書を差し出した。
「早速だが、君には軍政司令部で働いてもらう。司令官はヴァグナー中佐だ」「はい、閣下」
「それから、リンケンバッハ軍曹には君付の補佐官として、人事発令をしているので一緒に出頭したまえ」
「あ・・ありがとうございます、閣下」
ガーゲルン元法務大佐改めガーゲルン三等軍属は、驚きと共に両眼に涙をにじませて一礼した。
リンケンバッハ軍曹とは、ガーゲルン法務大佐と一緒に拘束された下士官で、一足先に釈放して大佐のことを色々と聞き出していたのだ。
ガーゲルン元法務大佐は大学で法律を学んだ後、弁護士として働いていたところを海軍に召集されて法務将校になった。大学在学中に単位を稼ぐ目的で予備将校制度に登録していたためだが、自分で考えていた人生とは少しずれたとしても、祖国の為ならばと受け入れたそうだ。そして順調に昇進を重ね、幼なじみの許嫁と結婚して、子宝にも恵まれた。だが、大佐に昇進した頃から何かがおかしくなってきた。まず戦地に出ている間に、病気療養中だった細君が治療の甲斐もなく亡くなった。彼は任地を離れることができず、最期を看取ることも、葬儀に出ることも叶わなかった。それからしばらくして、結婚して嫁いでいた娘が待望の初孫の出産を迎えた時、彼は帰休休暇を申請したが認められなかった。そして、彼の娘は女の子を出産したが死産だった。さらに娘も産後の肥立ちが悪く、子供の後を追うように3日後亡くなってしまった。その事を婿からの手紙で知らされた時、彼はすっかり変わってしまった。彼は大佐という階級を憎み、海軍を憎み、帝国軍を憎むようになった。
「ガーゲルン大佐殿は全てを裁こうとしているかのようでした」
リンケンバッハ軍曹はそう言った。彼はガーゲルン三等軍属が少佐に任官した時から書記兼従兵として付き従っていて、友人と言って良い関係になっていたが、何も言えなかったそうだ。
「大佐殿が変わってしまったとしても、誰がそれを非難できるのでしょうか」
私に向かってはっきりとそう言ったリンケンバッハ軍曹に、私は何も言えなかった。
リンケンバッハ軍曹から聞き出した話を踏まえて、陸軍憲兵隊のシュルツ少尉と海軍憲兵隊のリンデン少尉と協議した結果、“現在我々が置かれている状況の特殊性を鑑み”たうえで審判を下すことにしたのだ。
「同情すべき余地はある。そのうえ彼は法律の専門家だ、必ず役に立つだろう」
「自分は適切な処置だと判断します」
「自分もであります。その旨を小隊日誌に記録しておきます」
立会人として同席していた、シュルツ少尉とリンデン少尉がそれぞれの所感を述べた。
「ありがとう」
私は2人に向かって頷いた。被告と同じ海軍の憲兵将校であるリンデン少尉が私の処置に同意し、それを公式に記録すると明言してくれた事は正直有り難かった。元の世界に戻ったときに、私の独断による越権行為と言われずに済むからだ。
(すっかり別人のようだった。今後は、馬鹿な真似はしないだろう。ここで彼を癒やせる何かが見つかるといいのだがな)
そう思わずにはいられなかった。
ルアブロン 中央街区
楡屋敷
第709野戦警察中隊 中隊長 コールローザー警察大尉
正常化作戦の司令部に当てられた2階の一室を覗くと、記録係に任命された警察官達が忙しなくペンを走らせていた。
「進捗はどうだ?」
私は部屋の隅に置かれた机に難しい顔で向かっていた、グレスマン中尉に近づいた。
「大尉殿。概ねですが、3割ほど終わったかと」
「2日で3割か、順調だな」
「はい、やはり最初の手入れが良かったと思います。報告では、抵抗は皆無との事です」
「ルールが変わったことを告げる鐘として最適だったな。それで、住民の様子はどうなんだ? 面倒な事になりそうか?」
私は一番気にしている事を聞いてみた。犯罪組織を壊滅させたのだから、住民感情は悪くないと思われるが、組織が住民に利益を提供している場合もあるからだった。
「今のところ悪くありません。みかじめ料を取られていたり、無理な取引を強要されたりしていたらしいので、歓迎ムードではあります。あくまで今のところ、ですが」
「それなら良いんだが、何か問題はあるか?」
「・・・それが、年齢が分からない者が多くいまして・・・」
「なに?」
「その、我々とほぼ同じ源人族の者は答えられるのですが、それ以外の亜人と呼ばれる種族、ドワーフとかノームとかいう種族の連中は殆ど気にしていないとのことです」
「そう言えば、長生きするんだったな。300年くらいだったか?」
「はい、事前に提供された情報ではそのような話でした」
グレスマン中尉はそう言って軽く肩をすくめた。
「職業はどうなんだ?」
「それも情報のとおりです。東街区に居住している亜人種はドワーフとノームだけ。ドワーフは武器や工具など鉄製品の生産や加工に従事していて、ノームは装飾品などの細かい金属加工や家具、食器などの木工製品の生産に従事しています。もちろん源人族の職人もいますが、亜人種が多数を占めています」
「ふむ、亜人達の方が技術は上と言う事か」
「そのようです。固有のスキルという技術を持っているからだそうです」
「ブリンクマン大佐殿のお考えでは、彼等を我が軍の生産拠点として稼働させたいそうだ。ここの源人族達は亜人達を差別しているそうだが、我々はそのような事が無いように徹底しなければな」
「はい。衛士隊と軋轢が生じない程度にですが、注意させています」
私はグレスマン中尉の配慮に満足して頷いた。
(作戦終了までは衛士隊の協力が必要だからな、その後は我々のやり方だ。亜人達が我々になびくようにもっていく)
「それから、登録を終えた住民から苦情と言いますか、申し入れがあったそうです」
「なんだ?」
「原材料、木材や鉄などの搬入のために東門を開けて欲しいと」
「ああ、それはそうだな。だが、住民登録が終わるまでは我慢して貰おう。終了次第、元に戻す。そのように布告してくれ」
「了解しました、大尉殿」カツン!
「逮捕した連中はどうだ?」
「指定された施設に収容しています。管理を依頼している、アルタミエフ殿からは何もありません」
今までに逮捕した犯罪者達は、先に潰した商会が使っていた奴隷用の施設に収容していた。彼等は審問にかけるまでもなく、犯罪奴隷となる事が確定している。
(確か逮捕したのは45名で、収容したのは42名だったか。最低限の待遇で労働するためだけに生かされる、この辺は元の世界よりも合理的だな。犯罪者を刑務所に入れて、税金で食わせて反省させるなど馬鹿げた話だ)
思わぬところで不満が解消できたことを密かに喜んでいると、グレスマン中尉が申し訳なさそうに口を開いた。
「大尉殿、未確認ですが良くない情報がひとつ」
「ん? 良くない知らせ?」
「はい。実は登録を終えた住民から得た情報なのですが」
グレスマン中尉はそう言って、1枚の書類を手に取った。
「東街区の北側に存在する貧民街についてです」
「ああ、手間が掛かるやつだな。定まった家族や仕事が無い者は、東兵営に移送して仕分け、その後は就職の斡旋と新規開拓地へ入植させる計画だったな」
「はい。その貧民街で問題が発生しているそうです」
「どういうことだ?」
「例の犯罪組織が原因です。奴らがどこかで集めてきた浮浪者や難民のような者を、あのトンネルを使って市内に入れて、人夫出しをしていたらしいのです」
「それで賃金をピンハネしていたのか。悪い野郎ってのは、どこに居ても同じ事を考えるんだな。それで?」
私は思わず腕を組んでしまった。ピンハネと言うよりは搾取と言っていいやり方だったに違いない。
「組織が壊滅して縛りが無くなった人夫達が、仕事先から逃げ出しているそうです。どうやら我々の浄化作戦によって捕まると、犯罪奴隷に落とされるという噂が広がっていて、貧民街へ逃げ込んでいるとの事です」
「なんだと?」
つい今まで、上手くいっていると思っていたのに、いきなり大トラブルの前触れを告げられてしまった。
「なんてこった、逃げ出した人数は把握できているのか? ・・・待てよ、それじゃ逮捕者の中にも、その連れて来られた連中が混じっている可能性があるってことか」
「はい、選別し直す必要があるかもしれません。逃げ出した人数は、100人ぐらいとしか分かっていません」
グレスマン中尉が書類に目を落として答えた。未確認とはいえ、この状況で市民から提供された情報だけに、単なる噂話の類いではなさそうだった。
「辺境伯家の話では貧民街の居住者は300から400という話だったから、3割増しというところか」
「はい。この話には続きがありまして、元からいた貧民が今回逃げ込んだ連中に反発していて、いざこざが起きているらしいのです」
私は頭を抱えたくなってしまった。
「それで暴動でも起きたら一大事だぞ」
グレスマン中尉も渋い表情で頷いた。
「はい、大尉殿。そうなる前に、貧民街に手を打つべきかと」
「そうだな、装甲車を街頭に出して威力現示と、広報活動も実施しよう」
「はい、犯罪奴隷に落ちるという噂を打ち消します」
「それをなんとかしないとな。閉鎖線は今まで通り、住民登録が終了した区画から順次移動させる。貧民街から終了した区画に潜り込まれないように、警戒を強化させろ。それから・・・」
私はしばし考えて
「貧民街の情報がもっと必要だな。貧民街の内情に詳しい者を探して情報を集めるんだ。案内できる協力者も欲しい。逮捕者の中からも使えそうな奴を選び出して使うんだ。師団司令部に兵力の増強を打診しておく」
「了解しました、大尉殿」カツン!
(やれやれ、今後の統治に辺境伯爵家が口を挟む余地を与えないように、作戦は我が軍だけで成功させないといかん。予想はしていたが、そう簡単にはいかないか。さて・・・)
私は新たに生じた問題について、今後の推移を予想しながら対処方法を考えなければならなかった。




