96 見せしめ
ルアブロン 中央街区
楡屋敷
第709野戦警察中隊 中隊長 コールローザー警察大尉
会議から2日目、我々は辺境伯爵家からの増援を得て、東街区正常化作戦を開始した。ブリンクマン特別司令部から与えられた、作戦の秘匿名称は“緑の場合”。
まず、東街区内の各所に通告文と新法令を掲示して告知、新法令は即刻施行された。同時に東街区を囲む城壁とその周辺において、徹底的に捜索を実施した。その結果、城壁そのものに異常は見つからなかったが、城壁から外側へ200メートル程離れた小さな森の中に、何者かが掘ったトンネルの出入り口を計3カ所発見したため障害物を設置して封鎖した。次に東門を完全に封鎖して、東街区を囲む城壁上に障害物と監視要員を配置した。そして東街区全体に日没から翌日の出までの夜間外出禁止令を発令した。
東街区と中央街区を結ぶ唯一の橋には検問所を設置し、橋を通行しようとする全ての人と馬車に対して検査を実施した。禁制品を所持している者はその場で逮捕。通行の目的がはっきりしない者は身柄を拘束して、正当な身元引受人に引き渡せる場合のみ釈放する。
この措置を開始した初日、荷馬車の積荷を明らかにする事を拒否して抵抗した男3名のうち2名を射殺、1名を逮捕した。積荷は密造酒と思われる酒類が入った大樽が4個と、生きたまま箱詰めにされていた10歳前後の子供2人だった。
「初日からこれか、やり甲斐があるな。子供達はどうした?」
日没後、中隊本部で報告書を読んでいて溜息がでた。
「保護しています。誘拐されたのか、口減らしで売られたのか詳細は不明です」
答えたのは中隊本部を統括するグレスマン中尉だった。
「逮捕した奴は何か喋ったか? 所持品はどうだ?」
「いえ、なにも。所持品もナイフとパイプだけです」
「喋らせろ。どうせ下っ端だ、死んでも構わん」
「宜しいのですか?」
グレスマン中尉は驚いた様子も無く尋ねてきた。
「ここには判事も検事も弁護士もいない。ここは戦場だぞ、中尉」
「了解しました。尋問しておきます、大尉殿」
「任せる。会場の手配はどうだ?」
「街区で一番大きい酒場を接収しました。広さは充分です」
「主への補填は大丈夫なんだな?」
「問題ありません、快諾を得ています」
「よろしい、明日から住民の登録を始めるぞ」
「はい、大尉殿」
翌日、私は装甲車2輛と特別支援分隊を加えた第2小隊と、ルアブロン衛士隊からの応援部隊と共に東街区の東側へ向かった。昨日の尋問の結果、犯罪組織のアジトの場所が判明したのだ。この為、急遽予定を変更して掃討作戦を実施する事に決定した。
目的の場所は東側の城壁に近い一画で、一区画まるごとアジトになっているとの事だった。その区画を包囲して関係が無いと判断された住民を退去させた後、装甲車と盾を構えた衛士を前衛としてアジトへ向かって進みながら付近の建物を捜索していく。ドアを開けさせ、あるいは蹴破り、中を捜索して無抵抗の者は両手を頭の上に載せたまま、抵抗する者は叩きのめすか射殺して戸外に連れ出して、一纏めにして監視を付けられた。
区画の殆どを掃討し、城壁の直近にある一画を残すところまできた時、街路に面した建物から弓矢を射かけてきた。2,3本の矢が装甲車の車体や盾に跳ね返って、石畳の街路上に散らばった。後方で状況を確認していた観測員が、射かけてきた窓を特定して無線で装甲車に伝えると、装甲車の砲塔がやや右へ旋回して25ミリ機関砲の砲身が射角を上げる。そして空気を震わす射撃音とほぼ同時に右側の建物2階の窓枠が粉砕された。2発目は同じ窓の右側の壁に命中して、壁を綺麗に吹き飛ばした。すると今度は左側の建物から矢が飛んできて装甲車に当たった、今度は幾人もの隊員が見ていたので、小銃の射撃が始まった。断続的な銃声が発生して窓枠に命中すれば木片が飛び散り、壁に命中すれば漆喰の破片が埃のように舞い散った。そこに軽機関銃が加わり、窓枠と鎧戸がズタズタになった。
「撃ち方やめ!」
分隊長である警察軍曹が怒鳴ると、銃声は止んだ。続いて衛士隊の盾持ちが前進し、大きな声で告げた。
「抵抗しない者は殺さない!大人しく出てこい!」
すると、返事が返ってきた。
「うるせぇ! そんな戯れ言信じる奴なんかいねぇよ! とっとと失せろ!」
第2小隊長のラウター少尉が衛士隊の応援部隊長と顔を見合わせると、隊長は肩をすくめてみせた。ラウター少尉が側に控えている無線手に何事かを伝えると、少しして装甲車の影から隊員が顔を出し、右側に建っている酒場のような建物の扉に向かって柄付手榴弾を投擲した。遠心力によってくるくると回りながら飛んでいった手榴弾は、扉の前に着地して転がると爆発した。扉や壁の破片が飛び散り、大量の埃が舞い上がっているところへもう1発が投擲され、扉にさらなる破損が生じた。その扉の前までもう1台の装甲車が前進して建物の前に停車すると、砲塔を建物に向けて機銃を掃射し始めた。射撃が止むと、1個分隊が前進して中へと侵入した。
この作戦を実施するにあたり、第2小隊は全員を拳銃か短機関銃で武装させ、さらに工兵大隊から火炎放射器班と爆破班から成る、特別支援分隊の増援を得ていた。
建物の中から銃声が聞こえてくると、さらに1個分隊が火炎放射器班と共に入り口付近で待機した。本来なら住宅密集地で火炎放射器の使用は控えるべきだが、相手が犯罪組織だけに隊員の安全と根絶を最優先するため使用に踏み切ったのだ。
(出番が無ければいいが)
ラウター少尉以下の第2小隊本部の後ろで、建物の中に入っていく火炎放射器班を見守っていた。そこへ建物の中から爆発音が響いてきて、突入班が手榴弾を使用した事が分かった。
(あくまで抵抗するつもりか。捕虜は多すぎるのも困るが、少なすぎるのも困る。安全な所にいて最後まで残っていた奴が重要なんだが、雑魚は雑魚で使い道があるからな)
それから1時間20分後、ラウター少尉から一帯を制圧した報告を受けた。
「予想したとおり地下室があり、中にトンネルの出入り口が隠されていました」
尋問の結果を信じたのは、城外で発見されたトンネルの出入り口とアジトと特定された場所が直線で結ばれていたからだった。
「トンネルに手榴弾と火炎放射器を使用した結果、中にいた生き残り18名が降伏したので逮捕しました。現在、残党の数と残り2カ所のトンネルについて尋問中です」
淡々と報告するラウター少尉の向こう側では、野戦警察官と衛士が合同で尋問を行っていた。両手を後ろで縛られた男は素直ではないらしく、野戦警察官と衛士は合同で停車している装甲車の側面に男の頭を叩き付けていた。
昨日、橋の検問所で起こった事件については、中隊と衛士隊に周知されており、皆が大変怒っていた。
(子供を物扱いする奴らには、古今東西を問わず敵意が生じやすい。その上に矢を射かけられたのだから、優しく扱われる理由はないな)
顔面が血塗れになった男が路上に放り出されると、縛られて座らされている中から次の男が選ばれて、装甲車の横に立たされた。
「尋問が終わったら、連中にトンネルの中にある死体の回収と埋め戻しをさせるから、数を減らし過ぎないようにしてくれ」
「はい、大尉殿」カツン!
ちょうど我々の後方に馬車が1台到着し、荷台から重そうな麻袋を降ろし始めた。
「手枷と足枷だろう、万事計画通りだ。あとは周辺家屋の検索だな」
「はい、すでに第3分隊が始めています」
「よろしい、少尉。これは良い見せしめになるだろう、徹底的にやるんだ」
「はい、大尉殿」カツン!
その後の尋問と検索の結果、残り2本のトンネルのうち1本は途中で崩れたた為に放棄されたものだと分かった。もう1本のトンネルは街路を挟んだ反対側の建物の地下において発見され、中に隠れていた19名を逮捕した。その他の建物内を捜索したところ、合計で11名を発見し抵抗した3名を射殺、8名を逮捕した他、拉致されたと思われる身元不明の男女9名を保護、盗品と思われる財貨を含む貴金属及び酒類等の大量の隠匿物資を発見して押収した。
東街区の現場で押収した物資は、辺境伯爵家から差し回された馬車と中隊に割り当てられていたトラックを総動員して屋敷の裏手に運び込まれた。
とりえず大きさごとに分けられて、積み上げられた大小の木箱を前に、グレスマン中尉とラウター少尉と並んで立った。
「これで全部か?」
「はい、大尉殿。保護した者達は屋敷の中で休ませています」
ラウター少尉の答えに頷いた。
「監視は?」
「付けてあります。ヴラジェフ殿の傭兵団から人員を出して頂きました。世話はノゼック殿に依頼してあります」
「若いと言うより幼い女ばかりだったな」
「女のような男もいました」
答えたのはグレスマン中尉だった。
「帳簿か名簿のような物はあったか?」
「押収した書類の類いは、全て私が保管しています。後ほどお届けします」
私が視線をラウター少尉に向けると、少尉の視線と合った。
「上出来だ、少尉」
「ありがとうございます、大尉殿」カツン!
「グレスマン中尉、何か考えはあるか?」
今度は反対側に立っているグレスマン中尉に視線を向けた。
「そうですね、これの整理が終わったら、組織の顧客名簿を発見した、と言う噂を流すのはどうでしょう」
「名簿が有るかどうかは分からんぞ?」
「問題ありません」
グレスマン中尉はそう言いながら、私を見てニヤリと笑った。
「そうだな」
私はグレスマン中尉が私の意図を理解している事に満足した。
保護した子供達は、そういう趣味の者達に売られる商品であるのは明らかだ。奴隷のように合法的な手段では手に入りにくく、購入し所有している事実を隠したい、そして使い捨てにしたい。彼等は購入希望者の望みを叶えるために、非合法な手段で集められたのだろう。そんな手間を掛けて仕入れた商品が安いはずはなく、買える客も限られてくる。経済的にかなり余裕がある、つまり客は社会的に高い地位にいると言う事だ。
(そんな連中が、自分の名前が載った名簿の存在を放置する訳がない。必ず何かしら行動を起こしてくる、そこが狙い目だ。上手くいけば、我軍がこの地域で政治的な影響力を得る機会になる。ただし、実力行使が必要になる可能性は高いだろう、そうなると我々は目立ちすぎる。私の信条としても、このような陰謀に関与するべきではない。こんな物は然るべき部署に任せるに限る・・・)
「中尉、噂を流すタイミングは別命あるまで保留だ」
「はい、大尉殿」
グレスマン中尉がやや驚いたような表情で答えた。
「現在、領域内を統括する軍政司令部の立ち上げが始まっている」
私は2人の部下にだけ聞こえるように説明した。
「軍政司令部の下に、我々が中核となる野戦警察本部が置かれるのだが、それとは別に、軍事、政治、治安等の情報を扱う保安本部が設置される事になっている。この一件の全ては、その保安部に移管する事にする」
グレスマン中尉とラウター少尉が小さく頷いた。
「我々は領域内の秩序と治安の維持に専念する、いいな?」
「は、大尉殿」カツン!!
私の言葉に2人は小さく、だがはっきりと答えた。
「いずれにせよ、この作戦が成功して東街区が完全に我軍の管理下に入ってからの話だ、予定通り作戦を続行する」
「はい、大尉殿!」カツン!!
翌日、抵抗して射殺された者達の死体が、東街区の各所に吊されて晒された。これ以降、東街区内で抵抗する者は皆無となり、正常化作戦“緑の場合”は速やかに進捗することとなった。




