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第91歩兵師団司令部、異世界にて指揮を執る。  作者: フニャンスキー


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97/97

97 当主代理

ルアブロン 中央街区

辺境伯爵家城館 ルアブロン城 当主執務室

当主代理 エカテリーニ・ゴド・ルアグロス


 病に倒れた父上に代わって、辺境伯爵家当主代理として政務を執ることを決心したのは、父上の義弟であるザロモン子爵が自らの騎士団を率いて、領都と城館に乗り込んで来たからだった。

 父上が新たな領地拡大を目指して始めた東征が大打撃を被って失敗し、差し向けた救援部隊とも連絡が取れなってしまった。そして父は心労からか倒れてしまい、政務を執れなくなってしまった。外部には秘密にしていたにもかかわらず、その事を知っていたかのようにやってきた叔父は、率いて来た兵を領都に入れて半ば占領したかのように振る舞い始めた。

 叔父は私が当主代理として政務を執ると告げても聞く耳をもたず、息子と自分の家臣に当家の政務を取り仕切らせ、あげく勝手に私と息子の婚約を決めて一方的に告げてきたのだ。


(あの時ほど人生に絶望した事は無い。あの、全身に鳥肌が立つ感覚は死ぬまで忘れられないだろう・・・・・・)


 初めは救いの手を差し伸べてくれたのだと感謝していたが、ここまでくれば叔父が乗っ取りを企んでいるのは疑いようもない。私は父上の側近の中でも忠誠に篤い者を集めて謀議を重ねたが、軍の主力である騎士団が不在である状況では有効な手立ては無かった。国王に仲裁を頼めば改易の恐れがあり、周辺の貴族に援助を頼めば返ってザロモン子爵に加担しかねない、まさに八方塞がりの状態だった。

 そこへ父上が信頼する側近のひとりであり、輜重担当武官を務めているメーティスがとある話を持ってきた。いずこかの将軍が率いる一軍が近くに居て、地歩の保証を条件に援助を申し出ていると言う・・・。当家が置かれた状況が現在のようなものでなければ、一笑に付されるか、以後は監視を付けるかどうかと言う話になってしまうような内容だったが、話を持ち掛けてきた知人は信頼できる人物である、と言い切ったメーティスを信用して相手と接触する事を許可した。

 その結果は思いも寄らぬものだった。領土的な野心は無いと言い切り、求めているのは滞在している間に必要な土地の保証と物資の供給。通常ならその言葉をそのまま信じる事はできないが、彼等を信じても良いと思える決定的な一言が向こうから出たのだ。


「異邦人」


 その一言は、かつて父上から聞かされた言葉だった。くすんだ緑色の服を着て、革製のとてもしっかりした造りのブーツを履いて、見たことが無い肩掛けバッグをひとだけ持ち、街道から外れた道端に倒れていたのを父上が拾ってきた男。バッグの中には金属で作られた小さくて軽い、水が入った蓋付きの壷と、掌に載るぐらい小さな鏡やタオル、金属で出来た小さくて短い筒、小さな肖像画が貼り付けられた薄い本と、そこに書き込まれた見たことも無い文字。

 父上は家宰の猛反対を押し切って城館の一室に入れて、自分自身で世話をしたという。男は言葉が全く通じなかったが、時間が経つにつれて私達の言葉を話せるようになり、オーレンベアク辺境伯爵家当主となった父上に幾多の助言を与えた。クリストナーと名乗ったその男の助言とそれを取り入れた父上によって、我が辺境伯爵家は興隆を迎えたと言っても良い。クリストナーの助言は内政に留まらず、軍事にも及んだ。

 内政でも軍事でもクリストナーが示した施策に反発する家臣はいたが、彼の実績と説明に反論できる者はいなかった。

 そうして父とオーレンベアク辺境伯爵家が、繁栄と言う階段を順調に上がっていた時、クリストナーが亡くなった。父上の悲しみは深く、母が嫉妬するのではないかと思ったほどだった。そんな父上を慰める為か、ザロモン子爵が度々訪れるようになった。初めは奥方、つまり父上の妹、私からみて叔母上を連れて、やがてお一人で訪れるようになり、長い間二人で話し込んでいた。そしてしばらくした後、父上は武官達を集めて東征の準備を命じた。クリストナーの提案で始めた軍制改革の成果を示し、同時に領土を拡大して辺境侯爵への陞爵を目指す、そんな事を言っていたようだった。塞ぎ込んでいるよりは、と私も母も思っていた。父上は武勇に優れた武人ではあるが、無益な戦を好まない人だったからだ。


 東征軍は軍制改革に従って改められた第1、2騎士団が中心となり、配下貴族の兵を集めた臨時騎士団と、領内で募集した民兵隊が加わっていた。東端と呼ばれる領地の端にある要塞を出発して、未開の地を東へと進んで行った。ここからは、辛うじて東端に戻る事が出来た伝令の報告を伝え聞いた内容だが、峡谷を抜けた先に広がっていた平野に出たところで、軍は3隊に別れて進む事になったそうだ。東征に参加した恩賞として与えられるであろう土地の分配を考えての事らしい。第1騎士団は中央を進み、第2騎士団は南回り、臨時騎士団は北回りで進む事となり、民兵隊は分割されてそれぞれに割り振られた。魔物を討伐し、住み着いていた亜人達を服従させ、あるいは敵対的な集団を追い払いながら、平野を東へと進んでいる最中に魔物の集団暴走に遭い、壊滅したらしい。

 知らせを受けた父上は直ちに救援隊を送ることを決定した。予備となっていた第3騎士団と、まだ騎士団として完結していなかった第4騎士団まで送り出した。でも、その後いくら待っても東からの知らせはこなかった。


(今にして思えば、東征そのものがザロモン子爵の罠だったのではないか? 父は唆されて、罠に嵌められたのではないか? ・・・だが、あの叔父がこのような大それた謀を実行するだろうか? 私には、叔父上と野心や陰謀といった言葉は、どうしても結びつかないのだ。・・・ではテオドールが? いや、あの従兄弟の事は分かっている。野心と言うよりは見栄、陰謀と言うよりは悪戯、そんな程度の男だったはずだ。・・・もしかしたら、それすらも芝居だったと言うのか?)


 オーレンベアク辺境伯爵家を脅かしていたザロモン子爵は排除されたが、どうにもすっきりしなかった。全てが明らかになったとは思えない、もしかしたら陰謀はどこかで続いているのかもしれない、ザロモン子爵は駒のひとつに過ぎないのかもしれない、そんな疑惑が私の中にわだかまっていた。


 だが目の前の脅威が取り除かれたのであれば、辺境伯爵家の立て直しに邁進しなくてはならない。東征軍を救出して騎士団を再建できれば、領内に威令を行き渡らせ、急な事態に対応できることを示せば、当家の威信を取り戻せるだろう。それに、当家の東には頼もしい盟友がいる。

 異邦人、ホーフェンベルグ将軍閣下と協定を結ぶにあたり、彼等の要求は驚くほど大胆であったが、領土を要求するのではなく、統治の委託を受ける、という姿勢だった。


(あのクリストナーと同じ人々だと考えてしまいがちだが、そうではない可能性は充分にある。だから危険を冒して直接会ってみたのだが、やはりその価値はあった)


 私は病床の父上に事情を説明し、協定締結の決定権を与えられたうえで会見に臨んだ。彼等が提示した条件に驚いたが、まず辺境伯爵家の統治を正常化した後に、条件の調整も含めて協定を結ぶと言ってきた事にもっと驚いた。


(当家に恩を売るという事なのは分かるが、それにしても大盤振る舞い過ぎる、何か企んでいるのか?)


 一時そう考えたが、つまり彼等はザロモン子爵家の排除に自信がある、それだけの武力を保有していると言う事なのだ。そして実際に彼等は最小限の損害で排除に成功した。


(鮮やか、としか言い様がなかった。それを成功させた用兵、武器、兵隊の質、どれをとっても異質だった。異邦人だから当然なのだろうが、余りにも違いすぎる・・・)


 私をはじめとした辺境伯爵家の者達は、彼等が誠実であるだけでなく、圧倒的な武力を持っていること、それを用いて何事かを成す事が出来ることを目の当たりにした。その結果、当家が取り得る選択肢は一つしかないことを思い知った。私と側近達は少なからぬ不安を覚えたが、彼等は態度を変えなかった。先の会見で合意したのはザロモン子爵家の排除に関する協定のみだったが、彼等はすぐに東街区の正常化と東征軍の救出に取り掛かった。これを受けて排除が成功した事に対する謝意として、彼等の要望について便宜を図ることにした。食料や装備品の供給と施設の譲渡、統治委託予定地域における募兵と情報提供を同盟締結に先んじて許可したのだ。東征軍の早期救出だけでなく、今後の良好な関係を構築するためでもある。



「ロイストンからの報告は?」

「はい、奴隷兵による部隊を編成したそうです。20人の小隊と称する部隊を2個です」

 報告書を片手に持ったメーティスが淀みなく答えた。

「少ないわね」

「はい、ですがクリストナー殿の考えと同じだと思われます。人数が少ないのは、使用できる奴隷兵の数が足りない事が理由のようです」

「それでも実行したのは、まずは試しにと言う事かしら?」

「はい。ですが、奴隷兵は元騎士や従士、傭兵、冒険者に絞られていますので、部隊として使えるようになる時間は短く済みます」

「なるほど、でも忠誠に問題があるのではないかしら?」

「はい、そこが一番の懸念事項ですが、彼等は奴隷兵に給金を支払うと言っているそうです」

「奴隷に給金?」

「はい、そうすれば結果を期待できる、と言う事だそうです」

「それは確かにそうだけれど・・・」

 奴隷に給金を払うなど聞いたことが無い。メーティスの様子を見るに、私が世間知らずなだけという事でもなさそうだ。

「・・・・・・」

 私は考え込んでしまった。

(奴隷に給金を払うのは、違法では無いが慣習からは逸脱する行為だ。おそらくそれを知らないのだろうが、足並みを揃えてもらわないと軋轢が生じてしまうな。どこかの貴族に知られたら面倒な事になりそうだ・・・)

「申し入れをしますか?」

 ロイストンが私の考えを読んで意見具申してきたが、どう答えるか少し迷った。

「そうね、試験的な部隊ということだから、もう少し様子を見ましょう。もし大々的に始めそうなら、その時に申し入れてみましょうか」

「承知致しました」

「ロイストンが探りを入れているのは、知られているのよね?」

「はい。あちらの軍制や機械の仕組みなど、質問には積極的に答えてくれているそうです」

「そう。何か考えがあるという事よね」

「はい。自軍の軍制を当家にも取り入れて貰いたいのでは、と」

「どういうこと?」

「軍制が同じ、若しくは近いものなら、指揮下に入れたときに使いやすいからです」

「当家の騎士団を取り込もうとしていると言う事?」

「そこまでではないと思いますが、戦場において共同で戦う事になったときに、指揮が別々では用兵に支障が生じます」

「そういうことね」

「彼等の軍は階級が細かく定められていて、それによって役職が命じられています。役に就いていなくとも、階級によってその役を代行させられるようになっているのです。これは戦場では非常に有効ですし、役職に就ける者を育てる意味もあるようです」

「なるほど・・・」

「彼等の軍制では、下士官が6階級、士官が7階級に分かれているそうです」

「そんなに?」

「はい。確か兵も5階級に分かれていたはずです。それに将軍も・・・」

「・・・それで貴方の考えは? 同じ制度にするのかしら?」

 父上の懐刀なら、何かしら考えているだろう。

「爵位や家柄ではなく、階級によって指揮官を明確にできるのは非常に良いことです。そのままとはいきませんが、士官と下士官で階級を設けてみようかと考えています」

「爵位と家柄に左右されないのは利点ですね。能力が階級に相応しい者であればですが。取り入れてみますか?」

「もう少し、検討が必要です。アンゲリアス様をはじめ部隊指揮官達の意見も聞いてみなければいけません。名称も被らないようにしなければ、返って混乱を招きかねません」

「それはそうね。いっそ教えを乞うた方が良いかしら?」

「はい。こちらから歩み寄れば断られる事はないと思います。よろしければ私から申し入れますが、如何でしょうか?」

「構わないわ、進めなさい」

「承知致しました」

 メーティスがゆっくりと頭を下げた。

「東征軍が救出された暁には当家の騎士団は再建される、その時になら新しい仕組みを取り入れやすいでしょう」

「はい。その時は元ザロモン子爵家の騎士団を解体して、再建する騎士団に分散して組み入れます」

 私はメーティスの言葉を聞いて、はっとした。

「・・・そうすることでザロモン子爵家の残滓を消すということですね、貴方に任せます」

私の言葉に一礼を返すこの武官に、改めて頼もしさを実感した。


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