95 下士官
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団“シュラーガー” 指揮官 シュラーガー中佐
コルトナーク達が馬車に乗って帰って行くと、後からやってきた補給係の下士官に物資の収容とレットベルクを呼ぶように命じ、続いてクレーライン中尉に奴隷の処遇を命じた。
「中尉、全ての奴隷を戦闘員、労働者、事務員に分類して、事務員と労働者に対して、簡単で良いので現状と軍規に関する教育を実施してくれ。その後は軍政本部と調整して必要な部署に配分して貰う。戦闘員は以前話したとおり、小隊本部と2個分隊で20名の小隊を編成してくれ。細かい人数を適宜調整するのは構わない。編成が完結したら現状と軍規の教育、それに部隊行動に重点をおいた訓練を可能な限り施してくれ、期間は最短で3日間だ」
私の命令にクレーライン中尉は即答した。
「了解しました中佐殿。教育に1日、訓練に2日当てます」カツン!
そこへ呼びに行かせた下士官を追従させてレットベルクが走って来た。
「お呼びですか、シュラーガー様!」
直立不動で息を整えているレットベルクに思わず笑みが浮かんだ。
「レットベルク、小隊の編制は終わっているな?」
「はい! シュラーガー様!」
「よろしい、君と君の部隊はクレーライン中尉の指揮下に入る。これから中尉がこの中から二番目の小隊を編成する、これを補佐しろ」
「承知致しました!」
レットベルクが視線と顎を上げて答えた。
「部隊は同じく総員20名の小隊だ。人選は君の意見に重きをおくべきだと考えている、しっかりやれ」
「はっ! シュラーガー様!」
レットベルクは直立不動で体側に握りしめた左右の拳を伸ばして答えた。その反応に満足すると、2人を促して整列したままの奴隷達の横に移動した。
「注目」
私がそう言って右手の人差し指を上に伸ばすと、奴隷達の視線がこちらに集まった。
「只今を以て君達は我が軍の所有奴隷となる。これから様々な作業に従事して貰うことになるが、逃亡、反抗、不服従、敵対行為は全て死刑を以て臨む、まずはそれを理解して貰いたい」
私の言葉に対する反応はそれほどでもなかった。むしろ何を今更という雰囲気さえ漂っていた。
(やはり奴隷とは生殺与奪の権を奪われた存在なのだな。レットベルクの部隊を編成する時に志願者を募ったが、あれは必要なかったのだ)
以前の世界には存在していなかった、物扱いされる人命に僅かな違和感を感じつつも、現状で最も簡単かつ確実な兵力の補充手段として活用する事にした。
「詳しいことはこの後説明する、指示に従って行動しろ」
私がそう言ってクレーライン中尉とレットベルクに頷くと、クレーライン中尉が移動を命じ、レットベルクの先導に従って縦隊は歩き出した。
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団“シュラーガー” 奴隷部隊小隊長 エドムント・レットベルク
3列縦隊で並んだ奴隷達を、自分達が入っていた兵舎の真横まで移動させると、右を向かせて横隊に変換して整頓させた。
「クレーライン様、用意ができました」
列が整うとクレーライン様に向き直って指示を待った。
「ご苦労。私を呼ぶときは“中尉殿”を付けて呼べ。この中から戦闘に適した者を20人、後は事務に適した者、労働に適した者に分けろ」
「はっ! クレーライン中尉殿!」
この年下の士官が、あのシュラーガー様の右腕と目される存在である事は直ぐに分かった。
(眼が同じだから、な)
俺は3列横隊に並んでいる奴隷達の最前列を2歩、中央の列を1歩前進させて、右端から一人ずつ元の職業を聞き出していった。
「元は何をしていた?」
「私はオルダニー領を治めるエンプケ伯爵の・・」
「何を、していたんだ?」
「・・・騎士だった」
騎士にしては顎周りに肉が付いている男が、この期に及んで自分を飾り立てる口上を垂れ流すとは良い度胸だ。後ろの列に並んでいた傭兵と覚しき男達が口元だけで笑っていた。俺はその元騎士の前を過ぎて隣の男の前に立った。
「次、元は何だった?」
「傭兵」
「奴隷になった理由は?」
「捕虜になった」
「よし、1歩前に出ろ」
最初の男が驚いた顔をしているのを視界の隅に捉えながら、列の左に向かって淡々と作業を進めていった。
横隊に並んだ奴隷達の中から戦闘に適した者を20名、事務に適した者を7名、それ以外を労働に適した者として、それぞれ別に並ばせた。労働に適した者の中には戦闘に適した者もいたが、定員が決まっていたために今回は外すことにした。
「レットベルク、先程シュラーガー中佐殿の指示どおり、直ちに部隊編成を行うので兵舎で待機している連中を呼んで来い。ついでにここにいる戦闘に適した者以外を兵舎に連れて行け。後で兵舎にいる連中と合わせてもう1回精査しろ。事務に適した者と労働に適した者、それと何もできない者に分けておくんだ」
「はっ、クレーライン中尉殿!」
最後に加わった新しい分類に、奴隷達の間を緊張がはしったのが分かった。労働に適した者に分類されて、不満げな視線を向けていた元騎士の男も表情を改めていた。
俺は命令されたとおり、戦闘に適した者以外の奴隷達を俺達が使っている兵舎に移動させると元騎士の男を呼んだ。
「今現在、俺達が置かれている状況は理解しているか?」
男は黙ったまま頷いた。
「それなら今ここに来た連中と今までここにいた連中を合わせて、事務に適した者、労働に適した者、何もできない者に分けておけ。労働に適した者は5人ずつに分けて、すぐに動けるように言い含めて寝床を割り振っておくんだ。もし何もできない者がいたら、そいつらもまとめておけ、できるな?」
「わ、分かりました」
「頼んだぞ」
俺は元騎士の肩を叩くと、待機していた小隊の連中と共に駆け足でクレーライン中尉殿の元に戻っていった。
待っていたクレーライン中尉殿の位置に戻ると、自分の小隊を整列させた。そして先程選別した20人の中から、士官2人と下士官2人の選抜に取り掛かった。クレーライン中尉殿の質問に答えながら、若干のやり取りの後に4人の人事は決まった。
小隊を構成する分隊も下士官達の意見を取り入れながら編成され、小隊本部と2個分隊から成る奴隷兵小隊の編成が完結した。2個小隊は、俺の小隊が“アントン”、もうひとつが“ベルタ”と呼称される事になり、“ベルタ”の小隊長はエッテリッヒという元騎士だった。下士官達は元従士と元傭兵から選ばれていて、全員が経験豊富な古参兵といった風情を漂わせていた。分隊に配属された兵達は元傭兵が多く、その他は元従士、冒険者などで構成されていて、源人なり魔物なりとの実戦経験がありそうな顔ぶれだった。
(なかなかの強者揃いであると思うが、部隊としての戦闘力はなんとも言えない。騎士や傭兵ならともかく、冒険者は少人数のパーティでの行動が主だから訓練が必要だ。本来なら斥候にしたいところだが、今は頭数が足りないので暫くはこれで凌ぐほかあるまい)
自分の小隊の顔ぶれを見て、考えていると
「レットベルク! エッテリッヒ!」
「はっ、クレーライン中尉殿!!」
クレーライン中尉殿の元へ小走りで赴き、エッテリッヒと並んで直立不動を執った。
「小隊の基本隊形を説明する。先頭は二列縦隊を組んだアントンの小隊本部、次に四列横隊を組んだ分隊、アントン1、その後ろにアントン2。その後ろにベルタ小隊が同じ隊形を組む。この隊形を作って、兵達に自分の位置を覚えさせたら今日は解散して休め。明日から訓練を始める、明日の朝食を終えたら事務棟右側の戦闘団本部前に同じ隊形で整列しろ。
「承知致しましました、クレーライン中尉殿!!」
クレーライン中尉殿に敬礼すると、中尉殿は答礼して本部の方へ立ち去った。
「どんな訓練になるんでしょうなぁ」
エッテリッヒがぼそりと呟いたので、
「私にも分かりませんが、やるしかありませんな」
エッテリッヒと視線を合わせると、頷き合って自分の小隊に戻った。
その日の夕食時、俺は小隊副官に指名したイルグナーを誘って夕食を共にした。自然と身の上話になったのだが、彼の本名はフォルラート・イルグナーで歳は19歳。西方諸国のひとつであるバスティリアン王国の男爵の次男だったそうだ。3年ほど前に国王が軍を召集して隣国に攻め込んだ時、父親と兄と共に従士の身分で出征したのだが、バスティリアン王国軍は大敗して捕虜になってしまった。
「まさか、初陣で捕虜になるとは思っていませんでした」
あっけらかんと話すイルグナーに苦笑いで返すしかなかった。結局、軍の主力を失ったバスティリアン王国は、国土を占領されたうえに国王一族は処刑されて滅亡してしまった。当主である父親と兄の生死も定かで無い状態で身代金の支払いなどあるわけが無く、そのまま戦争奴隷として奴隷商人に売られてしまったのだそうだ。
「こんな東の外れに連れて来られて、どうなる事かと思っていましたが、なんとかなりそうで安心しました」
「しかし奴隷兵であることに変わりは無いんだ、使い捨てにされて終わりかもしれんぞ」
「それはそうなんですが、水みたいなスープと木の根っこを齧って開墾をさせられるよりはマシです。戦功を立てれば、奴隷以外の道が開けるかもしれませんから」
確かにそれはそうだと相槌を打ちながら
(見かけは優男だが、賢そうだし身体も鍛えてあるので副官に指名したが、これは当たりを引いたようだ)
イルグナーが見かけによらず逞しい心身を持つ青年であり、頼もしい副官に成長する予感を感じていた。
翌日、事務棟前に小隊を整列させると、クレーライン中尉殿と3名の下士官達がやって来た。
「おはようございます、クレーライン中尉殿! 小隊は整列を完了しております!」
「よろしい、レットベルク。エッテリッヒを呼んでくれ」
「はっ、クレーライン中尉殿!」
少し離れてエッテリッヒに合図すると、彼は駆け足でやって来て俺と並んだ。
「これから訓練を開始する。訓練の指揮はカチンスキー上級軍曹が執る。彼の命令は私の命令だと思え。以上、何か質問は?」
「ありません、クレーライン中尉殿!!」
クレーライン中尉殿は頷いて事務棟の中に去って行き、後には不敵な面構えの下士官達が残った。
「それではクレーライン中尉殿の命令により、自分が訓練の指揮を執る。まずは座学を行う。筆記は必要ない、覚えればいいだけだ。昼食を挟んで後は隊庭で夕方まで訓練を行うが、その前に各人が得意な武器を選ばせて、小隊ごとのバランスを取る。今日はそれで終わる予定だ、質問は?」
「はっ。小隊ごとのバランスとはどう言う意味でしょうか?」
エッテリッヒが発言した。
「小隊の武装が偏らないようにする、釣り合いを取ると言う意味だ。アントンとベルタの戦闘能力を同等にしたい、これで通じるか?」
「はっ、ありがとうございます」
「最後に“カチンスキー上級軍曹殿”を付けるんだ。分かったかね、エッテリッヒ君?」
凄みの利いた目つきでカチンスキー上級軍曹殿が訂正を入れてくると、エッテリッヒは電光石火で反応した。
「失礼致しました! カチンスキー上級軍曹殿!」
エッテリッヒはここでの上下関係を正しく理解していたと言える。年の頃は同じぐらいだろうが、我々は奴隷兵であって役割が与えられているだけなのだ。そしてたった今得た新たな学びは、この軍の下士官の前で気を抜くことは許されない、と言う事だ。この事はすぐ近くで見聞きしていたアントン小隊の下士官兵達に伝わり、すぐにベルタ小隊へと伝わっていった。




