94 決意
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団“シュラーガー” 指揮官 シュラーガー中佐
バルクマン大尉を中隊に帰した後、戦闘団に所属する部隊がやって来た。
第1中隊と共に戦闘団の主力を成す、第191歩兵大隊第2中隊と第191砲兵大隊第5中隊。戦闘団司令部直轄の支援部隊として、第100装甲大隊第8小隊、第191工兵大隊第2小隊、第191高射砲大隊第14軽高射砲小隊の予定だったが、これに第191偵察大隊の1個小隊と、奴隷兵で編成した1個小隊が加わることになった。
(些か心許ないが、現在の情勢ではこれが精一杯というところだな。補給路の維持には現地の守備隊を使うとして、収容した騎士団の残余も使う事を考えておくか)
事務棟から出て、続々と隊庭に入ってくる部隊の車列を眺めていると、続いて補給段列と思われるトラックの車列がやって来た。救出作戦を支える補給段列は、補給部隊の他に車両修理班と車両回収班も含まれている。補給段列の車列は兵営の裏手に誘導されていったが、最後尾にいた中型兵員車とトラックは車列から逸れて事務棟前に停まった。乗っているのはブリンクマン大佐殿とサレーラ、フィーラの両軍属だった。
「お待ちしていました大佐殿、2階の東側をお使いください」
中型兵員車から降りてきたブリンクマン大佐殿と敬礼を交わすと、大佐殿と司令部が入る部屋を伝えた。
「ありがとうございます、シュラーガー中佐」
相変わらずの穏やかな口調でブリンクマン大佐殿が答えた。大佐殿に続いていたトラックは、第191歩兵大隊第3中隊本部だった。中隊本部はアイクマイアー少佐がブリンクマン大佐殿の司令部として貸し出したもので、救出作戦と正常化作戦を統括する司令部として機能することになった。
大佐殿の後ろで私の説明を聞いていた下士官が、兵士達に機材を2階に運び込むように指示を出し始めた。少し人数が増えていると思って見ていると、通信大隊からの兵員が追加されて「特別司令部“ブリンクマン”」の名称が付与されているとの事だった。自分の名を冠した司令部を持つ事は将官でもなかなか無い事で、そのせいかブリンクマン大佐殿はどことなく嬉しそうだった。
「戦闘団の編成は如何ですか?」
「偵察中隊からの1個小隊と、奴隷兵で編成する1個小隊20名。これを加えて戦闘団の編成は完結として、後は辺境伯爵家からの使者を加えた数が総数になります」
「分かりました。シュラーガー中佐は戦闘団主力と行動されるのですか?」
ブリンクマン大佐殿が若干ニヤリとしながら聞いてきた。
「いえ、即断しなければならない事象が多発すると思われますので、先遣隊と同行するつもりでおります」
「そうですか、それではあれをお使いになりますか?」
そう言ってブリンクマン大佐殿が視線を向けたのは、整然と並んで駐車している車列の最端に停まっている装甲指揮車だった。
「整備部に依頼して、自衛用の機関銃を追加してあります」
「よろしいのですか?」
私は少なからず驚いた。確か装甲指揮車は台数が少なかったはずだ。
「私がここから動くことは、恐らくありません。後で乗り心地を教えて頂ければ」
そう言いながらブリンクマン大佐殿は視線を左に寄せる事で、後ろに控えている2人の事を私に伝えた。
「承知しました、大佐殿。有り難く使わせて頂きます」
私は口元が下がらないように意識しつつ右手を略帽に軽く当てた。
(付いて来るつもりなのか・・・)
そう考えたのと同時に、緊張した面持ちのサレーラ軍属が呼びかけてきた。
「シュラーガー中佐殿、お願いがあります!」
「両名ともオブザーバー、助言者として私の側から離れないことだ、いいな?」
間髪入れずに答えてやると、サレーラ軍属とフィーラ軍属の顔が一瞬の間を置いて明るくなった。
「ありがとうございます! シュラーガー中佐殿!」
誰に教えて貰ったのか、2人揃って様になっている敬礼を送ってきたので答礼しておいた。
(彼女達の知識は何かと役に立つだろう。それに時間があれば魔法のことを聞いておくのも良いかもしれん)
満面の笑みを向けてくる彼女達を見ながら、志願してくれたことに感謝した。
そこでブリンクマン大佐殿と別れ、サレーラ軍属とフィーラ軍属を連れて戦闘団本部へ戻った。立ち働いている本部員に彼女達を紹介し、作戦に同行する事を伝えた。私の紹介に続いてサレーラ軍属とフィーラ軍属が挨拶すると、本部員達は怪訝そうな顔を返してきた。戸惑っている2人の為に、彼女達が雷作戦を始めとして師団の行動に貢献していることを伝えると、クレーライン中尉が号令を掛けた。
「本部員、気をつけぇ!」ガヅン!!!
すぐさま全員が反応して直立不動を執る。
「失礼致しました軍属殿、以後よろしくお願い致します!」
クレーライン中尉の挨拶と共に全員が直立不動のまま2人に向き直った。サレーラ軍属とフィーラ軍属は、驚きながらも右手を胸に当てて返礼を返していた。
(クレーライン中尉は自分より上位階級という態で対応してくれたが、このままでは不自由だな。彼女達も含めた現地人の身分を明確にしたいところだが、自由民からの志願兵と、奴隷からの志願兵を同列として扱って良いものなのか、この世界の価値観と合せる必要があるかもしれない。ロイストン殿かメーティス殿に確認した方が良さそうだが、師団長閣下の決裁がまだ出ていない・・・)
目の前の情景に満足しつつ、ブリンクマン大佐殿とヴァグナー中佐に相談することにした。
「ああ、それは師団長閣下に諮って骨子だけは決まったよ」
兵営の食堂に設えられた将校専用席で夕食を終えた後、お茶の時間になった時にヴァグナー中佐に現地兵の待遇について尋ねてみた。
「骨子ですか?」
「そう、階級は士官と下士官、兵が3階級ずつだったな。しかし給与などの待遇をどうするかはまだ決まっていない。そもそも我が軍の将兵の給与をどうするかが決まっていないからな。ここの物価を基本に計算し直さないと、支給しようがない」
「それはご尤もです」
衣食住は従来と同じく軍が支給するが、それだけでは不満が溜まるのは当然だ。それにここで家族を養う事はないので、その事も考えなくてはならない。元の世界では恐らく戦死扱いになっているだろうから、家族には年金が支給される事になる。元の世界に戻る事が出来た時は、軍務に従事していた事を証明すれば未払いの給与が支払われるだろう。
「この作戦が終わって政情が安定するまでに決定する、師団長閣下はそのように仰っていたよ。そうでないと給与を貰っても使う場所がないからね」
ヴァグナー中佐の言葉に頷くしかなかった。
「それに伴って名称を変えるお考えらしい」
「名称ですか?」
「我が軍の歩兵を擲弾兵に改称して、歩兵という言葉は現地兵に当てる。それによって給与の差を分かりやすくするそうだ、私は上手い手だと思う」
「なるほど、それは良い考えですね」
ブリンクマン大佐殿が相槌をうった。
擲弾兵とはかつて存在した、敵の陣地に肉薄して爆薬や手榴弾で破壊、突破する兵科の名称で、特別な訓練を受けた精鋭部隊とされていた。現在では名称のみが名誉的な意味合いで使われていた。この世界においては、我が軍の将兵は特別な訓練を受けていると言えるので、双方共に受け入れられ易いと思われた。
「あとは現地兵の定員を設けて選別は厳しく行うとか、基本給は低めにして危険手当や精励手当などでバランスを取るとか、色々とお考えになっているようだった。辺境伯爵家と足並みを揃える必要もあるだろうし、もうしばらく時間は必要だろう」
ヴァグナー中佐の言葉に居合わせた皆が、頷きながら顔を見合わせていた。
(高給で優秀な人材ばかりを釣り上げていれば、間違いなく恨まれるだろう。政治的配慮と言うやつだな。師団長閣下が熟考されているのであれば、待つしか無い。試験運用の結果も加味されるだろう)
私は諸々を考慮して、待遇については作戦が修了した後、師団長閣下の裁可を待つ事で区切りをつけた。
翌日、門衛からルアブロンの商人が面会を求めているとの連絡があった。私は立ち入りを許可するよう命じ、クレーライン中尉を連れて隊庭に出た。二頭立ての馬車を先頭に荷馬車が列を成して入ってくるのが見えた。先頭の馬車が私めがけて進んで来るのを見守っていると、少し離れたところで停まった。客室のドアが開いて、降りてきたのは正装したコルトナークとシュククロフ、ドルナードの3人と、同じく正装した2人の男だった。後ろに続く荷馬車は、使用人と思われる男が指図して二列縦隊で並んで停まった。
(荷馬車が多いな)
荷馬車を見ていると、コルトナーク達がやって来て一礼した。
「シュラーガー様、お約束通り奴隷53人を連れて参りました」
「少し増えているな、46人ではなかったかな?」
「はい、読み書き計算ができる者も加えて参りました。お役に立つかと思います、お使いください」
コルトナークが浅く頭を下げた。
「そちらの2人は初対面のようだが」
「はい、紹介させて頂きます。ルアブロンで武器商を営むザルデルン殿と、穀物商を営むゲプリンツ殿です」
コルトナークが紹介した2人が一歩前に出て深々と頭を下げた。
「実は、お二人の子弟も東征軍に従軍しておりまして、今回の救出作戦に是非とも協力したいと申し出られたので、お連れした次第でございます」
コルトナークが言い終えると、ザルデルンと紹介された商人が半歩進んで浅く頭を下げた。
「ルアブロンの武器商人、ヴィクトル・ザルデルンと申します。救出作戦のお話を聞いて居ても立ってもいられず、コルトナークさんに無理にお願いしてやって参りました。些少ではありますが武器と防具を持参致しましたので、どうぞお使いください」
私が頷くと続いてゲプロンツと言う商人が同じく一礼した。
「私はルアブロンで穀物や食品を扱う商人、ロベルト・ゲプリンツと申します。私もザルデルン殿と同じくお役に立てればと思い、軍旅にお使い頂ける食料品を持参致しました。どうかお納めくださいますよう、お願い致します」
ゲプリンツがもう一度一礼した後、私は口を開いた。
「今回の救出作戦は辺境伯爵家からの要請で実施されるもので、個人の捜索が目的では無い。そのことは理解されているのだろうか?」
私が5人を見渡しながら言うと、ザルデルンが答えた。
「もちろんでございます、シュラーガー様。ただ私共は、シュラーガー様が率いる軍勢ならば、東征軍の救出は成ると信じているのでございます。その中に我が親族が居るかどうかは、神のみぞ知る事でありましょう」
私に向けられたザルデルンの真っ直ぐな眼は、他の者達も同じだった。
「承知した、君達の好意は有り難く受け取っておく。作戦成功の為、全力を尽くす事を約束する」
5人が一斉に頭を下げた。
私がクレーライン中尉と5人の商人達と共に馬車の車列に近付いて行くと、車列の横に奴隷達が三列縦隊で並ばされていた。
「全員、湯浴みと着替えを済ませています」
コルトナークが奴隷達を示しながら説明した。
「他の馬車の積荷は何だ?」
「ドルナードさんとザルデルンさんが用意した剣と槍が30本ずつと、短弓30弓と矢が600本。それに甲冑と鎖帷子が60領ずつと革鎧が30領。シュククロフさんが用意した、肌着や厚手のチュニック等の衣類と靴が80人分。後はゲプリンツさんが用意した、携行用の堅焼きパンや干し肉などの食料品が積んであります」
「分かった。先日話したとおり、支払いはマーデンクロットに・・・」
私が言いかけたのを、コルトナークが遮った。
「今ここにお持ちした分のお代は頂きません」
その言葉に驚いて視線を向けると、コルトナークは決意を込めた視線を向けていた。
「追加が必要になりましたら、ご用命頂ければ仕入れ値だけで納めさせていただきます」
「いいのかね?」
「全員で話し合って決めました。皆これしきで店が傾く事はありません、ただできるだけの事はしたいのです。どうかお許しください」
私がコルトナークから視線を4人の商人達に移すと、皆同じ視線を私に向けていた。私は彼等の決意を受け止めることにした。
「分かった、遠慮無く使わせて貰う。あの2人、ザルデルンとゲプリンツの親族の名前を、参考までに把握しておきたいので知らせてくれ」
「承知致しました」
コルトナークが深々と頭を下げると、他の4人もそれに続いた。




