101 作戦前夜
ルアブロン東方郊外
オーレンベアク辺境伯爵家 東兵営
戦闘団“シュラーガー” 指揮官 シュラーガー中佐
作戦開始を明日に控え、兵営はいつもより静かだった。隊庭での訓練が一切行われていなかったからだ。だからといって兵士達が休んでいる訳はない、車両や兵器を点検し、弾薬や糧食を数えて、出動する準備を整えているのだ。
私は戦闘団本部でクレーライン中尉と最終的な確認作業を行っていた。クレーライン中尉は後方支援支援のために兵営に残留し、補給その他の手配を采配することになっていた。前線部隊に燃料弾薬糧食を供給するだけでなく、故障した兵器や装備、車両の回収と補充、進路が破損した場合の補修も対応しなくてはならなかった。
クレーライン中尉が作成した計画書を点検していると、本部員の伍長がやって来た。
「中尉殿、特別編成小隊のレットベルク殿が来ています」
「レットベルクが? 呼んでいないが・・・」
クレーライン中尉はそう言いながら視線を出入り口に向けた。
「その、女性が2人一緒に来ています」
本部員もよく分からない状況のようだ。
「分かった。今行くので、待たせておいてくれ」
「はっ!」カツン!
私は計画書を閉じると、クレーライン中尉に続いて席を立った。
廊下に出ると、確かにレットベルクと女性が2人待っていた。レットベルクの表情は明らかに困っていた。
「レットベルク、何か話があるのか?」
「はい、クレーライン中尉殿。シュラーガー中佐殿も申し訳ありません、実は・・・」
そう言いながら、レットベルクが浅く振り返って後ろに立っている2人を示した。
「分かった、私が話を聞こう。付いて来てくれ」
私はクレーライン中尉と共に2階に上がり、レットベルク達3人を会議室に招き入れた。
会議室に入ると、私が机に浅く腰掛けるとその横にクレーライン中尉が立ち、向かい合う位置にレットベルク達が立った。
「話があるのはそちらの2人のようだが?」
「はい、この2人は私と一緒にここに来た中にいました。元従士のアンネリーゼと、元傭兵のベイラと申す者です」
後ろに立っている2人が順番に浅く頭を下げた。アンネリーゼと呼ばれた女性は20代前半で華奢な体つきだが、気の強そうな雰囲気で今もきつい視線を私に向けていた。
(この女が原因か。いかにも直談判に来た、そんな感じだな)
その隣のベイラは年の頃は同じか少し上に見えるが、体格はがっちりしていて明らかに鍛えられていた。だが、眼差しはアンネリーゼよりも柔らかく、私とアンネリーゼを交互に見ていた。
(こいつはアンネリーゼを面白がっているようにも見えるが、もしかするとアンネリーゼを焚き付けてこの状況を作り出した張本人かもしれないな・・・)
2人を観察した結果はそんなところだった。何を話しに来たのかも何となく分かった。
「それで、誰がどんな用件なのだ?」
「それは私から」
何か言おうとしたレットベルクを制してアンネリーゼが進み出た。
「私達の処遇についてです」
思ったとおり、彼女達の望みは自分達を戦闘部隊に入れて欲しい、と言う事だった。
「理由は?」
「戦功を立てて奴隷身分から解放されたいのです」
私の問いに対する答えも単純明快だった。
「気持ちは分かるが、応じられないな」
「なぜですか、私はこう見えて剣の腕には自信がありま・・・」
「誰を出すかはすでに決まっていることなんだ、変更は出来ない。それに君達は女性だ、扱いが難しい。分かって貰えると思うが」
アンネリーゼが食い下がろうとしたところを遮って話したのだが、彼女には通じなかった。
「それは、心配ご無用です。自分でなんとかしますので」
大真面目に言い切るアンネリーゼに対して、私とクレーライン中尉は溜息をつきたくなった。溜息の代わりに鼻から大きく息を吐くと
「いいかね、その心意気は結構だが、君以外の者が困るのだ。それに君は私の部下では無い、ただの奴隷だ。違うかね?」
「それは・・・」
「今回編成した部隊も将軍閣下の裁可を受けた上での軍事行動だ、簡単には変更できないよ」
「それでしたら、将軍閣下に直接・・・」
アンネリーゼがとんでもないことを口走った瞬間、クレーライン中尉の顔色が一瞬で変わり、左腰に下げているホルスターに手が伸びた。それを敏感に感じ取ったベイラが、慌ててアンネリーゼの肩を掴んで引き寄せた。
「あんた、何を言ってるんだい」
気を遣って小声で窘めたが、アンネリーゼは気が付いていないらしく、驚いた様子のベイラに何か言おうとしていた。側に立っているレットベルクは、顔面蒼白になってアンネリーゼを見つめていた。
「いい加減にしないか」
さすがに私も声色が変わった。
「奴隷が将軍にお願い事ができると思っているのか?」
「しかし、私は・・・」
アンネリーゼが何かを言いかけた時、レットベルクがアンネリーゼの頬を平手打ちした。
「いいかげんにしないか! 無礼にもほどがあるぞ! お前は奴隷なんだぞ! 奴隷になる前に何者だったか、そんなことはどうでもいい、今のお前はただの奴隷なんだ、今すぐここを出て行くんだ、さぁ早く出て行け!」
表情を一変させたレットベルクが恐ろしい剣幕でアンネリーゼを怒鳴りつけると、ベイラが驚いたまま硬直しているアンネリーゼの襟首を掴んで急いで出て行った。
2人の足音が小さくなると、レットベルクが姿勢を改めた。
「申し訳ありませんでした、シュラーガー中佐殿・・・」
「レットベルク、どういうことだ?」
クレーライン中尉の冷たい眼差しと質問に、レットベルクが絞り出すような声で答えた。
「あの2人には女子供達の世話と取りまとめを頼んでおりまして、大切な話があると言われたので話を聞いたところ、あの話でした。私は自分に決定権が無いと言ったのですが、それなら上官に会わせて欲しいと言われまして・・・。作戦が控えているので、終わるまで待つように説得したのですが、押し切られてしまいました。それでクレーライン中尉殿のもとへ同道したのです」
「それであれか」
クレーライン中尉はあきれ果てていた。だが、レットベルクの対応も間違いでは無い。彼は特別編成小隊の指揮官ではあるが、小隊以外の奴隷達を従わせる立場にはない。奴隷達の管理はクレーライン中尉に一任していた。
「はい、私も驚きました・・・。私の指示どおりに動いて、何も問題も起こしませんでした。それが、まるで世間知らずの小娘のような事を言うとは・・・。とても元従士とは思えません」
「ふん、確かにそのとおりだ」
私は無意識に鼻で笑ってしまった。
「いいかレットベルク、あの女によく言い聞かせておけ、二度目は無いとな」
「はい、クレーライン中尉殿」
「その後は私が監視しておく。君は作戦に集中しろ」
「承知致しました、クレーライン中尉殿!」
「中佐殿、今後特異な言動が認められた際は処分します」
直立不動を執ったレットベルクを見て、クレーライン中尉が私に向き直った。
レットベルク以下の奴隷達の管理はクレーライン中尉に任せていたので、私は中尉が処分を下す際に迷わないように採るべき方法を示しておくことにした。
「それで良い。その時は売却か縛り首だ」
「了解致しました、中佐殿!」カツン!
「レットベルク、ご苦労だった」
直立不動のまま微動だにしないレットベルクを一言労うと、私はクレーライン中尉と本部へ戻った。
そのまま作業を続けて、陽も大分傾いてきた頃。
「中佐殿、そろそろ切り上げられてはいかがですか?」
「そうだな、そうしようか」
声を掛けてくれたクレーライン中尉に答えた時、本部の中を野戦警察の将校が早歩きで近付いて来るのが見えた。
「また何かやって来たようだぞ」
そう言ってクレーライン中尉と顔を見合わせていると、側まで来た将校が直立不動を執った。
「中佐殿、第709野戦警察中隊のグレスマン警察中尉であります」カツン!
「戦闘団指揮官のシュラーガー中佐だ、何かあったのか?」
私は椅子に腰掛けたままグレスマン中尉を見上げた。
「中隊長コールローザー警察大尉殿から至急の連絡事項がありまして参りました」
「至急?」
「はい、作戦“黄色の場合”に関する情報であります。コールローザー警察大尉殿は本件の重要性を考慮して、将校伝令として自分を派出致しました」
グレスマン中尉の言葉にクレーライン中尉と再び顔を見合わせていると、グレスマン中尉は持っていた鞄から封筒を取り出した。差し出された封筒を受け取って、入っていた書類を開いて見ると・・・。
「分かった。グレスマン警察中尉、コールローザー警察大尉の配慮に感謝すると伝えてくれ。身柄はこちらで引受ける」
私は立ち上がって右手を差し出した。
「了解致しました、中佐殿!」カツン!
「君もご苦労だった」
グレスマン警察中尉は直立不動を執ると、私と握手を交わして浅く一礼した。グレスマン警察中尉が離れると、私は書類をクレーライン中尉に渡した。
「警察中隊からケテリに関する情報だ、ケテリはすでに反乱状態にあるらしい。警察中隊が確保したケテリ出身の協力者からの情報だそうだ。協力者の身柄について伺いとなっている。グレスマン中尉、連れて来ているのだな?」
「はい、中佐殿」
「中尉、受け取って質問の準備を整えてくれ」
「了解致しました、中佐殿」カツン!
クレーライン中尉は手元の書類を私の机上に戻すと、グレスマン警察中尉と共に本部から出て行った。
(これで少し空白を埋めることができるな・・・。辺境伯爵家の特命全権公使一行が来たら、質問に加えることにしよう。穏便な策が見つかるかも知れない)
この兵営から東端までは1本の街道で結ばれている、その距離は約80キロメートル。通常なら車両で3時間ほどの距離だ。
(まぁ、実際はもう少し長くなると思うが、それでも通常なら、道路の幅員と強度、そして治安に問題無ければ、だ。そうであるなら、ケテリなどせいぜい休憩地点に過ぎん。だが、現実は東端までの貧弱な補給路の中央、そして我が軍が統治する領域南部の中央にある。全ての面において最重要拠点となるべき街だ)
私は窓から外を見た。ちょうど辺境伯爵家の特命全権公使一行と思われる馬車の車列が門から入ってくるのが見えた。
(人と馬と馬車で踏み固められた道路が、軍用車両、特に履帯の通行に耐えられるとは思えない。補強工事は必須になる、この作業の拠点もケテリしかない)
私は我が軍が統治の委託を受けた領域の地図を思い浮かべた。東征軍が孤立している東方へは、東兵営から北東に向かって連なる二筋の山脈に挟まれた谷間が唯一の道なのだ。東兵営から谷間の中央をはしる街道は、まさに動脈と言って良い。
(その街道を扼するケテリが敵対しているなどとは到底許容できん。なんとしても完全に掌握しなくてはならん、できるだけ無傷が望ましいが、最悪の時は・・・)
街の一部が反乱を起こしているのか、街の総意としての反乱なのか。前者であろうと思われるが根拠は無い。グレスマン警察中尉が連れて来た協力者から、どれほどの情報を引き出せるかによってケテリでの対応は大きく変わる。
(期待しよう)
私は特命全権公使一行を出迎えるため席を立ち、略帽を取ると本部を後にした。




