終幕 ドン・キホーテの大罪
――現在、堤三千世の視点から――
全ての真実を話し終えるとニナはショックを受けたのか黙り込んでしまった。
俺の師匠が血の繋がった父親を殺し、父親もまた冤罪事件を隠蔽しようとした。それは耐えがたい程の真実に違いないはずだ。
「辛いか?」
「オフウ」
俺が声をかけると寂しい気配を察したロッシーも進んでもふもふさせる。そして彼女は優しさによって、少し痛々しかったけれどようやく微笑む事が出来たんだ。
「ううん、パパがすっごくカッコよかったってわかったから。そりゃ今感情が説明出来ないくらい凄い事になってるけど」
「そうか。悲しかったらいつでも甘えていいからな」
「オウン!」
「うん、ありがとう。じゃあ早速パパと※※自主規制※※していい?」
「ンゴッ!?」
だが彼女は笑顔で小学生が言うはずがないものすごく卑猥な単語を言ったので俺は奇声あげてしまう。こんなシリアスモードでもこいつは……。
「お前は本当にブレないな。だが一緒に寝るくらいならいいぞ」
「ちぇー。ま、今はそれで我慢しよっか」
「オウン」
「あはは、ロッシーももちろん一緒にね」
ニナはいつの間にか普段のケラケラとした笑いに戻っていたがやはりどこか憔悴している様に見えた。
そりゃそうだ、ニナはマセガキではあるけれどなんだかんだ言ってまだ子供なんだ。しばらくは父親として彼女に気を使ってやらないとな。
(これでよかったんですよね、烏丸さん)
俺は写真立ての中にいる彼に謝罪する。手探り状態ですがどうにか真実を受け止めれる程度に成長させる事は出来ました。自分はもうしばらくこっちで頑張るので、せいぜい見守ってくださいね。
ニナとロッシーは賑やかに戯れる。俺はそんな微笑ましい様子を眺めながら、温かいコーヒーを淹れるためコーヒーメーカーを操作した。
その日の晩、俺はパソコンをいじってデータの整理をしていた。
今夜はニナと一緒に寝る約束をしている。今は仕事もなく特にする事もないので適当な所で切り上げるとしよう。
「ん」
だがその時メールが届く。どうやら少し前に取材依頼をしに来た奴が渡した資料を読み終えたようだ。
正直どうせ記事にしないのは目に見えているしそもそも出来ないだろうからどうでもいいが、俺は仕方なくそいつに返事のメッセージを送った。
『読み終えたみたいだな。もうわかっていると思うがこれがあの事件の真実だ。ホームズもバックドロップをしたくなるくらいくだらなすぎる真実だろう?』
大体はここで諦めるが、暇だった俺はサービスでついでに別の真実についても補足してやる事にした。
『ちなみに後でわかった事だが楊彩文は楊春蘭を虐待していない。虐待と疑われた原因になった楊春蘭の怪我は虐めによるものだった。彼女はDV夫から逃れて子供を護るために安定した生活を捨てて遠い親戚を頼って穂久佐村に逃げてきたんだよ。ついでに言えば風間和彦が疑われたのも元々は不動幹事長が影の政府の人間で世界を侵略しようとしているって考えている妙な思考回路の奴がネットに陰謀論を投稿して、それを上手い具合に週刊誌がトリミングして掲載したのが発端だったりするぞ。それを知った上で読み返してみると違った見方が出来るかもな』
しかししばらく待っていると相手は更に返信してきたが、意外にもそれは掲載を見送るとかそういう内容ではなかった。
『あなたはこの穂久佐村連続幼女殺人事件で最も悪い人間は誰だと思いますか?』
そのメールはやたら長かったが要約するとそんなニュアンスのメールだった。俺はしばらく考えた後そのメールに対して返事をする。
『この事件には最初から被害者も加害者も存在しなかった。いろんな人間の思惑が重なったというのもあるが冤罪を生みだした最大の要因はメディアや大勢の人間による正義の妄想だったんだろう。まるで妄想の敵と戦ったドン・キホーテの様に、彼らは最初から存在しない悪を糾弾しそれに快感を覚えてその結果ありもしない殺人事件が生みだされたんだ』
カタカタカタ。俺は文字を入力しているうちに次第にイラついてきてしまった。あの救いようのない真実を知った瞬間は今思い出してもやるせなかったからな。
『だがあなたに彼らが愚かであると非難する事は出来ない。あなたは一度でも思い込みで人を傷つける行動をとった事はないだろうか。その情報が正しいと信じ誰かを批判した事はないだろうか。何か事件が起こった時に憶測に基づいてネットで叩いた事はないだろうか。徒党を組んで正義に酔いしれながら特定の個人を否定し優越感に浸った事はないだろうか』
かつて犠牲者として疑われた人に死にたくなるほどの苦しみを与えたマスコミや民衆と同じ過ちを犯してしまったこの男に罵声を浴びせるため、俺は怒りを込めてキーボードを叩く。あるいはそれはただの八つ当たりなのかもしれないが。
『人間はだれしもドン・キホーテになる可能性がある。言葉で人を殺してしまう事もある。真矢と彼らの違いは結局のところ直接実行したかどうか、それだけだ。だがお前ももしかしたら自分が間違っていたと気付く事もないままに誰かの人生を狂わせているかもな。少なくとも俺が忠告したはずなのにこの事件に興味を示し、実際に事件に関わった人間の気持ちも考えずに根拠に乏しい偏った情報に踊らされミステリー小説の主人公を気取って馬鹿馬鹿しい的外れな推理をしてしまったお前にはその素質があるだろう。探偵ごっこは楽しかったか?』
そして文章を書き終わった俺はエンターボタンを叩きつけてメールを返信する。
だが待てども待てどもそれっきり返事は返ってこなかった。どうやら今回も骨のない奴だった様だ。
これ以上は時間の無駄だと判断した俺はパソコンを閉じて寝室に向かう。
ベッドの上では既にロッシーを抱き枕にしたニナが眠りについており幸せそうな顔で眠っている。俺は彼女を起こさない様にそっと布団の中に入って眠りについた。




