4-7 証言:大物代議士の親族の風間和彦
権田原さんに穂久佐村連続幼女殺人事件の真犯人候補である風間和彦との出会える様に取り計らってもらった翌日、俺は星鳥駅近くにあるワッフルを売る店に向かっていた。
隣にはこじんまりした稲荷神社がある。ここで間違いないだろう。
俺はその店に入りワッフルを注文、先に室内で食べる事にした。
その店はテイクアウトを前提に作られているため飲食スペースに座席はほとんどなくせいぜい三、四畳程度の広さしかない。お客さんも時々訪れるが全員がそのまま容器に入れてもらい別の場所へと移動していった。
スッ。しばらくカリフワのワッフルを堪能していると左隣にガタイのいい男が座った。
「待たせたな」
「すみません、お忙しい中」
その人物はもちろん権田原さんだ。彼は俺の足元に紙袋を置くとそのままワッフルをもひもひと食べ始める。
「約束のブツだ。これを手土産に持って行けば彼に会えるだろう」
「ありがとうございます。けどこれは何ですか?」
俺は念のため問題があるものではないか確認する。この場合の手土産と聞いてパッと思いつくのは現金だろうか。流石にお菓子とかは容疑者候補が受け取るわけないだろうし。
「俺の秘蔵のエロビデオだ。回収されてもう手に入らないものもある。ついでに真矢から貰った奴も入っているぞ」
「……はあ、まあ何でもいいですけど」
取りあえずそこまで危険性は無く大丈夫そうなので俺は一安心した。でもこんなもので本当に話を聞いてくれるのだろうか?
「ああ、それと古豊千の、」
プルルルル、プルルルル。だがそこまで言いかけて権田原さんのスマホが鳴った。
「すまない、仕事が入った。住所も紙袋の中に入ってある。上手くいくといいな」
「ええ、本当にありがとうございます」
権田原さんは相当忙しいのだろう、ワッフルを急いで口の中に詰め込み店の外に出て行った。
しかし権田原さんは古豊千の、の後に何を言おうとしたのだろうか。もう真相も明らかになった終わった事件に新しい発見があるとは思えないけど。
ともかく彼がくれたこのチャンスを無駄にしないためにも必ずミッションを成功させなければ。俺は気合を入れて甘いワッフルを食べて栄養を補給した。
だがやはり俺は今から犯人候補と会うわけなので不安はある。もし彼が本当にあの事件の犯人ならそいつは少なくとも少女一人を殺害した極悪人なのだから。
せめて会話が成立する相手だといいんだけど……。
風間が住んでいるマンションに向かうとそこにはかなりの数の報道陣が集まっていた。入り口近くにたむろしたところで何か情報が手に入るわけでもないし正直この行為に迷惑以外の意味があるとは思えないのにご苦労な事である。
風間は引きこもりがちのニートだそうで家からはほとんど出ず定期的に親族が様子を見に来ているらしい。大物代議士の親族だけあって家はそれなりに裕福なので働いていなくてもそこまで問題はない様だ。
報道陣をスルーした俺はエレベーターを昇って最上階の十階へと移動する。流石は金持ち、それなりにいい所に住んでいるな。
「権田原さんから話は聞いていますか。堤です」
部屋の前まで移動した俺はかなり緊張しながらインターホンを鳴らす。だがしばらく待っていても一向に応答はなかった。
待つ事数分、ようやくチェーンロックがされた状態で扉がわずかに開いた。なんかこれデジャブだな……。
「先にブツを寄越せ」
「あ、ああ」
俺が隙間から紙袋を入れると風間はひったくる様にそれを回収し即座にバタンとドアは閉められてしまう。
「……………」
そして再び俺は待たされてしまった。ほとんど会話らしい会話もなかったしとてもコミュニケーションが出来るとは思えないが大丈夫なのだろうか。
が、その時。
ギュゴゴゴゴゴゴッ!
「のお!?」
突如として風間の部屋から工事現場の掘削音の様な音がして俺は驚いてしまう。またしばらく待つとその音は止み、ガチャリとドアが開いた。
「入れ」
「あ、ああ……」
俺は戸惑いつつも言われるがまま入出すると彼はすぐにドアを閉めて鍵をかける。報道陣対策なのだろうがこれで俺は何かがあった時すぐに家に出る事は出来なくなってしまった。
引きこもりというからもっとゴミ屋敷を想像していたが、家の中は多少薄暗いだけで親族が掃除とかをしてくれるのか思っていたよりも綺麗だった。
ただそれはあくまでも思っていたよりも、である。掃除のスピードに散らかすスピードが追い付いていないのか部屋の中にはゴミ袋が溜まっていてその辺に空いたカップ麺やコンビニ弁当の容器、ペットボトルなどが散乱していた。まあギリ我慢出来る範囲なので俺は耐えられるけど潔癖症の人は地獄だろうな。
「えと、今のは何だったんです?」
「気にするな。ダイナミックにセルフィッシュをしていただけだ」
「セルフィッシュ……」
つまりこいつは早速差し入れのブツをオカズにした様だ。人を待たせておいて何をしているんだよ。
だが引きこもりというからもう少し厄介なのを想像していたが会話は成立するらしい。限られた相手とはいえ定期的に人と会っているからそのあたりは大丈夫なのだろう。
「権蔵さんの頼みだから仕方なく入れたが……俺に何の様だ」
「え、ああ。もう聞いていると思いますけど、俺は穂久佐村連続幼女殺人事件について調べています」
「マスゴミの連中じゃないんだよな」
当然の如く風間はかなり警戒している様だ。執拗な取材に参っていると考えればそれまでだがこいつは真犯人候補、別の事を恐れている可能性もある。
今は誰もやって来ない自宅で二人きり。もしこの男が本当に凶悪な殺人犯であればこいつはいつだって俺を殺せるのだ。
「ああ。俺の父さんはあの事件の捜査をしていて荻野死刑囚の刑が執行されてしばらくしてから自殺したんです。俺は父さんが真相を知って罪の意識で死んだと思っています。だから俺は真実を知りたいんですよ」
そうでない事を祈りながら俺は刺激しないよう正直に話す。まあもし殺しにかかってくれたらそれは殺人鬼である事の何よりの証明なので、それはそれですぐに真相がわかって幸運ともいえるけど。
「そうか」
しかし風間は短くそれだけしか言わなかった。お涙頂戴な話をしてもどうやら特にどうとも思っていないらしい。
こいつには感情があるのだろうか……暗い部屋では表情もよくわからない。とにかく何か危険な動きをしたらすぐに反応出来る様に警戒を怠ってはいけないだろう。
「俺の部屋に来い。飲み物はエナドリでいいか」
「え? はい」
だが風間はかなり意外な提案をした。そして彼の部屋に入ると彼は部屋に置いてあった小型の冷蔵庫からエナジードリンクの缶を取り出し俺にずい、と突き出したのだ。
「座れ」
「ああ……」
若干ズレてはいたが俺は彼がもてなしてくれた事にかなり驚いてしまった。それはサイコパスの殺人鬼は決してするはずのない行動だったからだ。
『んぉっほう、んぉっほう! ウボァー!』
彼の部屋に入るとそこには大きなパソコンがありついさっき渡したセクシービデオが再生され独特な喘ぎ声でウフンアハンとしていた。この状況でシリアスな話はしたくないが……まあこれに関してはスルーしておこう。
「なあ、お前も俺があの事件の犯人だと思っているのか」
「っ」
けれど彼がその話題を切り出した時目つきが鋭いものに変わってしまう。これはどちらの意図でそう言ったのだろうか。
ここで選択を間違えてはいけない。当たり障りのない事を言うか? いや、ここはあえて勝負に出てみよう。
「それを知るためにここにやって来ました。俺は全ての可能性を検証したいんです」
俺は彼の事を殺人犯かもしれないと思っている事は否定しなかった。ここで曖昧な回答をしてしまえばかえって信頼されないと思ったからだ。
「……………」
その言葉に返事をする事なく風間は無言でごそごそとダンボール箱の中を漁った。彼は何をしようとしているのだろう。殺せる程度に危険なものは取り出したりしないよな。
そして風間は何か四角い長方形の箱のような物を数個取り出し、それを俺の目の前にデン、と置いた。
「?」
それはいわゆるエロゲだった。それもムチムチした妖艶な女性の……俺はこんなものを差し出されると思っておらず、また同時にこういう場合は大体鬼畜な幼女モノと相場が決まっているので俺は二度困惑してしまう。
「俺は熟女が好きだ。人妻ならなおいい」
「は?」
風間は何故か唐突に自分の性癖を暴露した。こいつはどうしていきなり初対面の俺にそんな事を語ったのだろうか?
「なのに小学生なんて痴漢するわけねぇだろ!? 速攻で示談にしてやるから金寄越せって言って明らかに金目当てだったのに全員俺が犯人だって決めつけやがって! 無罪になったのにネチネチネチネチいつまでもいつまでも! 再就職先にまで電話をかけて!」
だがその直後風間は声を荒げて激怒した。それはどのメディアにも書かれていない初めて聞く情報だったがそれに驚いている余裕はなかった。
「上級国民だ!? んなわけねぇだろ! 分家なのにコネなんて使えねぇよ! 俺だって必死で勉強していい大学に行っていい会社に行ったんだよ! それが全部! 努力が全部無駄になった!」
「お、おう」
「穂久佐村連続幼女殺人事件だあ!? 知るかよ! そもそも穂久佐村に行った事もねぇよ! 幼女には興味ないって何度言ったらわかるんだ! なのにどいつもこいつも……! なんで……俺は何もやってないのに……!」
「っ」
相当たまっていた風間はひとしきり叫ぶと力なくガクリ、と膝をついてしまう。そして殻は静かに嗚咽を漏らし泣き始めたのだ。
「熟女が好きなんだよぉ……俺は熟女が好きなんだよぉ……何度言ったらわかるんだよぉ!」
「風間さん……」
その魂の叫びに俺は何も言えなかった。
そして俺は理解する。彼は真犯人ではないと。同時に彼もまたあの事件によって人生を狂わされた被害者であるという事も。
けれど俺はそんな彼に話を聞かなければならない。その傷口を広げる事になったとしても。
(ん?)
しかし俺は何故かその光景にデジャブを感じてしまった。無論彼と話をするのはこれが初めてでありこの光景を見た事なんてあるはずがないのだが。
「ではあの事件の時、風間さんは本当は何をしていたんですか? 仕事をしていた、というのは違いますよね」
「……東京で開かれた好きだったアイドルの引退コンサートに行っていた。誰も信じてくれなかったけどな」
風間さんは泣きじゃくりながら本当の事を語ってくれた。だが何分昔の話だしそれを証明する事なんてもう出来ないだろう。
……いや、果たして本当にそうだろうか?
アイドルの引退。熟女。泣き崩れる男。この三つの要素を含んだ情報に俺はどこかで触れなかっただろうか?
『んぉっほう、んぉっほう! ウボァー!』
そんな状況でもセクシービデオは再生され画面の中の女優は先ほどと同じ様に独特な嬌声で喘ぎ俺の思考をかき乱してしまう。これどうにかならんのかね。
(しかし気が散るな……ん?)
けれど俺は気付いてしまった。ずっと本物のセクシービデオと思っていたその映像が同じシーンをループしている事に。
「風間さん、これは!?」
「さっきお前が渡したエロゲだよ。それがどうかしたのか」
慌てて問いただすと彼は泣きながらそう答えてくれる。これは真矢がスーパーエロゲメーカーを使って作ったゲームである事を。
俺は驚愕し、そして戦慄してしまう。
何故ならその映像は作り物とは到底思えない程、本物と見分けがつかないくらいあまりもリアルだったのだから。
「……話を聞かせていただきありがとうございます、風間さん。お邪魔してすみませんでした」
「……もう来るんじゃないぞ。俺は静かに暮らしたいだけなんだ」
俺は風間さんに平穏を乱した事を謝罪し、彼の自宅を後にした。
短いやりとりだったが俺は大きく前提を覆してしまう情報を何個も手に入れてしまった。これは一から推理を考え直さないといけないな。
それが俺の望む結末かどうかはわからない。だけどひたすら考えるんだ、あの事件の真相に辿り着くために。




