4-2 大ボス・烏丸からの尋問
失意の中俺が連れて行かれたのはどういうわけか警察署ではなく人里離れた場所にある工場だった。俺はその不可思議な事態に困惑してしまうがされるがまま鉄の配管に拘束されてしまう。
「……………」
冷たいコンクリートの床に座っていた俺は周囲を見渡して脱出に役立つ情報を探した。
ここは元々木材を加工する工場だっただろう、室内には電動ノコギリやハンマー、はんだごてなどその気になればそういう用途に使えるものもたくさんある。流石にこういう物は使わないとは思うが……。
見張りは二人。どちらも心があるのかどうかもわからない程度に無表情で見るからに強そうだし、仮に拘束されていなくてもひ弱な俺では突破出来ないだろう。
「おーい、取り調べはまだなのか? まだならカツ丼寄越せ。愛情を込めて手作りで萌えキュンビームをした奴を」
「……………」
当然俺がボケてももちろんガン無視だ。これは向こうに原因があるので俺がすべっているわけではない、決して。
ガチャン。
「すまないな、すぐに終わるからもう少し我慢してくれ」
「?」
しかし鉄の扉が開きなにやら大ボス感のある男が現れた。俺の文句は外でも聞こえた様で彼は苦笑しながら最低限のリアクションをしてくれる。
ドラマ化したら大御所俳優が演じてくれるだろうな。雰囲気的にこいつがリーダーっぽいが……。
「あんたは?」
「私は警察庁長官官房室参事官の烏丸だ。君にはずっと会いたかったよ」
男はそう名乗りその一挙手一投足に俺は気圧されてしまう。そして直感した、こいつは決して敵に回してはいけない化け物である事に。
「そりゃまた随分な御身分のお方で。権田原さんといい最近の警察は暇な人ばかりなんですかね」
俺はわざとらしくおどけてみせるがかなりビビッていた。だがそれに感づかれてはならない、少しでも油断したら食い殺されてしまうのだから。
「そんなに怯えなくてもいい。別に私たちは君に対して危害を加えるつもりはない。確かに見ての通りここは警察署ではなくこの行動も法に則って正式な手順を踏んだものではないがそれには事情があるのだ。言うまでもなく拷問などはしないので不安になる必要はないぞ」
「っ」
だが俺の思考はとっくにバレていた。おそらくノコギリをチラ見していたのでそれに気付いたのだろうが、どうやら管理職になって一線を退いても警察官としてはまだまだかなり優秀な様だ。
「……俺は何を話せばいいんです?」
こいつには勝てないと判断した俺は抵抗を諦めてこの場は大人しく従う事にした。ドン・キホーテ事件や父さんのノートに関する情報が聞きたいそうだが、そもそも話して困るような情報はそんなに持っていないしな。
唯一あるとすればノートに関してだが俺もそれがどこにあるのかはまだ知らない。なので話したところですぐに奪われるという事はないだろう。
「ではまず巷を騒がせているドン・キホーテ事件について話を聞こう。君もあの事件についてはもう知っていると思うが……我々は寺町真矢を容疑者の一人として考えている」
「まあそりゃそうでしょうね。俺でもそう思いますよ」
真矢に向けられた疑惑は既に別件で把握していたので俺は特に驚かなかった。信じてくれるかどうかはわからないが折角だしあの事について話しておくか。
「ただ真矢は多分違います。確かに俺たちは三人目の犠牲者の乙亥正と最後に出会いましたけど、その後俺たちは喫茶店に行って、それから真矢は知り合いの子供を――まあ古豊千朝日なんですが、そいつが雷の降る中凧を飛ばしていたから家まで送り届けて、そしてお土産にドーナツを買って来てホテルに戻りました。つまり乙亥正を拉致して殺して撮影を生配信している余裕はないんですよ。第一俺と一緒にあの動画を見ていましたし」
「なるほどな。撮影したものをあらかじめ用意しプログラムか協力者を使って動画サイトに投稿して生配信だと言い張れば出来なくはないが……その場合事前に乙亥正を拉致して撮影をしないといけないな」
「空白の時間はせいぜい十分くらいです。出来ない事はないかもしれませんがかなりシビアだと思いますよ。けど俺にはそれを証明出来ませんから本当かどうか知りたかったらその辺の防犯カメラでも調べればいいと思います」
「ふむ。アリバイはあると。あの動画を我々も検証したが現代の技術では作るのはかなり難しいという結論に至った。つまり本物の可能性が高い。もしそれが事実なら彼女のアリバイは完璧ではないが証明されるだろうな。すぐに調べろ」
「はい!」
烏丸は俺から情報を引き出し部下に指示を出した。これで彼女の無実が証明されればいいんだが……。
「では次に堤刑事のノートについて聞かせてもらおう。というかむしろこちらが本題なのだがな」
「ノートの事、ですか」
ドン・キホーテ事件の話が終わり烏丸は当然ノートの事についても質問をした。だけどこちらに関してはあんまり喋り過ぎないようにしないとな。事件の真相を隠そうとしている警察に穂久佐村連続幼女殺人事件の全てが記されているであろう父さんのノートを渡すわけにはいかないのだ。
「知っていると思いますが俺はまだノートを見つけていません。父さんの死の真相を知るためあの事件の事を調べていたらメールが届いて、メールで出題する全部の謎を解いたらノートの在り処を教えるとかそんな事が書かれてあったんです。つまり俺もどこにあるのかはまだ知らないんですよ」
「ああ、君もあのメールを受け取ったのか」
「君『も』? っていう事にはあなたにも」
「ああ、私もあのメールを受け取った。もっとも最後の問題で間違えてしまい資格を失ってしまったがね」
烏丸は意外にもそのふざけた話をすんなりと受け入れてくれた。どうやら烏丸にも謎解きメールは届けられた様だが……俺だけじゃなかったのか。
「ちなみにそれはどんな謎だったんですか?」
「答えを知っていればすぐに解ける問題だ。だがここで詳細な内容を伝えることは控えよう。敗者である私は君が謎を解いて真実に辿り着けることを祈っているよ」
「そう、ですか」
もしヒントを聞ければありがたかったが彼は教えてくれなかった。まあ今は謎解きメールどころではないし知る必要もないか。
「俺から質問をしてもいいですか?」
「尋問をしているのはこちらなのだが。だが協力のお礼に少しくらいならいいだろう。答えられる範囲なら構わないぞ」
「そうですか、なら教えてください。あなた方は穂久佐村連続幼女殺人事件についてどこまで知っているんですか? 本気で萩野弘が犯人だと思っているんですか?」
それから質問が中断し余裕が出てきたので俺は相手の動向を探るためにそんな質問をした。正直な所答えてくれるかどうかはわからなかったが駄目で元々、時間が稼げればそれで十分程度だからな。
「……そうだな。ニュースでも報じられている通り当初は大物代議士の親族が犯人と疑われたが、次第に不審人物の目撃証言ごと黙殺されていった。あの事件で忖度がなかったと言えば嘘になるな。だが最終的な決め手となったのは自白やDNA鑑定による証拠だ。我々はそれらの証拠から荻野弘を逮捕し、裁判所も法に基づいていて裁きを下し、刑は執行された」
「ですがその証拠は」
「ああ、捏造だな。荻野弘はおそらく無実だ」
だが意外な事に烏丸はあっさりとそれを認めた。警察が証拠を捏造し、無実の人間に罪を被せ絶望の中法律により殺害したという身の毛もよだつ事実を。
「あの事件には様々な思惑があったのだろう。しかし今となっては最早真実はわからない。だが堤刑事は真実を知ってしまい罪の意識から自ら命を絶った。全ての真実を書き記したノートをどこかに隠して……今更真実が明らかになっても誰も幸せにはならない。そのほうがこちらとしても都合は良かったがな」
「ならどうしてあなた達はノートを探しているんですか」
「荻野弘の死刑が執行される数年前、別の事件でDNA鑑定の誤りが認められて無罪になるという出来事があった。だが警察行政に携わる人間はその事実に戦慄した。もしあの事件のDNA鑑定も誤っていると、そんな二例目が出た場合多くの罪人が自分も無実だと訴えるだろう。そうなれば警察行政は根幹から揺らぎ大問題に陥ってしまう。だから警察は荻野弘が無実だと知っていても何もせず、再審請求中にもかかわらず刑を執行して真実を永久に闇に葬ったのだ」
「ッ!」
俺は恐怖してしまう。彼の口から淡々と述べられたそのあまりにも理不尽で身勝手な理屈に。そんな不条理極まりない理由で荻野弘は何の罪もないというのに殺されたというのか!
「なので我々がノートを手にしてもそれを世間に明らかにする事はないだろう。穂久佐村連続幼女殺人事件の真実は永久に封印されなければならない。この国の司法を護るためにも」
そしてひとしきり無茶苦茶な事情を話した烏丸はわかりきっていた答えを言った。しかしむしろ敵の考えを早々に知れてラッキーだったかもしれない。
「さて、そこで少し提案があるんだが構わないか?」
「聞くだけ聞きますが」
俺には烏丸が何を言おうとしたのか大体予想が出来ていた。こういう場合悪役がする提案は大体金か名誉か地位と相場が決まっているからな。
「もしノートを見つけてそれを我々に渡してくれたら私のほうから上手い具合に取り計らって君を警官として復職させよう。もちろん以前と同等以上の待遇で。君も悪徳探偵の助手なんて世間一般に褒められた事ではない仕事をするよりかはそちらのほうがずっといいだろう?」
「世間一般に褒められた事ではない、ですか。こういう時にピッタリなスラングがありますよ。心の底から言わせてください。『おまいう』と」
「ふむ、それは残念だ」
こいつらには何が何でもノートを渡してはならない。父さんが自分の命と引き換えに明らかにした真実が記されているあのノートを。
「まあいい、聞きたい事はこれくらいだ。手錠を外してやれ。こんな事をしてすまなかったな」
「ふん」
烏丸に指示された部下は無表情で手錠を外し俺の拘束を解く。立ち上がった俺は取りあえず手首を見たが特に変な事にはなってないな。
「で、真矢は今どこにいる」
俺は自由の身になったがまだ一件落着ではない。犯人候補の彼女はきっと今も苛烈な尋問を受けているのに違いないのだから。
「場所は明かさないが丁重に扱っている。そこは安心したまえ」
「信用出来ないが……まあいい」
その問いに烏丸は笑いながらそう答える。だがさすがにあんな事を聞かされた後では到底その言葉を鵜呑みにする事は出来なかった。
「それと彼女に関してだが実は彼女を任意同行する前に匿名の通報があってね。寺町真矢はドン・キホーテ事件の犯人である、とある場所に死体を遺棄したと。早速言われた場所を調べるとそこには遺体の一部があった。普通に考えれば通報した人間は何らかの事情を知っている共犯者だろうな。寺町真矢を陥れようとしたのか、何らかの理由で裏切ったのかはわからないが」
「ふむ」
ついでに俺はまだ報道されていないであろう新鮮な証言を聞かせてもらった。ただドン・キホーテ事件を調べている人間からすれば喉から手が出るほど欲しい情報だろうけど、それは俺にとっては別に必ずしも必要な情報ではなかった。
「案外ドン・キホーテ事件の真犯人はあんたかもな。悪役っぽいし」
「自分が血も涙もない人間なのは自覚しているよ。しかし上に立つ人間は組織を護るために倫理を踏みにじらなければならない時もある。だがどうか君は私の事を一生理解出来ないでいてほしい」
「言われなくてもそのつもりだよ」
俺は半分本気の軽口を叩いて木材の加工場から外に出る。うーん、新鮮な空気が美味しいなあ。
時間はそれなりに経過したのか空はもう夕暮れで赤く染まっていた。ここがどこだかわからないがまずは自力でビジネスホテルに戻らないとな。
……けどその後はどうすればいい。俺を導いてくれる真矢はもういないというのに。
いや、弱気になったらダメだ。穂久佐村連続幼女殺人事件についてもドン・キホーテ事件についても俺はまだ知らない事がたくさんある。俺は全ての真実を知らなければいけないのだ。
だから待ってくれ、真矢。俺だってやれば出来るって事を証明してやるからさ。
よし、まずは捏造に関わった鑑識の左門を探してみよう。俺も探偵の助手、それくらい出来るはずだ。




