幕間3 過去からの訪問者
――現在、堤ニナの視点から――
ふわふわとしたとても優しい場所で、私はゾウの様にとても大きなロッシーを思う存分もふもふしていた。
「えへへー」
「オフゥ」
ロッシーはまるで雲みたいにふわふわしていて天気のいい日に干したお布団の様にいい匂いがした。このもふもふは人をダメにするもふもふだよ~。
……………。
………。
…。
「むにゃー。むにゃ?」
「オウン?」
けれど気付けば私は事務所のソファーの上で横になっていた。枕役をしてくれたロッシーはいるけどもちろんそのサイズは通常サイズである。
どうやら私は夢を見ていた様だ。うーん、もうちょっと幸せなもふもふを堪能したかったのに残念だなあ。
「ふふ、いい夢は見れたかい?」
「ふぇ?」
でもその時知らない人の声が聞こえて私は驚いてしまう。声のした方向を見てみると、テーブルを挟んだ向かい側に赤い帽子と青いケープを着た若い女の人が座っていたんだ。
「あわわ、初めまして! お客さん?」
「オフ」
だらしない姿を見られて恥ずかしくなった私はすぐに姿勢を正してお行儀の良い座り方をし、ワンテンポ遅れてロッシーも真似っこをする。女の人はそんな私たちを見てクスクスとおかしそうに笑ったんだ。
「そんなに畏まらなくていい。僕は依頼人じゃないからね。僕はここの所長である堤三千世の昔の知り合いで久しぶりに顔を見に来ただけさ」
「パパの? そういえばどこかで見た様な……どこだっけ?」
私は記憶を辿ってお姉さんの事を思い出そうとした。けれどどういうわけか頭の中に靄がかかって思い出す事が出来なかったんだ。
「けどまだ会えそうにないなあ。その間君と遊んでもいいかい?」
「え? うん、いいですけど」
だけど考え事はお姉さんのそんな一言で中断されてしまう。ここはしっかりパパの娘として接待をしないとね!
んで。
「はい、角度はこう! ヤ〇! トー! ルー!」
「ヤ〇! トー! ルー!」
「オッ! フッ! フー!」
数分後には私たちは何故かプロレスの物真似を教えてもらっていた。似ているかどうかはよくわかんないけどなんだか楽しいからどうでもいいね!
「流石はサンチョ君の娘だ! 呑み込みが早いね!」
「えへへ、将来はパパの助手になるつもりだからね!」
「うん、君なら立派なワトソン役になれるはずさ。でもそれにはプロレスの物真似を覚えないと!」
正直お姉さんが何を言っているのか私にはわからなかった。でもその言葉には確かに信じさせる何かがあったんだ。
「さて、十分楽しんだし僕は帰ろうか」
「え? パパに会いに来たんじゃないの?」
だけどお姉さんはそう言って帰り支度を始めた。そして私がそう尋ねると、
「会いたいけど……今は会えないんだよね。けど君の顔が見れて良かったよ」
と、とても寂しそうに笑ったんだ。
「お姉さん?」
「じゃあね、ニナ。またいつか会おう。まあその気になればいつでも会えるけどね」
別れの言葉を言ったお姉さんは事務所の入り口に歩いていく。どうやら本当に帰ろうとしているらしい。
待って――。
お姉さんはパパに会わないといけない。パパもそれを望んでいるはずだ。私は心のどこかでそれを知っていたんだ。
私はお姉さんを引き留めるためにドアから出て後を追いかける。
けれど、ドアを開けたのと同時に目の前が真っ白になって――世界は光に包まれて消えてしまったんだ。
……………。
………。
…。
「ニナー?」
「オウン」
「むにゃ?」
そして私は巻き戻しをしたかの様に似たようなシチュエーションで目覚めてしまった。だけどパパが見下ろしながら立っていて、ロッシーがハッハッハと舌を出してニコニコしている状態からのスタートだったのでソファーで寝ていた以外は特に共通点はなかったよ。
「お姉さんは? パパとは会ったの?」
何より事務所にはお姉さんがいなかった。ついさっき事務所から出たはずなのにパパとは出会わなかったのかな。
「いや、お前しかいなかったが……夢でも見ていたんじゃないか?」
「うーん。違う気もするけど」
パパは現場の状況からそう結論付ける。だけど妙にリアルだったけど私にはあれが夢だったとは思えないんだよなあ。
「そうだ、そのお姉さんに物真似を教えてもらったんだよ! ヤ〇! トー! ルー! ってね!」
「ッ!」
だけど私がその物真似をした途端パパの顔色が変わってしまった。パパは何で悪役レスラーの物真似でこんなに驚いちゃったんだろう。
「……そんな事あるわけがないはずなのに」
「パパ?」
「いや、何でもない。俺の気のせいだ。お前が昔の知り合いの女に似ていたもんだから驚いてな」
「ははあ、つまりパパは私のキュートな姿に昔の女を重ね合わせてときめいてしまったと。でもいくら私が魅力的でも近親相姦はダメだよ?」
「全然違う。少なくとも矢〇通の物真似をする幼女を俺は恋愛対象として見ない」
まあ厳密には血の繋がりはないからセーフっちゃセーフだけどね。でもパパは私のいつものノリのおかげで平常心に戻る事が出来た様だ。
「それよりも、だ」
パパはコホンと咳ばらいをして真面目そうな表情になる。これはもしかしてあれかな。私もその事を予想して思わず背筋をピンと伸ばしてしまった。
「次がドン・キホーテ事件にまつわる最後の話だ。俺は今からそれについて話す」
「うん」
やっぱりパパはあの話をしようとしていた様だ。でもこれで最後って事は『お父さん』の死んだ理由とかが全部わかるんだよね……?
「お前は知りたくなかった真実を知る事になるかもしれない。それでもいいか? 真実を知る覚悟は出来ているか?」
ああ、パパはこんなにも私の事を心配して悲しそうな顔をしてくれている。こんな顔をされたら覚悟が出来ちゃうに決まってるじゃん。
「うん、出来てるよ。私だってもう子供じゃないんだから。だから私のためにもう嘘をつかなくていいんだよ」
「そうか」
だから私は迷う事無く即答した。闇に葬られた真実を知るために。
パパはあの事件の事でずっと苦しんでいた。だから私は強くなってパパをドン・キホーテ事件の呪縛から解放してあげないといけないんだ。
「わかったよ。俺はすべてを話す。ニナのお父さんが死んだ理由を、そして彼が犯した罪を……」
そしてパパもようやく覚悟を決め、その重々しい空気に私はゴクリと唾を飲み込んだ。
いよいよだ、ようやくすべての真実が明らかになる。
もしかしたらそれはとても残酷な真実かもしれない。
でもきっと大丈夫。パパと一緒なら乗り越えられるはずだから。




