3-18 最初で最後の水族館デートの想い出
ティアラちゃんの様子を確認した後ビジネスホテルに戻るとそこには左門の捜索をしているはずの真矢がいて彼女は俺の姿を見るやいなやむう、と頬を膨らませて怒ってしまう。
「もう、遅いよサンチョ君」
「ん? 左門が見つかったのか」
もしそうならこの上ない吉報ではあろう。だけど彼女の答えは俺の予想とは全く別のものだった。
「いいや、ちょっと息抜きにね。君も付き合いなよ」
「うん?」
んで。
「ほへー」
わけもわからず俺はいつの間にか鰈浜にある水族館に移動し、俺は何故かはしゃぎまくる真矢の子守をしていたんだ。
「俺は助手だからお前の指示には従うが……これはどういう意図だ?」
「どうもこうも水族館に行きたかったから来ただけだよ。まるで海の中にいるみたいでなかなかロマンチックじゃないか!」
海底トンネルにはジンベイザメやエイが悠々と泳いで俺たちを見下ろしていた。その普段では見られない神秘的な光景に真矢は大興奮して心底楽しんでいる様だ。
「あっぷっぷー」
「(ヘンナカオダナー)」
童心に帰った真矢はエイと睨めっこをして遊んでいる。というかこれではまるで子供そのものだな。
アクリルガラスの向こう側にいたエイは一瞬真矢に興味を示したがすぐに泳いで去ってしまい他の魚と一緒にのんびり徘徊する。どちらも自由気ままで幸せそうである。
「まあいいけど。しかしこれはデートになるのかね。どっちかというと子守って感じがするけど」
「広義にはそう分類されるんじゃないかな。それよりもペンギンさんを見に行こうよ!」
「はいはい」
はしゃぎまくる真矢からはこれっぽっちも大人の色香なんて感じられなかった。しかしそもそもこいつって何歳なんだろう。ノンアルコールカクテルを飲んだり免許を持っている事から多分二十歳は越えているとは思うけど見た目に反してかなり子供っぽいんだよなあ。どこぞのバーローとは違いまるで子供がそのまま急に大人になったみたいで。
「うぇへへへ」
「ギョエー」
真矢はペンギンを眺めてだらしのない顔をしていた。シリアスな事を言ったかと思えばこんな感じでアホになる事もある。
考えてみれば俺はこいつの事をほとんど知らない。知っている事と言えばプロレス、特に矢〇通とペンギンが好きって事くらいで、どうして必死になって穂久佐村連続幼女殺人事件の事を調べているのかそれすらも。
「(コイツナカマカ? カッコウガオレタチッポイゾ)」
「(ドンドンドン、ドーン)」
「(ダマレヨ。ドウブツデモルールハマモラナイトイケナイゾ)」
「(ドウデモイイケドオレマンナカデクギルトオモッテタワー)」
ペンギンたちは真矢を見てキャッキャと仲間同士で楽しそうに会話をしていた。もちろん言語はわからないがこんなお喋りをしているのだろうか?
「一度はここに行きたかったからよかったよ。夢が叶ったね」
「そうか、それは何よりだな」
だけどそう言った時真矢はほんの少ししんみりとした。やたらと感情の落差が激しいけど何かストレスを発散したくなるような事があったのだろうか?
「真矢はデートとかそういうのした事があるのか?」
「ないよ。つまりサンチョ君は僕の記念すべき初デートの相手だってわけさ。けど年頃の男女ってどんなデートをするのかな。僕そっちの知識には明るくなくて」
「ホテル?」
「あはは、捏造して社会的に抹殺するよ」
「もうされてるよ」
「そうだったそうだった、ははっ」
真矢は他愛のない事でもケラケラと笑ってくれる。探偵としてやっている事は悪徳でも実際は案外普通の女の子なんだよな。
「それよりも真矢、」
「クラゲでも見に行こうか」
「ん、ああ」
俺は彼女に聞きたい事があった。けれど彼女はそれを拒むかの様にそう提案して次の場所に移動してしまう。
……うーん。
「ほけー。癒されるねえ」
真矢はまったりしながらクラゲを眺めていた。見ていられなくなった俺はため息をついて彼女の後ろにそっと近寄る。
恋人ならここから抱きしめたりするのだろうか。しかし俺と真矢はそんな関係ではない。ここは大人しく助手として一歩引いて話を聞くとしよう。
「なんか嫌な事でもあったのか?」
「何でそう思うんだい?」
「なんとなく。ロジックも何もなくて悪いけど」
「全くだ。仮にも探偵の助手なら出まかせでもいいからそれらしい事を言ってみなよ」
しかしそう尋ねても真矢は笑って否定する事はなかった。タイミング的に左門の捜索が上手くいっていないのだろう……いや、それとは違うか。
「僕だって人間だからね。悲しんだり怒ったりするよ。不安になる事だってあるし怖いものは怖いのさ」
「……………」
それは本心からの言葉なのだろう。それは普段強く振る舞う彼女が初めて弱みを見せてくれた瞬間だったんだ。
淡い水色のクラゲは何も考えずにぷかぷかと水中を揺蕩う。彼らの様にあらゆる苦しみから解放されて感情を失い世界の一部となればどれほど幸せなのだろうか。
「ねえ、サンチョ君。この後ホテルに行くかい?」
「は!? なんでそうなる!?」
だがシリアスモードは数秒しか持たず、公衆の面前でそんな事を言われて俺は赤面してしまった。そりゃ先に問題発言をしたのは俺だけどさ。
「あはは、冗談だよ! サンチョ君をからかうのは面白いなあ」
「まったく、大の大人をからかうな」
「ふふ、それじゃあシロイルカでも見に行こうか」
真矢は俺をひとしきり笑い飛ばした後この水族館の目玉でもあるシロイルカのエリアへと移動した。
とにかく普通の真矢に戻って良かったよ。やっぱりこいつはこうでないとな。
……………。
そして俺たちは時間を忘れて水族館でのデートを楽しんだ。
神秘的な生き物を、愛らしい生き物を、不思議な生き物を。多種多様な生き物を見て俺たちは感嘆し癒されたんだ。
時にはいいムードに本当のデートっぽくなりほんの少し気まずくなったりもして。
かと思えば子供の様に無邪気な真矢の笑顔に幸せな気持ちになって。
俺はふと思う。
こんなに幸せなら真実なんて明らかにする必要なんてないのではないか。
このまま時が止まってしまえばずっと幸せでいられるのではないか。
そんな馬鹿げた事を夢想してしまう程にその時間は満ち足りていたんだ。
……………。
「ああー、楽しかったなあ。バブルリング初めて見たよ」
「満足したようで何よりだよ」
楽しい時間はあっという間に終わり俺と真矢はお土産屋に移動した。あまり大きいものは買えないしここは食べ物とかにしておいたほうがいいだろう。
「おっ」
しかし俺は真矢が気に入りそうなペンギンのストラップを見つけたのでそれを購入する事にした。これなら荷物にもならないしちょうどいいな。
「ほら、これ」
「え? わあ、ありがとう!」
土産物屋の出口でそれを渡された真矢はもちろん大喜びする。うん、恋愛ゲームなら簡単に攻略出来るくらいチョロいな。
「よし、それじゃあ君はこれをあげよう」
しかし真矢は何を思ったのか寄木細工のヘアゴムを外して俺に手渡した。だがもちろん俺からすれば使い道のない代物であるしそもそもその行為の意味がわからなかったので俺は困惑してしまった。
「え? いやそんなもん渡されても」
「いいからいいから、ね?」
けれど真矢は有無を言わさない様子だった。そしてその表情に切実なものを感じてしまった俺は断りきる事が出来ずにそれを受け取ってしまったんだ。
「真矢……?」
「さあ、行こうか!」
真矢はずんずんと出口に向かって進んでいく。これは一体どういうつもりでこんな事をしたのだろうか。
そして――何故こんなに焦っているのだろうか。
だけどその理由は水族館の外に出て否が応でも理解してしまった。
「寺町真矢だな」
そこにはひと目で精鋭とわかる何人ものスーツ姿の男たちがいた。それこそ敵対して立ち向かおうなどと思いつきもしない程度に。
「ちょっと署までご同行願おうか。わかっているな?」
気付けば俺たちは周囲を捜査官に囲まれていた。だが当の本人は、
「やれやれ」
と、わざとらしく敬愛するYTRの様に肩をすくめておどけるポーズをするだけだったんだ。




