幕間2 父親の義務と償い
――現在、堤三千世の視点から――
「むむむむー」
ドン・キホーテ事件についてのあらましを軽く説明するも情報の膨大さにニナの頭のキャパシティは限界に達してしまった。
「今日はこのくらいにしておくか」
「うん。ちょいロッシー、頭がパンクしちゃいそうだからもふもふ成分を補給させて」
「オフン」
もふもふ依存症のニナは愛煙家がイライラした時タバコを吸う様にロッシーを吸引してストレスを緩和させる。だがこちらはタバコほど害はないので何ら問題はない。
「けど古豊千さんの事件ってパパが解決したんだね。昔そういう事件があったって聞いた事はあったけど」
「解決っつーか、俺が何かをしなくても権田原さんなら真実に辿り着いていただろうけどな」
「……ねえ、もしかしてパパがお師匠さんのやり方を真似する様になったのって」
「ああ、きっかけにはなった」
「そっか」
ニナは俺が二代目捏造探偵になった理由を知り寂しそうな顔になってしまう。正直このへんの失敗談はあまり娘には聞かせたくなかったんだけどな。
「ほら、さっさと寝ろ。もう子供は寝る時間だ」
「はーい」
俺はニナを寝室に追いやり明日の報告書をまとめた。じゃ、最後にもう一仕事するかね。
翌日事務所には浮気調査を依頼していた妻とSM風俗通いを暴かれた夫が同席し、俺は集めた動かぬ証拠を彼らに突き付ける。
「ねえあなた……どうしてこんな事をしたの?」
妻は思いのほか落ち着いて夫に尋ねる。きっと修羅場になるだろうなと覚悟はしていた。だがその反応はかなり意外なものだったのだ。
「……もううんざりなんだよ。普通のセックスはッ! 俺は生まれた時からマゾなんだ! だけどお前はいつもいつもぬるいセックスをして! 俺はマゾなんだ、マゾなんだよォォオ! 俺をブタ扱いして蹴って殴って罵ってほしかったんだよォォオ!」
「そんな、どうして言ってくれなかったの!? 私だってずっと我慢していた! 本当はもっとあなたを虐げて鞭でシバきたかったのに!」
「なんだって……!?」
「……………」
俺は何を見せられているんだ? なんで中年のオッサンとオバサンの性癖を聞かなければいけないのだ?
「あはは、なんだ、私たち本当は愛し合っていたのにすれ違っていただけなのね。こんな事ならもっとちゃんと話し合えばよかったわ」
「うふふ、そうだね。なんで僕たちはお互いの性癖に気付かなかったんだろう。まるで櫛と時計の鎖を買った夫婦の話みたいだね」
「絶対に違うと思います」
夫婦は俺を無視して見つめ合い二人の世界に入ってしまった。もう一度言おう、俺は一体何を見せられているのだろうか。
「それじゃあ早速荒縄とろうそくを買いに行こうか!」
「ええ、行きましょうあなた! いいえ……このド変態のクソブタ野郎!」
「ありがとうございます、あなたのおかげで僕たちは絆を取り戻す事が出来ました! 本当に感謝してもし切れません!」
「ブタが喋ってんじゃねぇよボケッ!」
「ぶひーん!」
「はあ、どうも……」
そして茶番はようやく終了して俺は夫からも追加で報酬をもらう事が出来た。まあ金は手に入ったし仲直りも出来たのでハッピーエンドという事でいいだろう。
依頼人への報告を終えた俺は外出してチーズ牛丼を食べる事にした。いつの間にか差別用語になってしまったがなんでこんな安くて美味いものにそんな事を言うのかね。
しかし今日はどうするか。たまっていた依頼が粗方片付いたのでもうする事がないんだよなあ。
まあいい、情報収集がてら適当にぶらぶらするか。捜索中の迷い猫でも見つかれば小遣いにはなるだろうし。
「見つけたぞ!」
「あ?」
しかし街を歩いていると俺は突然声をかけられてしまう。相手は若い男性に取り巻きのチンピラが四名。けれど俺はサッパリ相手が何者なのかわからなかった。
「どちら様で?」
「忘れたとは言わせないぞ! お前のせいで金ヅルを逃したんだからな!」
「んー? ああ、あの時の」
しばらくして俺はこの間の別れさせ屋の仕事で別れさせた男だという事を思いだした。だが正直顔はうろ覚えだったのでそれで合っているのかどうかわからなかったよ。
「別に喧嘩してもいいけど負けても警察には行かないでくれよ。俺も警察に行かないから」
「ハッ、何調子こいてんのかなー!? 覚悟しやがれ! おい、やっちまえ!」
「じゃあボコっちゃいまーす!」
「やっちまうでゲス!」
「ぱるぱるぅ!」
「バリバリダー!」
「伝説のポ〇モンが二匹くらい混ざってないか? まあいい、食後の運動にはちょうどいいか」
けれど探偵は恨まれてナンボな職業なのでこういう事は日常茶飯事だ。それじゃあとっとと終わらせるとするかね。
その後俺は事務所に戻り臨時収入で酒を買って飲んでくつろいでいた。うん、やっぱり人の金で飲む酒は最高である。
「おう、お前にもおすそ分けだ。今日は二回も臨時収入が貰えて懐があったかいからな」
「オフ!」
機嫌がよかった俺はロッシーにもとっておきのジャーキーを食わせた。しかし犬用だけど人間が食っても美味そうだな。
「ただいまー! ってどうしたのパパ?」
「おーう」
優雅に酒を飲んでいるとニナが学校から帰って来る。けれど彼女は俺が怪我をしている事に気付き不安げな表情になってしまった。
「ちょっと荒事があってな。ロールケーキ買って来たから後で食っとけ」
「わあ! じゃないよ! まったくもう、いっつも無茶するんだから」
ニナは一瞬誤魔化されそうになるがそれ以上何も言わずに冷蔵庫に向かう。
なんていうか不安にさせて悪いな。けどこれがパパの仕事だからなあ……。
やっぱりもう少し埋め合わせにお菓子を買っておけばよかったかなと、俺は少しだけ後悔してしまった。
……………。
その日の夜。
「んー」
堤の怪我に納得がいかず不機嫌に歯磨きをしていたニナは悶々と考えこんでしまう。
どうして父親はいつも無茶ばかりしてしまうのだろう。もちろんそれが悪徳探偵家業の宿命とは言え彼女は心配で仕方がなかったのだ。
「む?」
しかしペッ、と唾を吐き出した後に鏡を見た際、そこに有り得ないものが写っていた気がしたので彼女は二度見をしてしまった。
今自分ではない誰かが写って笑っていた気がする。だがもちろんそれは気のせいでそこにはポカンとした自分の顔があるだけだった。
(もしかして……オバケ?)
得体の知れない何かにニナはぞわぞわとしてしまい恐怖する。そして慌てて彼女は洗面台から離れ父親に助けを求めたのだった。
……………。
その晩、俺は日の高いうちから酒をかっくらっていたせいでぐっすりと硬いベッドの上で眠っていた。
だがぼんやりとする意識の中何かがベッドの中でもぞもぞと動いている事に気が付き俺は目が覚めてしまう。ロッシーでも入って来たのだろうか。
「ニナ?」
だがそれはニナだった。彼女は酷く心細そうな表情で俺を見上げていたのだ。
「どうした……」
「なんでもないよ。今日は一緒に寝たいの」
「そうか」
彼女もまだ子供だしそういう事もあるだろう。小学生高学年ならまだセーフだし問題はないはずだ。
「パパ」
「ん?」
「パパはお父さんみたいにいなくならないよね。私を独りになんかしないよね」
けれど俺はその理由が俺にある事に思い至って恥じてしまう。どうやら彼女は昼間の喧嘩の事で不安になってしまった様だ。
「ああ。約束するよ」
「うん……」
俺がそう告げるとニナは幸せそうにはにかんだ。
彼女の本当の父親はもうこの世にいない。俺がいなくなればニナは独りぼっちになってしまう。
たとえ血が繋がっていなくても俺はニナを護らなければいけない。それは父親である俺の義務であり償いなのだ。
今後は彼女を心配させないために年甲斐のない事は自重しようと俺は心に決め、愛娘の温もりを感じながら俺は眠りについたのだった。




