2-27 真実の代償
コンビニでワンカップの酒を購入した俺は真矢の指示通り今在家がねぐらにしている場所に向かうとそこには寂れた雑居ビルがあった。
見た所テナントは全て撤退してほったらかしにされている様だ。落書きも多くカビのニオイもしてそこにいるだけで肉体的にも精神的にも健康を害しそうである。
中に入って彼を探すが今在家はいない。しかしダンボールで作った寝床はあったのでここに住んでいるのは間違いない様だ。
フロアは五階プラス屋上。ビルはそこまで大きくないし少し苦労するが片っ端から調べるしかない。
俺は明かりの消えたビルを歩き回る。しかし一階、二階、三階と調べても一向に彼は見つからなかった。
弁当のプラ容器や酒瓶など生活の痕跡はある事から確かにここは彼の住処なのだろう。だが四六時中ここにいるわけでもないはずだ。いなかったら諦めて帰ってくるまで待ったほうがいいだろうか?
四階、五階と探してもやはりいない。ここで残すは屋上だけだ。雨も降っているし多分いないとは思うが一応調べてみよう。
ギィ。俺は錆びついた重い鉄のドアを開ける。やっぱりいないか――と思ったが、なんとそこには今在家がいたのだ。
「今在家さんですね」
「……………」
俺は彼の名前を呼ぶも、それを無視して今在家は雨天の中ブルーシートに座り酒を飲んでいた。
何もこんな天気でしなくてもいいのに。それともホームレスだからそのあたりの事はあまり気にしないのかもしれない。
「何の用だ。警察にはすべて話したと思うが」
「俺は警察じゃありません。探偵の助手で――穂久佐村連続幼女殺人事件を調べています」
「っ」
あの事件の事を伝えると今在家はビクンと身体を震わせて反応する。この反応から察するにやはり彼もまたあの事件について何か特別な感情を持っている様だ。
「荻野弘は無実だ。だが私は不自然な点があったというのにそれを精査せずに彼を起訴し法律によって死に至らしめた。そしてその家族も……私は三人も人を殺したんだ」
「……………」
「お前が事件を解決したことは警察から聞いたよ。私は罰を受けるべきだった。親子の人生を救えたのなら一石二鳥だったというのに」
「それが隠蔽工作と罪を認めた理由だったんですか」
「……ああ。本当にお前は余計な事をしてくれたな」
今在家は全てに絶望していた。彼のした過ちはどちらも許される事ではなかったが、俺には彼を否定する事なんて出来なかったんだ。
彼はずっと苦しんで罰を受けたかったのだろう。しかし償う機会は与えられずその結果彼は壊れてしまった。
彼は元々はきっと清く正しい人間だったはずだというのに一体どこで運命の歯車は狂ってしまったのだろうか。
けれどもう俺には彼を救う事なんて出来そうになかった。
「あれから二十年も経った。もう真実を知ったところで誰も幸せにはならない。それでも君は真実を追い求めるというのかね。誰のために。何のために。それは果たして本当に正義なのか。何故真実を追い求める事が正義なのだ。それは誰が決めた事なのだ」
「それは……」
今在家の叫びにも似た問答に俺は何一つ答えを返す事は出来なかった。いや、きっと永遠にこの問いかけに対して答えを出す事なんて出来ないのだろう。
「結局お前も同じだな。君の父親と」
「ッ! 父の事を知っているんですか!?」
だがその時今在家の口から父さんの名前が出て俺は慌てて問いただしてしまう。だが今在家は自嘲する様に笑うだけだった。
「ああ。君のお父さんも私から色々話を聞いて私も知っているすべての事を話した。もっともそれは証拠に捏造の疑惑があった、注目度の高い事件で警察が早く結果を出さなければと焦っていた、警察が政治家に忖度をしていたなどとりとめのない事ばかりだったがね。だが自ら命を絶ったという事は彼は真実に辿り着いたのだろう。自ら死を選んでしまう様な残酷な真実に」
「……それは、一体どういう」
「萩野弘は冤罪だ。それは断言出来る。しかし私も真相は知らん。役に立てなくてすまないな」
「いえ、教えていただきありがとうございます」
結局今在家は重要な真実を知らなかったのでそれ以上の情報は話してくれなかった。だが当事者である検察の口から捏造や政治家への忖度があったという事実が知れたのは大きいだろう。
「今日はもう帰ってくれ。私はもう少し雨に濡れていたい」
「わかりました。差し入れはここに置いておきますね」
俺は酒の入ったレジ袋を室内に置き、深くお辞儀をしてからその場を離れた。
これで少しは真実に近付けただろうか。だがその真実を暴く事は本当に正しい事なのだろうか。
雑居ビルの階段を一歩一歩踏みしめて俺は下層に降りていく。
……いや、何も考えるな。たとえ暗闇で何も見えなくても俺は自分の信じる道を行くしかない。それしか出来ないのだから。
けれど一階に降りて外に出た時に俺は信じがたい光景を目の当たりにしてしまった。
「え」
そこにはついさっきまで会話をしていた今在家が仰向けになって倒れていた。階段は自分が使用したものしかないのに何故。
今在家の後頭部からは血が滲み通行人たちは異様な物体に怯えながら彼を避けていく。
ああそうか、おそらく飛び降りたのだ。俺との会話が終わってからすぐに……。
「今在家さん!」
俺は急いで彼に駆け寄るも返事は返ってこない。しかしその顔には苦悶の表情は一切なくとても安らかな笑顔だった。
そしてそれっきり、彼が目を覚ます事は二度となかった。
その後俺は救急車を呼んで同乗しともに病院へと向かうもしばらくしてから俺は彼が死んだという事実を告げられてしまう。
ホームレスとはいえ人が一人死んだのだ。医療スタッフはあわただしく動き回り邪魔者の俺はいつの間にか置いてけぼりになってしまう。
「……………」
俺は独り自問自答する。
こんな事なら真相を明らかにせずあのまま警察に逮捕された方がよかったのではないか。そのほうが古豊千親子も救われたのではないか。俺の真実は一体誰を幸せにしたのだろうか。
いや、もうそれの答えは出ていた。結局それは真実こそが正義だという俺が酔いしれた自己満足だったという事に。
「しっかりしてください!」
「血圧低下してます! 急いで!」
しばらくして別の急患もストレッチャーで運ばれてきた。いよいよ邪魔になるしもうする事もないので病院から出て行ったほうがいいかもしれないな。
「っ」
けれどすれ違った時に俺は一瞬だけその急患の顔を見てしまった。
その苦しそうな笑顔をした人物は紛れもなく古豊千さんだった。
何故、どうして彼女がここに――俺はまったくもってわけがわからなかった。あるいはわかっていないふりをして絶望を誤魔化そうとしていただけなのかもしれないけれど。
そしてその数時間後の深夜。
俺はニュースアプリで古豊千泉と古豊千朝日の死亡が確認された事を知ってしまった。




