2-19 堤三千世への取り調べ
取調室に移動した俺は全力で不貞腐れて非協力的な態度をとった。刑事ドラマではよく見られる光景だがまさか自分がこっち側の立場でやるとはなあ。
「つーん」
「まったく、少しは協力してくれよ」
取り調べの年配の警察官はダルそうに供述を引き出そうとするもかなり苦戦していた。彼はまず事件とは関係ない話をあれこれ聞いていたが俺はその全てを適当にあしらって相手にしない事に決めたのだ。
「いやあ。警官時代はこんな感じでなかなか喋らない容疑者に何度もブチギレそうになったけどこっち側になってわかったよ」
「何をだい?」
「人の困る顔を見るのって滅茶苦茶楽しい!」
「好きな子にちょっかいを出す小学生じゃないんだから」
取り調べの警官は散々迷惑をかけるも呆れた様に笑ってくれる。だが俺はもっと怒らせてこの化けの皮を剥がしてやりたかったよ。
「君も昔は警察官だったんだろ? ならこっちの苦労もわかってくれよ」
「昔の冤罪かもしれない事件を調べていたらハメられてクビにされたけどな。だから俺は警察があまり好きじゃないんだ。警察は自分たちの事になればあの手この手で誤魔化そうとするからな」
「君の事情は概ね把握している。しかし警察が全員君の敵じゃないと思うけどね。私もその一人だよ」
取り調べにはいろんな方法があるが彼の場合は優しい態度で氷を解かす様に供述を引き出すタイプの様だ。なるほど、きっとこうして彼は数々の犯人を落としてきたのだろうな。
「あ、そういうのいいんで。俺も警察だったんでそういう取り調べのイロハは全部知ってます。なので雑談で信頼関係を築くとかそういう余計な事はしなくていいんでとっとと本題を切り出していいですよ」
しかしそれも結局はマニュアルに従った作戦であり詐欺師が善人を演じるのとなんら変わらない。その事をよく知っていた俺は試しに挑発してみる事にした。
「そうか」
そしてベテラン刑事は俺がそう言った直後、
「ならとっとと知っている事を洗いざらい話せ警官崩れがッ!」
と、態度を豹変させ温厚そうな顔は般若のような形相となり机を叩いて恫喝したのだ。やっぱりこいつもそういうタイプの警察官だった様だ。
「今時こんな取り調べをしていたら問題になりますよ? これだからコンプラを知らない昭和生まれは」
「犯罪者の言う事に耳を貸す奴はいないだろうさ。こっちだって暇じゃないんだよ。手間を取らせるな! お前はドン・キホーテの仲間なのか!」
「そう言われましてもねー」
俺は気にしないふりをしてのらりくらりとかわすが、果たしてこれが何日も続けば耐える事が出来るだろうかという事が頭の片隅によぎってしまった。
ああ、なるほど。萩野弘もきっとこうしてありもしない罪を自白してしまったのだろう。そういう意味では実際に体験出来てよかったかもな。
けどまず真っ先にドン・キホーテ事件を調べるのか。マンションで倒れていた女性の事件じゃないんだな。もしかしたらホームレスの男が強盗殺人を犯したのかもしれないというのに……。
ガチャ。けれどその時取調室のドアが開いて中年の男が入って来る。
「その辺にしておけ。ただでさえ今は世間の目が厳しいんだからご時世を考えろ」
「あ? 誰、ってお疲れ様です!」
その男は急に立ち上がったベテラン警官の反応から察するに上の立場の人間の様だ。年齢は四、五十代っぽいのでキャリア組だろうか?
「後は俺がやる。お前は休憩していいぞ」
「は、はい!」
ベテラン警官はその強引な申し出に一切反論する事無く部屋から出て行った。そして彼は更に、
「お前も席を外してくれ。こいつと二人きりで話したい」
「わかりました」
と、なんと記録係までも退出させてしまったのだ。はて、これは一体全体何が起こっているのだろうか。
「ずいぶんと無茶苦茶な事をするんだな。あんたは何者だ?」
「俺は権田原。鳥取県警の警務部長だ」
「警務部長とは随分とまあ。何でそんな立場の人が俺なんかの取り調べを」
警務部長は事務方のトップで鳥取県警ならばナンバー2に相当するポジションの役職だ。本来は高そうな椅子に座ってふんぞり返っているかなり上のほうの立場の人なのでそもそもそんな人が自ら取り調べをする事なんてまずないはずなのに。
「悪いがここ最近は久しく取り調べをしていなくてな、ブランクがあって上手に出来ないかもしれないがそこは気を使って俺の顔を立ててくれ」
「それを取り調べ相手に言いますかね」
「ははっ。まずこういう時はどうするんだっけ。そのぉ、そちらから」
「いやそっちから」
「……………」
「……………」
「いや見合いじゃねぇんだから。そんなに黙って見られたら照れちゃうって」
「はぁ」
お互い見つめ合っていると権田原は頬を赤らめてもじもじしてしまう。しかしオッサンのそんな仕草を見た所でもちろん何も思う事はなかった。
「好きなアダルトビデオのジャンルの話でもするか? ちなみに俺の好きなジャンルはNTR系だ。お前ももちろん好きだろう?」
「世の中全ての男がNTRが好きなわけじゃないですよ」
「またまたあ。よし、なら今から四時間くらいNTRの魅力と歴史について語ってやろう」
「やめてください。精神が持ちません。法の穴を潜り抜けたなかなか賢い斬新な自白の強要のさせ方だとは思いますが」
こんな奴でも昔はそれなりに場数を踏んでいたんだろうが……その言動から何となくギャグキャラなのでは? という考えが脳裏をよぎってしまった。
「ちなみにうちの息子は義母モノが好きだ。小学生の時に俺のコレクションをこっそり見てそれ以降ドはまりしたんだよな」
「しょ、小学生で? というか息子の世間体を犠牲にして情報を引き出そうとするなんて血も涙もないですね」
「はっはっは。俺はどんな手段でも使うのさ。なんならお前が好きなジャンルを週刊誌に伝えてやるぞ。あいつが初めて借りたAVのタイトルは『全身金ピカタイツの妻を寝取ってください』だって大嘘をな!」
「どこに需要があるのかわからないたまに見かけるイロモノ枠の奴!? それだけは勘弁してくれます!?」
「ちなみにNTRマイスターの俺はもちろん持っているぞ!」
「性癖への探求に脱帽するよ! あんた本当に見境ないな!?」
しかしその時俺は思わずハッとなってしまう。いつの間にかこの男との会話が盛り上がっていたという事実に。こいつは先ほどの刑事が何時間もかけて出来なかった事をものの数分でやってのけたのだ。
「……なるほど。結構やりますね、権田原警務部長。昔はそうやっていろんな容疑者から話を聞きだしたんですね」
「さあ、何の事やら? 俺は君と普通に楽しくおしゃべりをしていただけさ」
彼の正体を見抜くも権田原はわざとらしくとぼけてしまう。この男はかなり厄介な相手だ、決して油断してはならないだろう。




