2-15 殺人の生配信動画の検証
「もぐもぐ。君も食べればよかったのに。美味しいよ?」
「いや、いい」
あんな映像を見た後ではとてもお菓子を食べる気分に離れなかったので、結局ドーナツは全て真矢の胃袋に収まってしまう。
「ふう……」
「落ち着いた?」
「ああ、すまないな」
コーヒーを飲んでいた俺はどうにかして精神を落ち着かせる事に成功し真矢に感謝の気持ちを込めながら謝罪する。
「とにかく記憶が新鮮なうちに推理を始めるとしよう。まず殺されたのは乙亥正文治。連続幼女殺人の飛ばし記事を書いた週刊誌の記者だな」
「ついでに言えば君の性欲絶倫リンボーマン事件でもね。僕が言うのもなんだけどいろんな人から恨まれていたあいつは殺されて当然の人間だっただろうさ」
「まったくもってその通りだがここであのしょうもない煽り文句を言うのは止めてくれ。何度聞いても噴き出しそうになるから。んで、一時間くらい前に会ったばかりだからその間に拉致されてついさっき殺されたと。しかし随分と手際がいい奴だな」
「入念に計画して実行すれば何てことないさ。人を殺すのはそんなに難しい事じゃないからね。後処理は面倒くさいけど」
彼の死を何とも思っていない真矢は淡々とそう述べる。彼女にとってはもう乙亥正の死はパズルのピースの一つ程度にしか思っていない様だ。
「……一応聞くが真矢は俺と別れた後はどうしていたんだ?」
「普通に朝日君を送り届けた後お店でドーナツを買ってここに戻って来たよ。このドーナツがもしアリバイ工作のため事前に買っていたものなら十分程度の空白の時間はあるね。これが生配信ではなく録画したものならばものすごくシビアだけどやろうと思えば犯行は可能かな?」
「十分で拉致、拷問、殺害、撮影、配信……うん、やっぱ無理だな」
馬鹿げた事を考えていた俺はすぐにそれが机上の空論である事に思い至る。穂久佐村連続幼女殺人に強い思い入れがある真矢には動機はあるだろうがそれはまず不可能だったからだ。
「悪い、お前を疑うような真似をして」
「構わないよ。ミステリーではあらゆる可能性を考えないといけないからね」
俺はすぐに真矢に謝罪するが彼女は笑って許してくれる。こいつは捏造をしても流石にその一線は越えない……と思いたい。
「だけどやっぱり気になるのは処刑人と萩野キホを名乗る少女だな。処刑人はともかく萩野キホはどういう事なのかね」
続けて俺は動画において最大の疑問である萩野キホについて真矢に尋ねるも彼女は笑いながら肩をすくめた。
「さあ? ゾンビになって生き返ったんじゃない?」
「仮にも探偵ならミステリーの十戒は護れよ」
「いいんじゃない、本人もなんであんなもん作ったのかなって言ってるし。まあ冗談はさておいてしっくりくるのは実は萩野キホは生きていて、何らかの事情で成長が止まって復讐をしているとかそんな所かな」
「いや実は生きていたのあたりまでならそれはともかくちょっと無理があるだろ」
「さっきも言っただろう? ミステリーはあらゆる可能性を考えないといけない。もっと現実的なのはそもそも一から十まで映像が作り物だって可能性かな」
「出来るのか、そんな事」
真矢が伝えたその可能性に俺は食いつく。オカルト系のミステリーを別に否定しないが俺達は現実世界の住人だ、やはり問題の解決は科学的にせねばなるまい。
「今の技術じゃ難しいだろうね。けど社会に出る科学技術というものは基本的に十年、二十年遅れたものだ。大学や軍の研究機関ならおそらくもう本物と見間違う様なものもあるだろう。きっと後十年くらいすればその技術も広く世間で使われるようになるんじゃないかな」
「……つまり作り物ならその技術が必要でそれを使える人間は限られている訳か」
「そうだね。もちろん僕にはそんな人間に心当たりはないよ。もういっそ復讐するため転生したって事でいいんじゃない? なろう小説ではよくあるでしょ」
「いやそれはさすがになあ」
最後に真矢は再びジョークを言って締めくくったが生成画像というのは最も現実的な可能性だった。
「あるいは萩野キホは実は生きていて動画の彼女はその子供だった……ってのは」
「なるほどその可能性もあるだろう。まあ結局ここであれこれ議論していても情報が足りないから永遠に結論は出ないだろうけどね。実際に捜査している警察ならもう少し知っているかもしれないけど」
「ふーむ、やっぱそうなるか。結局はそうなるんだよなあ」
ついでに俺は別の可能性も提示するが真矢は話をそこで終了させてしまった。正直な所そう言われたらぐうの音も出ないんだよなあ。
「そうだね。犯人によって与えられた情報で推理する以上それはどれもこれも根拠に乏しいものになってしまう。所詮僕たちはこうして他の大衆と同じ様にこのミステリーを考えた作家の掌の上で踊る事しか出来ないんだよ。踊らされている事にも気付かずにね」
「……………」
真矢は小馬鹿にする様にそう言ったので俺は思わずしかめっ面になってしまった。だが残念ながら俺はそれに対して何も言い返せなかったんだ。
「ネットの連中は人が死んでいるというのに好き放題エンタメ系のコンテンツとして推理合戦をしている。なるほど実に低俗だ。しかしそんな彼らに自分は違うと胸を張って言い切れるだろうか? 自分で手にした情報こそが真実だと思い込んでいるだけなのではないか? 自分はそんな低俗な連中とは違う灰色の頭脳を持った名探偵だと酔いしれているだけなのではないのだろうか? つまりそれは違うと断言出来ない以上、結局は君もまた所詮ネットで好き放題便所の落書きの様な議論をしている人間と同一なんだよ。そしてこの無意味な推理合戦に参加しているすべての人間も」
「……そう、なのかもな」
真矢は探偵らしく理詰めして俺を完膚なきまでにノックアウトする。徹底的に叩きのめされた俺にはもう反論する気力も起きなかった。
「そんな顔しないの。ごめんね、つい意地悪しちゃった」
勘違い野郎を論破出来た彼女は満足げにそう言って話を終わらせてくれる。これ以上は心が持たなかったし助かったよ。
「じゃあ僕はシャワーを浴びてくるね。濡れちゃったし」
「っ! あ、ああ」
しかし真矢はくすくすと笑ってそんな実にドキドキする事を言った。誘っているわけではないだろうが確実にこれはとても強烈な悪意のある何かだろう。
「ふふっ、何なら一緒に入るかい?」
「やめてくれ。とても情熱的なリンボーをしてしまう」
「あはは、ちょっと見てみたいかも」
俺は週刊誌の見出しを使って冗談に冗談で返した。でも本当にこいつはそういうのじゃないよな。美人局とかじゃないよな……?




