2-14 ドン・キホーテ事件の三人目の犠牲者
ホテルに移動してチェックインした俺は帰りがけにコンビニで購入したフランクフルトを食べて小腹を満たし炭酸飲料を飲んでいた。いやあ、こんなセレブな生活が出来るなんて助手になって良かったよ。
っていかんいかん。あいつは平気で証拠を捏造してありもしない罪を作り上げる悪徳探偵なんだ! 自由に使える金を少し渡されたくらいで懐柔されてはいけないぞ!
(……まあ、そのあたりの身の振り方はフランクフルトを食ってから考えるか)
何にせよフランクフルトに罪はないのでまずは小腹を満たそう。だけど誇りが失われつつある現状はどうにかしたほうがいいよなあ。仮にも元警察官なら。
自分でも未練たらしいという事はわかっている。元警察官とはつまりは無職なのだ。その肩書には今となってはもう何の意味もないというのに。
(調べ物でもするか)
情けない気持ちになった俺はフランクフルトをくわえながら真矢が貸してくれたノートパソコンを起動した。
このノートパソコンは小型だが性能はかなりいいのでぬるぬると動く便利なガジェットだ。
しかし探偵の仕事に関するデータが保存されているフォルダーの多くはパスワードが設定されており閲覧する事は出来ない。まだ信頼度が低い俺に出来る事はネットサーフィンやソリティアをするなど最低限の事だけである。
さて、待ち時間に何を調べるか。もちろん連続幼女殺人事件を調べてもいいがここはそれと関連があるドン・キホーテ事件について調べてみよう。
ドン・キホーテ事件に関係する情報は検索エンジンを起動してすぐに見る事が出来た。何故ならそのニュースはトップニュースになって主要のタブの四分の一程度がその事件の話題だったからだ。
コメント数も四桁で数字が真っ赤になっておりいかに注目度が高いかがよくわかる。まだ捜査は始まったばかりで公表されていない事実も多々あるはずだから大した情報は手に入らないだろうが、一応クリックして調べてみる事にした。
だがやはり起こったばかりの事件なので記事には人が殺されて生中継で配信される連続殺人があった、と簡潔な事しか書かれておらず最低限の情報すら手に入らなかった。仕方がないのでコメント欄を見ようとしたがこちらもまた『違反コメント数が基準を超えたため』という理由で非表示になっていた。
だがそれは好ましくない対応だった。場所をSNSに移すとその対応を批判する声が多く、その事件の性質から政府や警察が裏工作をしているのではないかという声が上がってしまったのだ。
情報がないせいでネット民は掲示板で、SNSであれこれ憶測と不確かな情報に基づいて好き放題発信をしている。
いわく、穂久佐村連続幼女殺人は冤罪だったがそれを警察は隠蔽をしている。あるいは犯人は義憤に駆られた警察関係者だ。はたまたは真犯人が世間の注目を浴びるために再び犯行を行なっているなどなど。しかしこれらは全て信憑性の低い情報なので目を通す価値もないだろう。
これといった情報が手に入らないので諦めて脱出ゲームでもしようかと思い俺はSNSの画面を閉じようとした。だがその時、
『今三人目の犠牲者の殺人を生中継してるぞ! これ↓↓』
「っ!」
そんなコメントがリンク付きで表示されたので俺は慌てて注視してしまった。
そのリンクのURLは有名な動画サイトのものであり不自然な点もなかったのでイタズラやウィルスサイトに誘導するものではなさそうだ。俺は不安になりながらも迷わずそのURLをクリックした。
そして映像が流れる。今回の事件現場もまたどこかの廃墟であり、そこには拘束された状態で全裸にされ膝をつき正座で座らされていた男がいたのでおそらくこいつが今回の哀れな犠牲者となるのだろう。
その両サイドには顔を隠して屈強な中世の処刑人のような恰好をした斧を持った人物――おそらく男と、一人の仮面を被った小柄な貴族風の人物がいた。
いや、小柄というかこれはどう見ても小学生くらいの背丈だ。まさかこんな子供が今から目をそむけたくなる様な何かをするというのだろうか。
いずれにせよ二人は年齢も性別もわからないが二本目の動画に出てきた貴族風の人物とは体格が大きく異なっているのであいつと別人なのは間違いないだろう。ドン・キホーテ事件は単独犯ではなく複数犯だというのか。
「というかこいつは……!」
だが俺はしばらく動画を見てひどく驚いてしまった。なぜなら今まさに処刑されようとしている男はつい先ほど出会ったばかりの人物、乙亥正だったのだから!
やはり拷問をされたせいなのか全身傷とアザだらけであり卑屈な笑みを浮かべていた顔は酷く恐怖に震えていたが間違いない。これは生配信と言っていたし別れた直後くらいに拉致されたのだろう。
「お待たせー。ドーナツ買って来たよ。どれがいい?」
「真矢! それどころじゃない! 今三人目の処刑が生配信されている!」
「おや、本当かい?」
そのまま画面を凝視しているとのん気にドーナツが入った箱を携えながら真矢が戻って来た。俺はすぐに彼女を呼び寄せて一緒に動画を見たが図太い彼女はフレンチクルーラーを片手にひょいパクとかじってしまう。
ホラー映画を見ているならそれは何ら不思議な光景ではないがおそらくこのドーナツは全て彼女の胃袋に収まる事だろう。少なくとも俺はこんな動画を見た後でドーナツを食べれるほど強靭な胃袋は持っていなかった。
「見ろ」
「乙亥正か。早速僕のアドバイスが役に立ったようだね」
真矢は皮肉交じりにそう言い、その不謹慎な態度に俺は一言物申したかったが一旦その言葉を喉の奥に引っ込めることにした。まずはこの動画を見て情報を少しでも手に入れよう。
『ここにいる男、乙亥正文治は穂久佐村連続幼女殺人事件の取材をしていた週刊誌の記者だった。彼は数えきれないほどの事実ではない記事を書いたがもっとも有名なのはやはり荻野弘の手記だろう。出版もされ当時は話題になりそれを元に再現ドラマも作られたので知っている人間も多いはずだ。だが荻野弘は手記など書いていない。あの手記はこの男の完全なる創作だったのだ。この男は死後も荻野弘の名誉を傷つけたのだ』
乙亥正の罪を述べる小柄な人物は声の感じから少女の様だ。その子供らしからぬ静かで冷たい口調からは強い憎悪の感情を感じてしまう。
『ついでに言っておけば荻野家に取材に来た際、犯罪者に売るものはないと買い物を拒まれたと聞いて自分が食事を買って渡してあげたという話も捏造だ。この男は執拗に妻と子供をつけ回し心中に追い込んだのだ』
仮面の少女は更に乙亥正の罪を暴くも俺はそれに違和感を覚えてしまう。
常に根も葉もない事ばかりを書いてカネにしているこの男ならば無論それくらいするだろうがそれは当事者しか知りえない真実だったからだ。しかもその私怨にも似た説明から俺はこの少女がやはり荻野家の関係者である事を確信してしまう。
だが荻野の親族である妻と子供は既に死んでいるはずだ。ならばこの人物は一体誰なのだ。俺は考えを巡らせるが情報が足りなかったのでそれは全て推論でしかなかった。
けれどそんな俺の思いが通じたのかその少女は仮面を外してその正体を現した。
「っ!?」
『それはほかならぬ私自身が知っている。荻野弘の娘である荻野キホが』
そして俺は言葉を失う。仮面と同じ様に悍ましい薄ら笑いを浮かべていたその少女は――この世にもう存在しないはずの死者、荻野キホだったのだから。
驚くべき事に彼女は死んだ時と同じ様に少女の姿をしていた。まさか彼女はゾンビになって蘇ったとでもいうのだろうか。何故ここに彼女がいるのだ!
『さあ、処刑を開始してくれ』
『……………』
『待って、待ってくれぇッ!?』
命令された処刑人は迷う事無く斧を大きく振り上げて乙亥正の首を目掛けて勢いよく下ろす。怪力と斧自体の重さを最大限に生かすその一撃は美しいまでに見事で思わず俺は引きつけられてしまったのだ。
そして配信は終了されて映像はそこで終わってしまう。だが映像が終了して何も映らなくなっても俺の魂は未だこの映画にも似た刺激的な世界から戻る事が出来ずにいたのだ。
「サンチョ君?」
俺は真矢の呼びかけに反応する事が出来なかった。まさか俺はこの悍ましい殺人鬼に魅入られたというのだろうか。
違う、そんなはずはない。
だがこの感情は何なのだ。まさか自分を陥れた男が殺されて俺はカタルシスを感じているというのか。この映画の様な復讐劇に爽快感を抱いているとでもいうのか。
「サンチョくーん」
真矢は何度も呼びかけてくれたので俺はようやく現実世界に帰還する事が出来た。そうだ、俺はこの事件を解決しなければならない。馬鹿な考えは一旦忘れるんだ。
「やれやれ、品行方正な君には刺激が強すぎたかな? コーヒーでも飲んで落ち着いてから話そうか」
「……ああ、そうしてくれると助かる」
けれど今はとてもではないが考えがまとまるとは思えなかったので、優しくそう提案してくれた彼女の厚意に甘える事にした。
俺は震える手で細い袋を破り粉末をこぼしながらインスタントのコーヒーを淹れる。まずはこのひどくかき乱された精神を落ち着かせなければ。




