表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/79

2-12 楊春蘭は自殺した?

 会話はない。雨はより一層激しさを増し曇天からは唸り声の様な音が鳴る。この様子だといつ雷が落ちてもおかしくないだろう。


 雨はかなり激しくなり豪雨に変わりつつあった。風も強くなってきたしこりゃ折り畳み傘じゃどうしようもないな。


「真矢、もう少しゆっくり歩いてくれよ」

「……………」


 真矢は一切何も言わず早歩きで移動する。まったく濡れない様に傘をさしているこっちの身にもなってほしいものだ。


「ちょっとそこでコーヒーでも飲みながら雨宿りしようか」

「え、ああ」


 彼女はしばらく歩いて唐突にそう提案した。もちろん異論はなかったので俺は即決してその喫茶店に入る事にしたのだった。



 その喫茶店は雨が降っていたせいか客は俺たちの他にはいなかった。俺と真矢はテーブル席で向かい合って座り、どちらも身体を温めるためにコーヒーを注文した。


「なあ、真矢」

「さて、他にお客さんもいない事だし古豊千さんの家の話の続きをするかい?」

「え、ああ」


 俺は多少なりとも気を使っていたがそう言った真矢はもう既にいつも通りのクールな表情に戻っていた。


「もういいのか」

「少しイラッとしたけど雨に打たれて頭を冷やせたから落ち着く事が出来たよ。傘、ありがとね」

「ああうん」


 真矢はニコリと優しく微笑み、俺はその笑顔に少しだけ気恥ずかしさを感じてしまった。


 よくよく見れば服がほんのり透けているし、水も滴るいい女じゃないが濡れたせいで妙に艶やかだし……っていかんいかん、これじゃあ乙亥正のガセ記事がガチになってしまうじゃないか。仮にも元警察官なら自重しろ。


「古豊千さんは最後に何か言いたそうだったよね。春蘭は殺人だったのかって。僕には彼女がそんな事を言った理由に心当たりがあるんだけど教えてあげようか?」

「そりゃもちろん、教えてくれるなら」


 彼女は何事もなかったかの様に先ほどの話を続けたので俺も空気を読んでそれ以上あれこれ言わない様にした。そりゃ真矢だって人間だからカチンとくる事だってあるだろうと、無理矢理納得させて。


「前にも言った様に楊春蘭は殺害されたわけじゃなく事故死をしたという説がある。だけど子供が理由もなく一人で山に入るだろうか? しかしその矛盾を解決する説がある。それは彼女は自殺するために山に入ったという説だ」

「自殺……そういや考察の説明の時軽くそんな事を言っていたな」

「彼女は家庭環境に問題があり余所者という事で親子ともども周囲の人間から嫌われていた。子供たちもまた異端分子の彼女を虐めていたんだよ。自殺するには十分な動機となりうるだろう。後はその遺体をクマか野犬が貪れば死因がわからない変死体のいっちょ上がりだね」

「なるほどな、そういう背景があったのか」

「まあ今となっては知りようがないけどね。古豊千さんの話では国木田少年がもしかしたら何かを見たかもしれないと言っていたけど、たとえ彼が何かを証言した結果自殺と判明してもさほどシナリオには変化はないし」

「だろうな。強いて言うなら楊彩文は自分が娘を自殺に追い込んだ事を誤魔化すために荻野弘が犯人だと主張したかもしれない、って可能性が生まれるくらいか」

「というか多分そうなんだろうね。あくまでも推測に過ぎないけど」


 もしその仮説が正しければその場合『楊春蘭は事故死かつ姉歯美鳥は生存しているので萩野弘は冤罪だった』説が『楊春蘭は自殺かつ姉歯美鳥は生存しているので萩野弘は冤罪だった』という説に変わるだけだ。真実がどうあれ正直そこまで大きな変化はもたらさないだろう。あくまでも俺たちの立場からすれば、だが。


「ただあの様子だと古豊千さんはもしかしたら自殺じゃないかと考えていたのかもしれないね。彼女にとっては事故か殺人のほうが心の平穏を保つのに都合がいいだろうし口には出来なくても気になっていたんだろう」

「それもまた変な話だが……確かにそうかもな。その死の原因が自分にあったのかもしれないのなら彼女としてはそっちのほうがいいだろう」


 二十年も経った今となっては具体的にどのような虐めがあったのか、そもそも虐めが本当にあったのかどうかもわからない。だけどその可能性は念頭に置いておこう。それはきっと真相を知るために重要な事柄になるだろうから。


「さあ、陰鬱な話はこのくらいにしてコーヒーを飲もう。身体が冷えちゃう」

「そうだな」


 あの事件の謎を一つ解きかけた所で俺はコーヒーを飲んでカフェインを補給する。


 これで少しはスッキリしたが俺たちはまだ何もわかっていない。俺は注いだミルクをスプーンで軽くかき混ぜる。


 渦巻いて溶け合ったコーヒーとミルクはもう元に戻る事はない。果たして俺たちに闇の葬り去られた真実を解き明かす事なんて出来るのだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ