2-11 週刊誌の記者乙亥正文治との因縁
しかしプチラブコメ展開を楽しんだ後エレベーターから降りてマンションの外に出た時俺達は出会いたくない奴と遭遇してしまった。
「おや、お話は終わりました?」
「お前まだいたのか」
曇り空だった空はぽつぽつと雨が降りはじめ、古豊千さんに絡んでいた男は壊れた折り畳み傘をさして雨をしのいでいた。とっとと帰ってくれたらよかったのに。
「濡れるのを我慢して律義に待っていたのか」
「ええ、そりゃもう特ダネのニオイがプンプンしますからね。その努力に免じていろいろと話を聞かせちゃあくれませんかねぇ」
男は卑しい目で品のない笑みをするもその目は獲物を狙う狂犬の様に威圧感を感じる。この男は取るに足らないサンシタに見えてペンを使い多くの人間を社会的に抹殺してきたのだからそれも当然だろう。
「君は週刊誌記者の乙亥正文治だね。噂はかねがね聞いてるよ」
「おや、高名な探偵さんに名前を知ってもらえるとは光栄ですねえ」
真矢はこいつの名を知っていた様だ。こいつは飛ばし記事や事実に反した記事を書く事で有名な記者だが彼女が知った経緯はおそらく連続幼女殺人事件に関するあの事柄だろう。
「俺ももちろん知ってるぞ。その節はどうも」
「ひっひっひ、こちらこそ。自分も待っている間に思い出しました」
俺は皮肉を全開にしてそう伝えると彼はクックック、と悪意に満ちた笑みをした。だがこちらの事情を知らない真矢はおや、と少し不思議そうな顔になってしまう。
「君はこいつと知り合いだったのかい?」
「俺の記事を書いたのはこいつなんだよ。どの道クビは既定路線だったからいちいち気にしてないがおかげで少し有名人になってその結果バイトの面接にことごとく落ちて貧困生活を送るハメになったよ」
「大した金にはなりませんでしたがねぇ。あ、電子版見ます? 『『第二弾! 俺の股間でリンボーしろや!』キャリア警官の正体は性欲絶倫リンボーマン!』って記事なんですが」
「……本当によくもまあこんな頭の悪い煽り文句が思い浮かぶな」
「ありがとうございます、へへっ」
「褒めてねぇよ」
乙亥正は笑いならスマホの画面をこれ見よがしに見せるも俺は即座に突き返す。言うまでもなく俺のセクハラは事実無根なのでこの記事は全てこいつによる創作である。
「性欲絶倫リンボーマンかあ。このネタ若い子はわかんないと思うけど」
「おや、そういう探偵さんはわかるんですか」
「?」
しかし二人はその珍妙な見出しについてあれこれ楽しそうに話をしていた。俺にはわからないが元ネタがあるのだろうか?
「一応はね。僕らの事を待ってあげたんだから話は聞いてあげよう」
「へへっ、ありがとうございます」
「いいのか?」
だが真矢は意外にも乙亥正の取材を受け入れる事にした様だ。それが意外で仕方がなかったが彼女は続けて、
「いいよ、どうせ話しても話さなくてもある事ない事を書くんだし」
「違いない」
と言ったので俺はものすごく腑に落ちてしまった。もしかしたらこいつから何かしらの話を聞けるかもしれないし相手をしてもいいだろう。どうせメインの目的が終わって今はする事がないし。
「それで、君はどんな話が聞きたいんだい?」
「ええ。探偵さんは今巷を賑わせているドン・キホーテ事件をご存じですか?」
「そりゃもちろん。ニュースは人並みに見ているからね」
俺は様々な可能性を想定していたがどうやら乙亥正はドン・キホーテ事件を調べている様だ。俺はついさっき星鳥駅でその話題を知ったばかりなのでどの程度騒ぎになっているのかはわからないが少なくともこういう輩が食いつく程度には盛り上がっているらしい。
「でも生憎僕は別にあの事件を調べているわけじゃないからニュースで報じられている以上の事は知らないよ?」
「でしょうね。ですが俺が聞きたいのは穂久佐村連続幼女殺人事件についてです」
乙亥正はまずドン・キホーテ事件ではなくそれと連動している過去の事件からアプローチしているらしい。やはりこいつは腐っても記者、何が狙うべき美味しい獲物なのかはよくわかっている様だ。
「ドン・キホーテ事件の犯人の目的は間違いなくあの事件の復讐……しかし一番に殺害の動機がある荻野弘の妻と娘は既に死んでいる。ですがあなたなら犯人についてご存じなのでは?」
「さあ? 見当もつかないね。だけど次に狙われる人物ならわかる」
「ほう? それは?」
「それはもちろん君だよ。あの事件についての記事を書いた君も間違いなくあの冤罪を生みだした要因になったはずだ。萩野弘の証言、警察関係者の証言、死刑囚となった萩野弘の手記――それらをまったく取材をせずに作文で書いた君だよ」
「っ」
「ああ、言われてみればそうかもしれませんねぇ」
乙亥正は自分が標的と知りも愉快そうに笑うだけだった。だがその時真矢の瞳には憎悪の青い炎が静かに揺らめいていたのを俺はもちろん見逃さなかった。
「だからドン・キホーテ事件の特ダネを掴みたいなら簡単だ。夜遅くに一人で出歩けばいい。そうすればきっと犯人のほうから君に近寄って来るだろう。後は君自身が三人目の犠牲者になるだけだね」
「それはそれは、貴重なアドバイスをありがとうございます」
「もういいかい? 雨も本降りになって来たから早く雨宿りをしたいんだけど」
「ええ、いい話が聞けました。またお会いしましょう」
そして真矢は強まった雨脚を断る理由にして取材を打ち切り苛立ちながらその場から離れた。
「真矢っ」
俺は慌てて置いていかれない様に彼女の後を追って、急いで折り畳み傘を取り出して濡れる彼女に差し出す。
「濡れるぞ」
「……ありがとう」
彼女はその気遣いに小さな声で感謝を述べる。俺はそれ以上彼女が雨に打たれないよう、必死で傘を持ち続けたんだ。




