2-7 鳥取西部の都市、稲子市へ
そして俺達は電車を降りて鳥取県西部の都市、稲子の地に足を踏み入れた。
多くの都道府県では時々県庁所在地よりも別の都市が栄えている事があるがここ稲子市もそのパターンである。
稲子市は丁度山陰地方の中心に位置し近くに島根県の県庁所在地の神在市もあって二つで一つみたいなところがある。周辺の市町村も含めれば人口は五十万人前後と政令指定都市にも匹敵する規模となり経済的には山陰で最も栄えている自治体と言えるだろう。
「ここが稲子かあ。謎解きメールを送った奴は本当に古豊千さんに取り計らってくれているんだよな?」
稲子には事件の関係者の古豊千さんと検察官の今在家さんがいるので二人から話を聞くのが今回の旅の目的だ。今在家さんに関しては伝手は何もないしまずは古豊千さんに会うべきだろう。
「行けばわかるんじゃない? もしそうじゃなくても一応方法は考えてある。僕はシナリオを考えるのは得意だからね」
「……別にやっても構わないが違法な手段は使うなよ」
「ぴゅるるー」
真矢の発言に良からぬものを感じた俺は念のために釘をさすと彼女はわざとらしく下手くそな口笛を吹いた。これは振りじゃないからマジで妙な事はするなよ?
「メールでは古豊千さんには話を通しているから自宅に行けってあるし早速行ってみるか」
「そだねー」
俺は苦笑しながら目的地への移動を開始する。彼女の自宅とここからはさほど距離は離れていないのであえて公共交通機関やタクシーを使う必要もないし徒歩で行くとしよう。
ただ空は鈍色で今にも一雨降りそうだ。濡れるのは嫌だからこのままもってくれるといいんだけど。
道中俺は周囲の景色を楽しみながら稲子の街を歩く。規模的には鳥取とはさほど変わらないがやはり気持ちこちらのほうが賑わっているかな。まあいうても所詮鳥取なので高層ビルはそんなにないが。
しかしガラの悪そうな輩はちらほら見かける。昨今では暴対法で暴力団の勢力は衰えているがここの繁華街エリアでは今でもそれなりに幅を利かせていたはずだ。一昔前は大量の麻薬が瀬取りで密輸されていたそうだしここでは今なお健在らしい。
駄目だ、つい警察時代の癖で人間観察をしてしまった。ここは東京ではない、大部分はそこまで害のある奴ではないだろう。それに害があったとしてそもそも職務質問をする権限はないのだ。
「ん」
けれど人間観察をやめた直後自販機の下に手を伸ばしているホームレス風の男を発見してしまう。きっと下に落ちた小銭を取ろうとしているのだろう。もちろん自分の物でなければそれは犯罪に該当する行為だ。
「……………」
小銭を回収した男は立ち上がる。そして振り向いた時に俺とバッチリ目が合ってしまった。
「ジロジロ見るなボケ! 文句あるのか!」
「おわっと」
ホームレス風の男はその非難の眼差しに逆上し空き缶を投げつけてくる。もちろんこの場で取り押さえ警察に突きつけてもいいが今は余計な事に構っている暇はなかったので俺は足早に立って無視をする事にした。
「まったく気をつけなよ。君はもう警察官じゃないんだから面倒ごとに首を突っ込む必要はないんだよ」
「ああうん。でもこれは俺が悪いのかな」
それからしばらく小走りで逃げ男から離れた所で真矢は理不尽なクレームをつけてきた。悪いのは窃盗行為を行なっていたあの男であり俺は何も悪い事をしていないというのに。
「でも許す。あの男は元検察の今在家だ。悪縁とはいえ因縁をつける事が出来たし上手く利用してみるのもいいかもね」
「え? 今在家? あいつが?」
だけど真矢はなかなか衝撃的な事を言った。言うまでもなく今在家は一流の大学を出て検察官というなるのが困難な社会的地位のある仕事に就いたいわゆるエリートに分類される人間だ。そんな人間があの様に自販機で小銭を漁るという卑しい行為をしているなどにわかには信じられなかったので俺はひどく驚いてしまう。
「ああ。彼が起訴に関わった連続幼女殺人事件が冤罪と騒がれるようになってから仕事を辞めてあんな感じになったらしい。どういう理由でそうなったのかは推測出来るけど……辞めざるを得なかったんじゃないかな」
「かもな」
もし冤罪なら彼は無実の人間を起訴し死刑にして法律を用いて殺害した事になる。当然荻野弘が無実であると信じた人から糾弾されただろうし、自白の強要にも関与したはずなので立場的にも好ましくないものに変わっただろう。
「けどあの様子じゃ話を聞くのは無理そうだな。第一印象は最悪だし。シンプルに金と酒でも渡してみるか?」
「うーん、それもいいけど……手間がかかりそうだし一旦後回しにして予定通り古豊千さんから話を聞くとしようか」
「うぃっす」
俺は真矢の指示に従い当初の予定を優先する事にした。ママタレとして多忙な古豊千さんは会えるタイミングが限られているけど、多分ホームレスの今在家とはいつでも会えるからな。




