2-6 世間を震撼させるドン・キホーテ事件
身支度を整えて星鳥駅に移動した俺と真矢は電車を待つ間、自販機で買った温かい缶コーヒーを飲んで椅子に座りのんびりしていた。
「暇だし今のうちに資料にでも目を通しておくかな。真矢、貸してくれるか」
今はもう半分ニートの様な立場とはいえ時間は大切に使わなければなるまい。俺は少しでも事件に関する情報を会得しようと彼女からファイルを借りようとした。
「それもいいけどオススメの動画があるよ。公衆の面前で見るにはとてもよろしくない動画が」
だがイヤホンをつけて動画を見ていた彼女は男子中学生の様にいやらしい笑みを浮かべてそんな妙な事を言った。流石にこの状況でそういう動画は見せないとは思うがどういう意図でそう言ったのだろうか。
「はあ。一応聞いてやるがどんな動画だ?」
「これだよ。はいイヤホン」
そして彼女はイヤホンの片方を渡したので俺は画面を詳しく確認する事無く左耳に装着した。その直後、
『イヤアアア! 離してェ!』
と、金切り声の様な女性の悲鳴が聞こえて俺はまあまあ驚いてしまった。だがそれは卑猥な映像にはありがちな艶めかしい声ではなく中年女性の物だった。
画面を見るとそこには断頭台に拘束された女性と中世の騎士の様な出で立ちをした奇妙な人物が写っている。背景からするにどこかの廃墟の様だ。
「うげ」
その後の詳細な描写は省くが女性は電動ノコギリで首を切られて殺害されてしまう。画面越しとはいえその悍ましい光景に俺は思わず飲んだばかりのコーヒーを戻してしまいそうになった。
「んで、お前はどういう意図でこんな悪趣味な動画を見せた」
「殺害された女性は大覚寺明美。連続幼女殺人事件で最初に虚偽の証言をした女性だよ」
「ああ、あいつか」
俺は真矢の口からこの女がつい先ほど話に出てきた悪意のある証言をした女と知って驚いてしまった。当然そんな人物なら殺される様な恨みの一つや二つあるだろうけど。
「そして犯人は動画であの事件の真実を明らかにしろと言っている。まあ間違いなく関係者だろうね」
「それで? この動画は本物なのか」
「断定は出来ないけど多分ね。彼女の頭部が星鳥市内で見つかったそうだ。警察が今必死で捜査しているよ。何せこれは二人目だから」
「二人目?」
「ちなみに一人目はこれ」
真矢は続けて別の動画を見せてくれた。こちらは中世の拷問器具、いわゆる鉄の処女に一人の中年男性が閉じ込められているものだった。
こうなる前に暴行を受けたのか顔に無数の青あざや腫れがあり、ガムテープで目隠しをされギャグボールを噛まされてミイラの様にグルグル巻きにされた中年男性は逃げようと必死でもがくも当然逃れる事は出来ない。
内側に取り付けられた鉄のトゲは長く鋭くバタンと閉じてしまえば全身に刺さって死んでしまうだろう。しかし犯人もよくもまあ残酷云々以前にこんな大昔の処刑道具を用意出来たものだな。
「って、え!? こいつは……!」
「気付いたみたいだね」
しかし俺はその中年男性が何者であるか気付いて愕然としてしまった。目隠しをされ顔がボコボコだったのですぐには気付かなかったがその人物はなんと俺の警察時代の上司、更家警視だったのだから。
先程とは違いこちらの動画に映し出されているのは彼一人だけだった。二人目の動画では犯人と思われる人間が自ら仰々しく犯行声明を出していたがこちらは下のほうに赤い文字のテロップが表示されるだけで若干チープに感じてしまった。無論予算が足りなかったわけではないだろうが。
『この男は更家貴明。かつて鳥取県の穂久佐村で起こった連続幼女殺人事件の捜査に関わっていた男だ。彼は自分たちが用意したシナリオ通りの供述にするため無実の萩野弘に苛烈な尋問を行ない自白を強要させた。この男は死に値する罪を犯した大罪人だ。ここで裁きを受けてもらう』
『んー!』
バタンッ! 事前に細工を施していたのか鉄の処女は大きな音を立てて勢いよく閉まって更家警視を処刑しそれっきり悲鳴は聞こえなくなってしまった。
「っ」
正直俺は更家警視と仲は良くない。むしろ事件を調べていた俺に圧力をかけていた彼の事は強く敵視していただろう。だがそれでもやはり見知った人間が凄惨な死に方をするのは直視に堪えなかった。
『これは復讐の始まりだ。私は全てを知っている。しかし今しばらく慈悲を与えよう。罪から逃れる方法はただ一つ、自ら懺悔し法の裁きを受ける事だ。それでは今日はここで終わりにしよう』
静かな画面に赤いテロップだけが表示され不気味さを余計に引き立てる。動画はこれで終わりらしく彼女はアプリを閉じてスマホをポケットに入れた。
「この動画の投稿者の名前から人々はこれをドン・キホーテ事件と呼んでいる。今はどこの掲示板やSNSも考察合戦でお祭り騒ぎだよ。こういう劇場型の犯罪は日常の退屈に飽きた民衆にとって最高の刺激になるだろうからね」
「ドン・キホーテ事件か」
俺はその名前を聞いて意味もなくぞくりとしてしまった。その最大の理由は尋常ならざる得体の知れなさだろう。
犯人は何を思ってこれほどまでに残忍な方法で処刑しているのだろうか。それは強い恨みにほかならないはずだ。俺はいつの間にかその仮面の下にある憤怒と憎悪に満ちた表情を思い浮かべぞっとしてしまったのだ。
「それでお前は何故これを俺に見せたんだ?」
「一応情報の共有程はしておこうかなと。一応言っておくけど僕はこの事件の捜査は警察に任せるつもりだよ。君が調べたいのなら止めはしないけどどうする?」
「いや、俺もそんな事をするつもりはない。ミステリー小説じゃあるまいし、本気を出した警察には逆立ちしても勝てないしな」
真矢の問いかけに俺は自分の意思を伝える。結局のところ絶大な国家権力と科学技術と組織力を有する警察にはどう足掻いても探偵如きが叶うはずもないのだからあえて何かをする必要もないだろう。
「賢明な判断だね。でも一応この事件の事は頭の片隅に入れておいたほうがいいんじゃないかな。本当に二人が処刑されたのかどうかも含めてね」
「というと?」
「ネットの一部ではこれが加工されたものじゃないかっていう指摘もあるんだ。最近は映像加工の技術も進んでいるし、特に更家警視に至っては今も死体が見つかっていないからね」
「なるほど」
言われてみれば確かにそうだな、と俺は納得した。二人目はまだしも更家警視の動画は流血すらなかった。何らかの理由で死を偽装するためにあのまま手品のトリックで逃げたと言われても不自然な点はないだろう。
「だけど多分考え過ぎだと思うぞ。俺はどういう人物なのかよく知っているが保身が大好きなあの人は穂久佐村連続幼女殺人事件で何か不都合な真実があったとしてもそれを明らかにしないだろうし当然復讐する理由もない。こんな事をする動機がないんだ。いやでも待てよ……まさか」
「ああ、真相を闇に葬るために復讐者を演じて関係者を殺している可能性もあるね。自分の都合のいいシナリオにするために」
しばらく考えた俺と真矢はそんな仮説に辿り着いた。情報がない今はありとあらゆる可能性を考えなければならないだろう。
「まあなんにせよ捜査に関わっていない俺たちが自らこの手で真実を明らかにする事はないだろうな。けど動向は注視しておくか」
「そうだね。さあ、そろそろ電車が来るよ」
「ああ」
ドン・キホーテ事件についてあれこれ議論を交わした俺達は稲子に向かうために特急電車に乗った。気にならないと言えば嘘になるけどその辺は警察に任せ俺達は俺達に出来るアプローチであの事件の真実を追求するとしよう。




