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女王蟻の献身  作者: ゆうひかんな


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広寧国裏話 女王蟻と余計なお世話


船室の扉を閉めた先。

入り口に固まる暑苦しい男達の群れから顔を出した宇陀は、吐きそうな表情で口元を手で覆う。


「あの桃林が”私はあなただけを見つめる”だってよ。っかーーーーっ、ゲロ甘…。」

宇陀(うだ)、任務外で唇を読むとろくな目に合わないって教えただろう?」


苦笑いを浮かべながら鈴麗は戸口に寄りかかっていた身体を起こす。

甲板には、互いを守るように寄り添う二人の姿があった。


収まるところに収まったようで、よかったじゃない。


「でもよー、姐さん。二人が上手くいっているか気になるだろう?」

「いや、全く?それだけの手札を与えたんだ。あれで口説き落とせなかったら見習いからやり直しだね。」


あの桃林が本気になったのだ、上手くいかないわけがない。


面倒くさそうな態度をとるわりに、手堅く真摯に仕事をする男だ。

思考は柔軟だし、純粋な戦闘力なら青海に次ぐ実力者でもあり、女性にも優しい。


よかったね、杏。


杏が桃林を慕っていのは早い段階で気付いていたが、桃林の方は最近までそれを悟らせなかった。

ここまで周囲に上手く隠し通していたのは鍛え上げられた精神力の賜物だと思う。

だが十分慎重に対処していた桃林だけど、とうとう私に気取られるような綻びが生じてしまう。

その理由は簡単。


杏が綺麗になったからだ。


年頃になって容姿が洗練されてきたからだけではない。

愛嬌のある明るい性格はそのままに、しっとりとした女性らしい雰囲気を漂わせるようになった。

健康的な色気と呼ぶべきか、恋する女の艶と呼ぶべきか。

元々可愛らしい顔立ちをしていたから、その効果は絶大だった。

紫の裏では妹扱いされる杏だが、仲間からも女として見られるようになるのは時間の問題。

このまま力ある男達の側に置いておくには不安がある。

彼女が傷付くくらいなら、別の場所で働いてもらう方がいい。


さて、どう切り出すか。

機会を探っていたところで、桃林から申し出があったのだ。


紫家に身命を賭して尽くす代わりに杏との交際を認めて欲しい、と。

言い訳もしないで、潔いじゃないの。


『杏のことを、俺が守りたいんです。』


口元が弧を描く。

あの日のやり取りは興味深く、この先もずっと忘れることはないだろう。


ーーーーー



『…どうして私に許可を求めるんだい?まずは杏のご両親を説得するのが先じゃない?』

『姐さんが許可してくれなければ杏の両親もうんとは言わない。それだけ今の紫家の裏において姐さんの影響力は大きいんだ。そんなこと姐さん自身も、わかっているだろう?』


まあ、そうなるか。

そうなるように鄭舜様が仕向けたのだから。

ただ…さすがにこれは任務外だと思いますよ、鄭舜様。

色恋の手練手管は花街のお姉様方に教えていただいたが、自分の経験に活かせたかと問われると心許ない。

そんな私が恋愛相談まで受けるようになるとはね。


『紫家にどんな価値を示すつもりなの?』

『許可をもらえたら広寧国の王城へ潜り、王族の情報を集めてくる。その結果によって認めて欲しい。』


桃林は賭けに出る事にしたらしい。

広寧国の、しかも王城という危険な場所に一人で潜入するのがどれほどの危険を伴うか、彼ほどの経験があれば理解できているだろうに。

…己が命をどれだけ軽んじているのか。

じわりと怒りが湧き上がる。


『その見返りは?』

『杏を紫家の裏から表に出して欲しい。』

『表に…?それは杏の希望なのか?』


桃林は首を振る。

私はため息をついた。

たしかに杏が何に悩んでいるかは両親から相談も受けていたから知っている。

ただ、他人が生き方を決めるのはダメだ。


『話にならないわ。杏が望まないなら許可できない。』

『でも、杏に選択肢を与えてやりたいんだ!!』


桃林は拳を強く握る。

選択肢だと?

思わず、桃林の胸ぐらを掴んだ。

意図的に彼の目と鼻の先で殺気をぶつける。

気に当てられた彼は顔色を変えて呻き声を飲み込む。


『選択肢のためだけに広寧国の王城に単騎で潜るだと?ちょっと腕が立つ程度でずいぶん驕ったものだな。』

『…姐さんに何がわかる。紫家の裏しか知らない俺達に、他の手段があると思うか!?』

『なら聞こう、その結果、お前には何が残る?もし死んだとして杏が喜ぶと思うか?』

『…でも、俺には…。』

『勘違いするなよ?お前がしようとしているのは(はかりごと)じゃない、ただ無謀(むぼう)なだけだ。』


己が命を無駄に散らす事を献身とは呼ばない。


言葉に詰まった桃林が視線を逸らし、私は深く息を吐いた。

柄にもなく、ちょっと熱くなってしまったわ。

彼の胸元を掴んだ衣を手放して、皺を伸ばすようにぽんぽんと軽く叩く。


『紫家を相手に交渉しようなんて、十年早いわ。』

『…。』

『関心を引こうと無駄に策を巡らせるから、怒られるのよ。』

『じゃあ、どうすればよかったんだよ!!』


桃林は下を向いたまま悔しそうに唇を噛む。

普段は何事も余裕とばかりにヘラヘラ笑っていることが多いから、これはこれで微笑ましい。


さて彼が真剣になった、ここからが本番。

私はにっこりと笑う。


『素直に、お願いって言えばよかったんだよ。』

『…。』

『言ってごらん?』


桃林の頬が赤くなって、ますます他所を向く。

年齢的にも性格的にも素直になれない年頃か。

裏の仕事で醜い駆け引きばかりをこなしてきたから、物事を真っ直ぐに受け止められないのもあるだろう。

ちょっと意地悪が過ぎたかな?

黙って待っていると、桃林は唇を噛んでから深く息を吐いた。


『…い。』

『ん?』

『…俺だけじゃ無理なので、力を貸してください。』

『はい、よくできました。』


私は用意しておいたものを懐から取り出す。

それは紫鈴麗の名で書いた杏の紹介状だった。

古巣である陶家の、当主夫人に宛てたもの。


今回は数少ない私のツテを最大限に使う事にした。

陶家には直接出向き、こちらの思惑も込みで相談したら夫人にノリノリで引き受けていただいた。


『陶家ならば紫家の状況もわかっているし、杏を良い方へ導いてくださるだろう。』


そして当主夫人の周りには女性しかいないから、そういう面でも安全だ。


『先に教えておくけど、当主夫人は他人の色恋刃傷沙汰が大好きだから。杏経由で色々ツッコまれる事は覚悟しておきなさいよ。』

『えっ。』

『杏にも、その辺りの知識を念入りに仕込んでくださるそうだから、浮気は絶対バレると肝に命じておきなさいな。』

『でも、姐さん…俺が普段どんな仕事を割り当てられるか知ってるよね?』

『大丈夫。その辺りは織り込み済みだそうだ。』

『浮気なんかしないよ、なのにどうしてだろう…恐怖しか感じない…。』

『ま、環境が普通じゃないからね。』


桃林が、真っ青な顔でカタカタ震えている。

うん、喜んでくれているようで良かった。


『書状は一旦預かっておく。覚悟が決まったら言いなさい。』

『俺に任せてくれると?』

『そのために、嫌な仕事でも積極的に引き受けてきたのだろう?ならば、これは桃林の紫家への貢献に対する対価でもある。もちろん、杏の分もだ。』

『ありがとう、姐さん。』

『ちゃんと話し合うんだよ?二人が納得する道を選ぶ、それが条件だ。』


一つ頷いて、桃林は照れたように微笑んだ。


ーーーーーーー


「…って姐さん、姐さん?」

「ああ、すまない。ちょっと昔を思い出していた。」


視界に怪訝そうな表情を浮かべた宇陀の顔が映る。

その表情がずいぶんと幼く見えて、無意識に彼の頭を撫でた。

宇陀が目を見開き、一瞬固まる。

それから嫌そうな表情で軽く睨んだ。


「…姐さん。撫でられて喜ぶ歳はとうの昔に卒業したんだけど?」

「桃林と一緒になって悪さしてたのに、ずいぶんと大人になったと思ってね。」

「いつのことだよ!」

(しょう)家の御隠居の(かつら)はちゃんと返却したのかい?」

「あっ!!」

「相当困っているようだったから、こっそり適当な場所へ戻しておいたよ。」

「…なんで俺達が隠したことまでバレてる?」


ご近所を巻き込んで、あれだけの騒ぎになったというのにバレないと思っているのか不思議だわ。

宇陀は視線を逸らしつつ、部屋の隅にあるものを指差した。


「そ、そんな終わったことよりも…アレどうするの?」


そこには、黒い塊が一つ横たわっていた。

時折小刻みに振動しているのが生き物である証だ。

湿気のせいかキノコが生えているような幻覚まで見える。

あのうっとうし…失礼、悲哀に満ちた背中は、もしや。


「青海…の成れの果て?」


呼ばれたと勘違いしたのか、それはぴくりと小さく蠢いてゆっくりとこちらを振り向く。

元々顔面が凶器のような男だったが、今は涙と鼻水で汚れて…もう見てはいけないナニかになっていた。

図らずとも、その場にいた全員が視線を逸らす。

全員が目を逸らすまで秒も掛かってないだろう。

もちろん私もだ…アレは絶対見ちゃいけないやつ、そう目を合わせちゃダメなやつだ。

宇陀は視線を逸らしながら指先で突く。


「外の光景見るなり小一時間このままなんだけど?」


しくしくしくしく。

危険物から青海の啜り泣く声がする。

どうしようって言われたって…コレをどうしろと?


「ちょうど海ありますし、投棄しましょうか?」

「手に負えないからって簡単に捨てないように。自然は大切にね?」


あれー、青海って杏狙いじゃなかったよね?

非人道的な手段を講じて密かに杏を狙っていた屑は桃林が全員始末…ゲフン彼らは旅に出たのよね、で解決したはずだし、一番穏便な手段で排除…手を引いた人達の中に青海は含まれていなかったはず。

どうしてこんなに衝撃受けてるのかな?


「えーっと、青海だよね?とりあえず涙と鼻水拭こうか?」


視線を合わせないように注意しながら、手拭いを差し出す。

液体さえなければ多少は人へ近付くはず。

手拭いで豪快に涙と鼻水を吹き去った青海が叫ぶ。


「姐さんーー!どうして俺には彼女が出来ないんですかーーーー!!」

「あ、そっち?」


顔だろう。

この時、奇跡的に全員の意見は一致した。

こういう場合には、“男は顔じゃない”という素敵な助言があるそうだが、現実には“多少は性格悪くても顔が良ければ許せる”という女性も一定数存在する。

すまん、役立たずで。


「宇陀、後は任せた。男同士だし熱く語り合って解決して?」

「ごめん、俺も無理。」


宇陀に笑顔で断られた。

青海が這うようにして私の足元に縋り付く。

うわー、涙と鼻水が…。


「俺に女の子を紹介してくださいよ!!」


青海の好みの女の子って、たしか…優しくて控えめで、守ってあげたくなる子だったかな。

脳裏に花街のお姉様方や、任務で知り合った女性達の顔を思い浮かべる。

そこから婚約者がいる人と、すでに特定の男性と前向きにお付き合いをされている女性達を除く。


「ごめん、自力で障害を蹴散らせる逞しい女性しか残ってないわ。」

「類友ってやつだね、姐さん!!」

「否定はしないけど、宇陀…嬉しそうに傷口抉るんじゃないよ。」


しくしくしくしく…。

青海は両手で顔を覆い、泣き崩れる。

傷付いた乙女みたいな仕草だ。

これで敵の前に立つと誰よりも雄々しく戦うのだから、どういう構造をしているのか不思議でならない。


うん、もう放っておこう。

今までも自力で立ち直ってきたのだから、きっと大丈夫。


「ちなみに宇陀の好みはどういう子だい?」

「んーーー、そうだなぁ。」


宇陀の視線が寄り添う二人に注がれる。

そしてほんの少しだけ寂しそうに笑った。


「笑顔の、可愛い子がいいな。」


彼なりに、ちゃんと折り合いをつけたらしい。

鈴麗の口元が(ほころ)んだ。


「派手に羽目を外すんじゃないよ?」

「もう子供じゃないんだ、そんなことわかってるって。」


酔って仲間に回収される姿が目に浮かぶが、それこそ余計なお世話というものなのだろう。


女の子の笑顔は、人を元気にする力があるよね。

()()()の子達も笑えるようになればいいけど。

そう思ったところで、小さく首を振った。

助けられなかった私に彼女達の幸せを願う資格などない。


それもまた、余計なお世話というものだ。




広寧国の裏話はここで終わりです。

ところどころに、女性が苦しい思いをする記述があって、辛い思いをされた方もいるのではないかと思います。

設定だけですが、広寧国で捕らえられた二人のうち元公爵令嬢の方は保護した張皓然に溺愛されるのもいいかなと考えていました。

信念を貫くため敵も多く心を凍らせた彼が、少女を癒すことで癒される…というよくある設定ですが、白ごはん二杯はいけそうです。

もう一人の少女の方も救われたという設定を考えていましたので、そんな風に想像しながらお楽しみいただけると嬉しいです。

次の次くらいで完結したいと思っています。



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