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女王蟻の献身  作者: ゆうひかんな


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広寧国裏話 女王蟻と闇深き都の子守唄


広寧国。


近隣には卓越した医薬の知識と技術を持つ医療大国として知られる。

その一方で、秘密裏に策を弄し、隙あらば他国の領土を奪おうとする野心を抱く国でもあった。

特に領土の多くが広寧国と接している成安国は代替わりや天変地異が起こる度に狙われており、何代にも渡って争いが絶えない。


周辺国との国交は幾度となく断たれそうになった。

それが断交されないまま細々と交流は続いているのは何故か。

広寧国には薬の原材料となる貴重な資源とそれを活かす高度な製薬技術があったからだ。


「病に効く薬が欲しければ広寧国を訪ねよ。」


民の間でもそう謳われているほどに、医薬品と製薬技術に関する信頼は厚い。

そして裏を返せば、自国が国交を絶った後に疫病が流行れば貴重な薬が手に入らないという事になるのだ。

それこそ隙を狙われて広寧国に攻め込まれてしまえば、国一つがあっけなく滅びるだろう。


人命に関わるものだけに安易には切り捨てられない。

結果的に広寧国はあらゆる国から薬や技術を求めた人々で活気に満ち、一方で策謀と間諜(スパイ)蔓延る混沌とした国となった。


どの国にとっても、広寧国は敵地の最前線。


したたかな広寧国は、表向き友好的に振る舞っていても、隙を見せればいつでも喉元に食いつこうとする。

前提として裏切りがあるのなら、いつどのようにして噛みつこうとするか情報を求めるのは当然というもの。


誰が敵で、誰が味方であるか。

この国では、それを嗅ぎ分けられぬ者は生き残れない。


だが逆に己が間諜であれば星の数ほどいる同業者に囲まれ、思いの外見破られにくいもの。

鐘楼に登った女は新月を背に、夜なお賑やかな首都の街並みを見下ろす。

朱に彩られた口元が、月の代わりに弧を描いた。



闇は、闇に紛れるのが最も都合よい。



ーーーーー


()()は、なんだ?」


この館の主人である男の足元には縄で縛られ床に転がされた女が一人。

逃げようと足掻く姿がまるで毛虫のようで気持ち悪い。


彼は不快そうに眉を顰めた。


タン、と机に勢いよく叩きつけられた盃に侍女が酒を注ぐ。

不快感を呑み込むように、無言で盃を干す。


彼の向かいに座るのは最近娶った若い妻。

酒に酔ったのか、別の何かに酔わされているのか。

焦点の合わない瞳で笑みを浮かべながら、ふらり、ふらりと上半身が揺れている。

時折、薄い唇が子守唄のような物悲しい旋律を奏でていた。


そして護衛の男が二人、離れた場所に立っている。

主人の足元に転がされている女は、先程二人が捕まえてきたものだ。


護衛の一人が主人の視線に促され、礼の姿勢を取った。


「この女がバセニア皇国の件で当家を嗅ぎ回っておりました故、捕獲いたしました。」

「…ほう、それで背後にいる者は吐いたのか?」

「ええ、ですが本命とは思えません。」


彼が挙げた名は国の裏を牛耳る組織の一つ。

だがその組織は先日、頭目が()()()()を遂げており、跡目争いの真っ只中だ。

他の組織も介入し、水面下では縄張り争いのような様相を呈している。

今更、かの組織が()()()()()決着のついている事案を蒸し返す余裕はない。


「なるほど、それで此奴の言葉を嘘と判じ、ここに連れてきた訳か。」

「はい。」

「どこぞの国が差し向けた間諜だろう。身分を偽るなら、もっとマシな設定があっただろうに…とんだ間抜けだな。」


嘲りを浮かべ、男はじっくりと女を観察する。

猿轡を噛まされ、派手に痛めつけられているが元々の容姿は十分美しいとされる部類だろう。

黒い髪に黒い瞳。

痛めつけられながらも、髪の間からこちらを睨みつけるような気の強さ。

容姿の特徴に思い当たる節があって、男の口元が弧を描く。


…見つけた。

たぶん、これが(くだん)の女だ。


バセニア皇国では長い時間をかけて綿密に計画された策謀(乗っ取り)を一瞬で潰した。

あの一件で男女問わず集めた優秀な人材をまとめて始末せねばならなかったのは痛恨の極みだ。

それだけでも十分忌々しいのに、まるで見世物のように料理人として潜り込ませた男の骸をこの邸宅まで送りつけてきたのだ。


その程度の脅しに、俺が屈するものか。

ただ出し抜かれたとわかった時の(はらわた)が煮えくり返るような怒りは忘れられない。

俺は騙す事があっても騙されたことなど一度もなかったというのに。


()()()


女狐。

妖婦。

女夜叉(めやしゃ)

誹る蔑称は数々あれど、最も知られている通り名を男は口にする。


「お前が“女王蟻”か。」


途端に女の目が驚愕に見開かれ、否定するように首を振る。

女の取り乱した様子を満足げに見下ろして男達は嗤う。


「なんだ。バレた途端に取り乱すなんて大した事がないじゃないか!!こんな腑抜けた女が各国に恐れられていたとは…。上手く騙したものだが、これが女王だと持ち上げられていたのも、あの忌々しい苟絽鶲国が噂を盛っていただけに違いない。ほれ、見てみろ!!こんなにも無様な格好で這って逃げようとするなど、蟻と呼ばれるに相応しい矮小さだと思わんか?!所詮はこの程度の蟻一匹、捕まっては抵抗も何も出来ないという事か!」

「そのようですな。それで、この後どうしますか?」

「俺何直々に締め上げてやる。逃げられないように処置してから地下へ運べ。そのあとは一人で十分だ。」


久しぶりに捕まえた上等な獲物を前に男の瞳には残虐な光が宿る。

舌舐めずりをするような表情で嗤って、男達の方を振り向いた。


「よくやったな、お前達!!手当を上乗せしておこう。」

「ありがとうございます。」

「ふふ、ようやく捕まえたぞ!こやつのせいで時間をかけて入念に準備した縁談が断られ、毒の供給元まで潰されて随分と王子殿下も荒れていらしたからな。諸悪の根源が捕まったとなれば安堵されよう…それにこの女を()()すれば苟絽鶲国でも動き易くなるというもの。」


排除とは、すなわち死。


それを察した女が猿轡越しに叫び声を上げた。

必死に逃げようとするのを護衛の男が軽々と担ぐ。


「悪く思うなよ、お前の運が悪かっただけだ。」


こんな言葉が、自分の口から溢れたことに、護衛の男は驚いた。


思いの外、細く柔い女の身体に珍しく彼の心が揺らいだ。

一瞬、本当にこれが女王蟻かという疑念が浮かぶ。


らしからぬ事よ。


「ふん、毒婦には似合いの末路だな。」


代わりに悪態を吐き、迷いを払う。

女王蟻は男女問わず部下を心酔させる“人たらし”だと伝え聞く。

毒婦の吐く毒に惑わされたのだと舌打ちし、獲物を手荒に扱う事で心を鎮めた。

そして、抵抗し激しく暴れる彼女を地下にある部屋へと投げ込んだ。


床に強く打ち付けられ、うめき声を上げる女。

それでもこちらを睨み返す瞳の強さに感嘆した。

さすが女王蟻と呼ばれるだけあるというもの。


残念ながら、その栄光も今日までだ。


「ここに入って生きて出てきた者はいない。諦めて素直になれば、助かる道もあるかもな。」


またもや意図せず助言のような事を言ってしまった。

調子が狂ったせいと、再び舌打ちする。

最近はこういう仕事が当たり前のようになってしまって、何も感じる事はなかったというのに。

やはり捕まえた相手が名の知られた間諜らしいということで浮かれているのかも知れぬ。


後から降りてきた主人は部屋に転がされた女を見て歪んだ笑みを浮かべた。

そして壁や床に備えられた彼の()()()を満足げに見回すと、女の耳元で囁く。


男の視線の先にある蒐集物の用途に気付いたのか、女は真っ青な顔でカタカタと震え出した。


「蟻とはいえ、苟絽鶲国の裏を全て知るお前なら容易いはずだ。まず王家と王城の警備について、諸侯の忠誠心、国境の警備の手薄な箇所は?国の経済状況で不安定なものはどれだ、ん?」


そんなもの、知らない。

そう言わんばかりに激しく首を振って女は否定する。


「残念だがな、最初は皆、知らないという。だがこれらを使うと大抵の者が素直になるんだ。」


それが一番楽しい。

嬉しそうに男が壁から手に取った物を見て猿轡を咬まされた口が悲鳴を上げた。


「さて、猿轡を外してやろう。」

「知らない、本当に知らないんだよ!!」

「素直に全部話せば命は助けてやる。それどころかもっと稼げる機会をやろう。苟絽鶲国に戻り、内偵しながら、隙を見て帝と正妃を殺せ。そうすれば褒美は思いのままだ。さ、どうする?」


ここから先の光景はあまり気持ちの良い物じゃない。

耳をつんざくような女の悲鳴を遮るように、護衛の男は扉を閉めた。


ーーーーーー



護衛の男が部屋へ戻ると、すでに相棒と主人の妻の姿はなかった。

女の扱いに慣れた男が、我を失っている彼女を連れ出すのは容易なことだろう。

男は深々とため息をつく。


「…こんなわずかな時間でも待てないのか、あいつは!!」


相棒は女好きで、相手が誰のものだろうと見境なく手を出す。

とはいえ、さすがに主人の奥方はダメだろう…。


「それにこの部屋はいつも見張っておくよう言われているじゃないか!!」


ここには貴重品が仕舞われているという。

自分まで部屋を空にするわけにはいかない。

仕方なしに呼び鈴を鳴らすと、やってきた侍女が酒を置いて退出する。


あとで絶対に文句を言ってやる。

そう心に決めて部屋で一人、酒を飲んだ。

ふと気付けば、窓の外では東の空が白み始めている。


「もうこんな時間か。」


興奮のせいか酒の回りが早く、なんだかあっという間に時間が過ぎた気がした。

そろそろ交代が来る時間だと立ち上がったところで誰かが廊下を走ってくる。


荒々しい音を立て、扉が開く。


地下にいるはずの主人が血相を変えて部屋に飛び込んできたのだ。


驚き過ぎて、一瞬言葉が出てこなかった。

呆然と立ちすくむ男の様子に構うことなく、主人は声を荒げる。


「あの女はどうした?!」

「は?あの女とは…?」

「先程までここにいた女だ!!」


その瞬間、主人の向かいに座っていた奥方の姿が浮かぶ。

どう答えたらいいのかわからなくて視線を逸らして黙り込む。


ったく、よりにもよって今かよ!!


まさか自分の相棒と一緒にいるとは言えない。

あいつのために上手く言い訳するか、正直に話すか迷った結果。


男は沈黙を選んだ。

その沈黙が悪い方へと解釈されるなど思いもしないで。


「そうか…答えられないという事は、お前達は共謀して私を謀ったのか!!」

「なんの話ですか?!全く言っている意味がわかりませんよ!」


疑われたら不味いという焦りから、後半は悲鳴のような声になる。

何事か言いかけた主人の台詞を遮るように、別の誰かが廊下を走る音がした。


「今度は誰だよ!!」


苛立ちから、怒鳴るようにして吐き捨てる。

どいつもこいつも、何を朝っぱらから慌てていやがるんだ!!

混乱しながらも主人を守るため剣を抜いた男の前で、再び派手な音を立てて扉が開かれる。

そこには血走った目をした相棒の姿があった。


「おい、あの女はどこだ?!」

「お前もか!!」


だが、いつになく焦りに満ちた表情に嫌な予感がする。


「だからどの女だよ?!」

「あの女といえば、あの女だよ!!」

「っていうか、お前こそ女はどうしたんだ?」

「はあ?!知らねえよ!!女なら、そこら辺に居るんじゃないのか?」


奥方は、お前が連れ出したのだろうに。

怒りに任せて不貞腐れたような表情の相棒の胸ぐらを掴んだ。


「おい何する…!」

「いいから今まで誰と何をしていたのか、説明しろっ!マジで命懸かってんだぞ!!」


お前のせいで俺の身にまで危険が及ぼうとしている。

背後に立つ主人の殺気立った表情と不穏な俺の台詞に相棒は目に見えて狼狽えた。


そして次の瞬間、嫌な予感は見事的中してしまう。


「…っまさか!!」


血の気の失せた顔をした主人が、書棚に偽装した()()()()に手を掛ける。

そこには宝飾品や金銀と共に、国に依頼されて策謀に関与した際の証拠が仕舞われていた。

からくりは俺達の目の前で機械音を立て蓋を開き、中身を晒す。


(から)となった、箱の中身を。


主人は真っ青な顔で、その場に崩れ落ちた。


「終わった…、何もかも、終わりだ。」


先程から館の外が騒がしい。

それは夜が明け、人々が動き出したせいだろうか。


主人の傍で呆然と立ち尽くす俺達の前で、再び、からくりは蓋を閉じる。

まるで狼狽えた人間達を嘲笑うかのように響く無機質な機械音。

その音に混じって聞こえるのは使用人達の甲高い悲鳴。


騒がしいのは、彼らの悲鳴のせいだとようやく理解した。


「くそっ、まさか騙されていたのか?!」

「いつだ、いつ中身が抜かれたんだ!!」


絶望を連れて、何かが。


喧騒が館の外から中へ、徐々に自分たちのいる場所へと迫ってくる。


どのようにして謀られたのかわからない。

捕らえられ、裁かれる自分達には今後、それを調べる機会を与えられる事はないだろう。


ただ、誰がやったのかだけはわかる。


口惜しい事に、この場にいる全員が知っていた。

しんと静まり返った屋内に、主人の声が虚に響く。


「女王蟻が…。」


残された希望を打ち砕くように、三度(みたび)、扉が開いた。






お久しぶりです。広寧国サイドの話をちまちま書いていたのですがようやく形になりました。お楽しみいただけると幸いです。続く話を明日も更新します。

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