一番好きなものと、お砂糖の海
いつぞやのお返し、なんて器の小さいことはしませんよ?
話せと言われたから話しているだけですから。
「彼女が真っ先に苟絽鶲国へ来たのは、領地が陸続きで一番近く、利便性が高いからだけではないのです。南陵関は砦、国防の要ですよ?そこを他国の要人が正規の手続きを踏まずに抜けようとして捕まれば、それこそ和平交渉どころではなくなる。それでもリスクを知りながら危険な道を選んだのはなぜか。」
アデラ様、劉尚様にガッチリ捕獲された上に逃げ場もなく、仕方ないから魂飛ばしてますね。
私が言いたいことの予測がついた劉尚様も嬉しそうに笑みを浮かべる。
「我が国が一番好きなわけか、彼女は。」
「はい、しかもバセニア皇国の客間で『嫁に行くにも私の考えを理解して求めてくれるような人でなくては駄目』だから『ゆくゆくは国を富ませる価値を示して、そういう人から婚約の打診をしてもらいたいと思った』と言っておられました。つまり選ぶなら苟絽鶲国だし、アデラ様の考えを理解した上で求めることのできる立場の方といえば、私は一人しか存じ上げておりません。」
鄭舜様も、確かに身分の釣り合いはとれる。
だが彼の場合はあくまでも受け身であって、自分の意思でアデラ様を求めるわけにはいかない。
他国との婚姻は、煌達様の時のように地位が上に当たる沙羅様から打診するのが礼儀だから。
だから苟絽鶲国でアデラ様を求めることができる地位にあるのはただ一人。
「アデラ様は劉尚様に自身を求めて欲しくて、一番に苟絽鶲国を選んだのです。劉尚様は、苟絽鶲国を統べる方ですから。」
真っ先に訪れたからこそ、真っ先に目を付けられた。
あとはアデラ様が残したという課題を乗り越えれば一番に彼女までたどり着ける。
…そうなると、例の地図はわざと残したのか…?
あの裏面に課題となるこの国の問題点が古代文字で書いてあったそうだから。
やはり彼女の表情や思考は複雑すぎて読み難い。
だけど二人が同じものを求めていたのは確かだ。
やっと現実に戻ってきたアデラ様の頬は、夕焼けみたいな色合いを浮かべていた。
「策を巡らし、回りくどい手を使ってでも貴方を手に入れたかったの。」
想いはちゃんと言葉にしなければ伝わらないもの。
二人の距離がより一層近付いていくのを感じた。
劉尚様は捕獲していた手を離しアデラ様と向かい合わせになると彼女の瞳の奥を覗き込む。
「光栄だよ、アデラ。君を伴侶として迎えることができて本当に良かった。」
「私を疎むことなく、願いを叶え、裏から支えてくださったことに感謝します。ですが、アリフィナに贈り物をなさったのは理解できませんわ!!彼女が勘違いしたまま、本気で嫁に来たらどうするつもりでしたの?」
「それはないよ。」
「はい?」
「君しか欲しくないから、入国すら許さないつもりだった。第一、彼女の旅券なんて用意していなかったもの。我が苟絽鶲国に彼女は相応しくない、いざとなればそう皇国に伝えて君を寄越すよう圧力を掛ける準備もしていた。それに実際は、提案されても鄭舜がサラッと流して問題はなかっただろう?彼の手に掛かって望まぬ結果になった交渉は一つもないからね。」
劉尚様の視線を受けて鄭舜様はにっこりと微笑む。
私からアデラ様にはお伝えしたのにな。
思惑どおりになることが既定路線なんだと。
劉尚様はくすりと笑う。
「それにあの贈り物はアリフィナ姫が公的な場で失態を晒す、よい切っ掛けとなっただろう?無邪気という悪意で君を傷つけるような義理の妹なんていらないよ。色々と問題も判明したし、たぶんこのままだと彼女は嫁に行けないよりはマシとばかりに、皇族と関係の深い国内の高位貴族の子弟に降嫁させられるんじゃないかな?そうすれば立場が上になる君が望まない限り、彼女は君と会うことすらできない。」
嫁ぎ先の地位に準ずるのだから、当然。
城に潜り込んだ紫の私兵が集めてきた情報を総合すると、侍女達によって情報操作されていたアリフィナ姫の現状は相当酷いものであると言わざるを得ない。
まず、人の上に立つものとしての教養や意識が大幅に欠如していた。
むしろ高位貴族の女子の方が他国に嫁がされる可能性もある分、彼女より上かも知れないという程。
悪気はないからと彼女の思慮の浅さや愚行を許してきた両親や皇帝陛下も、さすがにここまで酷いとは思っていなかったようで、彼女を甘やかし諸悪の温床となった侍女の人数を減らし、教師を厳しい者に入れ替え、ある一定のラインまで達しなければ宴の出席すら許さないことに決めたらしい。
宴が大好きであった彼女が急に出席しなくなれば色々憶測を呼びそうなものだが、誤魔化すための外向きの説明として"吉事が続くと魔が寄るため身を慎む"という、華凉様と同じ理由が使われていると聞いたときには乾いた笑いしか出なかった。
同じ身を慎むでも、裏の理由が雲泥の差だ。
いっそ世間を知るために他国へ留学にでも出せばいいのに、と思ってはみたが他国の貴族に利用されるアリフィナ姫の未来しか描けないのはなんでだろう?
そして彼女の日頃の行いが問題視された理由が、もうひとつ。
それは彼女が家族のように愛した侍女達によって施されていた、あることが原因だった。
『とっても貴重なお茶なのですって。だから分けていただけたのも少量なんですの。
今では毎日飲まないと落ち着かない位にはまってしまって。』
うっとりとした表情をしながら、お茶会の席で、そうアリフィナ姫は言っていた。
お茶会の一件の後、皇帝陛下の指示で調べてみたところ、そのお茶というのが実は緩やかな依存性を伴う薬効成分を含んでいることが判明したのだ。
つまりお茶に含まれる成分を毎日少量ずつ与えることで、徐々に依存性が高まる。
やがて完全に依存したところで成分を凝縮した薬を対価として与えれば、彼女を言いなりにすることができる、と。
今回は依存性が強く出る一歩手前のところで発覚したらしいが、これで皇帝陛下の暗殺が成功していれば、侍女達は彼女に与える量を一気に増やす気でいたに違いない。
そうすれば、バセニア皇国の政治はアリフィナ姫の夫となる人物、…広寧国からは第二皇子が見合い相手として打診されていたそうだが、彼の思うままというわけだ。
そしてその場合、当然広寧国の意向を汲んだ政治が為されるわけで、彼女の愚かさや警戒心の薄さが国を滅ぼすところであったのだ。
現在、アリフィナ姫は今まで遊んで暮らした代償ともとれるほどに、質、量共に厳しい勉強を課され、同時にお茶から摂取していた薬効成分を抜くという両方の理由から彼女の部屋に軟禁状態らしい。
間もなく結婚適齢期を迎える彼女だが、このままではほとんど公の場に姿を見せられないことになる。
他国を視野に勉強をなどと悠長なことを言っている場合ではなくなった。
このため、皇帝陛下は国内の有力貴族の子弟に降嫁させると決めたらしい。
見た目は極上だし、皇族との縁もできるわけだから相手さえ間違えなければ姫は大事にされるだろう。
そのため、お茶の一件は別の意味で皇族にしか知らされていない極秘事項とされている。
だがもちろん、このことは報告を受けた段階で劉尚様と鄭舜様には知らせている。
それを知らなくとも、この二人は愚かで自分大好きなアリフィナ姫を蛇蝎のごとく嫌っているのだ。
アリフィナ姫が我が国に嫁に来ることは絶対に、ない。
だから大丈夫ですよ、と言おうとした口を噤む。
劉尚様は嬉しそうに笑うと、アデラ様の腰に腕を回し軽く引き寄せた。
「もしかして、嫉妬?」
「な、なんですかー?!急に親しげな…先ほどまでの紳士的な態度は?!」
「うん?これが素。君も私を求めたのなら遠慮はいらないと思って。」
「はいっ?!え、いや、ええっ!!いやいや、そこはそのままで!」
「強引な私は嫌いなのかな?」
「いや、そういうわけでは。」
すごい、あの弁が立つアデラ様が押されている。
酸素を求める金魚のように口がパクパクしているのは気になるが。
策を弄し、国を巻き込んでまで互いを求めた二人が実は相思相愛だったとは。
むしろ劉尚様がさらっと「嫁にくれ」といえば、こんな回りくどい手と時間を掛けずともすんだのでは?
そっと鄭舜様を見ると、珍しく遠い目をして何処か過去へ魂をとばしている。
ああ、今回は互いに反省点もありましたよね。
内心反省する私達を他所に、糖度高めな会話は続く。
劉尚様がアデラ様の髪を撫でる。
「本当にアデラは可愛らしいね。なんでこの褒め言葉をそのまま受けてくれないのかな?」
「褒め言葉には、裏があるからですわ!!大抵は贔屓にして欲しいとか、私も褒めて的な…」
「私はアデラが一番可愛いと思うよ。」
「…。」
その場に沈黙が落ちた。
アデラ様は再び魂を手放したようだ。
…なるほど、強烈な一撃だな。
これがナディアの言っていたお砂糖の海とやらか。
確かに甘い、甘すぎる。
そして邪魔する我々は馬に蹴られる、アレだ。
こういう場合は早々に退散するべきだろうな。
何かもう、色々面倒になったので、こちらが聞いておきたいことだけを口にする。
「それで、私の試しの結果はいかがでしたか?」
真っ直ぐに劉尚様を見つめた。
失礼は承知の上で前振りを省く。
これが報告会の本当の趣旨のようだから、かまわないだろう。
若干目を細めた後、劉尚様はにこりと笑う。
「もちろん合格だよ、鈴麗。今の言葉を待っていた。」
やはりそうか。
何故かわからないが試されていることだけは、会話の端々からわかった。
それは鄭舜様が私から報告を受けているにも関わらず、私に話をさせているから。
責任を果たさぬことを嫌う彼が、主として矢面に立たないわけはない。
よかった、勘が当たっていて。
これで外れていたら、ただのおかしい人になってしまう。
ひとつ息を吐いてから、鄭舜様の表情を伺い…後悔した。
なんですか、その反則的なまでに優しい顔は!!
甘やかす気満々じゃないですか!!
劉尚様がいる手前、顔色を変えるにはいかず、いつもと同じ笑みを浮かべた表情を取り繕う。
隣から、くすりと笑いが漏れた。
その鄭舜様が、場を辞すために礼の姿勢をとるのに倣う。
「報告は以上となります。捕獲する手配をいたしますので失礼してもよろしいでしょうか?」
「ああ、ちゃんと連れてくるなら多少時差があっても気にしないよ。君達も久しぶりに会えたのだし、語り合う時間は必要だろうから。それと鄭舜、彼女が試しを合格した"ご褒美"は約束通り、手配しておくよ。」
「ありがとうございます。」
ご褒美、とは?
何を謀ったのだろう、鄭舜様は。
視線を向けると、彼は口の動きだけで『あとで』という言葉を紡ぐ。
にこやかな笑みを浮かべた劉尚様はアデラ様を伴い執務室から出ていく。
アデラ様は何やら危険を察したようで、摩訶不思議な提案をしては逃げ道を探しているようだが、捕獲された猫のようにあしらわれ侍女達に連行されていく。
弾けるような笑い声を立てながら、その後を追う劉尚様。
何はともあれ、お二人が仲がよいのは幸いなことだ。
…そういうことにしておこうかな、うん。
さて、私は久しぶりの狩りの時間。
女王蟻として命じられたのだ。
必ずやその願いを叶えなければ。
なるべく早く勘が取り戻せるといいのだけれど。
気がつくと、いつの間にか鄭舜様が隣に立っていた。
「背格好の似た私兵を、代役として宿に送り込んである。それを踏まえて確保する手配を。」
なるほど、代役に広寧国まで旅をさせようというわけね。
うまくいけば、毒の供給元までたどり着ける。
頷くと、彼は私の腰へいつかと同じように手を回し、身体が彼の胸元に引き寄せられる。
あのときは逃げないように拘束するためのもの。
今は紆余曲折あった旅の終わりを祝福するものとなった。
「さあ、鈴麗。帰ろうか。」
「はい、鄭舜様。」
お楽しみいただけると嬉しいです。
次の一話は閑話、息抜きのお話で短めです。




