舞台裏 秘密は秘密のままに②
小さい頃から不思議に思っていた。
なんで家族は私の行動を悪い方にしか受け取らないのか。
相性という越えられない壁があるせいなのかも知れないけど、理不尽だとは常に思っていた。
国を出る今はもう彼らの行く末には関心すらないから、どうでもいいけどね。
ただ理解されなくても、言っておきたい事はあるのよ。
「ねえ、兄上。私がなぜ一字一句に拘ったのか?それは兄上のためでもあるから、ですよ。」
「今更、綺麗事を。お前は自分の利益のため、それも苟絽鶲国のためになるからと行動しているのだろう?」
「まあ、そこは確かに否定はしませんわね。私は苟絽鶲国のためにもなるからと案を提示した。」
「ふん、そうだろう。それが我のためなど笑わせる!!」
「でもそれだけが理由なら、食料を備蓄する案を兄上に提案したという実績だけ作ればよいのです。下地となる草案を渡し、その後発生する推敲作業を兄上達に丸投げすればよかった。その上で、苟絽鶲国へは『皇帝陛下へ飢饉に備え食糧を備蓄する案を私自ら提案し、草案を手渡した』ことを伝えればいい。さてその結果はどうなるでしょうね?例えば使節団団長はどうお考えになられます?」
「例え話でよろしければ、そうですね…帝の正妃になられる方が申されるのです。我々がアデラ様の言葉を疑う理由はありません。苟絽鶲国はバセニア皇国に備蓄倉庫があるという前提で支援を行うでしょう。
「は?そんな事、そちらで勝手に決められても困るではないか!!」
「支援する側である我が国としては、“どれだけ備蓄量があるか”、”正しく運用されているか“など関係ありません。為政者としては納税者である民の理解を得ることが最優先ですから。」
例え話のように語られたのは、現実に起こりうる未来を想定した話。
私から台詞を引き継ぐように語られた紫鄭舜の言葉に兄は目を見開く。
それから狼狽えた表情を隠す事なく私を見た。
だから言ったじゃないの。
他国からの食糧支援に頼り切るという状況が危険なのだ、と。
「苟絽鶲国が約束したのは緊急時に食糧支援を行うということだけで、支援する量も規模も決まっていないに等しい。にも関わらず、定かでない支援だけに頼るのは危険だと申し上げたのです。しかもどれだけの支援があるかは苟絽鶲国側の国内の情勢により変わります。まさか兄上は、苟絽鶲国が自国の食糧事情を度外視してでも我が国の食糧支援に充ててくれるなど本気で考えておりませんよね?」
本当に足りない分だけ求めるのと、全く足りていない状態を満たすのでは、量も規模も違いすぎる。
備蓄のないバセニア皇国一国を救うほど食糧生産高がある国は、近隣国にはない。
それは大国である苟絽鶲国の収穫量をもってしてでも無理だった。
それこそ五年の月日をかけ、自らの足で各国を巡った末に導き出した答えだ。
目的もなく無駄に各国を放浪したわけではない。
「ですから本当は誰のためであるかなど、内容を読めば一目瞭然なのです。恐れながら実際に有事があった際、この法案に基づき備蓄された食糧を配分するのはバセニア皇国皇帝である兄上でしょう。その際に予期せぬ抜けや漏れが、悪しき心根の者に悪用されぬよう、一字一句にまで気を配っているのです。…ですが兄上の腹の内を聞いて優先順位が変わりましたわ。法案は好きにされたらよろしいかと。その代わり鈴麗は渡しません。今すぐは難しいでしょうが、移動が可能となれば彼女を速やかに連れて行きます。」
「…本当に好きにしていいのだな?案自体、なかったことになるかもしれないぞ。」
「ええ、もちろん却下していただいてもかまいませんわ。できるのなら。」
「なに?」
「気の向くまま案を廃して困るのは兄上と皇国の民ですもの。支援だけを約束した苟絽鶲国には直接的な被害は及びません。」
その程度なら兄にもわかっていているだろうに、私への反発からか、どうでも良いことまで拘る。
だからちゃんと手を打った。
「兄上には先見の明があり且つ行動力もある”賢帝”と、民の称賛を浴びていただきたかったのですけれども残念でなりませんわ。」
私は片頬に手を当てて、わざとらしくため息をつく。
兄は訝しげな表情を浮かべた。
「どういうことだ?」
「最近、皇国内では噂になっているそうですよ?『飢饉に備え、食糧を備蓄する倉庫が作られるらしい』と。」
「ま、まさかお前が?!」
「兄上、それは考え過ぎです。私は入城して以来、一歩も外へ出ておりませんわ。」
というのは半分本当で、半分だけ嘘だ。
城から一歩も出ていないは本当。
だが、今や噂は兄が想像する以上の速度で国内に広がっている。
それは誰かが積極的に広めているからという認識に間違いはない。
では誰が広めているのか。
例えば…旅芸人一座が領地を巡回しがてら広めているとしたら、どうだろう。
噂話の出処は旅芸人の仲間になった女が彼らに話したから、かも知れない。
だから考え過ぎというのは嘘。
この速度なら程なく国内の領地全ての民が知るところとなるだろう。
そして世の中には噂すらも利用する腹黒い存在がいることを忘れてはならない。
ちらりと彼の表情を伺う。
視線を受けて、伝える機会を待っていたかのような台詞は滑らかに彼の口から紡がれた。
「そういえばバセニア皇国と取引のある苟絽鶲国の商人達が聞きつけたようでして、そんな内容の問い合わせが私のところへも届いております。いやはや、なんと答えたらよいか迷いますね。」
商いを生業とする者は耳聡くて困りますね、と紫鄭舜は困惑したような口調で笑みを浮かべる。
商人が気にするのは備蓄倉庫の存在によって食糧の価格が跳ね上がる可能性があるから。
それにしても全然困っているように見えないのはなぜかしらね?
困っているふりをしているが、噂に対して肯定も否定もしないつもりなのだろう。
否定さえしなければ、商人が都合いいように解釈してさらに噂を広めてくれる。
バセニア皇国が気付いた頃には苟絽鶲国内にも備蓄倉庫の存在があるものとして語られるわけだ。
顔色を失くした兄に心中で話し掛ける。
外堀と内堀、両方を一度に埋められた状態で食糧を備蓄する案を潰してみなさいな。
実際に飢饉が起き、食糧が不足したら間違いなく暴動が起きるわよ。
バセニア皇国はすでに倉庫を作らざるを得ない状況に追い込まれているのだ。
私を切り捨て居場所を奪った時点でこの国が歩む道すじは決まったのよ。
面倒事の後始末くらい、自力で何とかしなさいな。
ただ私は大人なので(反論は認めない)、嘲笑うような品のない言葉は飲み込む。
代わりに兄のための綺麗事を紡いだ。
「私は二度とこの国には戻れません。ですから草案はお世話になった国と兄上へのお礼ですわ。」
「お前は…そういうことだったのか。」
ちょっと弱々しく微笑めば兄はどこか痛ましそうな表情を浮かべる。
こんな簡単に納得するなんて、本当に先々大丈夫かしら?
口の上手い側近に、良いように操られないといいけど…。
ほんと、こういうところは兄とアリフィナはよく似ている。
自分のため、という言葉に弱いのだ。
ただ、今はもう皇国が国としての体を成していれば十分な私には興味のない話。
苟絽鶲国の意向が密やかに案の中へ生き残り、有利な状況で備蓄がなされればそれで十分…なのだが。
…背後からの圧力がすごい。
振り向くのが怖いくらいの圧を感じる。
きっと『女ひとり差し出す』の女が誰のことを指すのか、聞かずとも察したのだろう。
ええ、言われなくともわかってますよ。
場の主導権を譲れということなのでしょう?
『この程度で逃がすか、息の根止めてやる』ということでしょう?
話が長くなると面倒だから適当に切り上げてね。
叶わないだろう願いを込めて彼に話を振る。
「あ、そういえば例の瓶に入った液体の分析は終わりましたの?」
「はい。ですがこの場では少々…ご報告はまた後ほどさせていただきましょう。」
紫鄭舜は、ちらりと兄に視線を向けた後に低頭する。
ちょっとわざとらしいかな。
でも効果はてきめんだ。
「例の液体?それは何のことだ?」
アリフィナ主催のお茶会で薬を嗅がされ、警戒心が高まっている兄はしっかりと話題に食い付く。
彼が私に許可を求めたので、頷き、許可を与える。
「ではここで話されたことは漏らさないと誓っていただけますか?」
「…我に誓いを求めるなど、無礼…まあいいだろう。バセニア皇国皇帝にかけて誓う、だから話せ。」
紫鄭舜の台詞に眉を顰めた兄を軽く睨む。
礼儀すっ飛ばして客間に突撃してきた兄上が礼儀を語るとか、どの口が言うわけ?
私の視線の意味を辛うじて理解できた兄が速やかに誓ったので再び話は進む。
「手の者から報告がありました。謁見の間で結納の儀を行っている間に客間を探る者がいたそうです。使用人のなりをしていたようですが、客間の在室を探るなど怪しいからと、隙をみて手の者が対処したのですが、その人物が懐に隠し持っていたという代物が今お話していた液体のことです。そしてこれが実に興味深いものでした。」
「それは何だ?」
「調べた結果、毒だとわかりました。」
「毒だと?!」
「過去、とある国では食欲を増進させる薬として少量使用する民間療法があったそうです。ただ長期にわたり使い続けると体内に蓄積され、身体を蝕む毒となる。それ故に表向きは使用が禁じられていたそうですが、裏では今だにわずかながらも流通していたようですね。そこに目をつけたのでしょう。産地の限られた特殊な材料を煮詰め、凝縮したそれは、すでに少量でも毒性を持っていました。無色透明な上に、無臭。おまけに元々薬にも使われていたくらいなので、身体の外側にも変異や毒の影響が現れにくい。つまり毒殺なのか自然死なのか、見た目だけでは判断がつかない。ただし製造工程が複雑らしく、慣れたものでも少量しか作れない貴重なものなのだそうです。」
「客間を探っていたということは、狙ったのはアデラか?」
「もしくはアデラ姫へ罪を着せようとしたのかも知れません。先に姫の口へ入る物に毒を盛っておき、その後に陛下を毒殺。万が一毒の存在が露見しても姫が後を追うように同じ毒で亡くなれば、姫が毒を盛り、罪の意識から自殺したという筋書きが使えます。王家にしても身内に犯罪者がいるなど不名誉なことですから、二人共病死として処理するでしょうし、一度その筋書きが正しいと思い込んでしまえば、万が一亡くなる順番が前後しても、はなから不審に思わないものです。」
紫鄭舜は血なまぐさいことを、平気な顔で話す。
複雑な環境で育ったらしい彼にとってはわりと身近な話ということなのだろう。
「もしかすると計画段階では、お茶会で毒を使用するつもりだったのかも知れません。」
自分が毒を盛られる可能性があった。
ようやくその可能性に思い至った兄は青ざめた表情で頷き、話の先を促す。
「ところが我々に使う前に貴重な毒が回収されてしまったというわけか。」
「ええ。お茶会で皇帝陛下に堂々と刃を向けるという言い逃れできないような暴挙に及んだことを考慮すると、毒の予備はないようですね。しかも使われた剣や刃物にも塗られていなかったようですし。」
「して、その毒を持っていたという人物は今どこに?」
「陛下もご覧になったと思いますよ?お茶会でアデラ姫を狙ったあの男です。」
「牢で見た。あの男か!!…だがなぜアデラを狙ったのだ。元々は私を殺す気だったのだろう?」
「アデラ姫はバセニア皇国と苟絽鶲国を繋ぐ架け橋になる存在です。つまり両国に繋がりができるのを阻止したかったからでしょうね。一番の狙いはバセニア皇国が外交的に孤立することだったのでしょう。」
「それはなぜ…。」
はらり。
兄が言いかけた台詞を遮るように広げられた布。
描かれているのは鶴と蔦の図柄。
よく知られた、広寧国の紋章だ。
「この布に毒の入った容器は包まれていました。しかもその容器は玻璃で出来ています。毒の濃度が高いので簡易な容器だと溶けて毒が漏れ出す恐れがあるからでしょうね。そして玻璃で出来た容器は高価なことは陛下もご存知のはず。しかもこちらの布に描かれた紋章が使えるのは王家と、王家と血のつながりがある高貴な家の者だけ。そのことから導き出せる答えは、どのようなものでしょう?」
今回の一件、広寧国の上層部が糸を引いていたのではないか。
「そんな、馬鹿な…。」
「大変残念なことですが、現状の国同士の繋がりを考えるとあり得ないことではないと思われますよ?バセニア皇国が親しく付き合いのある国はランダールと広寧国。アリフィナ姫の嫁ぎ先として候補に上がっているだろうランダールは現状、賠償金を支払うのが精一杯で皇国へ支払う結納金を用意できる余裕はない。とはいえ直接は断りにくいから、あの国の方から少しづつ距離を置き始めているのではありませんか?」
私の台詞に兄は視線を逸らす。
金の切れ目が縁の切れ目という、典型的な例だわね。
この状況下でアリフィナがランダールへ嫁ぐことはないだろうと、アデラは思っている。
「そうなると、親しく付き合いのある国で残る広寧国。だがこの国もまた、先の成安国への侵攻が失敗し、賠償金を求められる身。つまり国が金銭的に窮しているのは同じはず。にも関わらず、広寧国から連絡はありませんでした?例えば…アリフィナとの婚約の打診。
ねぇ、兄上。私と兄上が亡くなれば、誰が次の皇帝になるのかしら?」
広寧国が打った現状を打開する一手。
それは戦を仕掛けることなく、正当な手段でバセニア皇国を手に入れることだった。
長くなり過ぎたので、途中で切りました。
鈴麗が夢の中でウロウロしている間に、外界はこんなことに…。
お楽しみいただけると嬉しいです。
次回更新は間隔があきます。




