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女王蟻の献身  作者: ゆうひかんな


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手品の種明かしと見えない優しさ


「お二人が部屋に戻る前、彼が探るような動きをしていましたから対処しました。」


彼こそ私が片付けものにした相手。

使用人は用があって客間に尋ねてくることはあっても、勝手に部屋を開け在室を探るなどあり得ない。

現にアリフィナ姫の侍女達は私達がどの客間を使っているか知っていたのだ。

だから彼はこの辺りの客間に私達がいることは知っていても、どの部屋かは知らないのだと判断した。

彼なりに注意を払っていたようだが部屋の中を探る様子が窓越しに見えた上に、だんだんこちらの部屋に近付いてくる気配がしたので手近な別の部屋に催眠効果のある香を焚いておいたのだ。

引っかかってくれれば運がいいくらいの軽い気持ちだったがどうやら運はあったらしい。

そして意識を失った彼の懐にしまわれていたものが、とても興味深いものであった。

恐らくはそれを紛失したと探しに飛び出したところで鉢合わせしたのだろう。


「それは何?」

「布でした。」

「布?」

「一見そうです。ですがそこに鶴と蔦の絵が描かれていたとしたら?」

指で空中に描くのは、よく知られた特徴ある図柄。

使用人が持つには上質で値の張りそうな品であった。

おそらく布は仲間と判断する符丁として使用されていたのではないか。


「…鶴と蔦、広寧国の紋章。」

「そして包まれていたものは硝子の瓶に入れられた無色透明な液体でした。」

瓶の大きさを指で示す。

中の液体は少量なのに粘度があり、不気味だった。

「いかにもこれから悪いことに使いますとでも言いたげな代物ね。」

「はい。彼の目的は不明ですが、もたらされる結果は私達に良くないものでしょうね。」

「包まれていた布には広寧国の紋。そしてそれが毒だと仮定する。それを直接私達に盛るか、私達が盛ったことにするか。どちらにしても私達に不利に働く。鈴麗が回収したことは気付かれていなくとも、このまま所持しているのは危険ね。」

考え込むアデラ姫に顔色を悪くするナディア。 

確かに、彼女達が危惧するのも理解はできる。

だから先に手を打っておいたのだ。


「では憂いを晴らすために手品でもお見せしましょうか?」


笑みを浮かべ、懐から用意しておいた紙を丸めると別の紙に包む。

これは先程、着替えの合間に書いた報告書だ。


「何をする気?」

「物が消える手品を披露しましょう。」

そう言ってから、廊下の端に飾られていた陶器の壷へと放り込む。

豪奢な装飾の施された壷は飾るためのもので当然中身は空だ。

それから廊下の角を曲がった。

「呪文は、こうです。"回収"。」

程なくして角の辺りの壁からコツと一回叩く音がした。

気配が消えたところで彼女達に声を掛ける。

「さあ、手品の結果はどうでしょうか?気になりません?」

「…気になるわ。」

「私が見てまいります。」

ナディアが再び角を曲がる。

そして息を飲む音がして彼女の声が聞こえた。


「ア、アデラ様!!紙の包がありません。」

「…そう。鈴麗、貴女の仲間の仕業ね。」 

「はい。仲間の手によって秘密裏に布と瓶はすでに回収されています。」

部屋を訪れた青海に渡し分析と事後対応を依頼済だ。

あとはいつものように適切に処理してくれるだろう。

ちなみに先程の合図は青海のもの。

叩く回数から報告書は無事彼に回収された事を知る。

指示する立場の人間が積極的に姿を現してはだめでしょうに。

アデラ姫達には気づかれないように苦笑いをこぼす。


だが再び姿を現したナディアを一瞥した時、彼女の手に予想外のものが握られていて固まった。


「その代わり、これが花瓶に…。」

「まあ美しい花束!!これも貴女の手配なの?」

ナディアの手に握られていたのは、色とりどりの花。

彼女曰く、それがまるで元から活けてあったかのように飾られていたという。

私が頼んだのは回収だけ、しかも先程の合図は間違いなく青海。

だが彼にはこんな洒落たことをする器量はない、となると。

「…あの人の差し金か。」

「鈴麗?」

「なんでもありません。このまま持参してお茶会の手土産にいたしましょう。」

ナディアから花束を受け取る。

なんでもお見通しのようで腹立たしいが、助かったのも確か。

招待された側とはいえ、手土産がないのはどうだろうとは思っていたから丁度よい。


それに鄭舜様…あの人はアデラ姫の置かれた状況をよく理解している。


城内で孤立しているだろう彼女へ向けた優しさ。

生花の手に入りにくいこの時期、事前に想定していなければこんな手の込んだ気遣いなどできない。

花を贈られるに相応しい淑女がこの場にアデラ姫しかいない以上、彼女のために用意された品なのだろう。

愛する女性へ、花を贈る。

彼が背を預けるに足る相手が愛する人であるということは紫家にとって僥倖。

やはり彼の伴侶に相応しいのはアデラ姫だ。

忠誠だけを望まれた私では、彼を支えるには足りない。


「鈴麗?」

「鈴麗さん?」

「時間がありません、急ぎましょう。」


花束に残された気配を振り払うようにアリフィナ姫の部屋を目指した。



−−−−−−−−−−−


アリフィナ姫の部屋に伺うと、庭に茶会の用意ができているからとそこまで案内された。

向かった先は中庭の自然に囲まれた一角。

地をならし整備して簡易な休息所としたようだ。

玉砂利の上に椅子や机が置かれ、茶器が整然と並べられている。


「ごめんなさいね、アリフィナ。慌ただしくてお菓子は用意できなかったの。」

「まあきれいな花束ね。姉様、お気遣いありがとうごさいます。」

にこやかに笑みを交わす姉妹の傍らで控える侍女に花束を渡す。

無言のまま花束を受け取ると侍女は一礼し、幕の後ろへと姿を消す。

程なくして戻った彼女の手には美しく活けられた花瓶を携えていた。

無駄な動きを見せずてきぱきと働き、常に傍らに控える彼女達の姿は平素と変わらないように見えた。

ただ皆揃って作られたような笑顔であることが気になる。

アリフィナ姫が自然体のままに、無邪気に笑う様子との対比に違和感しか感じない。

…確かにこの状況で普段どおりに過ごせというのが無理というもの。

彼女達はすでにアリフィナ姫から遠ざけられる事が決まっている。

それを勧めたアデラ姫という不穏な存在が目の前にあり、解雇を決断した皇帝陛下が同席するという混沌。

「君がアデラの客人か。命を救ってもらったと聞いている。」

「兄上、彼女の名は鈴麗です。」

この場をさらなる混乱に陥れた人物は、知ってか知らずか、ただ親しみを込めた笑みを浮かべている。



「お会いできて光栄に存じます、皇帝陛下。」

「こうして直に見ると護衛にしてはずいぶん小柄なのだな。そしてその容姿は武器を振るうなど想像もつかぬほどに、優美で美しい。」

…どう返答しても周囲に謗られるとしか思えない。

だから無難にお礼だけを述べ、礼の姿勢をとる。

確かにアデラ姫が『面倒な事になった』という気持ちがわかった。

お茶会に国で一番偉い人が来るなんて聞いただけでも気が重い。

面を上げ、皇帝陛下の護衛はと視線を巡らせれば、離れた場所に護衛と思われる男性が三人。

ただ姿を見せない者が一人、建物の陰から気配だけを感じた。

自身を値踏みするような彼らの視線を感じつつアデラ姫の後ろに控える。

それから失礼にならぬ程度に視線を上げ、そっと姫の兄である皇帝陛下の容姿を確認した。

こう並ぶと雰囲気の良く似た兄妹だ。

皇帝陛下はアリフィナ姫に似た柔らかな印象の容姿でありながら、アデラ姫と同じ艷やかな色気も持ち合わせる。

優しげでありながら、どこかに激しさと陰を感じさせる男性。

整った顔立ちでもあり、さぞかし女性にもてるだろうと思ってはいたが、聞けばすでに他国から正妃を得、さらに側姫と妾までいるらしい。

子を成すことも皇位貴族の務め故に珍しい事ではないが、これだけ女性を囲っても満足しないようで寵愛を得ようとする女性の存在が常に彼の周囲を騒がせているという。

妃達からすれば皇帝陛下の周囲はあわよくば権力を得ようと狙う女性ばかり。

大変だろうなと同情はしても他人事と、この方の存在を速やかに思考の外へと追い出したのだが。


…なぜだろう、彼と妙に視線が合うのは。

回数を重ねるに従い、私へ向ける侍女達の視線が険しくなっていく。

これは勘弁して欲しい。 

子供ではないのだ、彼の熱を帯びた視線の意味に気付かない訳はない。

まさか他国での任務中に色恋沙汰に巻き込まれるとは。

私のうんざりとした気持ちを他所に表面上和やかな雰囲気のまま、お茶会はすすむ。


「そうだわ、珍しいお茶をいただいたのです!試してみませんか?」

「あら、どなたからいただいたの?」

「内緒ですわ!!飲んで当ててみてくださいませ。」

ふふ、と笑いお茶の用意をさせるアリフィナ姫。

侍女が控えの間から小さな茶壺と茶器を携えてくる。

ずいぶん小さな器だ。

「とっても貴重なお茶なのですって。だから分けていただけたのも少量なんですの。今では毎日飲まないと落ち着かない位にはまってしまって。」

「そう。もしかして広寧国の方から、かしら?」

カタン。

準備を行う侍女達の空気が明らかに変わった。

彼女達は皆、アリフィナ姫と同い年位か、少し年上くらいの若い娘。

場を取り繕う技には長けていない事を見越してアデラ姫はあえて広寧国の名を口にしたのだろう。


だが全員がこの言葉に反応を示すとはどういうことか?


アリフィナ姫は彼女達の様子に気付かず、うっとりとした表情で侍女が器にお茶を注ぐのを眺めている。

そして侍女が湯を注ぎ、器から甘い香りが立ち上った。

その瞬間に思わず口元を手で覆う。


なぜお茶の香りが()()と感じる?


これはただのお茶ではない…薬だ。

「失礼いたします。アデラ姫、こちらへ。」

くらむ頭を押さえつつ立ち上がるアデラ姫をテーブルから離す。

飾り布を外し彼女の口元にあてがうと、同じく口元を押さえるナディアと共に自身の背後へと庇う。

それからいつも使う暗色の布を巻き口元を覆った。


少しまだ気分は悪いが吸い込んだのは少量で済んだようだ。

ほかの者はと視線を向けたところで視界に映ったのは異常な事態に飛び込んできた兵士達と剣を携えた侍女達が対峙する構図だった。

彼女達は、その場で最も強いと思われる皇帝陛下の護衛を先に狩ることに決めたようだ。

理解が及ばない何かが起きている。

ならば一刻も早くこの場を離れなければ。

時折、翻弄するかのように襲いかかる剣先を振り払いつつ二人に告げた。


「アデラ姫、ナディア。私を信じていただけますか?」


悪いがこの状況で彼女達に頷く以外の選択の余地はない。

それでも問うたのは、彼女達に覚悟を決めて欲しかったから。


私が守るべきは生者の心臓。

言いなりになる人形でも、死者の骸でもない。


「何をするつもり?」

「この場を離脱します。だがそれには手が足りない。」

この城でどのようなことが起きているのか分からない以上、城に属する人間は頼れない。

だから仲間を呼び、彼女達を苟絽鶲国の手に委ねる。

二人が頷いたのを確認し、懐から女王蟻の印を取り出すと持ち手の端を口に咥える。

途端、音にならない音が空を切り裂いた。


犬笛。

そう呼ばれるこの笛は常人の耳には拾えない音を発する。

わずかな音も情報として捉える訓練をされた者達には難なく拾える音域に設定した特殊なもの。

散らばる仲間を呼び集めるのに使う呼び笛であり、女王蟻の印を使える者だけに与えられた役目だ。

笛を懐にしまったところで、私達の周りを侍女が取り囲んだ。


「さて、アデラ姫の護衛とやら。あと戦える者は貴女だけだよ。」


侍女の一人が血塗れの剣先を目の前に突きつける。

途端に侍女達の狂ったような笑い声が響く。

彼女達の足元には守るために戦い、無残に切り裂かれた護衛達の姿。

数の力で押し切ったか。

それにしても彼等は善戦した方だ。

護衛三人に対して侍女は二十人近くはいたのだから。

数は力とはいえ相手は力も技も勝る男性。

侍女達は、彼らを狩るためにその数を半分近くまで減らしていた。

数で力を押し切るのは鈴麗が黄蟻として部下を指揮するのと同じ戦法。

彼女達は二組に分かれ、一組はこちらを囲み剣を向け、もう一組は剣を構えた皇帝陛下に庇われるアリフィナ姫を囲む。

さすがに皇帝陛下や姫は高位貴族だけあって薬には耐性がついているようだ。

僅かにふらついているも二人の足取りは確かだ。

だがアリフィナ姫は恐怖と混乱からか涙を流し、ずいぶんと取り乱している。

「貴女達、何をしているの?!その行動の意味はわかっている?」

「もちろんです、アリフィナ様。だから主である貴女は生かしておきます。…ですが、皇帝陛下には死んでいただきますが。」

姫には我々の目的を達成する駒になってもらわねばならないのです。

そう言って、侍女のうちひとりが歪んだ笑みを浮かべた。

呼応するように侍女達が間合いを詰める。


なるほど、そういうことか。

皇帝陛下亡き後、後継者となるのは唯一皇室に残ったアリフィナ姫。

そして男性上位のこの国で皇帝となるのは彼女の夫となる人物。

夫の座が手に入ればこの国を得たも同じ事。

皇国内の有力貴族の差し金か、もしくは他国からの指示。

侍女達は目的を達する前に解雇されるのを恐れ、この場を利用し暴挙に及んだというわけか。

「後はお前達を殺し皇室の人間同士が仲違いを起こしたとすればいい。」

なるほど、不仲という噂を利用してアデラ姫に罪を被せようというのか。

皇帝陛下とアデラ姫の死により婚約は破棄される。

そして国同士の繋がりを絶つことにより、皇国を孤立させると。

「バカじゃないの?!私がこんな生産性のないことするわけないじゃない!!!」

しかし、アデラ姫。

不本意な汚名を着せられて憤る気持ちは分かりますが、それ口から漏れちゃいけない台詞です。

面倒なので無駄に煽るのやめて下さい。

「多勢に無勢。たかが女一人、腕はたとうとも私達の敵ではないわ!!」

血の匂いに酔い、気分が高揚しているのだろう。

侍女の一人がそう叫んだ。

だが彼女達は私の力を見誤っている。

ひとつは私が個対複数を得意とする一族の血を引いていること。

護衛対象の安全が最優先の状況でなければこの程度の人数ならひとりでも対処できる。

そしてもうひとつ。

頭数が揃ったとことを察し、軽く振り上げた手を躊躇いなく下ろす。


「狩れ。」


この場において、私ひとりであると明言した訳ではない。

死角から溶け出すように、どこからともなく現れた者達が侍女達に襲いかかる。

群がる蟻のように侍女達へ襲いかかるのは…紫家の私兵。

これで人数だけでも互角。


「誰一人殺さないようにね。」


聞き出したい事は山ほどある。

場は一転、一対一の状況では抵抗虚しく、侍女達は簡単に打ち倒され、瞬く間に拘束されていく。

数が互角であれば力量の差が場を圧するのは当然のこと。

これが紫家の、苟絽鶲国の裏を統べる一族の力。

辞意を示した以上、返上しなければならないのであろうが今はまだその回答を受けてない。

この際だ、使い倒してしまおう。


多少心得はあろうとも血に酔うなど素人。

高らかと勝利宣言などしている暇があるなら、さっさと始末すれば良いのに。

機を逃すから、負けるのよ。

後には縛られ、特別な薬で眠らされた侍女達の姿があった。

するりと私の前に膝をつく青海。

「ご指示を。」

「せっかく名を貸してあげたのに、突入の号令を待つなんてもったいない。」

「いや、この場は姐さんに譲ろうかと思ってな。」

「似合わないというのに殊勝な事を…それで、あの方は?」

「アデラ姫の安全を確認するために、急いで来るってよ。」

「そう。では人員を二組に分けて一組は偵察、もう一組は安全確保。組分けと指揮は貴方に任せる。」

「了解。」

青海が仲間の元へと駆け指示を出すのを見守る。

ふと自身を値踏みする視線を感じ、その先をたどれば皇帝陛下がいた。

彼の座る席が茶を入れた侍女から遠かったおかげか、薬の影響からは随分と早く抜け出したようだ。

「貴女は、一体何者なのだ?」

困惑気味に問われても答えられる訳がない。

だから誤魔化すようにして曖昧な笑みを浮かべる。

途端、皇帝陛下の視線が私に釘付けとなった。

それに構わず視線を回廊に向けたところ、人の気配と共に喧騒が近付いてくるのを感じる。

騒ぎに気付いた城の兵士が慌てて駆けつけてきたようだ。 

彼らに捕らえた侍女達を引き渡し、アデラ姫を間もなく到着するだろうあの人に託す。


やっと任務が終わる。

これでもう私は何者でもない。


白紙の未来を思い、口元へ笑みを浮かべた。

ふと視界に人の影が映る。

歩み寄った皇帝陛下は熱の籠もった眼差しで私を捉えた。

…面倒な事になりそうな予感しかしないが。

「鈴麗は見目麗しいだけでなく優秀なようだ。どうだろう、このまま城に残り私に仕えて…。」

「素晴らしい働きでしたね。」

皇帝陛下の言葉と重ねるように発せられた声。

そして視界を遮る見知った背中。


あの方の、背中だ。


雰囲気からして不機嫌そうなのは、私が役目を辞するとか言った影響かな。

彼が振り返る気配がしたので礼の姿勢から視線を上げると紫の瞳が細められた。

感情は読めないが、どことなく責められているようなそんな気配がする。

何が気に触ったのだろう?

視線は私を通り過ぎ、そのままアデラ姫へと注がれる。

途端に彼は安堵した表情を浮かべた。

「アデラ姫、よくご無事で。」

「ええ、全て彼女のおかげよ。」

「…それは良かった。後は対処します。貴女はもう下がりなさい。」

「御意に。」

一拍の間を置いて返答があった事を訝しく思う間もなく退出を命ぜられた。

青海達がいるからアデラ姫は大丈夫だろう。

皇帝陛下はこちらを気にする素振りを見せながらも兵士に伴われ場を後にした。

そして家族のように愛した侍女が全員自身の敵であったという事実に呆然としたままのアリフィナ姫も皇帝陛下に付き添われて部屋を出ていく。

残されたのは無残に砕けた茶器と踏みにじられた花、そして罪の有無に関わらず流された血。

この血に塗れた場所は二度と使われる事はないかもしれない。

そう思いつつ、ぐるりと辺りを見回した。


風もないのに、幕が揺れている。


その瞬間、はたと気がついた。

お茶会が始まる前、捉えた気配は四つ。

三つは皇帝陛下の護衛のもの。


それならば残りひとつ、その一人は今どこに?


一気に心拍数が上がる。

気配を探ろうにも頭がぼんやりして上手く捉えられない。

薬の影響が、こんな時に!!

反射的に幕に向かい、走り出す

宇陀うだ桃林とうり!!」

幕の近くにいた二人へ指示を出すと同時に幕の裏から飛び出した影が一つ。


あの男だ。

部屋の前で鉢合わせした男。

男は駆け寄った二人の頭上高く飛び上がり背面に降りる。

抜かれたか。

こちらへ走り寄る男の目的は、ひたと見据えた視線の先にいるアデラ姫。

すかさず姫の元へと駆け戻る。


青海が対処に向かうも、彼が辿り着くその前に男は武器を放った。

弓のような武器から放たれる、鋭い切先を持つ三本の刃。

太さがあることから当たりどころによっては致命傷だ。

一本は青海が叩き落とし、アデラ姫に辿り着く前にもう一本は私が剣で叩き落とした。


そして最後の一本。

深々と自身の体に突き刺さる剣先が見えた。

鮮血が飛び散る。

「鈴麗!!」

アデラ姫の悲鳴が聞こえた。

避けなかったのは私の背後にアデラ姫と、彼女を庇うように立つ鄭舜様がいたから。

姫を守る、騎士のような堂々たる立ち姿。

並んで立つ姿は、とてもお似合いだ。


覚悟はしていたのだけどね。


鄭舜様が目を見開く。

驚かれるのも仕方がないだろう。

彼の目の前で深い傷を負ったのは初めてだ。

他人事のようにその事実を受け止めた次の瞬間、突き抜ける程の痛みを感じる。

視線の端で青海が男を打ち据えた途端、皆の意識がこちらに向いた。

この状況で意識が一箇所に向くのは好ましくない。

他に狙うものがいれば、絶好の機会となる。

「持ち場を確認しろ!!」

まずはこの場を掌握せねばならない。

仲間の動きが止まったのに気づき、そう叫んだ。

ところがその先、声が続かない。

急激に血を失い意識を保つのさえ難しくなる。

それでも彼らに指示を出さねば。

再び声を出そうと踏み出したところで、ふわりと身体が浮く。


「貴女という人は…どれだけ無茶をするのか。」

薄紫の瞳が痛みを堪えるように歪められる。


「私は貴女が傷つくことを望んでいるわけじゃないんだ。」

…だからこれも仕事のうちなんです。

そう言おうとするが、声にならない。

彼は駆け付けた使用人に城へ常駐する医師をここまで連れてくるよう指示する。

ゆらりと運ばれ、静かに下ろされると彼自ら布で縛り止血した。

「大丈夫、後始末は私の領分。きっちり落とし前をつけさせますから安心してください。」

バセニア皇国にも、広寧国にも。

そして、少しだけ笑った。


ああ、こんなふうに優しく笑う人なのだと、そう思ったところで意識を失った。



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