偶像を取り巻く闇
「ただいまー、鈴麗さん。ちょっと面倒な事になって…って、握り飯っ!?食べたい!!」
「ええ、どうぞ。ひとつ残してありますよ。」
「すみません鈴麗さん。私までいただいてしまって。」
「いいんですよ、ナディア。味見はすんでますから安心して食べてくださいね。」
「…鈴麗さんの仲間からの差し入れってこと?」
「そのようなものです。」
アデラ姫の質問に、ついでだからと鄭舜様から差し入れていただいた菓子を並べる。
彼女はすでに他に主がいることを知っているのだ。
今更隠しだてしても仕方がない。
それらを摘みながら、アデラ姫が謁見の間での出来事を語る。
「そこまで感覚がずれているのは、そうなるように育てられたと考えていいでしょうね。」
「兄上は確かに彼女が従順で淑やかな女性となるよう育てたかった。でもね皇室の教育を受けた上で"従順に"はありえないわ。将来的には人の上に立つ身よ?誰かに依存しなければ人の上に立てない人間に正妃は務まらないわ。」
王を支持し、時には裏で諌め、必要ならば手を差し伸べる。
それらを自身の才覚だけで行わなくてはならないのだ。
地位は飾りではなく、為政者を客観的に評価する最も身近な第三者。
王の妃という存在をそうアデラ姫は位置付けた。
そう、自身で判断をつけた上で王をたてるのと、まるきり依存するのは同じ様で全く違う。
鈴麗は謁見の間に続く廊下で時折こちらを気にしていた彼女の姿を思い浮かべる。
月下に咲く儚い花の如しと吟遊詩人に讃えられる美しい少女。
確かにあの美しさは別格だ。
アデラ姫と同様、一般人とは格の違いを感じさせる洗練された容姿の美しさ。
だがなぜだろうか。
アデラ姫を知ってしまうとアリフィナ姫の存在の希薄さが際立つ。
二人の話を聞くとより顕著に差を感じ、その差が知性の有無なのだと理解ができた。
その上で、どちらが皇室の姫として相応しいかなど一目瞭然。
だがアリフィナ姫についてはアデラ姫とは反対に悪い噂が聞こえてこない。
今まで色々やらかしているだろうに、それでも他国へ良い噂しか流れてこなかった。
その理由が、やっとわかった気がする。
情報操作の賜物。
彼女は作られた存在なのだ。
偶像、という言葉が脳裏を過る。
「それにしても客間にアデラ姫やナディアがいるとわかっているのに、世話のひとつもしに来ないなんて、この城の使用人はどういうつもりなのでしょう?」
水差しの水は何が入っているかわからないからと口をつけてないし減ってはいないが、確認にも来ない時点で放置されているとしか思えない。
豪華な食事の望める王城にあって、手持ちの菓子をつまみ、握り飯を食べているとは。
視線を巡らせ、三人の口から乾いた笑いがこぼれる。
確かにアデラ姫やナディアの立場が特殊なのは理解できるが、世話をしにこない理由にはならない。
先程アリフィナ姫の侍女らしき人達が来たが用事あっての事でそれは数の内には入らないし、謁見の儀が終われば誰かしら部屋に戻ってきていることはわかっているはず。
それでも来ないということは意図的にそうしているとしか思えなかった。
「徹底的に嫌われてますね。」
「あり得ない事まで噂として流れたからね、皆私を怖がっているのよ。」
曰く、理由もないのに侍女へ暴力を振るう。
曰く、金遣いが荒いことを諌めた官吏を叱責し、辞めさせた。
「…アデラ姫、絶対にそんなことしませんね。」
「しないわよ。無駄なことには権力を使わない主義なの。」
彼女の人柄を知るなら絶対にやらないとわかる事が脚色された上で噂として流される。
ただそれが一国の姫の世話をしない理由として通用するわけがない。
それがまかり通ってしまう異常さを皇帝や上層部は気付いているのだろうか。
それともこの城にはそれを許してしまうような別の闇が広がっているとでもいうのか。
「面倒だからと、対応を怠っただけが理由ではないようですね。」
「まあそうね。もしかしたら何か情報が得られるかなと思って放置したの。」
「こうなる前から国を出るおつもりだったのですか?」
「私の思考回路を理解して、ついてこれるような柔軟な人がこの国の貴族にいると思う?」
「全くいないとは言いませんが…身分の釣り合いを考えると難しいでしょうね。」
「嫁に行くにも私の考えを理解して求めてくれるような人でなくては駄目だし、縁結び的な発想で嫁ぎ先を選べはこれまた互いに不幸でしょう?国が私を理解できる人の元へ嫁に出すなんて気の利いた事ができるとは思えなかったし。だから国を出て、各国の問題点を探り、ゆくゆくは国を富ませる価値を示して、そういう人に婚約の打診をしてもらいたいと思ったの。」
握り飯を食べ終わり、アデラ姫は渡した水筒から水を飲む。
「つまり自分で嫁ぎ先を探したわけですか!!たくましいですね。」
「そうでもないわよ。面倒事から"逃げた"側面もあるし、今それを精算しなくてはならないの。だから鈴麗さん、手伝ってもらいたい事があるんです、お願いできますか?」
彼女の表情が一際真剣なものへと変わる。
ああ、これは逃げられないやつだ。
しかも結果によってはたぶん命懸けだ。
無意識に苦笑いを浮かべる。
『ならばその命を、私のために捧げてくれませんか?』
命懸けで彼女を守れば彼との約束を果たしたことになるのかな。
違う生き方を模索しようと決めた矢先でのこの状況は腹立たしいが、契約は契約だ。
「もちろん何なりと、姫様。」
「ふふ、さすが私の護衛。」
「今だけですよ。主を二人持つことは忠義を欠きます故に。」
「本当に残念。今の主に嫌気が差したら私の所へ来てね。愛でる…んっ、雇うから。」
今変な言葉を挟んだような?
首を傾げた私にアデラ姫は受け取ったばかりだという贈り物の箱を指差す。
「あれを着ていきましょう。多少採寸を調整すればちょうど良いはず。」
時間もないから着替えながら話そうということになった。
ナディアが裁縫箱を引き寄せる。
「それでは私が調整しますね。着てみてください。」
お茶会に相応しい一枚があったようで、色合いもまた彼女によく似合う。
だが実際に袖を通してみると、二人共怪訝そうな表情になった。
「…ぴったりね。」
「…ぴったりですね。」
「なんで苟絽鶲国の職人は私の体の寸法を知っているわけ?」
思い当たることがあって鈴麗はそっと視線を外した。
…そういえば鄭舜様に請われるままにアデラ姫の衣装の寸法を教えたことがあったな。
てっきり彼女の花嫁衣装を作るときの参考にするものだと思っていたけど、そうかこのタイミングで使われるのか。
バレたら一生恨まれそうだから黙っておこう。
「…鈴麗さん?」
「本当に不思議ですね!!何でかしら?」
「怪しい。」
「語尾が弾んでいるあたりが特に怪しいですね。」
「気のせいだと思いますよ?それより時間がないのですから早くしましょう。」
すっかり忘れていたのだが、女性はこういうときに勘がいい。
特にこの二人は、普段とぼけてるくせに時々妙に鋭い時がある。
「それで…あれ、鈴麗さんは着替えないんですか?」
「やっぱりこのままではだめでしょうか?」
「ダメですね。招待に応じた以上、それなりの服装に着替え参加するのが礼儀ですから。」
ナディアがきっぱりと言い切ったからにはそうなのだろう。
だが手持ちの服はサルマさんの家に置いてきているから今ここにはないし。
ふと青海が運んできた布袋に視線が向く。
ナディアが私の視線をたどり、瞳を輝かせる。
「あの布袋、鈴麗さんのものですか?膨らみから推測して衣装が入っていそうですけれど。」
「ないことはないのだけれど…。」
むしろ恐縮してしまうくらいに、美しい衣装が納められていた。
墨黒と呼ばれる淡い色合いの黒地に、控えめな銀糸の装飾と添えられた紫色の飾り紐。
昼の明るい日差しの下では少し暗めの衣装を選ぶそうだからちょうどよいのだが。
あれだけ鄭舜様に対し腹を立てておきながら、もらった服に袖を通すのは気が引ける。
「あら素敵じゃない!!鈴麗さんによく似合うわ。お仲間からの差し入れなら遠慮なく着てしまいましょうよ。」
「そのうですよ!贈り主がどれほど罪深くとも、贈られた服に罪はないのです!」
アデラ姫は喜々として衣装を眺め、服に罪はないと言い切ったナディアは瞳を輝かせる。
彼女達を守るために必要だというなら構わないだろう。
そう自分を納得させ、いただいた服に着替える。
「…。」
「…。やっぱり調整いりませんね。」
「ええ、これは由々しき問題よ。私達の個人情報流出が確定したのだから。しかも犯人は予想以上に私達の近くにいる人物ようね。」
真剣な表情で呟いたアデラ姫言葉に戦慄する。
…鄭舜様、私の寸法を教えたことなんてありませんでしたよね?
何でご存じなのか怖すぎて知りたくもありませんが。
そしてアデラ姫。
今更『苟絽鶲国コワイ嫁行かない』とか言わないでください?!
「そ、それでアデラ姫。何をするつもりなんですか?」
「ちょっと確認したいのよ。」
着替えの終わったアデラ姫はナディアに髪を整えてもらいながら言った。
髪には飛ぶ鳥を模した大胆なデザインの髪飾りが輝く。
アデラ姫のためにと仕立てられた飾りはよく似合あった。
「はい、出来上がりました。さあ今度は鈴麗さんの番ですよ。」
「いえ私は服を着るだけですから。」
「ダメです、せっかくの衣装がもったいない。鈴麗さんは許せても私の美意識が許せないのです!!」
「あ、はい。ごめんなさい。」
なんでだろう、高ぶるナディアが怖い。
武力では勝っているはずなのに、絶対に勝てない気がする。
彼女の美意識が全力で働いた結果、よく分からない加工が髪に施されていく。
どんな理屈なのか分からないが、髪を編み込むと、複雑な模様をつけた。
これを短時間で編み上げてしまう技量がすごい。
そこへ仕上げとばかりに髪飾りがつけられる。
「はいおしまい。我ながらいい仕事しました。」
「見事なものね。鈴麗さんの異国情緒あふれる魅力を存分に引き出しているわ。」
満足そうな笑みを浮かべるナディアに、瞳を輝かせるアデラ姫。
化粧をし、いただいた服に添えられていた小ぶりの耳飾りを下げ、懐に武器を隠す。
ちらりと横目で姿見を確認して、驚いた。
姿見に映った私の姿がまるで別人のように見える。
そして姿見越しにアデラ姫と目が合う。
「それで内容は?」
「アリフィナの侍女の中から首謀者らしき人物を見極めたいのよ。」
そのための種を皇帝陛下とアリフィナ姫に蒔いてきたのだという。
種の中身を知ってため息をついた。
嫌な勘ほど当たるもの。
アリフィナ姫の侍女を入れ替えろなんて。
確実に危険で手の込んだ何かを仕掛けてくるじゃないか。
「何のためです?他国へ嫁がれるわけですから、この国に関わり合う事もないのでは?」
「これだけ国が近いと、国が荒れた時に苟絽鶲国が被る影響が大きいからよ。今の財政のままなら国庫の枯渇を招く。それを埋めるための税率の上昇、そこから派生する物価と資源の高騰による日々の暮らしに困窮した民による暴動、窃盗団等の悪しき存在の暗躍、それらを避けるための移民や難民の増加。騒ぎを沈静化させるために、バセニア皇国が真っ先に頼るのは国の位置や関係性からしてランダール。だけどランダールは苟絽鶲国に賠償金を支払い続けているから金銭的な支援には積極的になれない。とすると物資や人的な支援を願い出る相手国として相応しいのはどこかしら?」
「苟絽鶲国、ですね。」
広寧国とも付き合いはあるが、場所が遠すぎる。
苟絽鶲国を通り、海を挟んで向かい側、成安国の更に先だ。
広寧国は国土の一部が海に近い事から海上を移動して皇国と関係を築いているが、歩いて陸地を移動すれば二ヶ月はかかってしまう。ここから苟絽鶲国なら国境を接しているから徒歩で数日、成安国も一部が国境と繋がっているから一週間程度で関所へとたどり着く。
距離だけでいえば成安国も近いのだが苟絽鶲国との関係を重視しているため両国の関係は浅い。挨拶程度はするが、そこから先の付き合いはない。
他人に近い隣人という位置付けにある国同士だ。
そして苟絽鶲国はバセニア皇国と停戦中、和平条約を結んではいるが元は敵対国。
こちらも簡単には頼れないし、弱みも見せられなかった。
今までは。
「私が帝の正妃となるからね。お願いすればなんとかなると思われるでしょう。」
でも彼女には苟絽鶲国を守る義務がある。
アデラ姫のお人好しにも思える"過ぎた優しさ"は全て苟絽鶲国を守るための方便だということか。
「そういう意図がおありだったのですね。ちょっと意外だと思ってましたから納得しました。」
「あら意外?」
「貴女はこの国や家族の行く末には無関心なんだと思っていました。」
「家族についてはそのとおりね。彼らが個人としてどう生きようが興味はないわ。
だって私、彼らが嫌いなのよ。」
兄と妹を溺愛し甘やかすだけで現状を知りもしない両親。
兄は両親を倣い妹だけを愛し、それを姉である自分にも強要する。
そして妹は姉である自分のものを奪う事になんの疑問も抱かない。
「そんな彼らを愛せるわけはないでしょう。」
「だが国は、民は違うと?一部を除いた民の意思が、貴女を蔑ろにした家族を支え、政治が成り立つ。」
「だって彼らに復讐したって無駄だもの。彼らに罪の意識はないから、ただ恨まれるだけだし。」
民とはそういう理不尽でわがままな存在でもあるのだ。
それだけに群集となれば多大なる影響を与える、と。
そう言いながらアデラ姫は一点の曇りもない笑みを浮かべた。
「それよりも彼らには私を手放した事を後悔してもらおうと思うの。」
失った時に価値を知らしめる、物語の悪役のように。
闇を引き受ける存在があるからこそ、光は鮮やかに世を照らすことができる。
光り輝く存在こそが、本当は闇を必要としていたのだ。
そのことに今更気がついても、もう遅い。
「そのために苟絽鶲国は豊かで皆が憧れるような国にしなくてはね。」
「ではその障害がアリフィナ姫を愚かにした首謀者というわけですか。」
「アリフィナが愚かなままでは困るの。また簡単に利用されてしまう。」
そしてその尻拭いを苟絽鶲国がさせられるのは御免なのよ、と。
アデラ姫は苟絽鶲国を我が国と申されるか。
思わず笑みを浮かべた。
やはり聡明な方だ。
国が結納の品を受けた以上、彼女はもう苟絽鶲国のものだ。
そしてこの切り替えの速さは覚悟のある証。
なるほど、だから鄭舜様はこの方を求めたのか。
覚悟があるなら苟絽鶲国に馴染めないなどということはないだろう。
私の思いに気付くことなく、アデラ姫は話を続ける。
「例えるなら隣家の火事がこちらに飛び火するのは避けたい、そのための備えね。」
「延焼ですか。…意外にそれが目的かもしれませんね。」
「目的、何の?」
アデラ姫が尋ねたところで、ナディアが申し訳ないという表情で口を開く。
「アデラ様、鈴麗さん、そろそろお茶会へ向かいませんと。」
「わかったわ。そうそうナディア、貴女も同行なさいな。」
「…よろしいのですか?」
「よろしいも何も、今貴女は私の侍女よ。私がいいというのだからよいの。そうね、ついでにアリフィナにも私の侍女を紹介しましょう。彼女をこのまま苟絽鶲国へ連れて行くこともね。」
手出しするなという牽制か。
アデラ姫に成りすました時も毎日のように狙われた。
相手は余程に後ろ暗いことがあるらしい。
客間を出てアリフィナ姫の部屋へ移動する。
お茶会では、どのような展開となるか。
出たところ勝負というのが痛いところだが、下準備に掛ける時間もなかったし仕方がないだろう。
そう思い数歩進んだところで突然、別の客間の扉が開いた。
ナディアを庇い下がらせたところで使用人の服を着た男性が慌てて飛び出してくる。
彼の視線がアデラ姫に注がれ、ハッとした表情を浮かべると礼の姿勢をとる。
「申し訳ございません!!」
「…貴方、客間へどのようなご用事かしら?」
「失礼をいたしました。先日滞在したお客様から『忘れ物をしたようだから置いてあるなら確認して欲しい』と依頼をされましたために、部屋の中を探しておりました。」
「そう?まあいいわ、ここは他国のお客様も通られる。礼儀に欠けないよう、以降気をつけなさい。」
「はい、申し訳ございませんでした。」
そう謝罪しながら使用人は礼の姿勢をとる。
鷹揚に頷くとアデラ姫は再び歩き出した。
「本当にお姫様なんですね。」
「何を今更!!鈴麗さ…っと。」
「呼び捨てで良いですよ、アデラ姫。誰が聞いているかわかりませんから。」
「では遠慮なく。」
鈴麗、と呼んだアデラ姫が嬉しそうに笑う。
もし私に少し年の離れた友人がいたら、このような感じなのかもしれない。
主であった華凉様とは違う距離感がとても新鮮に感じた。
「それにしても先程の使用人はおかしいですね。」
再び先頭を歩くナディアが小さな声で呟く。
アデラ姫が首を傾げた。
「なぜ?」
「侍女見習いの仕事をするために、城内を案内してくれた侍女が言っていました。『最近は、このあたりの客間は使われていない』と。」
ナディアの滞在していた客間も掃除はされていたが使われた形跡はなかったという。
アデラ姫は眉根を寄せる。
「では彼は何をしていたのかしら?」
そして私の方を向く。
「鈴麗、何か隠しているのではなくて?」
絶対なにか知っていると、言外に告げる視線が痛い。
本当は黙っておくつもりだったが、気付いたのなら話しておくべきだろう。
「そうですね。片付けものをした、その時の話をしましょうか。」




