敵だから
数日間、ラプンツェンは体調を崩したままだった。
基本的に寝床で横になって、時々トイレに走っていく。
敵とはいえ、さすがにそんな状況では必要な作業を手伝えとも言わなかった。
まあ、ほとんど僕しかできないことだから別にいいんだけどさ。
数日間であったことを簡単に。
一つ、電流を流したキノコの成長速度が少し早くなっていた。
二つ、キノコは生だと食あたりを起こすらしい。
ただし、煮れば食べられることが判明。
煮たものを少しだけ食べて、数日経過したけど異常はないみたい。
ちなみに小型の調理器具がカバンに入っていたのでそれを使った。
調味料の岩塩も入っていた。
誰かが持ち運んでくれたらしい。
「酸素供給、水分と食料確保……食料は偏りがすごいけど、しばらく生きていける。
ってことは次は脱出か」
生きるために必要なものは揃えた。
次はここを出る方法を模索しなければ。
さて、改めて状況確認。
岩壁には隙間がいくつかあるが、奥の方を見るに通路はない。
一つだけ奥があったのはキノコ部屋のところだけ。
他は指程度の隙間しかない。
壊して進めば空間がある可能性は高い。
実際、どこからか酸素は供給されているわけだし。
循環魔力の大気の流れを見るに、瓦礫の方から空気が流れてきている。
瓦礫同士の隙間があるからだけど。
なぜか大気は下から流れてきている。
上は詰まっているけど、下には空洞があるということか。
「だけどこの瓦礫をどかすのは……」
奇跡的に積み重なってバランスをとっている大小の岩石。
これを少しでも動かしたら崩壊してしまいそうだ。
そうなったら奥の空洞に流れてきて、僕たちは押し潰されるだろう。
魔力によるシールドがあっても無駄だ。
この瓦礫は触るべきではないだろう。
となるとできるのは別の出口を探すこと。
ここが深度どれくらいかはわからないけど、恐らくは数十メートル以上。
僕もラプンツェンも魔覚範囲は十メートルをやや超えるくらい。
でも魔覚では人や妖精の魔力を探知できない。
つまりそれ以上に距離がある。
この世界の文明レベルだと救助作業はすべて手作業になる。
時間と労力は相当かかるだろう。
できるなら自力で脱出したいところだけど。
「ううぅ……だ、だいぶよくなったのだ」
お腹を押さえながらよろよろと立ち上がる魔族娘。
なんて不憫な姿だ。
「無理しなくていいよ。作業自体はあんまりないし」
「じっとしてても暇なのだ。
何かしてる方が気がまぎれる……。
今、何をしてるのだ?」
つまり手伝わせろということらしい。
ラプンツェンは絶対にそういうことは口にしないけど。
「脱出の方法を模索してたんだ。
瓦礫からは大気が流れてきてるからどこか空洞に繋がってそうだと思ってね」
「だったらぶっ壊せばいい……とか言ったらどうせ否定するのだ?」
「まあ、そりゃ。死にたくないし」
「ふん……だとしたら壁の隙間を少しずつ削るくらいだろうな。
キノコ部屋もあったわけだし、他にも何かある可能性もあるのだ!」
「意外だ。僕も同じこと考えてた。
ラプンツェンってちゃんと考えられるんだね」
「な、なにおぅ! 馬鹿にしてるのか!?」
僕は思わず笑ってしまう。
ラプンツェンは僕の顔を見て、少し不満そうにしていたが、仕方ないという感じで鼻を鳴らすだけだった。
僕たちは壁際の隙間を観察する。
「崩せそうなところをフォールで柔らかくするから」
「わかっている。キノコ部屋と同じ要領なのだ?
このわし様に任せろ!」
ラプンツェンがドンと胸を自分で叩いたと思ったら、蹲ってしまった。
「おごごご! お腹に響くぅ……」
「何してるのさ……」
僕は呆れ顔で魔族娘の後頭部を見つめる。
先は長そうだ。
●〇●〇
その日の夜。
ようやくうめき声が聞こえなくなった。
やっぱり毒ではなく、単なる食あたりだったらしい。
二人して横に並び天井を見上げる。
暗い。狭い。空気が悪い。
太陽光がないせいか気も沈む。
正直、快適な空間とは決して言えない。
思わずため息が漏れた。
「貴様はよくため息を漏らす。
陰気な奴なのだ」
「……それは悪かったね。気を付けるよ」
確かに他人のため息はあまりいい気分にはならない。
相手は魔族とはいえ、一応、共存を目指す仲間だ。
敢えて不快にさせるべきではない。
とは思うんだけども、その内、また出ちゃいそうだな……。
「しかし、不思議なのだ。
貴様はどうして魔術を作れた?
何も知識がないのにおかしな話なのだ」
「……魔法ね。
人間ってのはそうやっていろんな発明をしてきたんだよ。
ある人物が突然、文明レベルを押し上げる開発をする。
それを他の人が改善して、一般の人たちが活用する。
それが人間の文明ってものだからさ」
まあ、実際は地球の知識があったからだけど。
ただ他の地球にいる人がこの異世界に来てから魔法を開発できたかはわからない。
僕だからできた、というのは少し傲慢だろうか。
でもそう思いたい。
僕は魔法が好きだから。
「ふむ、人間とはおかしな種族だ。
わし様たちとは違う」
「魔族とはってこと?」
「違う。わし様の種族。
『悪魔族』のことだ」
ラプンツェンは抵抗なくすんなりと話した。
主従関係があるし、一々抵抗するのも馬鹿らしいと思ったのだろうか。
悪魔族なんて初めて聞いた。
確かに言われてみれば悪魔っぽい姿をしている気がする。
頭に角があり、牙があり、白い髪と赤黒い目、肌も浅黒い。
羽や尻尾はないけど、悪魔と言われれば悪魔っぽいかも。
「エインツヴェルフとは違うの?」
「違う。奴は『吸血鬼族』だからな。
魔族とは……多種族の集まりなのだ」
僕の知っている魔族のイメージと近い。
魔物の上位種で、人間に近い知的生命体。
そして色々な種族がいるという感じだ。
だけど疑問がある。
「他の魔族たちも別の種族なんだ?」
「うむ。下位の種族なら言えるぞ!
わし様の下にエルフがおる。確か長寿族だったのだ?」
「長寿……でも魔族全員長寿じゃない?
千年前のルグレ戦争から、今まで生きているわけだし」
「それは違う。
わし様たちは封印されていた。魔……んぐ!」
「言える範囲でいいから」
「と、とにかくその間は時間が停まっている。
つまり、寿命自体は消費していないということなのだ!」
「ルグレの封印……それにより時間は停止していた?」
「うむ。まあ、意識もほぼなかったのだ。
ただ封印は下位序列の奴らから解かれるとは思っていた。
だからエインツヴェルフが先に現世に出ていると思ったのだ」
「なるほど……ところで他の悪魔族はいないの?」
「それは話せないのだ!」
「だろうと思った……じゃあ、ラプンツェンって何歳?」
「わからん。覚えとらん。だが多分百歳は超えとるのだ」
「それは長寿と言えるんじゃ……」
エルフという魔族の方が長寿なら、もっと長生きしているということだろうか。
「ん? あれ? エルフって魔族はラプンツェンの下位序列なんでしょ?
なんで先にラプンツェンが出てきたんだ?」
「奴は先に出ておる。いや、むしろ封印されておらんのだ」
「え? なんで?」
「それも話せないのだ!」
段々慣れてきたらしく、話せないことを堂々と言い始めた。
なぜか得意げな顔をしている。
しかし封印されていないということは、こちらの世界にいるということ?
だとしたらなぜ噂さえ聞かないんだ?
いや……どこかで聞いたかもしれない。
何か不思議な存在。
誰か知っていそうな存在。
そんな話を。
ただどうしても思い出せなかったので、頭を切り替えた。
気になるところではあるけど、これ以上は聞けそうにないか。
魔術や魔族、ラプンツェン自身のことは浅い部分しか聞けない。
疑問はいくつもあるけど話せる範囲のものではない。
いや、一つあったな。
大事なことが。
「最後に聞きたいんだけど」
「話せないことは話せないのだ。
話せることは話したくないけど話すしかないから話すがな!
で、なんなのだ?」
「なんで魔族は人を殺そうとするの?」
最も大きな疑問で最も大きな問題だ。
魔族はどうして人を滅ぼそうとする?
その原因がわかればもしかしたら解決できるかもしれない。
魔法の開発のように、今までの問題のように。
そう思っての質問だった。
「そりゃ決まっておるのだ。
人間は魔族の敵だからだ」
「どうして?
エインツヴェルフが出てきた時、あいつは突然攻撃してきた。
こっちの人間が無礼だったのはあるけど、でも殺すほどじゃなかったはず。
敵愾心は抱いていなかったし、攻撃もしなかった。
でもあいつは殺した。原因は何なの?」
「だから敵だからだ。
人間とは相いれないのだ!」
「だからその原因を聞きたいんだよ」
「だ、だから敵だから……」
今まで返答は理由が明確だった。
最初、ラプンツェンは大雑把で考えなしでおバカなタイプだと思っていた。
けれど大雑把で面倒くさがり屋でおバカな性格ではあるけど、能力的には意外に頭が回るタイプだと気づいた。
そうでなければ僕と魔法の開発なんてできない。
マリーだって勉強は得意じゃないと言いながらも、時折鋭いことを言ってくれたり、新しいことを覚えることも苦手ながらもできていた。
そんなラプンツェンが『敵だから』という何の根拠もない理由で人間を殺すだろうか。
何か理由がある。
そう思い、僕はさらに言葉を続けた。
「敵だと思った理由は?
何か大きな理由がないとそうは思わないでしょ?
人間を滅ぼそうと思うくらいだ。よほどのことがあるはず」
「よ、よほどの理由……?」
「うん。人間が魔族を虐げたとかさ。
あるいは人間の存在自体が魔族の害になるとか。
何かあるんじゃないの?」
理由がなければ、解決などできない。
それを知ることは魔族攻略の鍵になる。
そう思ったのに。
「て、敵だから……敵だから以外に理由なんてないのだ」
ラプンツェンから返ってきたのは僕が期待した答えとは違っていた。
おかしい。
さすがにラプンツェンらしくない。
少しの時間、一緒にいただけでわかる。
この返答は違和感がある。
疑問が鎌首をもたげる中、ラプンツェンを目を泳がせていた。
「な、なぜだ?
確かに理由が……人間を殺す理由がわからないのだ。
わし様はなぜ人間を……? こ、ころそう……と……ぎ……ぎぎぎぎぎ!
頭がぁ……いぎぎぎ!」
ラプンツェンが頭を抱えて、歯噛みする。
激しい頭痛に苛まれている。
何が起こってる!?
僕は起き上がり、ラプンツェンのもとへと駆け寄った。
「大丈夫! 話す必要ない!
思い出さなくていい! 大丈夫だから!これは命令だよ!」
「思い……出さなくていい……命令……」
震えながら自分に言い聞かせるように呟くラプンツェン。
目に自我がない。
茫然として、正面を見据え、頭を抱えていた両手をポスッと太ももに落とした。
なんだこの反応。
まるで何者かが思い出すのを抑制したかのような。
魔族の誓約に入っていることなのか。
でもおかしい。
『言えない』ではなく『思い出せない』と言っていた。
それは自覚も記憶もないということ。
だとしたらそれは誓約じゃなく、洗脳じゃないか。
ラプンツェンは不安そうにしている。
寝床から上半身を起こし、僕を見上げている。
まるで悪夢に苛まれた子供のように。
「ううぅ……なんだ。何が起こって。
な、なんだったのだ。わし様は一体……」
「大丈夫。気にしなくていい。
ちょっと疲れただけだよきっと。
最近ずっと体調悪かったしさ」
「そ、そうか。キノコのせいか。
そうだ……そうなのだ」
僕はラプンツェンの肩に触れ、優しく横にならせた。
見た目は僕と大して変わらないくらいの年齢。
実際はかなり僕よりも年上。
でも今は、僕よりも小さい子供のように見えた。
ラプンツェンの額に汗が滲んでいる。
僕は手拭いでそれをそっとふき取ってあげた。
なぜだろう。
とても心が穏やかになっていく。
「大丈夫だから。
寝ていいからね」
「ああ、寝るぞ……寝る。
悪いな……」
初めての謝罪。
あるいは感謝を込めた言葉。
僕は思わず目を見開き、そして頷いた。
「うん、おやすみ」
ラプンツェンは目を閉じ、しばらくすると小さな寝息を立てた。
疲労が溜まっていたのだろう。
あるいはさっきの出来事で体に負担が大きかったのか。
あれはいったい何だったんだ?
魔族とは一体なんなんだ?
誓約なんてものがなぜ必要なんだ?
あれは洗脳みたいだった。言ってはいけないと縛られているようだった。
「ラプンツェン……君は一体、どういう存在なの?」
魔族は敵だと思っていた。
でも今はそんな単純なものではないと思い始めていた。
魔族に何か事情や理由がある。
それをいつか知る必要がある。
でも今は、知る術はないみたいだ。
命を落とすかもしれないのに、ラプンツェンに命令して無理やり聞き出すなんてできない。
だって僕はこの魔族に対して、少しだけ情を抱き始めているのだから。
ああ、我ながら甘い。甘すぎる。
でもこれが僕だ。
だから僕は君を殺さない。
できれば君も僕を殺さないでほしい。
人を、僕の大事な人を傷つけないでほしい。
命令があるからできないって考えもする。
でもそれは恐らく僕が……。
「……寝よう」
横になり天井を見上げる。
ラプンツェンの寝息がなぜか心地よくて、徐々に眠気が押し寄せてきた。
初日は警戒していたのに。
今はまったくそんな気持ちがない。
我ながら変な感情だなと思った。






