サバイバルの心得
「……根っこだ」
「……根っこなのだ」
僕とラプンツェンは壁の隙間から奥を覗いていた。
奥の方、何か小さな違和感があり二人でじっと見つめているところだった。
「ここは地下深くだよね?」
「だと思うのだ。
わし様の魔力の地上には届かないからな」
主従契約によりラプンツェンは僕に嘘を吐けないから間違いないだろう。
となるとここはかなりの深度だと思う。
そこに木の根っこがある。
どれだけ長い根なのだろうか。
こんな深くに栄養があるのかどうかはわからないが。
ここは異世界だし、そういう植物がいてもおかしくはないか。
「おい、よく見ろ!
あそこ、キノコがないか!?」
興奮気味の魔族娘の言う通り、確かに根の端っこにキノコが見えた。
キノコって木の幹にできるものだと思ってたけど。
とにかく菌類がいるということは、つまり酸素がある可能性が高いということでもある。
菌類は好気性の特性持つ種類が多いはず。
それに可食性もある可能性がある。
「近くで見てみたいな」
「よし! ぶっ壊すのだ!」
「ちょ、また!?」
「落ち着け、人間。
別に激しくぶっ壊そうというわけじゃない!
慎重に壊せばいいのだ!
それに見ろ! あれ! 美味そうだぞ!?」
「う、うーん、確かに美味しそうに見えなくもないけど」
「数日、固い肉とパンばかりで飽きた!
いい加減、違うものが食べたいのだ!」
ラプンツェンの意見には賛成だ。
正直飽きた。
食事に興味がない僕でさえ、飽きが来てるくらいだ。
それに栄養の偏りも心配だし、食料は一か月分しかない。
となるとやはり新しい食料を確保する必要はある。
やるしかないか。
「わかった。僕がやる。
ラプンツェンだと力任せにやりそうだし」
「な、なにおう!? わし様は手先が器用なのだぞ!」
「手先が器用でも性格が大雑把だし短気でしょ。
ここは僕がやるから下がってて」
「ぐぬぬぬ! 言いたい放題なのだ!
ふん、さっさとやれ!」
不満そうに腕を組み、一歩後ろに下がるラプンツェン。
明らかに不服みたいだけど、食い下がるつもりはないらしい。
意外なんだけど、ラプンツェンはそういうきらいがある。
なんというか決まったことに関しては邪魔しないというか。
魔法陣の実験の時も、質問はしてきたけど余計なことはしなかった。
ただ見ていただけだったし。
さて、どうするか。
隙間の周りは岩壁だ。
力を籠めれば壊せそうではある。
ただ、振動は起こしたくない。
やはり壁は完全な岩ではなく土を含んでいる。
とすればやはりここはフォールか。
大気魔力を岩壁に注ぎこむ。
すると土部分がパラパラと勝手に落ちてきた。
範囲は比較的狭くしているため、強度に影響はなさそうだ。
柔らかくなった部分に手を入れて、岩を丁寧に動かした。
「手伝って」
「面倒なのだ……」
口では文句を言いながらも手伝ってくれるらしい。
ラプンツェンに岩を渡し、ラプンツェンは壁際に岩を並べた。
面倒くさがる割には意外に丁寧に作業してくれている。
もしかしたらそこまで大雑把な性格ではないのか?
しばらくして体が入りそうな空間ができた。
「よし、行こう」
「うむ」
四つん這いになって奥へと進む。
木の根っこがある箇所は多少開けた空洞のようだ。
そこに根っことキノコがいくつも生えていた。
「根があるってことは水分もあるのかな?
酸素もあるみたいだし、どこかの空洞には湖があるとか?」
「その可能性はあるな。
空気に少しだけ水分を含んでいる気がするのだ。
貴様の言う湿度が高い状態なのではないか?」
確かに少しだけ湿度が上がった気がする。
そこまで遠くない場所に地下水があるのか?
僕とラプンツェンは木の根っことキノコを見つめた。
「キノコだ。食べられるかな?」
「キノコなのだ! 食べられるに決まってる!」
傘が大き目のややオレンジ色っぽいキノコだ。
食べられそうかどうか、正直見た目ではわからない。
植物の知識なんてないしなぁ。
と。
不意にラプンツェンがキノコを食べ始めた。
「ちょ!? な、何してんの!?」
「はぐはぐ!
うま! うま! うまいぞこのキノコ!」
「毒キノコかもしれないのに……しかも生」
満面の笑顔で生のままキノコを食べている。
そんな様子を見て、僕は呆れてため息を漏らす。
毒があったらどうするつもりなのか。
……いや、なんで僕が心配してるんだよ。
別に魔族がどうなろうが知ったことじゃないのに。
「はぐはぐ! むむむ! はあ、美味かった!
貴様も食うか!?」
美味いぞ?
とばかりに笑顔のままキノコを差し出してくるラプンツェン。
独り占めするわけじゃないらしい。
あまりに自然すぎて思わず受け取りそうになってしまった。
悪意は感じない。
信じられないが、これは多分、ただの親切心だ。
……こういうのやめてほしいなぁ。
「いらないよ。やっぱり毒があるかもしれないし」
「こーんなに美味いのに食べないとは!
気の小さい奴だ! はぐはぐ!」
他のキノコも食べてしまった。
なんて食い意地が張っているのだろうか。
「それくらいにしてね。
毒キノコかどうかもそうだけど、数は限られてるし。
食べられるなら節約しないと」
「はぐはぐ……ケチな奴なのだ。
美味いものは腹いっぱい食べるべきなのに!」
すでに三つ目のキノコを咀嚼していた。
僕はそれを無視してあたりを見回した。
キノコは三十個ほどありそうだ。
手のひらの倍程度の大きさで一つでお腹が膨れそう。
しかし数はそこまで多くないし、考えずに食べればすぐになくなるだろう。
木の根――といはいえ原木並みに太いもの――に定着しているなら、栽培も可能だろう。
ただ成長速度がどれくらいなのか調べる必要がありそうだ。
ふと思いつく。
小さめのキノコの横に正の字を書いておく。
一日ごとに観察して、成長速度を調査しよう。
上手くいけば携帯食料と組み合わせて、しばらく持つかも。
ついでだ、もう一つ実験しておくか。
菌類に電気を流すと成長を促すことができるという記事を読んだことがある。
もしかしたらこのキノコにも効果はあるかもしれない。
それに魔法による効果も、食料に出てくるかも。
ホール側に戻り、小さめの魔法陣を描く。
『電流』とだけ書いておいた。
魔力の通り道に鉄雷剣をおいておき、二股になっている刀身を閉じておく。
魔力は一つのキノコを通り、そして魔法陣へと戻ってくる形にしておいた。
円柱型の管の魔力だ。
鉄雷剣の刀身部分を開けば、刀身同士の間に電流が走る。
それが魔力に流れ、キノコを通って戻ってくるという感じだ。
鉄雷剣の電圧を抑えなければキノコが焦げてしまうため注意が必要。
何度か試してみたら問題なく作動した。
「よし。これで電流を流すキノコと通常のキノコがどれくらいの成長速度なのかわかる。
あとは成長したキノコの近くに胞子が落ちているかの確認かな。
これだけ生えているんだから多分、自然栽培できるはずだけど」
独りごちていると不意に気付く。
騒がしいはずの魔族娘の反応がない。
どうしたのかとキノコ部屋まで戻ると、その場でうずくまっていた。
「……うぐぐぐぐぐ!
は、腹が……痛い……!
ど、毒キノコだったのだ……!」
脂汗を流しながらお腹を押さえているラプンツェン。
生であれだけ食べたら普通にお腹を壊しそうでもあるけど。
魔族も食あたりとかするんだ……。
「うおおおおおおお!」
蹲っていたラプンツェンが泣きながらダッシュして瓦礫横に作った簡易トイレへと向かった。
ちなみにニオイ対策で循環魔力を流している。
生理現象は生物だから仕方ない。
でもなんだろう。
このやりきれない感じは。
あいつ、本当に魔族なんだろうか。
食料だけでなく、衛生面も気を付ける必要がある。
自力で脱出するのか、それともみんなが助けに来てくれるのを待つか。
恐らく、ここまで救助に来るのは無理だろう。
よほどの忍耐と労力、そしてお金と時間が必要だ。
それができる人間はほぼいない。
「……姉さんだったら、諦めなさそうだけど」
最愛の姉の顔を思い浮かべる。
仮に逆の立場だったとしても、僕は絶対に諦めない。
実際、マリーが怠惰病になった時、僕は一生をかけても治療すると決めていた。
きっとマリーもそうだ。
わかる。
姉弟だから?
いや違う。
僕とマリーだからだ。
「諦めないよ。僕は絶対にね。
ここから脱出して、みんなのもとに帰るんだ」
僕は拳を握りしめ。
そして己に誓った。
●〇●〇
その日の夜。
といっても時間はわからないんだけど。
互いに眠くなった時間に就寝することにしたんだけど。
「うぐぐぐぐぐぅ!」
ずっとラプンツェンが唸っている。
腹痛が酷いらしい。
ずっとトイレにこもりきりだったが、さっきようやく寝床に来たのだ。
幸い毛布は何枚かある。
地面は固いが眠れなくはない。
まさか魔族と一緒に寝ることになるなんてね。
契約があるから襲われないとは思うけど、やっぱり少し心配だ。
それにこんな状況だ。
簡単に眠れるはずもなかった。
「水分、ちゃんと摂った方がいいよ」
「ううう! わかってるのだ……だがあの魔術の水は飲めないのだ!
なんというか嫌なニオイがする!」
「ああ……まあ、人間の魔力は魔族にとって毒だからね」
「時間をおけば飲めるっぽいのだ。
魔力が大気に溶けるというか」
酸素供給のために使っている循環魔力、魔法陣を用いたブロウも、近くでいると魔族にとっては毒らしく、ラプンツェンは離れた場所にいることが多い。
ただ大気に溶ければ自然と毒気は抜けるらしい。
思えば、魔法のエネルギーは基本的に大気魔力だ。
つまり大気そのものに溶けて薄まると考えられる。
恐らく、水分も同じ。
魔力が自然に蒸発して、浄化力が薄れるんじゃないだろうか。
それは逆に『対魔族や魔物に対しての浄化効果が薄れる』ということでもある。
お? なんだ?
なんか閃きそう。
「……うぐぐぐぐぐぐ!
ダメだーっ!」
ダダダダダ。
盛大にトイレへと走り出すラプンツェン。
魔族のイメージがどんどん崩れ落ちていく。
なんというか人間味がありすぎる。
話が通じない、恐ろしい存在だと思っていたのに。
なんか閃きそうだったけど忘れてしまった。
うーん、思い出せない。
まあいいか。
一度閃きそうだったんだ。
その内、また思い浮かぶだろう。
それが必要な時にね。
「うううっ……もうキノコは食べない。
食べないのだ……」
泣きながら自戒の言葉を呟いている。
なんと憐憫を誘う声なのだろうか。
相手は魔族なのに、かわいそうと思ってしまった。
まあ、自業自得でもあるわけだし。
僕にできることはしたからあとは本人が頑張るしかない。
やれやれ。






