人間の敵
「――今度は何をしてるのだ?」
興味深そうに僕の手元を見ているラプンツェン。
食事を終えた後、僕は雷光灯片手に壁を隅々まで観察していた。
「隙間とか、空気の流れとか色々と見てるんだよ。
例えば隙間があれば、奥に空間がある可能性がある。
実際、空気は循環してるわけだから、どこかには繋がってるはずだし」
「おお! つまりそこまでの壁をぶっ壊せば外に出られるわけだな!
よし、早速やろう!」
「ダメダメ! 崩落するって言ったでしょ!」
仮に空気がある場所までの道がわかっても強硬手段は絶対したらダメだから!」
「むぅ! なんとも面倒な。
どうにかなるに決まっているのだ」
「どういう風に生きてきたらそんな発想になるのさ……。
とにかく無茶は禁止!
魔術も勝手に使うの禁止! いいね!?」
「ぐぅ! また制限が増えた……」
恨めしそうに僕を睨んでくる。
しかし、それ以上は何も言ってこなかった。
最初の頃はずっと何か言ってきたのに。
少しは受け入れてきたのだろうか。
まあ、恐らくは諦めだろうけど。
僕とラプンツェンは空洞を一回りして、魔法陣のある場所まで戻ってきた。
「見た感じ、いくつか隙間があって空気の流れがあるみたいだ。
ただ指が入る程度の大きさしかないし、移動するのは難しそう。
奥に何かある可能性もあるけど」
「ぶっ壊さずに奥に行くなんてできるのだ?」
「できないね。
つまりすぐに脱出するのは無理ってことだね」
「やはりぶっ壊すしか……ぎぎぎ! わ、わかってるのだ!
壊さないのだ! ぐぅ、なんで口にしただけでちょっと頭が痛くなるのだ……」
「……言わなきゃいいのに」
僕は呆れながらも思考を巡らせる。
可及的速やかに達成すべき目標は、酸素供給のみ。
崩落の危険性は、一先ずはなさそうだけど気を付けた方がいいな。
あとは水だ。
食料は一か月分があるけど、水がなければ生きていくのは難しい。
しかも干し肉と水分の飛んだパンしかないのだから、食事で水分補給するのは難しい。
となると、大気中の水分を集めるアクアを活用することになる。
ただ、範囲が狭い分、水分を集めるのは簡単ではない。
「……いや、待てよ。
すでに循環魔力を使っているんだし、それを利用して、一緒に大気中の水分を集めればいいのでは?」
「また何か言ってるのだ」
ラプンツェンが何か言っているが、僕の耳には入らない。
魔法陣の横に、同じ規模の魔法陣を描いた。
妖精文字の内容は『大気中の水分を集める』だ。
蚊取り線香のような形をした魔力を魔法陣上の妖精文字に添えて、そこから循環魔力へと繋げた。
同時に魔力の下に水筒をおいておく。
水筒に集めた水分が滴るように、魔力の形も調整した。
「これでいけるか?」
「おい! 一体何をしようとしてるのだ!」
「大気中の水分を集めようと思ってね。
循環魔力を併用すれば丁度いいかなって」
「大気中の水分? そんなものあるのか?」
何を言っているのかと思ったが、この世界の文明レベルならそれくらいの認識でもおかしくはない。
見えないものを理解するのは簡単ではないからだ。
「まあ、見ててよ」
「ふむ? おかしなことをするな、貴様は」
「貴様じゃなくて、シオンね。シオン・オーンスタイン」
「ふん! 人間など貴様で十分だ!」
鼻を鳴らして顔を反らす魔族娘。
まあ、別に呼んでほしいわけじゃないしいいけどさ。
それから会話はなくなり、僕とラプンツェンはじっと魔法陣を観察し続けた。
意外にも、ただ待っている時間も苦ではないらしく、ラプンツェンは僕と同じようにじっと水筒を眺めていた。
やはり魔法の実験的なものに興味があるのだろうか。
しかしいつまで経っても水筒に水が滴ることはなかった。
「水なんて落ちてこないではないか」
「うーん、そんなはずないんだけどな。
大気中に水分があるのは間違いないし」
「ふん、それが事実だとしたら、なぜ水がたまらんのだ?」
「……湿度が低い? この空洞でさえそこまで乾燥してないのに、それはないよね。
ってことは構造自体が間違ってる?
魔法陣の機構が上手くかみ合ってないのか?」
魔法陣二つ作り、繋げれば二つの魔法が稼働すると考えていた。
安易に考えすぎていたかもしれない。
うーん、何が問題なんだろう。
と。
「おい、貴様。こっちに来い」
「え? なに?」
ラプンツェンが二つの魔力の流れが交差する部分をじっと見つめながら手招きする。
近づいて見てみると妙な違和感を覚えた。
「ここの魔力、歪があるのだ。
上手く流れてないみたいだぞ」
「あ、本当だ……なんだろう。ぶつかってる?」
ふと魔法陣を見ると、それぞれが発光していた。
循環魔力の方は緑系。
アクアの方は青系。
実際の魔力の色は緑。
それぞれの魔力が繋がっている部分でぶつかり合い、青の魔力は消失している。
つまり循環魔力によって消失させられているのか?
アルゴリズムの問題なのか、それとも。
「合流している循環魔力と上手く溶け合ってない?
同じ魔力量ではあるんだけど、属性有利な方が強く表れてるってことなのかな?」
「ふむぅ? つまりこっちの魔力の方が強いから、こっちが消えてるということか?」
ラプンツェンは先に循環魔力を指差し、次にアクアの方を指差した。
「だがこちらは風属性だろう? 水属性は反属性ではないぞ?」
「反属性……なんかエインツヴェルフもそんなこと言ってたような」
「エインツヴェルフのことを知っているのだ!?
あいつはどうしたのだ?」
あ、そういえば倒したんだった。
まずい。どうしよう。嘘を吐くのはどうなんだろうか。
ラプンツェンには嘘を吐くなと言っておいて、僕は嘘を吐くというのも……。
「あいつは……死んだよ。
人間に殺されて」
嘘は言ってない。
殺した張本人が僕だということを黙っているだけだ。
同族を殺されたのだから、憤るだろう。
あるいは復讐を誓うかもしれない。
そうなったら均衡は壊れるかもしれない。
そう思ったのだけど。
「おお、そうかそうか!
まあ、死んだのならしょうがないな!
あいつ嫌な奴だったから、別にそれでもいいのだ!」
ラプンツェンはなぜか嬉しそうに笑っている。
「えと、仲間なんじゃ……?」
「仲間ではない! 同じ魔族なだけだ!
わし様たち魔族はなんというか……そういうのではないからな」
「……まあ、何も問題ないならいいけどさ。
てっきり復讐するとか言いだすかと思ったけど」
「それはするぞ?」
「……え?」
「当然、魔族を殺した人間は殺す。
エインツヴェルフはどうでもいいが、魔族を殺すような奴を殺さない理由はないのだ。
見つけ次第殺すのは当然だろう?」
真顔で、淡々と、当たり前のように言い放った。
その声に感情が微塵もなかったのが恐ろしかった。
そうだ。忘れるな。
こいつは魔族。人間の敵なんだ。
今まで人間を殺したことがなくても、これから人間を殺さない理由にはならない。
実際、僕たちは殺されかけたんだから。
魔法の研究を少しだけ一緒にやったせいで、ほんの少しだけ親近感を持ってしまった。
でもそれは間違いだ。
こいつは人間ではないのだから。






