一時休戦
十分後。
しばらくうへうへしていた僕はようやく冷静になった。
いや、我ながら長くうへへモードになっていたが、それくらい嬉しかったんだ。
死闘の後に地下空間に閉じ込められたという過剰なストレスの反動かもしれない。
魔法陣の光は二十分の一程度しか消えていない。
とすれば二十倍の二百分は持つってことになる。
これだけあればとりあえず睡眠も可能だろう。
やはり文節を増やせば増やすほど効果は増えていくらしい。
後でもっと文節を増やしてみよう。
と。
すぐ隣で魔法陣をのぞき込んでいるラプンツェンに気付いた。
「こ、これはなんなのだ?」
「やっぱり興味があるの?」
「きょ、興味などあるはずがないのだ!
そう、ない! ないが!
まあ、どうしてもっていうなら聞いてやらんこともない!」
なんて素直じゃない魔族なのだろうか。
敵だし、種族も違うし、居丈高だし。
わざわざ説明する必要もない。
だけど、魔法に興味を持つ相手がいるのに無視するのは僕の信条に反する。
少し悩んだ後、僕は口を開いた。
「これは魔法陣だよ。
妖精文字を用いて魔力を注いで、自動的に魔法を稼働させてるんだ。
今は魔力を使って大気を循環させてる。
この空間に酸素を供給してるってこと」
「じ、自動的!? 大気を循環!?
そ、そんな魔術聞いたことがないのだ!
なぜ人間にそんなことが可能なのだ!?」
驚愕の表情を浮かべ叫んだラプンツェンは、すぐにハッとすると、顔をそむけた。
「な、なんてな! こんなことくらい魔族にもできるのだ!」
嘘だな。
顔に出すぎている。
この魔族は嘘を吐くのが下手らしい。
「し、しかし……貴様がこんなことを知っているのはなぜだ。
人間にも、ルグレにも魔術の知識はほぼないはず。
エルフから教えられたのか? いや、それは無理なはずだぞ」
魔法の話になり、僕は少し思考する。
このままの流れだと敵に塩を送ることになりそうだ。
黙っておくか?
それでもいいだろう。
でも、それでいいのかとも思う。
ラプンツェンとは主従契約を結んでるし、いざとなれば黙らせることはできるだろう。
というか言っておく。
「まず、僕から聞いた話は魔族や魔族に味方する存在には言わないこと。
そして書籍など他者に伝わる形で残さないこと。
他者に話す場合は明確に僕の仲間であり、僕が魔法を使えることを知っている人のみに話すこと。
約束できる?」
「……約束というかそれは命令なのだ。
主従契約を結んでいれば命令には従わずを得ないのだ。
不本意だがな!」
「まあどっちでもいいよ。言わないでくれたら。
さっきの質問だけど、知識はほぼないっていうか、ゼロだったよ。
僕が最初から考えたんだから」
「最初から? 貴様が?」
「うん。エッテントラウトっていう魚が求愛行動で魔力放出していてね。
それを見て、魔力って存在がこの世界にあるんだと気づいた。
そこから試行錯誤して、模倣して、魔力を出して、魔力を魔法に転換する方法を思いついた。
そこからは地道な分析と研究、実践の繰り返しだね」
僕は魔法陣を観察しながら淡々と話した。
思えば長い旅だった。
そして楽しい時間だった。
魔法の研究は僕の人生の半分。
前世を加えればそれ以上かもしれない。
異世界転生してきて、今まで色々なことがありすぎて思い返す時間はないけれど。
それでも幸せだったと胸を張って言える。
そして思う。
その幸せの多くを占める家族のもとに帰りたいと。
そこまで考えると横でぷるぷる震える生物に気付く。
「な、ななな! なんだとぉ!?
元素の理も知らない人間ごときが、ゼロから魔術を作り上げたというのか!?」
「魔術じゃなくて魔法ね」
「しかもこんな自動的に稼働する魔術まで!?
自分で考えたのか!?」
「まあ、そうだね。これはさっき考えた奴だけど」
「さっき!? そんな夕飯の献立を考えるくらい軽い感じでっ!?」
「今までの積み重ねがあったからね。
ゼロから一瞬でひらめいたわけじゃない。
何事も知識や経験の蓄積があってこそ、閃きがあるわけだし」
「……何を言っているのかよくわからんが。
むぅ、まさか人間がこれを……」
ラプンツェンは腕を組んで魔法陣を見つめる。
明らかに動揺している様子だ。
魔族でも魔法陣のような技術や知識はないらしい。
つまり……僕の方が先を行っているということだ。
正直、ちょっと嬉しい。
自分が好きな分野で抜きんでるというのは特殊な喜びがあるものだ。
他者へのマウントではなく、好きなことに秀でているという純粋な嬉しさだ。
「むぅ、この文字……なんなのだ。見たことがないぞ。
これが人間の魔力。ぐぬぅ、気持ち悪い……だがわし様の魔力に似てもいる。
勝手に動く魔術とは、なんとも面妖な」
ラプンツェンが興味深そうに魔法陣を観察している。
魔族全員がそうなのか、あるいはこの魔族だけがそうなのか。
ずいぶんと熱心に見ているところを見ると、魔法が好きなのだろうか。
そこまで考えて僕は思考を止めた。
だけど勘違いをしてはいけない。
こいつら魔族は魔術を人殺しの道具として使っているということ。
僕たちとは違う。
決して相いれない存在なのだから。
「……質問がある。
おまえは今までどれくらいの人を殺してきたんだ」
魔族は人間の敵。
だけどラプンツェンが人を殺した瞬間を僕は見ていない。
だが千年前のルグレ戦争の時、ラプンツェンがいたのだとしたら。
恐らく、手を下していたことは間違いない。
事実を知っておきたかった。
「くくく、数えきれないほどだ!
わし様は残虐で残忍! 人間など指を振るだけで死んでいったぞ!
ぬははははは!」
無邪気に邪悪に笑うラプンツェン。
やはりこいつは人間の敵。
相いれない存在だ。
ほんの少し、魔法を好きなもの同士、分かり合えるかもしれないと思ってしまった。
だがそんなことは不可能……ん?
「ぬ、ぬはは! ぬは、ぬ、ぬはははは!」
笑っているラプンツェン。
だが頬がひくひくと引きつっている。
目は泳ぎ、落ち着きがない様子だった。
「……もしかして嘘ついた?」
「う、嘘だと!? 何を根拠に!?」
「じゃあ、今後は僕に嘘をつかないでほしい。
これは命令ね。
それで実際はどうなの? どれくらい殺したの?」
「だ、だから数えきれないほど……ぎぬぬぬ!?
ふぎぃ! 頭が痛いぃぃ……っ!」
苦しみだした。
命令に逆らったからだろう。
主従契約って凄まじい効果があるんだな。
「わ、わかった……素直に言う!
ない! 一人もない! 殺したことないからぁ!」
「一人も? 本当に? ルグレ戦争では何してたの?」
「な、何って……あいつらやばいから、ちょっと離れたところで戦ってた。
そうしたらいつの間にか封印されて、閉じ込められて。
千年暇してて、外に出られたと思ったら弱そうな奴がいたから……殺せそうだなって。
魔族は人を殺さないといけないから」
「それで僕たちを殺そうと?」
こくりと頷くラプンツェン。
どうやら嘘は言っていないらしい。
なんというか、発言に困るというか。
どういう魔族なんだこいつは。
とにかく人は殺したことがないらしい。
それが事実なら無駄に敵対する必要もない?
いや、殺しにかかってきたのは間違いないのだから、気を許す理由にはならない。
けど、絶対に相いれないと考えるのも意固地すぎるか。
一旦はそういう風に思うようにしよう。
どうせだし、色々と聞いておこう。
「じゃあ、元素の理っていうのは? 一体何なの?」
「そ、それは……」
「答えて」
「げ、元素の理というのは……この世界における……し、真理……ぎぎぎぎぎぎぎぎ!」
話の最中にラプンツェンが苦しみだした。
え? なんで!?
「知れば……それは……魔術……ごぼぼぼぼぼぼ!?」
「泡を吹きだした!? ちょ、ちょっと! どうしたのさ!」
「め、命令……解除、してぇ……じぬぅぅぅぅ……っ! ごぼ、ぎぎぎぎ!」
何かよくわからないがまずい状況だと言うことはわかる。
僕は咄嗟に叫んだ。
「解除! さっきの命令解除! 元素の理のことは話さなくていい!」
「ぶへぇ!」
ラプンツェンが弾けるように背中を反らせるとそのまま倒れた。
ぴくぴく。
白目をむいて痙攣している。強い。
昔見たホラー映画を思い出した。
やめて! トラウマがよみがえるから!
「だ、大丈夫!?」
「大丈夫……じゃないのだ……! 死ぬかと、思ったのだ!」
ラプンツェンは、がばっと起き上がり怒鳴る。
さっきまで死にかけてたのに元気な様子だった。
「一体何が起こったんだ?」
「貴様の契約と、魔族の誓約がぶつかり合っていたのだ。
貴様は言えと言い、誓約では言うなと言われたのだ!
だからあんなことになったのだ、死ぬぞ!? あれやられたら次は死ぬのだ!?」
「魔族には誓約があるの?」
「そうだ! 言えないこと、できないこと、しなければならないことがある!
その一つが貴様と結んだ主従契約!
魔族は神に近し上位種であるがゆえに、自身の言葉にも凄まじい効果を持つ。
約束は契約であり、誓約でもあるのだ。
だから貴様とわし様は……があああ! なんであんなこと言っちゃったのだ、わし様はっ!!」
頭を掻きむしっているラプンツェン。
なるほど、事情はわかった。
魔族という存在はただ強いだけではなく、色々と縛りもあるらしい。
「魔族に関することは話せないの?」
「すべてではないがな!
だが基本的には魔族以外に魔族の事情を話すのは難しい!
元素の理という言葉は話せるが、その内容までは話せない!
他の魔族に関しても名前程度は言えるが、どういう存在とかは言えんのだ!
だから聞くなよ! 絶対に!」
「わ、わかったよ。じゃあ、また命令。
今後は魔族の誓約に基づく制限がある場合は、話す前に『それは話せない』みたいな感じで教えて。
ただし嘘はつかないこと。
これで大丈夫でしょ?」
「ぐぐぐぐ、大丈夫かもしれんが……なんとも情けない……。
魔族たるわし様がなぜこんな人間のガキに翻弄されなきゃならんのだ!
ぐがあああああああああ!」
ラプンツェンは再びわしゃわしゃと髪を搔きむしる。
相当なストレスが溜まっているらしい。
僕にとってはどうでもいいことだ。
自業自得じゃないかとしか思えない。
「僕からすればおまえのせいでひどい目に遭わされて、仲間たちと……姉さんと離れ離れになったんだぞ。
それに姉さんに酷いことをした。
正直、殺してもよかったんだ。
それともあの時、契約せずに殺された方がよかった?」
「うぐ! そ、それは……いやなのだ……」
「僕は人間でルグレ、おまえは魔族で僕の下僕。
関係性は歪だし、正直、仲良くなれるとは思わない。
でも、この状況からは脱しないといけない。
それは共通目的でしょ。
だから納得はいかなくても、協力は必要だ。
今後も色々と聞くと思う。そして可能であれば、脱出に必要なことは教えて欲しい。
僕もおまえに協力するから」
ラプンツェンは唇を引き絞る。
眉根を寄せて、腕を組み、しばらく唸っていたが。
「………………わかった」
そう短く答えた。
納得は言っていないが、受け入れたという感じらしい。
いいさ。別に快く飲み込んで欲しいわけじゃない。
ひとまず敵対行動は避けたかっただけだ。
まあ、命令すればどうとでもなるだろうけど。
一々、命令するのも嫌だし、それに前向きに自分で行動する方が事態は好転するものだ。
「じゃあ、一先ずは休戦ということで」
「脱出するまでの話だがな!」
互いに猜疑心を持ったまま頷いた。
それでいい。
仲良くなる必要はないのだから。
と。
ぐうううううう。
同時に腹の虫が泣いた。
魔族もお腹が減るらしい。
「食事にしようか」
「おお! それには賛成なのだ!」
●〇●〇
「……なんなのだこれは」
渋い顔をしたまま、僕を見るラプンツェン。
その手には干し肉とパンが握られている。
「食料だけど」
「これが!? 食料!? 石のように固い肉とパンが!?」
僕はラプンツェンの言葉を気にせずガシガシと肉とパンを噛んだ。
確かに硬い。味気ない。まずい。
「食べられるだけマシだよ。
こんな地下深くにまともな食べ物なんてないんだから。
一応、一か月分は入ってたからしばらくは持つしね」
「一か月分……まさかこの肉とパンか?」
「うん、この肉とパン」
ラプンツェンはげんなりとしながら、うえぇと舌を出した。
気持ちはわかる。
でも生きていけるだけありがたいと思わないといけない。
「それと水があるけど……残りは少ないね。
どうにか調達しないといけない」
水が入っていた水筒は一つだけ。
他はほぼ空だった。
ラプンツェンとの戦闘で使ってしまったからしょうがない。
「水さえないとは……ぐぬぬぬ!」
「というか魔族も食事するんだ」
「食事は強者の特権だ。
弱者を食らい、血肉とするのだからな!
魔族として当たり前の行動と言えるだろう!」
ラプンツェンが偉そうに胸を張る。
しかし、なんだろう、妙な違和感があった。
「……なんか誰からから聞いた言葉をそのまま言っている感じがするけど」
「ぎくっ! い、いやそんなことないぞ!
わし様が考えたのだ!」
「ふーん……まあいいけどさ。
とにかく我慢して食べよう。
食事後にもやることはたくさんあるんだから」
「ふん! 言われるまでもない!」
僕とラプンツェンは固い肉とパンを強引に嚙み切る。
体力を回復するために食事は不可欠。
だけどこんな閉鎖空間では食料の調達は簡単ではない。
何か考えないとな……。






