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循環魔力


「空気を循環する」


 僕は『呪文』を唱えながら口腔魔力を出し、妖精文字を書き並べていく。

 この場合、魔覚は用いていないが、魔力量は最小限に抑えている。

 妖精文字は『魔力量の少なさ』が重要な文字だ。

 新たな試みはここから。

 さてどうなるか。

 僕は空気を循環する魔力の流れをそのまま妖精文字へと重ね合わせた。

 そして同時に同じ呪文を唱えながら該当の魔力色の口腔魔力を生み出した。

 すると空気を循環する魔力……いちいち説明が面倒なので『循環魔力』としよう。

 循環魔力と妖精文字に口腔魔力が吸い込まれていく。

 魔力そのものに口腔魔力が混ざれば属性となり、妖精文字に魔力が含まれれば、その文字の意味となる。

 つまり。


「繋がった……!」


 循環魔力と妖精文字が重なる。

 そして最も重要なこと。

 今、僕は『魔力を操作していない』。

 僕の手を離れて、妖精文字に重なるように循環魔力が動いている。

 自動的に、だ。

 鳥肌が立つ。

 まさかこんなことが可能だなんて。

 思い付きが、本当にうまくいくなんて。


「う、うへへ」


 思わず口角も上がる。

 うへへモードになりもするさ。

 高揚感に身を委ねそうになる中、不意に循環魔力が消えた。

 同時に妖精文字の発光もなくなっている。

 これはつまり魔力がなくなったということだろう。

 口腔魔力が少なかったからだろうか。

 再び、循環魔力を使いながら口腔魔力を吐き出す。

 今度はかなり多めの魔力量だ。

 再び循環魔力と妖精文字を繋げる。

 そしてしばらくしてまた循環魔力と妖精文字の発光は消えた。

 時間にして……十秒。

 まあ、予想はしていた。

 妖精文字の研究の時も思ったけど、妖精文字を書く際は『同時に放出する口腔魔力の魔力量の少なさ』が重要だった。

 当然、文字を読む際もそれが適応されるのではないかと思ったのだ。

 あの実験の時、口腔魔力の量を増やして読んでみるということはしなかったはずだ。

 過ぎたるは及ばざるが如し、という言葉が妖精文字には適しているらしい。


「……いや、じゃなくて! このままじゃダメだ」


 自動的に魔力操作ができたとしてもたった十秒では意味がない。

 もっと長く、せめて数十分……できれば一時間は自動的に機能するようにしたい。

 一先ず、妖精文字にもっと魔力を流せないか試してみた。

 文字を変えてもみたけど大した差はないようだ。


「文字自体を変えても効果に差はない……呪文を用いた魔法とは違うのかな」


 僕は首をひねりながら妖精文字を凝視していた。

 呪文であれば、言葉の意味合いによっては魔法の効果が倍増したり、半減したりする。

 だが意味に大した違いがなければ妖精文字の効果はさほど変わらないようだ。

 とすると他にできるのは。


「ん?」


 不意に気配を感じて僕は顔を上げた。

 ラプンツェンが顔を逸らす瞬間が見えた。

 今、こっちを見ていたような……?

 それに距離がちょっと近くなってる?

 いや、勘違いか?

 あるいは僕を警戒しているのだろうか。

 そうだ。あいつは敵だ。

 僕も魔法研究に没頭していて忘れていたが、あいつと僕は殺し合いをした間柄なんだ。

 まあ主従契約があるみたいだから、さすがに寝首を搔いたりはできないと思うけど。

 それもどこまで事実かはわからない。

 ラプンツェンが異常に演技が上手くて、騙されている可能性だってあるのだ。

 とにかく警戒は継続。

 そして魔法研究も継続だ。


 話を戻そう。

 妖精文字へのアプローチを変えるんだ。

 単純かつ、効果がありそうな手段。

 それは『妖精文字の数を増やすこと』。

 うん、これだ!

 呪文と違って魔力放出の制限時間はない。

 つまり文字数にも制限がないということだ。

 僕は横に『空気を循環する』という文節を十個並べた。

 恐らく同じ文節を並べても問題ないはずだ。

 呪文だと効果が落ちるけどね。

 また同じように循環魔力と妖精文字を繋げようとしたが、思い直して先に口腔魔力を放出してみた。

 文字数が増えると口腔魔力の数が増える。

 そのためこの充電には十秒ほどを用いた。

 いや充電とは違うか。

 電気じゃないし。

 今後は『充魔』と呼ぶとしよう。

 妖精文字の先頭部分から少しずつ色が薄れていく。

 妖精文字全体に循環魔力が覆うように魔力を広げて繋げた。

 すると。

 しばらく循環魔力が稼働した後に、先に妖精文字の発光が終わり、少し後に循環魔力が停止した。

 動いた。まあ、動くのは何度も見ている。

 大事なのはその後。

 循環魔力が自動的に機能し続けた時間はなんと!


「三分!?」


 文節を十倍にしたら、秒数が十八倍になった。

 つまりこれは、単純計算ではなく継続時間は指数関数的に増えるということか?


「……これって……もしかして、魔力効率がよくなっているってこと?」


 文字数を増やせば魔力の効率が良くなり、魔力操作に必要な魔力が減っている?

 いや、それはさすがにないだろう。

 そもそも妖精文字単体で見れば、魔力が消失する時間は均一だ。

 つまり妖精文字そのものが『魔力を内包しているだけ』であって『魔力を消費している』わけではないということではないか?

 ということは、別の理由があるのか?


「別の理由……別の?」


 再び不意に気配を感じた。

 そちらを見やるとラプンツェンと目があった。完全に、それはもうバッチリと。


「むあ!?」


 明らかに驚きながら目を逸らすラプンツェン。

 いや、そりゃ無理があるって。

 だって互いの距離は一メートルくらいしかないんだから。

 僕はじーっとラプンツェンを見つめた。

 もしかして興味があるのだろうか。

 魔族なのに? 魔法に興味があるっておかしくない?

 だって魔法……こいつらにとっては魔術だけど、何でも知ってるって感じだったじゃないか。

 いや、確かにエインツヴェルフは火魔法に大気魔力を当てると爆発するってことを知らなかったから、魔術と魔法は違うものなのかなとは思ってたけど。

 ちらちらとこちらを……というか妖精文字を見ているラプンツェン。


「もしかして興味があるの?」

「は? はあぁ!? あ、あるわけないのだ!

 人間の、ルグレのやっていることにこの高貴たる魔族のラプンツェン様が興味を持つわけがない!」

「そう。じゃあ、いいけど」


 僕はラプンツェンに興味を失って、妖精文字に向き直る。

 邪魔しないのであれば気にする必要はなさそうだ。

 魔法に興味があるっていうのなら話は別だったけど。

 魔族だし、敵だし、最低な奴だけど、魔法が好きっていうならさ、ほら、少しはさ、まあ、いいかなって思ったんだけど。

 違うんならいいや。

 さて再び話を戻そう。

 妖精文字を増やすことでなぜ魔力操作の稼働時間が増えたのか。

 これは恐らく『効率がよくなったから』だ。

 ……ん? いや、違う。さっきこの案は否定したはずだ。

 でも、結論は効率が良くなった以外にない。

 そうでなければ乗数と持続時間が比例しないはずがない。

 つまり効率はよくなっている。

 けれどその理由が違う。

 妖精文字を覆う循環魔力の範囲は広がっている。

 そしておそらく、全体から放出される循環魔力に充魔されている。

 そこまで考えて、僕はふと思い出した。

 先に妖精文字の光が消えて、循環魔力の方はしばらく動いていたことを。

 そうだ!

 妖精文字の方じゃなく、循環魔力の方に魔力が蓄積しているのだ。

 魔法が持続するには継続して魔力を注ぐ必要がある。

 しかしバッテリーのように、一定の電力を一定の間隔で流すのが常ではない。

 ある程度過剰なエネルギーも魔力であれば蓄積してくれる。

 つまり。

 妖精文字が魔力を失ってからも循環魔力は稼働しているということ。


「いや、それはおかしくないか?」

「……何を言っているのだ?」


 いつの間にか隣にいたラプンツェンが何か言っているが僕は無視した。

 そもそも魔法や魔力には法則と制限がある。

 循環魔力を僕が操作している間に、魔力量を増やせば持続時間が増えるわけではない。

 魔力や魔法とはそういうものだ。

 それができたら、そもそも妖精文字を活用しなくても勝手に魔法や魔力が稼働してくれるってことになるからね。

 つまり妖精文字で魔力を充魔しても、継続的なものでなければ僕が普通に魔力操作しているのと一緒ということになる。

 だけど妖精文字の魔力を充魔された循環魔力はしばらく……それこそ数分以上は継続していた。

 これはなぜか。


「もしかして……妖精文字そのものの特性?」

「妖精文字とはこの文字のことか? むあ! なんとも嫌なニオイがするぞ!」


 横でラプンツェンが暴れているが僕は無視した。

 そうだ。妖精文字は普通の魔力とは違う作用がある。

 そうでなければ『文字に魔力が注がれる』なんて特性があるはずがない。

 そもそも魔力の多寡……しかも少なさで作用する文字なのだ。

 僕の今まで蓄積した魔力の概念は通用しない可能性が高い。

 つまり、妖精文字は『魔力や魔法に繋がった場合、継続して魔力を充魔するが、その魔力の特性は通常の魔力と異なり、長く継続して魔力消費できる』ということか。

 説明が長い。長いがそれ以外に言いようがない。


「ちょっと待って! これって、え? そういうこと!?」

「な、何がそういうことなのだ?」

 

 これってまさか。

 『アレ』じゃないか?

 僕が恋焦がれて、空想してノートに描いたこともあった。

 『アレ』を実現できるってことじゃ!?

 それにはもっと稼働時間を伸ばさなければならない。

 つまり文字数を増やす必要がある。

 それにあの形式が必須だ。 

 いや、待てよ。

 待て待て待て待て!

 このアイディアは使えるんじゃないか!?

 考えろ。考えるんだ!

 魔力は放出される際、どうしても無駄な魔力が出てくる。

 電気でいう漏電だ。

 それを実感したのは雷火をグラストさんと開発した時。

 あの時はどうやってそれを解決したのかを思い出す。

 そう、絶縁体だ。

 だからこそあの形!


「うおおおおおお! 来たよキタキタキタ!」

「うおおおおおお!? 何が来たのだ!?」


 もはや横の騒音は耳に入らない。

 僕は地面の妖精文字を消すと、改めて妖精文字を書いた。

 円状に。

 外円から一行ずつ内側に円状に文字を連ねる。

 大きさは直径二メートル程度。

 書きながらも循環魔力を使い続けるのは正直かなり難しかったがやり遂げた。

 そして。

 最終的に二百ほどの文節を書き切った。

 手首が痛いが無視して、僕はさらに次の作業を進める。

 外円と内円の間に『妖精石で線を引いた』のだ。

 それにより、真円が生み出される。

 まるで波紋の上に文字が綺麗に並んでいるかのようだった。

 もう言わないでもわかるだろう。

 そう、これこそが!


「魔法陣だ!」

「魔法陣……?」


 そして循環魔力を先頭の妖精文字から綺麗に重なるようにして滑らせる。

 まるで蚊取り線香だ。

 循環魔力と妖精文字……魔法陣が繋がると色が変わる。

 体外放出した魔力と口腔魔力の魔力色が混じると、色も変わる。

 これは詠唱と無詠唱呪文を唱えた時に発見したことだ。

 全体の魔力の色が緑へと変わり。

 そして、空気は循環し始める。

 しかも前よりも圧倒的に綺麗な魔力の流れだ。

 これは機構だ。

 魔力と魔法を用いたシステマチックな。

 効率的で科学的、いや魔法学的な。


「動いた……できたんだ。これが……魔法陣による循環魔力機構!」


 僕は両手をぐっと握る。

 そして。


「うへへへへへへへへ、うへ! うえへへえへへへへへへぇ!」

「うわあ! なんだぁ、気持ち悪いのだぁ!」


 もはや、うへへモードは止められない。

 何度目かのブレイクスルー。

 それが今、また起きたのだ。

 魔導具、妖精文字に続けて、今度は魔法陣!

 これは使えるぞ!

 だって、これがあれば自動的に稼働する上に、魔力持ち以外でも使えるんだ!

 現代日本における家電的なアレだ!


「うへへへ、すごいぞぉ……これは、すごいものだぁ、うへへへへへ」

「な、なんて禍々しい笑み……恐ろしいっ!」


 うへうへ笑う僕を見ているラプンツェンの顔は青ざめていた。

 そんなことはどうでもいい。

 ドン引きされた経験なんて数知れずある。

 僕にとっては魔法の研究が進んだことが大事なのだ。

 ああ、魔法研究ってやっぱり最高!


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