僕の下僕?
起き上がったラプンツェンは辺りを見回している。
そしてようやく僕に気付くと、ビクッと震えた。
「き、貴様はルグレの!」
明らかに動揺しながら僕を指さすラプンツェン。
怯えてるみたいだ。
まあ、殺されかけたんだし当然か。
「安心して。今は戦う気はない。状況が状況だからね」
「状況……? む……は!? わし様の水晶の気配もない! まさか地下深くに落ちたのか!?」
「そういうこと。だから一時休戦。こんな狭い場所で戦うなんて危険すぎるし――」
まともな考えがあればこんな状況でいがみ合うのは不毛だとわかる。
……まともであれば。
「だーっははは! 愚かな奴め! 見ろ! わし様の体を! すでに貴様から受けた傷は癒えて……ない? むお? なんで癒えてない? 魔力が……減っているのだ!? な、なんで……いや、それでも貴様よりはわし様の方が多い! 今こそ好機!」
「絶対に好機じゃないだろ! こんな場所で暴れたら二人とも生き埋めに――」
「今さら命乞いは無駄なのだ! 死ねええええぇっ!」
散々僕に命乞いした魔族の言葉とは思えない。
ラプンツェンは歯をむき出しにして、とびかかってきた。
やはりやるしかないのか。
僕は魔力を溜めて、ボルトを放とうとした。
が。
ぺしっ。
「ん?」
ラプンツェンが呆けた声を出した。
僕は何度も瞬きをした。
何かが当たったような気がした。
間違いない。ラプンツェンの手が僕の肩に触れたのだ。
痛みはない。
ソフトタッチだったからだ。
「ぬ、ぬおおおおっ!」
再び攻撃してくるラプンツェン。
凄まじい魔力と勢いだ。
ぺしっ。
「んんんん?」
再びラプンツェンが呆け切った声を出した。
さっきよりも柔らかい攻撃……いやボディタッチだった。
なんだ?
何が起こってる?
「な、なぜなのだ!? どうして魔力が言うことを聞かんのだ!」
ふむ、ラプンツェンの身に何かが起こっているようだ。
見るに、どうやら僕を攻撃できないらしい。
自分の意志ではないようだから、何かしらの制限がかかっているということか?
制限……誓約……約束?
あ!
僕はラプンツェンの言葉を思い出した。
『も、もう殺さない! 人に手を出さないから! ゆ、許して欲しいのだ!
お願いだ! おまえの下僕になる! なんでも言うことを聞くから!
だ、だから頼むっ! たのむぅっ!!』
なんてことを言っていた気がする。
もしかして。
「おまえ、僕の下僕になったんじゃないの?」
「げ、下僕!? なんでそうなるのだ!?
ん? 待てよ。そういえば何か言ったような……。
あ……あああああああああああああ! 言った!
なんかそんなことを言っちゃった気がするのだ!
あれが『主従契約』になってしまったということか!?」
「契約? それってどういう意味?」
「ふ、ふん! 貴様に話してやる義理はないのだ!」
腕を組んで僕に背を向けるラプンツェン。
……ちょっと試してみるか。
「僕の質問に答えて。嘘偽りはなしで」
「うぐ! ぐぐぐぐ!」
ラプンツェンが苦悶の表情を浮かべ、顔中に汗をかき始める。
何か目に見えない力が働いているようだ。
ラプンツェンは僕に向き直った。
「ぐぐ……ま、魔族は神に近し存在。
ゆえに言葉そのものにも……力があり、自分の言葉にも自分自身を縛ることがある。
他者との契約をすればなおのこと。
下僕になると言ったら、下僕になってしまうのだ!
ぬああああああああ! なんてことを言ってしまったのだ、わし様はぁっ!」
天井を仰ぎながら頭を掻きむしるラプンツェン。
この反応。嘘は言っていないらしい。
ということは主従契約は確実に結ばれている。
「あれ? ってことは落下したのに無事だったのは、ラプンツェンが助けてくれたの? 魔力も回復してるし」
「むぐ……お、恐らくはそうだろうな!
わし様が無意識の内に助けちゃったのだろうな!
なんでも言うこと聞く下僕だからな!」
ラプンツェンやけくそになりながら叫んでいる。
「そっか。ありがと。助かったよ」
「あ? ……は、はあ?」
「でもそれはそれこれはこれだから。
命令。今後は人を傷つけてはいけない。わかった?」
「うぐ!? く、くそぉ。わ、わかった……! わかったから!
安易に命令するのはやめれ!
命令される度になんかこう、内臓がぐっと捕まれる感じがするのだっ!」
凶悪な魔族を制している事実。
そこに優越感なんてものはない。
ただ安堵感があるだけだ。
「まさかルグレと一緒にいなければならないなんて……。
こ、これが他の奴らに知れたら……ぶるぶる」
ラプンツェンがなにやらぶつぶつと独り言を漏らしている。
死闘を繰り広げた後だから妙な感覚だった。
「こんな狭い場所で争うなんて馬鹿らしいでしょ。
ちょっとの衝撃で崩落しそうだし」
「んあ? 狭いなら広げればいいではないか」
僕が聞き返す前に、ラプンツェンは魔力を放出し始める。
「バ、バカ! やめ」
僕が制止する前にラプンツェンの魔術が発動してしまう。
メキメキ、と岩壁が音を立てて変形し始める。
天井や横壁が生物のようにうねり、そして崩れ落ちていく。
一気にスペースが出来ていく。
だが同時に振動は激しくなる。
後ろの瓦礫から幾つも岩石が落ちてきていた。
いつ崩落してもおかしくない。
「うわああああ! や、やめろっ! 生き埋めになりたいのか!?」
「ぐわあ!」
叫び声を上げながらラプンツェンが魔術を止めた。
余震が続き、徐々に静かになっていく。
崩落は……しなかった。
ギリギリ。
「バカなの!?
こんな地下深くであんな魔術使ったらどうなるか考えてよ!
死んだらどうするんだ!?
それとも天井が落ちてきて、生き埋めになってもおまえは生きていられるのか!?」
「そ、そんなことにはならない!
ならなかっただろうが!」
「結果論だろ!
なる可能性の方が高いのは考えなくてもわかるでしょ!」
「うるさいうるさい! なんとかなったんだからいいじゃないか!
わし様に説教するなぁ!」
がーがーといがみ合う二人。
まるで子供の喧嘩だ。
「いいか! 今後魔術を使う時は僕から許可を得ること!
勝手に使うな! わかった?」
「うぐぐぅ! くそぉ! わ、わかったのだ!」
苦しそうな顔をしながら頷くラプンツェン。
あまりに考えなしすぎる。
僕を殺そうとやったのだったらわかる。納得はできないけど理解はできる。
でも、こいつは本当に何も考えてんない。
戦っている時も思っていた。
こいつはおバカだ。
おバカ魔族なのだ。
こいつが敵とかそういう以前に、僕がちゃんと管理しないと大変なことになる。
生き埋めだけはごめんだ。
僕はみんなのもとに帰らないといけない。
ウィノナに告白の返事をして。
そして姉さん……マリーにあの時の言葉の返事をしないといけない。
そうだ。
こんなことをしている場合じゃないんだ。
ラプンツェンの暴走のおかげで空洞は広くなった。
これなら少しは過ごしやすいだろう。
まあだからといって褒められたことではないんだけど。
「うぺ! ぺっ! うう、ずっと変なにおいがしていたが貴様か!
なんなのだ、その魔力は!
空気に魔力を流して……は!? わし様をじわじわと殺すつもりか!?」
あ、そういえば無意識の内に空気を循環し続けていた。
人間の魔力は魔族にとっては毒だ。
この程度の魔力ではダメージはないだろうが、不快ではあるらしい。
「地下深くだから酸素がないんだよここ。
だから酸素を循環させてるんだ。
これもいつまで持つかわからないけど」
「酸素がない? 水の中みたいになるということか?」
「そう。だからこれは必要なこと。
死にたくないならね」
「……ちっなのだ!」
ラプンツェンはこれみよがしに舌打ちをすると、僕から離れて、壁際でちょこんと体育座りをした。
どうやら酸素供給元からは嫌なにおいがするらしい。
離れれば大丈夫なのだろうか。
酸素供給。
水の調達。
魔族との共生。
そして脱出。
やるべきことはたくさんある。
さてまずは何からすべきか。
「……まずは、これか」
酸素を循環させる魔力。
これを継続し続けるのは不可能だ。
いつかは眠らないといけない。
だがラプンツェンと交代でできるかは疑問だ。
魔術を巧みに操る魔族であればこれくらいの魔力操作は可能だろう。
でもあいつが使う魔力と僕が使う魔力は似て非なるもの。
魔力種も魔力質も違うだろう。
それにあいつを信頼できるわけがない。
どうにかして僕だけで空気を循環しなければならないのだ。
何か手はないか。
何も浮かばなければ寝ずに酸素供給し続けるはめになる。
それは避けたい。眠らないと僕が死んでしまう。
何か、何かあるはずだ。
今までやってきたことの中で。
何かが。
僕は思考を巡らせ続けた。
過去の記憶を巡り、色々な人の顔が浮かぶ。
そして最後に浮かんだのはウィノナだった。
「……そうか! 妖精文字だ! あれの特性を利用すれば!」
少しワクワクしてきてしまう。
こんな状況でも魔法のことは楽しめてしまうらしい。
我ながらちょっとおかしい。
そう思いながらも僕は鞄を探ると目的のものを取り出す。
木炭だ。念のため何かに使えないかと入れておいた。
不意に手の甲に何かが当たる。
「妖精石……そういえば入れてたな」
アビスに入った時に目印をつけるために持っていたものだ。
魔力を感じない石で、妖精を閉じ込めるために利用するもの。
正直これからすることを考えると有用とは思えない。
まあ、でももしかしたら何かに使えるかもしれない。
僕はポケットに妖精石を入れておいた。
「さあ、やるぞやるぞ」
両手をこすって、思わず口角を上げる。
視界の隅にいるラプンツェンがちらちらとこちらを見ているようだった。
おっと、うるさくしすぎたかな。
魔族に気を遣う必要はないけど、無駄に争う必要もない。
ここは静かに……。
「うへ」
落ち着け、うへへモードはまだ早い。
僕は深呼吸して木炭を手にした。
地面に座り、そして妖精文字を書き並べていった。






