ヒーローは遅れてやってくる
「お前が能無しだ」
「―――――」
声にならない奇声がした。そう思ったら、思いきり顔面を踏みつけられた。
相手の動きを目で追うと、傍に置いてあったテニスのラケットを手に取る。
―――まずい。
直感的に感じる。危機的状況。身の危険。
これまでに感じたことのない、殺意。
「――俺が能無し?はは、笑わせんな
じゃあ教えてやるよ。本物の能無しが…何たるかってな!!」
「―――っ!」
もうダメだ。思わず。
降り下ろされるラケットを見て、目を閉じ。顔を反らした。
その瞬間。
「――――ニコル!」
男が、バランスを崩して部屋の壁に体を叩きつけられた。
それを目で見てから、起き上がり、声の根源に振り向く。
痛みで滲んでいた瞳から、違う意味で涙が溢れおちそうになった。なぜ。昨日、一昨日まで傍にいたのに。少し離れただけで、こんなにも懐かしい。
家族、くらい、大切な。
「ユースケ」
口に出したら、気持ちが弾けてしまった。
---
何が起こっているんだか、訳はわからない。
とりあえず、良くない方向に事が進んでいる。それくらいは、伊野にも理解出来た。
「ユースケ」
ニコルを踏みつけていた男を思わず突き飛ばして、彼女を見たら、泣き腫らした顔で思いきり抱きつかれた。苦しい、と同時に、華奢な体が懐かしい。とか思ったりする。
「だ…大丈夫。大丈夫。痛かった、な」
よしよし。ありふれた言葉であやしてやりながら、背中を擦ってやる。
しかし、さっきまで殴られていたのか、僅かに顔をあげたニコルの口の端に、赤い血が滲んでいた。
痛々しさに、顔を歪ませる。




