6 クエスト
「はい、ここがダブル・イーグルの事務所ですが?」
シュンが答えた。
女は安堵の表情を見せた。
「良かったです!ここってプレートも出ていないので結構探しちゃいました。」
「まぁ?立ち話も何ですから?中に入ってください」
と、シュンが鍵を開けて入ると、先にゴローが入って行った。そして、来客用のテーブルとソファーに乱雑に置かれた雑誌やジャンクフードのゴミを片付け始めた。
女は「汚い…事務所…」そう思っていた。軍の男性隊員の研究室も汚い部屋はあったが、ここまでひどくはない?宮殿のように塵一つないのは求めないが、営業の根幹の応接セットよ?しかも、応接セットもどこかの粗大ゴミ置き場から拾ってきたようであった。
一応、座れるスペースを確保されたので、女はそこに座った。そして、商談が始まった。
「初めまして、私の名前はリサ・ラファエル。軍の技術部で少佐をしています」
「俺はシュン・ラコステフ。一応、このダブル・イーグルのリーダーをしている。言わば、責任者だ」
「俺はゴロー・ランデム。同じく、ダブル・イーグルのメンバーだ」
「他のメンバーの方は?」
シュンが答えた。
「他のメンバー?いないよ?ダブル・イーグルはダブルマークの中でも2人だけの最小のチームなんだ」
意外だった、リサの事前の知識ではダブルマークは有名なダブル・シャークが800人規模、ダブル・フォックスも50人規模でいずれも大所帯と思っていた。
あっけに取られているリサにシュンは
「で?要件を伺いましょうか?」
と、語りかけた。
「ここでは本当のことを言わないと後で面倒になる」リサはこれまでの事件の経過と、現在の軍組織が信用できない状況である事を、包み隠さずに全てを語った。そして、最後に送られてきた脅迫メールも見せた。
約15分の話とその後の沈黙の中で
シュンとゴローは「こんな間抜けな依頼が存在すのか?」と、大きくため息をついた。そしてシュンが口を開いた。
「要するに?その盗まれたF-108とそれに乗っかっているYUMI-90ってバイオロイドをどんな手段を使ってでもいいから取り戻すって話か?」
「その通りです」
「一応、俺たち、ダブルマークは営利を目的にした団体だ。当然だが料金が発生する。この点は大丈夫か?」
「いかほどですか?」
リサは判っていた事ではあったが、両手が少し震えた。「超高額な金額を提示されたらどうしよう?」そして、唇も震えた。この取引は言わばグレーゾーンの取引、または裏社会の取引、私の常識は通用しない。
シュンが口を開いた。
「一応、俺たちの規定ではこれは“飛び込みの仕事”って事になる。飛び込みの仕事は俺たちの仕事を統括するコンピュータの“ビッグ・ママ”に相談するって事になっていて、受けるならば、ビッグ・ママから金額が提示される」
今度はリサの両膝が震えた「怖い、この人たちマジだ」そして、全ての取引を中断して帰る事も選択肢に入れた。沈黙だけが今のリサにできる最大の対応だった。
今度はゴローが口を開いた。
「シュンが言ったとおりです。これからビッグ・ママに相談してみますので、少々お待ちください」
と、冷蔵庫から安物の缶コーヒーを彼女の前に置いた。その間にシュンは部屋を出て行き、ゴローもそれを追った。不安と沈黙だけ残った。
「どうする気だ?シュン?」
シュンは事務所とは別の普段は物置として使っている部屋に、椅子の背板部分に胸を当てて、いわゆる逆すわりで、モニターを見ていた。シュンが深く物事を考える時はいつもこのポーズだった。そして、そのモニターにはあの女、リサが映っていた。いわゆる、監視カメラである。ヤバそうな客の場合はいつも監視カメラを稼働させるのが、この業界の鉄則だった。それと、“飛び込みの仕事”の仕事は基本ビッグ・ママに相談が原則だったが、ダブルマークにはかなりの自己責任の上での許容範囲と裁量権が認められていた。そう、ビッグ・ママに相談は二人のフラグであった
「あの話、本当かな?」
シュンはゴローに聞いてみた。
「はっきり言って?わからん?まず、そんな事件があった事も報道されていない。ついでにここに来るまでに、あの女の素性を調べてみた。軍のコンピュータに侵入し、プロテクトを4つほど突破してみた。出てきた名簿を見てみたが、“リサ・ラファエル”って名前はなかった。あいつが本当に佐官級の上級士官ならば、あと、十個ぐらいプロテクトを突破して、上級士官名簿に辿り着けば出てくるかもな?」
ゴローはいわゆるホワイトハッカーでもある。軍のプロテクトを突破することなど容易いし、上級士官名簿までいかないとわからない点も合点がいく。
「あの軍服は?」
今度はシュンが聞いてみた。
「91%の確率で本物だ。しかし、街のコスプレショップに行けば本物が多少、値は張るが手には入る」
「そう言った結論にしか辿り着かないか?さて、どうした物か?結構、待たせているし」これ以上、待たせてもメリットはない」そう言った考えが頭に浮かんだその瞬間、シュンの目はモニターにくぎ付けになった。
「おい、ゴロー見てみろ」
ゴローはう~んと?どれどれ?言った感じで同じくモニターを覗き込んだ。
モニターの中のあの女…“泣いている” ゴローは驚いて聞いた。
「シュン?あの女がこの監視モニターに気づいた素振はあったのか?」
「いや、それは絶対にない、それにあの女、泣いているだけじゃないぞ?…震えている?」
演技ではない。つまり、俺達への依頼が最後のチャンスだった。
「ゴロー、この仕事、受けるぞ!」
「了解!シュン、楽しい仕事になりそうだ!」
そう言って2人は物置部屋から出て行った。
事務所に戻った2人の前ではリサは、今まで泣いていた素振は微塵もなくもなく、冷静に座っていた。
「ビッグ・ママから返信がきました。あなたの依頼を受けるとの事です。」
リサの顔が明るく笑顔になった
「報酬は、成功報酬で5万ボルです?経費は別です。いかがですか?」
リサは意外に安い?と思った「軍資金は個人の貯金の限度額の百万ボルまで考えていたのに?5万ボルって新兵の1月分の給料じゃない?」との疑問は出たが、とりあえず依頼を受けてくれる事が嬉しかった。
シュンは紙2枚をリサの前に差し出した。
「一応、契約書です。署名をお願いいたします」
契約書2枚って少なすぎない?大丈夫かな?リサの目の前の契約書を見て思った。が、もうここまで来て引き返す手段はない。そう決意に後押しされて契約書にサインした。
サインされた契約書を2人が確認して、そして、シュンだけが立ち上がり、事務所の片隅にある電話に向かった。受話器を取ると、どこかに電話を始めた。タブレット端末や電波での通信ではなく電話回線?この時代に?なんで?しかし、その疑問は直ぐに打ち消された。秘密を守るならば電話回線の方が秘匿性は高い。
「トモノリさん?イーグルのシュンです。突然で悪いけど?社長って今っている?…社長、良かった!いるんだ!悪いけど繋いでよ?」
なんと。シュンは脅迫してきた会社トモノリに電話をかけていたのである。 「え?噓でしょ?直接取引?」リサの顔が一瞬にして蒼白になった。そこからの記憶は意味のない、断片的にしか残っていない。脳が混乱して記憶のすることを拒否したのかもしれない。
「リサさん?とりあえず交渉してみた?2時間後に交渉には応じてくれるって話だ?」
「は?」と我に返ったリサは驚いた。
「それじゃ?リサさん、一緒にご同行をお願いします」
多少の後悔もあったが、乗りかかった船だ!地獄の底まで付き合うしかない!リサはそう心に決めた。
事務所を出ると、3人はダブル・イーグルのハンガーに向かった。民間の、しかもかなり広い飛行場。その中の広い共用のハンガーの一番奥にシュンたちの機体が置かれていて、さらに、さらにその奥の暗がりには同種の機体が3機置かれていた。その機体を見た途端、リサは大声を上げて、そして息をのみ沈黙した。信じられない事が目の前で起きたのでる。
「…F-98 MK-Ⅱ…」
それを聞いたシュンとゴローは驚いて
「…ほう?あなたが軍の技術将校って、話は本当のようですね?」
リサは落ち着きを取り戻しつつあったが、しかし、次の言葉からはまた、興奮口調が出てしまった
「F-98 MK-Ⅱ…すべて解体処分されたはずよ?なんでここにあるの?」
再度、リサの興奮に火が付いた。
「いかにもこいつはF-98 MK-Ⅱです。今までこいつを見て、F-98までは判った方はいましたが、MK-Ⅱまでわかった方はあなたが初めてです」
リサの口に数秒の沈黙があり、その直後
「ちょっと、講義と質問をしていいかしら?」
2人は両手の平を胸の高さで「どうぞ」とのジェスチャーをした。そして、リサの講義が始まった
「F-98 MK-Ⅱ…こいつは傑作機であり、失敗機なのよ。20年程前、最後の星間戦争の際に大活躍したのが、このF-98、そして、次に星間戦争が起きたら、その時は発電容量の差が勝敗を決める。そう思った私の先輩技術者たちは傑作機と呼ばれるはF-98をその根本の設計思想から考え直してみた。そして作られたのがこいつよ。こいつの発電量は桁違い、こいつ1機で10万人都市の電力を養えるのよ。でもね、この実験機の製作は莫大な予算超過を招いてしまった。実験機から実証機の製作の段階で金がかかりすぎるとの理由で計画は頓挫、中止に追い込まれた。なにせ、こいつ1機で当時の最新鋭機F-99が10機は買える値段よ!」
2人は「うんうん」頷き、この女性はよく技術史を勉強している。
「作成されたF-98 MK-Ⅱは実験機を含めても僅かに16機、その後は全て解体処分されて、スクラップにされたって聞いているわ?それが何でここに4機もあるの?」
今度はシュンがゆっくりと喋り始めた。
「俺は子供の頃にF-98の写真をみて、その美しさに惚れ込みました。その数年後、後継機の“F-98 MK-Ⅱ実験中”の記事と写真を見て、フライト・ライセンスを取ったら絶対に乗ってやると思いましたが、F-98 MK-Ⅱの開発の話自体が、どこかに消えてしまった。でも、その後、F-98 MK-Ⅱの比較的程度の良い機体をジャンク屋で見つけまして、パーツを集めて組み合わせてなんとか1機、飛行可能までにしました。その後は、パーツやら機体やらを見つける度に買い付けて今もレストアしています」
そうだったの…修理やレストアの好きなリサも共通の感情があった。
「さあ?リサさん、アポの時間に遅れてしまいますよ?行きましょう」
ゴローが口を開いた。F-98 MK-Ⅱに乗り込もうとした時、リサは「あれ?」と思った。確かオリジナルではF-98 MK-Ⅱは単座か複座のはず?なんで3座になっているの?
「ちょっと聞いていいかしら?オリジナルのF-98 MK-Ⅱは単座か複座のはず?なんで3座なの?」
そこまで気づきますか?とシュンは嬉しかった。そして、落ち着いた口調でしゃべり始めた。
「たしかに、オリジナルのF-98 MK-Ⅱは単座か複座ですが、こいつの開発後にいろいろな技術が開発されて、たくさんあった装置類もどんどん小型化・兼用化・簡略化されまして、計器類も液晶パネル1個に集約表示されたのでスペースが余りました。そんな訳で1名分多めに設置しました。で?お喋りもこの位にして、そろそろ出発したいのですが?」
と、前座の横にあるカバーを開けてボタンを押した。すると、機体の下部からコクピットシートが軽い音を立てて斜めに降りてきた。そう、F-98 MK-Ⅱの乗り込み口は下からなのである。リサはその最後尾に乗り込み、まだまだ納得のいかない事、聞きたい事が膨大にあったが「あとで聞こう!ここは私が得るものが多いところだ!」と優先順位を変えて機体に乗り込みシートの右の手摺の先端にあるエントリーボタンをおしてF-98 MK-Ⅱに乗り込んだ。




