桜の日記に残る記憶 中編 穏やかな時間
イブー島に、早朝に到着した。隠蔽の魔法はまだ解除されていなかった。
小さな港というより波止場に船が停まった。
海は凪いではいたけれど、船が波止場に止まると小さな波が立ち、
船体が、ガクンと揺れた。
揺れた拍子にファウト様の胸の中に体がよろめき抱き止めてもらった。
少し顔を上げると彼の笑顔がそこにあった。
たったそれだけの出来事に幸せを感じてしまう
ロリアの自宅住所を頼りに、彼女の自宅に迷いながらも到着した。
いくつもの坂を上った先に三角屋根が連なる大きな屋敷が見えてきた。
チョコレートブラウンのレンガ造りの壁には緑の蔦が這い、
朝の光を浴びてキラキラと輝いていた。
島首一族の家だけあって凄く大きな家だ。
あまりにも、早い時間に急に押しかけるのも…と家の前で二人でオロオロしていた。
そうしていると、玄関から人が出てきた。
思わず近くの木に隠れてしまった。
ガタガタという音がしたと思ったらサアーっと水の音がした。
こっそり覗いてみるとロリアが庭に植えている沢山の薬草に水をあげていた。
ロリアがこちらを向いた。
私は、隠蔽の魔法で彼女に見えていないと思い隠れることをしていなかった
すると、彼女は持っていたジョウロをカラーンと音をたて落とした。
目を大きく見開いたと思ったら急にこちらに思いっきり走ってきた。
え? ロリア? こっちにむかってきてる?
どうして?
と思っている間に「ポーラ!!」と泣きながら抱きついた。
「え?もしかして私達のこと見えてる? 」
「みえてるも何も見えてるよ~!! 」とまた泣き出した。
どうも隠蔽の魔法がきえていたようだ。
ロリアは私達を家に招き入れてくれた。
早朝の突然の訪問をロリアの家族に謝罪をしながら
私とファウト様はロリアの言葉に甘えた。
ロリアと彼女の家族にこれまでの事情を話した。
少し、休ませてもらうと
「さあ、二人とも行こうか 」
ロリアのお父さんのジョナサンさんは、立ち上がり私達を島の奥にある
森へと連れて行った
私とファウト様に、森の中の小さな空き家を用意してくれた。
「ずっと使っていない古い家だけど、ここなら人目もつかないし裏には畑もあるからね 」
そう言いながら、ジョナサンさんは笑顔で家の片づけを手伝ってくれた。
「ほら、ポーラちゃん、ファウト様来てごらん 」
ロリアのお母さんサリさんが手招きをして呼んだ。
ロリアが
「私とお父さんで片づけておくから行っておいでよ」
と声をかけてくれた。
家の裏の畑の向こう側に細い道があった。
サリさんの後を私とファウト様はついていった。
細く長い道をどんどん行くと急に日の光が私達を照らした。
広い丘へと出ると、目の前には大きな海が広がっていた。
空からは雲の切れ目から幾筋もの光が海に向かって梯子のように降りている
そして、大きな木がそびえたっていた。
「この木は、桜の木・・少し暖かくなるとピンク色の可愛い花が寄り添うように咲くのよ 」
「桜… 初めて見ました でも懐かしい感じがします 」
「精霊王様の愛した桜と言われているのよ 」
「精霊王・・・ですか 」
「そうなの、でもここ何年かは咲いていないのよ
なにかが、精霊王様のご機嫌を損ねているのかもね 」
でも私には見えていた ここの丘には沢山妖精たちが集っている。
森の中にも…私達の家の周りにも…
「ここはいいところだな・・サリさん本当にありがとうございます。
ジョナサンさんにも後程お礼を改めて申し上げたい 」
「いいのよ、お礼なんか…ここに来た限りには王子様も公爵令嬢も関係ないわ
私の子供と同じよ だからそんなに気を使わないこと!わかった!」
サリさんは、バン!とおもい切りファウト様の背中をたたいた。
あなた達は今日から私の亡くなった姉の息子夫婦という事にしましょう。
いいわね? 」
「夫婦」という言葉に私だけでなくファウトまで恥ずかしがっていた。
そうして、私とファウトは少しずつ生活に必要なものをそろえていき
ファウト様は、ジョナサンさんに頼んで素材を集め私達が見た目を変えるための魔道具の指輪を作った。
指輪は蒼い細い指輪。
「ポーラ、左手を出して 」
左手の薬指に指輪をつけてくれた
指輪をつけると蒼い光が私を包み ブラウンの髪と瞳そして顔、褐色の肌、全くの別人になった。
「じゃあ、今度は俺にもつけてくれる 」
ファウト様に指輪を渡してもらい彼の左手の薬指につけた
ファウト様もブラウンの髪と瞳そして顔、褐色の肌になり全くの別人になった。
そして、ファウト様は、「ジム 」 私の名前は「キャサリン 」と名乗る事になった。
サリさんの甥夫婦という事で島の人達にも紹介され
本格的に島で生活することになった。
「これでしばらくは、ごまかせられるだろう 」
「ファウト様髪色も瞳の色もおそろいですね 」
「ああ、おそろいだ!でもキャシー俺の名前はジムだぞ
間違えるなよ 」
屈託のない笑顔でファウト様が笑う
「わかったわ、ジム」
そういうと満足げにうなずいた。
その日からは、平穏な毎日が続いた。
ファウト様は魔道具を作り、島の人から注文を受けたりしていた
私は薬師として薬を調合し、ロリアと一緒に島の人々へ届けたり
家の裏の畑で野菜を作ったりして生計を立てていた。
美味しいごはんをふたりで食べて、寄り添ったままソファで二人でうたた寝したりそんな小さなひとつひとつが輝いている時間だった。
毎日、私とファウト様は笑顔で過ごしていた。
こんなにも穏やかで、満たされた日々があるなんて
思ってもいなかった。
ユングラン王国の家族に連絡を取るとどこで私達の居場所がシンリーに知られてしまうかもわからない。
家族に連絡ができないつらさが時折私の心を締め付ける
そんな時は、いつもファウト様が抱きしめていてくれた。
夜には月や星を眺めにあの桜の丘に温かい飲みものをもって通っていた。
そんな時には、いつも私達の周りで妖精たちが嬉しそうにダンスする。
ああ、クロウも連れてきてあげたかった…
そんなことを考えていた。
ある満月の夜中に、のどが渇いてファウト様と一緒に眠るベッドからそっとぬけだしお水を飲みに行った
ふと窓の外を見ると綺麗な満月が瑠璃色の空に輝きながら浮かび上がっていた
わたしは、何かに呼ばれているかのように、桜の木の丘へと向かった。
瑠璃色の夜空に綺麗なおおきな満月が浮かびあがり、蒼い海に光が波紋を描いている
そして、桜が…
「桜が咲いている 」
風に吹かれ妖精と桜の花びらが踊っている。
その幻想的な風景に目を奪われていると細やかな光の粉と桜の花びらの螺旋が現れその中から薄いピンク色の長い髪金色の瞳の美しい女性が現れた
「緑の愛し子 ポーラ 」
私は、その美しい女性に目を奪われ、名前を呼ばれて立ちすくんでしまった。




