もう一度、君の笑顔を
「ステファン・・ステファン・・」
意識が朦朧とする中、頭の中で、低くか細い声が俺の名を呼ぶ。
「あ・・・オニキスか・・お前こそ・・・大丈夫か・・・」
「すまんなぁ・・・我の加護がおぬしを苦しめることになった・・」
「そんなこと言うな・・あの女は最初からそのために俺を産ませたんだ・・」
「・・・しかしお前の両親は本当に互いを愛し合っておったぞ」
「だとしても・・・・」
ああ・・もう流せる涙もでないのか
黒龍も俺も・・・もう魔力も力も吸い取られてしまい
自分では、言葉を発することも起き上がることもできない。
ただ・・思い出すことは、できる・・・
アリシアの笑顔・・・物心がついたときに、アリシアは俺の婚約者だった
父はもう既にいなく、母だというあの女シンリーは母国チャウナ公国に一人で帰国して大公家には俺一人だった。
シンリーは、父と王妃が亡くなった後、叔父上に再婚を迫っていたが叔父上は断固として拒否していた。
叔父上は、シンリーが自分の愛する弟と王妃様を殺害したことに気づいていたのだろうな。
そして・・・俺の実の母親も・・・・。
叔父上が、気づかないわけがない・・
俺も、チャウナ公国を訪れたとき、この事実をシンリー本人から聞かされた。
その場ですぐにでも、あの女を殺しそうな気持ちになった。
でも、力のない俺は何もできないことが悔しくて・・・
憎くて憎くて仕方がないのに・・・何をする事もできない
それでも、叔父上がシンリーに対して何もしないのは、外交問題の為なのか・・・
他になにか理由があるのかわからないが・・
まあ慎重な王なことだからきっとなにか考えがあるのだろう
でも、俺も勇気を出して叔父上に相談すれば良かったんだ・・・
一人しかいない叔父上なのに・・
そうすればなにか変わっていたかもしれない
ああすればよかったとか・・本当に後悔ばかりだ・・・
そういえば、アリシアにもよく怒られた
「ステファンは、あまえるのが下手くそ!!せめて私にはあまえてよ!」
ってよく怒られたっけ
アリシアに会いたい・・・
もしこのまま死んでしまうなら一目でいいから会いたい・・
子供の頃、大公家の家人はみんなよく俺に尽くしてくれた・・・
でも、主従関係というものは、どれだけ近い乳母のシェリーであっても薄い壁がありそれは破る事は出来なかった。
グランティス公爵、夫人も・・そしてアリシアもそれを考えると本当に容赦ないほどその壁をぶちこわしてくれたな・・
俺が一人で本を読んでいると、本を取り上げて
「ダメよ!こんなお天気の良い日は私と出かけましょう!」
って無理やり森にピクニックに行ったり
嫌いなニンジンをそっとアリシアが食べてくれたら二人で公爵夫人にめちゃくちゃ怒られたな・・
熱を出して寝込んでいたらみんなに止められているのも聞かず大公家にやってきて
「ステファン死なないで~!」
って大泣きするから俺は呆気にとられた。
そのあと、思わず笑ったらめちゃくちゃ怒って病人をポカスカなぐるし・・
思い出して笑ってしまった。
思い出すのは特別な時間だけじゃないんだな・・
ごく普通の日常の時間が本当に宝物だったかもしれない
ああ・・人間って死にそうになっても愛する人のことを考えると笑えるんだ・・な・・・
どこからこんなことになったんだろう・・・
そうだ あの時か・・・何か月か前にシンリーがアリシアとの婚約破棄の話を持ち込んできた
聖女ローズの存在が明らかになると、シンリーは彼女と婚姻すれば次期国王の座を奪い取れるとか訳の分からないことを言い出した。
アリシアとの婚約破棄に抗議するために、シンリーのいるチャウナ公国を訪れた
シンリーから恐ろしい真実を聞かされたのもあの時・・・
それ以来、俺はおかしくなっていった。
それと…マカロンだ。
ローズに会うたび、あのお菓子を食べさせられた・・
食べたくないはずなのに、なぜかマカロンを見ると無性に全部食べてしまった。
ただ・・・あれから記憶が途切れ途切れになって次第に人と話すと辻褄が合わなくなり人を遠ざけるようになった。
そんなある日、細い細い月の夜に、学園の森の湖で黒龍に会った。
「契約者よ。待っておったぞ」
そう言って黒龍が細い月の光を浴びながら姿を現した。
あまりの突然の出来事に驚きを隠せなかった。
「 俺が、契約者・・・」
「そうだ。我は眠りながら、ずっとそなたのことを待っておったのじゃ」
「ずっと・・・俺を・・」
アリシア以外に誰かに心から「待っていた」と言われたのは初めてかもしれない。
それだけで、龍だろうか人だろうか関係なく嬉しくなって心が高揚してきた
「早く、名をつけよ」
ええ・・?名前・・・
「オニキス」 何も考えないまま名前が口から零れた。
「オニキスか、ふむよい名前じゃ・・気に入った
それにしてもおぬし・・なにか邪悪な気がまとわりついておらぬか・・」
オニキスが、ぐっと顔を近づけてきた。
その時だった・・・黒龍のオニキスが禍々しい鎖に巻き取られた
「ぐわあああああああ」とオニキスが叫ぶ・・
あまりの急な出来事に言葉も出ず立ちすくんでいると
同じような鎖に俺も巻き付かれた・・・
「ああああああ!」いままで味わった事のない戦慄・・
毒々しい気が体中に流れ込んできた・・
「ふっ・・まあ・・まずは黒龍だけでも先に連れるとしよう」
朦朧としたなかでうっすらと見えたのは赤い赤い細い月の光に浮かびあがるシンリーの姿だった
気がつくと・・黒龍の姿もシンリーの姿も消えていた
学園の寮に戻り、自分では普通に学園生活を送っているつもりが自分の思うようにできなかった。
アリシアとの婚約解消・・・ローズの接近・・知らない間にどんどん話が進んだ。
アリシアを、学園で見かけても話しかけることもできない・・・・
それが、少しずつ変わっていった。
そうか・・ルナティアだ
ルナティアがアリシアと仲良くなったころから少しだけ自分の意志で動けるようになった。
ずっと俺のせいで悲しい表情しかさせていなかったアリシア。
アリシアの笑顔を取り戻せるかもしれない。
そう思った矢先にこれだ・・・
あの 合宿中ルナティアとユリアスが消えたあと、
急に離れているはずのオニキスの気配が体に流れ込んで苦しくなった。
俺の具合が悪いのを知っていたかのように、ジュリアンが迎えに来てここに連れてこられた
相変わらず俺は、呪いのかかったマカロンを無理やり食べさせられている。
そして、オニキスと繋がれ、呪いに染められた魔力を少しずつ奪われ続けている。
もう、そろそろ魔力もつきそうだ・・
「コツコツ」
廊下の向こうから足音が聞こえる・・・
ああ・・またマカロンか・・・もういらないよ・・
それよりも・・・もう一度・・・アリシアに会いたい・・君の笑顔が見たい・・
もう、出るはずがないと思っていた涙が頬を伝った。




