第四章 第三話:怪盗、にゃのめ!見参!
――19:00
初日の強化ブートキャンプは終了した。
三人と一匹は、修練場の床に倒れ込み、息も絶え絶えで放心状態だ。
「お、鬼……ですわ。本当に実在していたなんて……ハァハァ」
「おい、みこと!……滅多なことを口にすんじゃねぇ。
どこで誰が聞いてるかわかんねぇんだぞ……ハァハァ」
「な、なんで……ハァハァ。なんで!あたしまでこんなことやってんのよ!
ちょっとリン!あんた大丈夫なの?しっかりしなさいッ!」
ろあんは放心状態のリンを気遣い、ジャージの袖にかじりつき引っぱる。
「だ、大丈夫だよ……ハァハァ……おねえちゃん」
――時間は少し遡る。
みこととリンは、それぞれ体力測定を行ったが、
計測結果に目を通した京花は、あまりの悲惨な状況に愕然とした。
(な……なんだ!?なんなんだ?この有様は……。
高校一年女子の全国平均に遠く及ばない!?
彩音リンは小学4年程度……。
ま、まあ……これはいいだろう。
だがこいつだ!葵生みこと!……中学2年レベル?
こんな体たらくな状態で強化トレーニングなどしてみろ、
体を壊すだけではないか!
徹夜で考えてきた強化プランが……イラッ。
こッ、こやつらぁー!
普段、いったいどんな生ぬるい生活を送っているというのだ!!!)
――この時の京花は衝撃的な数字を前にして、少し方向性を見誤っていた。
普段、彼女の傍にいるのは体力おばけの幹部連中。
彼女自身が率先して運動エリートをリクルートしてきた社員たち。
夫、娘、ともに一般世間と比べれば化け物級で、
極めつけは自身がそもそも元国防隊の伝説級の存在だ。
そのような世間からかけ離れた環境で、一般的な、
しかも高校一年女子生徒の運動能力など、知る由もなかったのだ。
加えて、彩音リンという特異な存在が、
みことの数値の低さを際立たせてしまった。
京花の全身は震えだし、みるみる顔が硬直し紅に染まっていく――。
その状況をひしひしと感じ取るみこと。
「きょ、京花さん?……い、いかがなされました?」
京花は腕組みをし、怒りを押し殺すかのように目を瞑りながら一言呟いた。
「……歩け」
「え?」
「歩けと言った。貴様らは“鍛える”といったこと以前の問題だ。
ただ歩くのではなく、少しのランニングも含めた反復トレーニングだ。
それ以外やる必要はない。徹底した基礎体力の底上げを目指す。
これより最終日まで、ウォーキング10分、ランニング1分を交互に繰り返せ!
……ああそれと、毎朝5時起床で登校前の朝食時間まで、
みっちりやり続けてもらうので、覚悟するようにな(ニヤリ)」
「ひィッ!」
みことは顔を上げ、硬直したまま歯を食いしばり、京花の威圧に耐えている。
リンはあまり深く理解できていないのか、不思議そうに京花を見つめていた。
納得いかないのがろあんだ。
(ちょっとー!もしかして、あたしもリンに付き添わなきゃいけないわけ?
みこと!何とか彼女に言いなさいよ!付き合ってらんないわよ!)
みことの顔は引きつり、ろあんに向けて首を振りながら、
必死に思念を飛ばす。
(無理無理無理無理無理ッ!)
とても反論できる状況ではなかったのだ。
何やらコソコソしている仕草を京花は勘づき、一喝する。
「そこーッ!何をコソコソしているかーッ!
これよりトレーニングを開始する!――始めッ!!!」
『パンッ!』
京花の手を叩く音が激しく鳴り響き、
みこと、リン、ろあんの特訓が開始された。
――一方、閃花はと言うと、体力エリート集団に放り込まれ、
最初のうちは威勢よく食らいついていたのであるが、
徐々に離され始め、終盤には脱落してしまうという屈辱を味わうこととなった。
それもそのはず。
京花の指針のもと、東雲建設は大学スポーツ界に強力なパイプを築いており、
Aグループには、各種競技のスポーツエリートが集結していたのだ。
それこそ、現役オリンピック選手も複数人含まれており、
閃花とは基礎体力の土台が全く違う。
彼女自身、強さを求め、己を鍛えることに余念はなかったのだが、
それはあくまで個人レベル。
しかも、本人の気質ゆえの思考で、
地道なトレーニングよりも実戦を最優先して、
喧嘩に明け暮れていたのも、基礎トレーニングについていけない所以であった。
自身の青臭さを噛みしめるも、閃花の目は輝きを失ってはいなかった。
「……へッ、ここが俺の現在地ってか。
こんなところでへばってたんじゃぁ、頂を目指すどころか、
おふくろに一本とることも出来やしねぇ。
だが見てろよ……この訓練が終わるころには、
全員!俺がぶちのめしてやっかんなー!」
相変わらず間違った動機を掲げることで、自らを奮い立たせているが、
今の閃花は気づいていない。
周りのスポーツエリートたちと切磋琢磨できる環境が、
どれだけ特殊で幸運であることかを。
――強化ブートキャンプ終了後
しばらく動くことすらできなかった三人と一匹であったが、
流石に空腹には勝てず、社員食堂へ夕食をとりに行くことになった。
「おう!お前ら動けんのか?腹減ったから社食で飯でも食おうぜ!」
リンはろあんを抱きかかえ、床にへばりついている。
みことは何とか起き上がることが出来た。
「そ……そうですわね。リン、ろあんさんも、明日もあることですから、
栄養補給をしておきませんと。
わたくしは一度、家の方へ連絡してきますので、
お先に向かっててくださいまし」
「おう、先に行ってるとするか。……よしッ!」
閃花は気合を入れ直し、威勢よく立ち上がる。
「おらおらッ!おまえら!飯だ飯!……彩音!ろあん!
……ったくしょうがねぇなぁ」
そう言うと閃花は、ろあんを肩に担ぎ、
リンを抱きかかえて食堂へと向かうのであった。
――葵生家
「なッ!……何ですって~ッ!爺やん!それは一体、どういうことですの!?」
「はい、めいあ様。先ほどみこと様から連絡があり、
本日より、城蘭学園・競技かるた部での先輩にあたります、
東雲閃花様のご実家、東雲建設にて強化合宿を行うため、
当分の間、泊まり込みになるそうでございます」
めいあは驚きを隠せず、まいあは冷静に事の成り行きを考察している。
「帰りが遅いんで心配していましたのに、めいちゃんの許可なく泊まり込み!?
そんなの絶対にダメに決まってるでしょうが!」
「めい、落ち着きなさいな。
……爺、この事はお父様もご存じなのかしら?」
爺は言い辛そうにして、つい目線を逸らしてしまう。
「は、……はい。先日、東雲建設の専務殿より連絡がございまして、
詳細はご存じかと」
めいあとまいあは瞬時に視線を交わし、
言葉にせずとも一瞬で互いに何かを察知した。
「あぁ~!やられたーッ!」
地団駄を踏んで悔しがるめいあ。
まいあは腕組みをし、冷静に状況を分析している。
「……やられましたわね。
まさかこれほど早く動いてくるとは思いませんでしたけれど。
そう……そうですか。
ふふふ……お父様、そちらがそう来るのであれば、こちらにも考えがありますわ。
わたくしのみこを、わ・た・く・し・の許可なく、
こともあろうに勝手に外泊させるなど、言語道断ッ!!!ですわッ!」
珍しく大声を張るまいあに、側にいた爺は完全に萎縮してしまう。
「めい!分かっていますわね?」
「分かってますともさーッ!!!み~ちゃんを救出しにいかいでかーッ!!!」
「爺、あなたも知っておきながらこの状況まで黙っていたことは、
お父様と共犯です。
わたくしたちとの信頼を回復させたいのであれば、手伝いなさい。よろしくて?」
「爺や~ん♪協力してくれますよね~?ね~?」
爺は葵生家に仕え始めた時より、
今まで経験したことのないほどのプレッシャーを二人から感じていた。
右にめいあ。左にまいあ。
逃げ道は……存在しない。
(総鳴様……も、申し訳ございません。
お二人には逆らう事は出来ませぬ……。
わたくしの不徳の致すところでございます。)
結局、圧力に耐え切れず、言われるがままに手伝う事になってしまうのであった。
「では爺、これよりみこを連れ戻すため、東雲建設へ潜入いたします。
みこが泊まっているであろう施設の所在と、
セキュリティ状況の予測・分析を頼みます。
それと、移動手段は葵生家の送迎車では目立ちますので、
別の車両を手配しておいてくださいな。
作戦決行は……そうですね、5時間後の1:00とします」
「かしこまりました」
まいあの的確な指示を受け、爺は直ちに行動を開始した。
「さて……めいあ?どうなさいましたの?」
少々黙り込んでいるめいあにまいあは気づく。
何やら腕を組み、ブツブツと独り言を呟いている。
すると突然、不気味な笑顔を醸し出し始めた。
「ふふふ……まいちゃん!ついに……ついにこの時が来ましたわ!こんな……」
「め、めい?な、何をそんなに昂っているのかしら?」
めいあの表情は一気に笑顔へと弾け、
まいあに向けて理解不能なポーズを取りだした。
「こんなこともあろうかと!潜入用に作っておいた最高の衣装があるのです!
さあ!まいちゃん!試着しに行きますわよ!」
強引に引きずられていくまいあ。
「ちょっと!めい!一体なんなのかしら!?」
――数十分後
「ジャジャーン!!!潜入と言ったらこの衣装しかないでしょ!」
「……こ、これは!な!なんでこんな恥ずかしい格好をさせられてますの!」
めいあの準備していた“衣装”とは……
遠い遠い昔に流行した“エアロビクス”を彷彿とさせる、
黒のレオタード風の衣装で、腰にはスカーフを巻いていた。
ちなみに、めいあは金を、まいあは銀をあしらった意匠である。
「ちょっとめいあ!なんなんですの!この衣装は!
こ、こんな恥ずかしい格好で行けるわけないでしょう!」
赤面するまいあなど意に介さず、
満面の笑みで鏡に向かいポージングしているめいあ。
「だ~め~!二人でこの衣装を着るから意味があるの!
……できればみ~ちゃんにも着させたかったなぁ~♪
そして“三人姉妹”で……ムフフ♡」
妄想に浸るめいあの姿に、
まいあは頭を抱え、反論すらする気も失せた。
「さぁ!衣装もバッチリ決まりましたし!
愛おしの姫君を攫いに、二人合わせて
――その名も!『怪盗、にゃのめ』!推して参りますわよ!」
テンション爆上がりのめいあをよそに、まいあはうな垂れるのであった。
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次回――「湯に溶けし疲労 浮かぶ違和感」
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