第三章 第十一話:強制的家族会議
――「以上が新人研修、第一週での経過報告でありやすッ!」
「ご苦労さま。……こうやって見てみると、
今年はあまり目立つ人材がいないわね。
学園からの修練人員は?今年は何人程度受け入れるのかしら?」
「へいッ!四名を予定しておりやすッ!」
「そう……少ないわねぇ。
始めが肝心だから、あまり可愛がり過ぎないように、
担当部署に徹底させなさい」
「承知しやしたッ!」
「もう下がっていいわ、ご苦労さまでした」
「はッ!失礼いたしやすッ!」
『ドンッドンッドンッ!』
リョウジが退室しようとしたその時――
突然、扉を激しく叩く音が専務室に鳴り響く。
ノックとは程遠く、カチコミもしくはガサ入れを彷彿とさせる勢いに、
リョウジは咄嗟に身構えてしまう。
片や京花はいたって冷静だ。
統率のとれた東雲建設で、
あろうことか京花のいる専務室へこのようなことができる人物はたった一人だ。
「……全くあの子ったら、ノックの仕方も知らないのかしら。
はぁ……ノックするようになっただけでも、成長したってことかしらね。
リョウジ、中に入れて構わないわ」
「ヘイッ!……おうおう!ここを何処だと思ってんだ?専務室だと……」
『バーーンッ!!』
リョウジが啖呵を切り終える前に、扉は勢いよく開いた。
「ッ!お嬢ッ!」
大胆不敵な態度で、リョウジを睨みつけ、
意気揚々と専務室に入る閃花。
「……あ~ん、何だリョウジじゃねぇかよ。俺に何か文句でもあんのか?」
いつもの雰囲気と違い、最高幹部の筆頭であるリョウジですら、
息をのむほどの気合の入りようである。
「お……おかえりなさいましッ!お嬢ッ!」
リョウジは深々と頭を下げるも、閃花の立ち振る舞いと、
圧倒的な存在感に、嬉しさと恐怖が入り交じるという、
不思議な感覚にとらわれていた。
(な、なんだ?いつものお嬢と気迫が違う!な、何があったんだ?
こ、これは……ちょっとマズイことになるやもしれん!)
まるで、どこぞの組にでも殴り込みに来たかのような、
とても母親に会いに来たとは思えない様相で、
京花のところまで、ズカズカと威勢よく歩いていく閃花。
京花も何かを感じ取ったのか、一言もしゃべらず、相手の出方を探っている。
閃花は京花の前に仁王立ちすると、敵対する相手に果たし状を叩きつけるが如く、
『バシッ!!』と、掌底を机の上に叩き込んだ。
「紫呉からの手紙だ……あんたにだとよ」
二人はにらみ合い、凍り付くような時間が数秒続く。
「リョウジ、席を外して頂戴」
「へ、へい!かしこまりやしたッ!」
リョウジはにらみ合う二人を後に、心配そうな面持ちで部屋から退室した。
「それで?……手をどけてくれないかしら?手紙が読めないじゃない」
「けッ……」
手をどけた閃花は、京花に顔を背け、そのまま腕組みをし始める。
「俺はパシリじゃねぇんだがなぁ。
それ読んだら……全部教えろや。あんたと紫呉の関係を」
閃花の怒りの根源は、京花にも紫呉にも、結局、肝心なことははぐらかされ、
ただのパシリのように、いいように使われたと感じていたことだった。
しかし、それが理由だとしても、
この時の閃花の振る舞いはあまりに過剰であった。
「いいでしょう、ちゃんとお使いもできたようだし、
ご褒美は必要でしょうからね」
そう言うと、京花は手紙を取り出し、中身を確認し始めた。
――拝啓 春暖の候、東雲様におかれましてはいかがお過ごしでしょうか。
十五年の月日は夢のように早く、あなたとの訓練の日々が、
まるで昨日のことのように感じます。
あのような別れをしたにもかかわらず、突然のご連絡をお許しください。
…………。
京花は手紙を読み終えると、スッと立ち上がり、
窓辺に向かい、外の景色を覗き始めた。
(准将閣下……)
閃花に背を向けていたため気づかれていないが、
この時の京花の表情は、懐かしさと、どこか切なさが入り混じっていた。
「おいッ!手紙を読んだんだったら、さっさと質問に答えろや!
あの“婆さん”との関係を!」
窓際で少しだけ感傷に浸っていた京花は、
閃花の一言が、越えてはならない一線を越えたと言わんばかりに、
一瞬にして態度が豹変するとともに、異様なオーラを放ち始め、
凄まじい眼光で閃花のことを睨みつける。
「婆さん……ですって?閃花……あんまり調子に乗ってると、
――本気で“狩る”わよ」
京花の本気の戦闘モード。
常人であれば震え上がり、即、死を覚悟するほどの圧倒的な圧力。
しかし、閃花は予想外にも怯む素振りを見せないどころか、
肚を括ったかのように、逆に無謀にも挑発するかのような気迫で、
京花に食ってかかった……。
「上等だ!狩れるもんなら狩ってみやがれてんだッ!」
威勢よく啖呵を切った閃花であったが、
次の瞬間、まさかの態度を取り始める。
「――とでも言うと思ったかい。
はんッ!……その様子じゃあ、やっぱりあいつと相当な関係があるって証拠だな」
挑発から一変、冷静に一歩引き、腕組みをし直すと、
したり顔で口元をニヤつかせていた。
(カマをかけられた?)
京花は一瞬にして状況を把握し、威嚇をやめる。
自分の娘ながら、ただの脳筋で粋がってるだけの子供だと思っていたが、
知らぬ間に成長している姿に衝撃を受ける。
「フッ……フフフ。
まさか、あなたがこんな駆け引きを仕掛けてくるなんてね。
私としたことが、上手く乗せられてしまったわ。
仕事にかまけて、娘の成長を見逃してた……ってことね」
先ほどの鬼気迫るオーラは既に消え去っており、
京花の表情には優しい微笑が浮かんでいた。
「な、なんだよ!?俺にだってこのくらいの駆け引き、お手のもんだっつうの!
大体!怒ってねえわけじゃねぇんだぜ?
おふくろも紫呉も、俺をパシリ扱いしやがって!
あげくに二人して肝心なことを話しやがらねぇときたもんだ!
な……なんか二人とも、人を使う手口が似てやがんぞ?」
「ふふ……閃花、あなた、いい勘してるわね。
そんな隠れた才能があったなんて、まったく気付かなかったわ」
「お、俺を何だと思ってたんだよ!」
「あら?ただの脳筋じゃなくて?」
「こんのぉ~!」
――その時、扉を蹴り開けるような大きな音が聞こえてきた。
『ドゴンッ!!!』
「京花さん!閃花ちゃん!二人とも落ち着けーッ!!!」
必死な形相で突入してきたのは、父、東雲毅旺であった。
「な!なんだ!?オヤジ!“ノック”ぐらいしろってんだ!」
「あら?毅旺さん、どうしたのかしら?」
突入してきた毅旺は息を切らしながら、二人を交互に凝視するも、
どこか和やかな雰囲気に包まれている状況に、思考がまったく追い付かなかった。
「え?……ふ、二人とも……親子喧嘩はーよくない、よ?……」
「はぁ?オヤジ!どこに目ん玉くっつけてんだよ!」
「はぁ……リョウジの仕業ね。まったく、気が利くんだかどうなんだか。
まぁ、偶然にも全員そろったわけだから、家族会議……とでもいきましょうか」
――京花が状況を説明し、毅旺も冷静さを取り戻すと、
改めて三人で話す機会を設けることにした。
応接ソファに向かい合うように腰を掛け、
滅多にない話し合いが始まろうとしていた。
「きょ、京花さん……。その~どういったお話になるんだろうか」
圧倒的な巨体とカリスマ性で、
荒ぶる社員たちを従えている剛腕社長の威厳はそこには微塵もなく、
借りてきた猫のように、二人の動向を恐る恐る窺う毅旺。
「毅旺さん、一から話している時間はありませんので、話を察してください」
「わかりましたッ!拝聴させていただきます!」
お行儀よく手を膝の上に置き、背筋をピンッと伸ばす毅旺。
「で、おふくろ!まずは紫呉との関係を聞かせてもらおうじゃねぇか」
「……そうね、あなたも気が付いてるでしょうが、
私が国防隊にいた頃の司令官であり、師匠でもある方よ」
「し!司令官って、な、何だかスゲー偉そうだな」
「そうね、当時の階級は准将。
普通ならあの頃の私みたいな一兵卒ごときが、
お顔を拝見することすら容易には叶わない存在だったわ」
「ま、マジか……。あの婆さん、そんなに偉かったのかよ。
んッ!?師匠ってなんの師匠なんだよ」
「私の“近接戦闘術”の師匠よ。
当時、私が所属していた“国防隊独立特殊機動部”には、
隊員による“近接戦闘術”の大会があってね、
准将はその大会で、十連覇を成し遂げた伝説の存在で、
『幻蹴女帝』の二つ名を冠していた方よ。
私の代ではすでに一線を退いていたけど、
目を掛けていただき、弟子入りしたってわけ。
おかげで、私はその大会で六連覇させてもらい、
『幻蹴使い』の二つ名を冠してもらったわ」
初めて聞かされる京花の過去話。
若干、引き気味になった閃花は、さらにドン引きしている父に話を振る。
「……な、なぁオヤジ。こんな漫画みてぇな話、知ってたのかよ?」
「きょ、京花さん?初めて~聞くお話なんだけど?」
普段の威厳はどこへやら。
毅旺の声は裏返り、引きつり笑顔を浮かべる。
「あら?話してなかったかしら?私としたことが、うっかりしてたわ」
「どう考えても確信犯だろこれ。オ、オヤジも気の毒だな」
(コクコク)
……毅旺は引きつり笑顔のまま、うなずく。
「んで?そんなお偉いさんがなんで今、彩音家の執事長なんてやってんだ?
なんか、落差が激しいんだが」
閃花が紫呉の話題に触れた瞬間、穏やかだった京花の顔は、
一瞬にして険しい表情に変わった。
「そのことに関しては憶測になってしまうので、
私から話をすることはしません。
ただ……准将からの手紙には『見届ける使命がある』とありました」
「見届ける使命……だと?」
「閃花、それに毅旺さん。
私には准将へ返しきれないほどの恩があります。
あの方がおられなければ、今の私はいなかったでしょうし、
毅旺さんとも出会っていなかったでしょう」
(そう……いつも必ず、背中を押してくれたのは准将だった――)
京花の脳裏に、紫呉との数々の思い出がフラッシュバックした。
厳しい訓練で挫けそうになっていた時、
センスが良いからと近接戦闘術の大会へ誘ってもらい、
弟子にしてもらえたこと。
自宅の改築工事を相談したところ、
東雲建設を紹介してもらい、毅旺と出会えたこと。
結婚では仲人になってもらい、
式にまで参列してくれて祝福してくれたこと。
そして、ブーケトスで紫呉が手にした時の笑顔が鮮明に浮かんできた。
まさか、その翌年にあのようなことになろうとは……思いもしなかった。
「閃花、手紙にはこうありました。
『リン様をあなたにお預けしたいと思います。
私にはできなかったリン様への試練を、あなたに託します』と」
そう言うと京花は勢いよく立ち上がり、
閃花に向けて宣言する。
「よって!……来週早々より彩音リンを迎え、
私が直々に強化ブートキャンプを実施します。
ちょうどいい機会ですから閃花も一緒に一から鍛え直すこととしましょう。
覚悟しておきなさい!」
急に話を振られ、一瞬、耳を疑う閃花。
「おいッ!ちょっと待て!なんでそうなるんだよッ!
その話は夏休みってことじゃなかったのかよ!」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第三章は終了となります。
次回――第四章 第一話「生徒会発足」
毎週火曜日19時更新。




