第三章 第九話:家族会議
――「ねえ閃花……。
その手紙、お母さんに渡すんでしょ?紫呉さん、結局何がしたいのかしら?」
リンとろあんは、そのまま医務室で明日一杯までは休養することとなり、
燈たちは、色々と問題は残りつつも、帰宅することにした。
彩音家の母屋を出ると、すでに夕暮れ時になっており、
二人ともに、今日一日で知った情報の重さと、
体感時間の短さによるギャップに戸惑っていた。
みことは母屋を出て直ぐに送迎車で帰宅の途に就き、
燈と閃花は、二人並んで夕暮れ時の帰路をたどっている。
二人の話題は、紫呉から渡された手紙に集中していた。
「まッ、この手紙をおふくろに読ませたら何かわかんだろ。
今日の模擬戦みてぇのだって、中途半端に終わっちまった感じだしな。
結局よくわかんねぇことだらけじゃねぇかよ」
「う~ん……あたしなんてもう、自分の頭のキャパ以上で何が何やら……。
でもあの、ろあんちゃんといい、アウターといい、結界?といい、
うー混乱するわぁ~」
燈は天を仰ぎ、頭を抱え込む。
「ま、わかんねぇことウダウダ考えてもしゃねぇ。
……先ずはあの婆さんの言う通り、話は手紙を渡してからだ」
――時は少しさかのぼり、彩音家の母屋。
「東雲閃花殿、これをお母様にお渡しいただけませんでしょうか」
紫呉は一通の手紙を、閃花に手渡した。
「おふくろに?なんだこれ?」
閃花は紫呉より手紙を受け取り、訝しがる。
「本日の模擬戦にてあらわになった点、
すなわち……リン様とろあんさんの欠点に関する、
今後の方針を書き留めてございます。
本来、私めが心を鬼にしてでも行わねばならぬことでございましたが……」
そう言うと、紫呉は沈痛の面持ちになり、俯いてしまう。
あの紫呉が――
その姿はあまりに痛々しく、
まるで別人を見ているかのような錯覚に囚われた三人は言葉を失う。
「申し訳ございません……リン様を見続けてきた者として、
これ以上のことは……“修羅”になることも厭わないと誓ったはずでしたが、
……情けない限りでございます」
紫呉のまさかの吐露に、心を一番動かされていたのがみことであった。
一度は恐怖を植え付けられ、
触れることすら叶わないとあきらめかけていたリンの内情。
しかしそれは、リンに近づく危険を、徹底的に排除せんとする裏返しの母性。
紫呉の姿を見て、完全に理解できた――
リンを守るという、気持ちや口先だけでは彼女には絶対に届かない。
それほどの“覚悟”を、紫呉は背負っているのだと。
みことは今までのわだかまりなど一切を捨て、まっすぐに紫呉を見つめた。
「紫呉さん……それ以上は仰らなくて結構ですわ。
今のあなたのご様子が全てだと、そう受け取らせていただきます」
(そう……わたくしも同様に、リンを守るとすでに心に決めているのですから)
「閃花さん、そのお手紙をお母様にお渡しいただき、
続きのお話はまた後日ということで、得心いたしましたわ」
「そ、そうね。リンちゃんも、ろあんちゃんも、ちゃんと休ませなきゃだしね」
「はんッ!……ま、しゃ~ねぇなぁ。いまいちスッキリしねぇがよ。
婆さんの手紙、ちゃんとおふくろに渡してやんぜ」
「それじゃ、そろそろお暇させてもらいましょうか」
三人が母屋を出ると、玄関にはすでに葵生家の送迎車が駐車しており、
爺がみことを迎えに来ていた。
「燈先輩、閃花さん、よろしければ途中までお送りしますが、
いかがなさいます?」
「え!?いいの?」
燈はラッキーとばかりに乗る気でいたが、
隣にいた閃花が待ったをかけてきた。
「おいッ!みこと!そんなもんばっか乗って。
いい若いもんが、少しは歩いて足腰鍛えろや~!
彩音を守るってんなら、こっからお前ん家まで、
走って帰るぐらいの気概をみせてみろや!」
「なッ!人が親切に……も、もういいですわ!
ごめんあそばせ!爺や!いきますわよ!」
「かしこまりましてございます」
みことは、足早に車に乗り込み、帰路につく。
――車中。
ようやく一人になり、落ち着いて今日起こった出来事を静かに振り返るみこと。
思考の大半はリンの事であった。
(一人目の適応者……そして守猫ろあん。まるで夢でも見ているようですわ。
彩音家、紫呉さん、あの地下施設。
リンをとりまく環境は、わたくしの想像をはるかに超えたものでした。
そして、まるで命を削るようにして繰り出されたあの結界。
それを今後、リンとろあんさんに強いていかなければならない……なんて。
何か、わたくしにできることがあるのかしら。
いいえッ!あの子が命をかけてるんですもの、
わたくしも、この命をかけて守ってみせますわ!
……そ、そういえば~わたくしに何の相談もなく抜け駆けした姉さまたちと、
この状況を知っていて傍観していたお父様、お母さま。
帰ったら徹底的に問い詰めなくてはなりませんわね!ふふ……ふふふ)
不気味な笑みを浮かべるみことであった……。
――葵生邸
「ただいま戻りました」
みことの帰宅とともに、狙っていたが如く一斉に駆け寄る二人の姉。
「み~ちゃん!」
「みこ!」
すぐさまハグを要求するも、みことの様子がおかしいことに気づく。
「ん?どうしちゃいましたの?み~ちゃん。……また何かありました?」
「ちょっとめい!少し離れなさいなみっともない。
先にハグするのはわたくしです」
「ぶぅ~めいちゃんなの~!」
「わたくしです!」
相変わらずの、めいあとまいあのやり取りであったが、
みことは眉一つ動かさずに一言――
「姉さま方……」
不穏なオーラを纏いながら、姉二人を睨みつけるみこと。
「ひぃッ~、み~ちゃんのおめめが怖い!」
「み、みこ?な、何かありまして?」
みことは薄ら笑いを浮かべ、姉二人に指示を出す。
「これから、た・だ・ち・にッ!家族会議を開きますッ!
お父様、お母様を招集後、十分以内に団欒室に集合ッ!」
みことの尋常ではない覚悟に裏打ちされた冷徹な視線を察知した姉二人は、
逃げるように父と母を呼びに向かう。
「め、めいちゃんは~……お母様を呼んでくる~」
「わ、分かりましたわ、それではお父様を呼んでまいりますわ」
――数分後、
団欒室に葵生家、家族五人が集合した。
テーブルの中央には、みことが腕を組み、高圧的な様相で陣取っていた。
「み、みこと?どうしたんだ、そんなおっかない顔をして。
今日、何かあったのか?」
静まりかえった団欒室で、張り詰めた空気に耐え切れず、
初めに話を切り出したのは父、葵生総鳴であった。
この時のみことは、すでに肚をくくっており、
以前の迷いがあった頃とは別人のようであった。
「お父様……」ジロリ。
「ど、どうしたんだ?」
「お父様には後でみっちりと!お聞きしますので、
少々お待ちになっていてください」
「お、おう……」
この瞬間、葵生家四人によるアイコンタクト合戦が瞬時に行われた。
瞬きによるモールス信号的な無言のやり取りが繰り広げられる。
(ま、まいあ、みことはいったいどうしたんだ?)
(し、知りませんわ。お父様こそ何かご存じではなくて?)
(あなた!また何かしでかしたのかしら?)ギロッ
(え、えらいこっちゃなのですわ~。み~ちゃんがオコなのですわ~)
――バンっ!!!
みことは両手をテーブルに叩きつけ、すかさず椅子から立ち上がり、
鬼の形相で仁王立ちになり、四人を睨みつける。
「なッ!」
「……」
「ひぃッ~」
「はッ」
「先ずは姉さま方。
わたくしに隠れてコソコソと、何をしていらっしゃったんでしょうか?
ま~さか、どこぞの家の門を破壊するだなんてこと、
いたしておりませんわよねぇ~?」
めいあとまいあは硬直し、みことから顔を背けるのが精一杯であった。
「な、なんのことでしょーめいちゃんぜんぜんわかりませんわー」(棒)
「お、おほほほほ……。め、めい?あなた、また何かしでかしたのかしらー」
みことの話に、たまらず声を荒げてしまう総鳴。
「門を破壊だとッ!ま、まさかお前たちッ!」
「お・父・さ・まッ!!は後程と言いましたが?」
「お、おう……すまん」
(あ~な~た~ッ!!!ことと次第によっては……ブツブツ)
この場は既にみことに支配されており、
誰も口を挟むことはできない。
「で!……どうなんですの?めい姉さま、まい姉さま。
正直に仰らないのでしたら、わたくしにも考えがございます。
金輪際お二人とは口をききません。赤の他人と思ってもらって結構ですわッ!」
「いやぁ~ん!そんなのはだめ~!」
「み、みこ!それはあんまりな仕打ち……」
「でしたら~サクサク喋っていただけますこと?」
不気味な笑みを浮かべ、姉二人を手玉に取るみこと。
姉二人は観念した様子で、“あの”出来事を話し出す。
「まいちゃん……説明してぇ~」
「わ、わたくしが?……あ、あれは、みこがあまりに不憫だったからですわ。
そもそも門前払いという非礼こそが、事の発端です!
葵生家の娘として、当然の筋を通したまでです!」
――バンっ!!!
みことは再び両手をテーブルに叩きつけるも、
不気味な笑顔のままで、目は笑っていない。
「でしたら~門を破壊してもよかったと……そう仰るんですの?」
「ご……ごめんなさいなの~」
「そ、その件に関しては謝罪いたしますわ」
折れるしかない姉二人は謝罪をするも、みことの追求は収まらない。
「それで?彩音家に入って、何をなさったのかしら?
正直にッ!全て仰ってくださいまし」
抗うことを諦めた姉二人は、肩を落としながら話し始める。
「ね、年貢の納め時ですわ~。まいちゃんお願い~」
「もう!めい!……わかりましたわよ。
これから話すことは全て事実ですから、お父様も!よくお聞きになってください」
まいあは、彩音家で起きたこと、
内部の状況、地下施設最深部での当主との謁見を包み隠さず、全てを語った。
――「そうか……知ってしまったんだね。
ま、かく言う私も、全てを把握しているわけではなかったが。斎恩君……」
「さて、お父様。
この状況において隠し事をする意味はないと思いますので、
知っていること“全て”を!話していただけますでしょうか」
「あなた!まさかわたくしにも知らないことを、隠してたりしてないでしょうね!
もしそうでしたら……」
「香苗、大丈夫だ、それはない。
今から話すことは……その様子だとおそらく、
みことはすでに知っていることだと思うが……」
――それから総鳴は葵生家が知りうる、彩音家の内情を語っていった。
文の伝承、研究施設、みことが紫呉から聞いた話とほぼ同じ内容であったが、
一つだけ、初めて聞く事柄があった。
「財の血統?……それが葵生家の源流にあると?」
「ああ、おそらくは『文』『武』『財』。
この源流が、どこかでつながっているに違いあるまい。
葵生家は代々、『財』の系統にて、主に『文』を支える立場の家柄であった。
彩音家への多大な投資はそういうことさ」
総鳴の話を聞いたみことは、一瞬、脳裏にろあんの言葉がフラッシュバックした。
「それよりあんた、みことって言ったっけ?
あんたはかなりイケそうよ。何でか知らないけどね」
「!?ッ……」
この時のみことは、頭の中で足りないパズルのピースが一つ、
はまった感覚を得ていた。
(も、もしかして……これがわたくしの“適応”の理由ということですの?)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「大家族会議」
毎週火曜日19時更新。




