第三章 第八話 俺には通用しねぇ
「バ……バ、ア、ヤ……」
「はい、リン様。“ばあや”はここに。何かご用でしょうか?」
「……キャハ。バァ・ァ・ヤ、バ・ア・ヤ」
「リン様はとても賢こうございますね。
何度でもお呼びになってくださって結構でございます。
私でしたら、いつもお傍におりますから……」
――「紫呉君……。苦労をかけてすまないが、わが娘を……
“リン”を、どうか……どうかお願いする」
紫呉の頭の中に、自分を呼んでいる“幼き頃”のリンの声が聞こえてきた。
同時に、彩音斎恩から託された言葉もフラッシュバックし、
“もはやこれまで”……と、肚をくくろうとしていた。
――「あんた、既に知ってるんじゃねぇのかい?
パッと見だが……要はあいつら、
ただ単に“体力”が伴ってねぇだけに見えるんだがよ。
気合が足んねぇんじゃねえのか?気合が!」
みことは、閃花がいかにも思わせぶりな態度で、
紫呉に迫っていたにもかかわらず、
結局のところいつもの脳筋話で終わったことに、
思わず額に手を当てた。
「はぁ……ちょっと閃花さん!
あなたのような“気合バカ”と一緒にしないでいただけませんかしら?
なんでもかんでも気合、気合って、それしか言うことありませんの?」
燈はいつもの如く、咄嗟に閃花を宥めようとする姿勢に入ったが、
閃花の反応は意外なものだった。
「ふんッ……。彩音に入れ込み過ぎて、
見落としてんのはお前の方じゃねぇのか?みこと。
婆さんの顔をよく見てみろよ。
……結構、いい線突いてんじゃねぇのか?」
「何をおっしゃってるのかよくわかりませんけ……紫呉さん!?」
みことが紫呉の顔を確認すると、
表情は強張り、目はじっと閉じたまま、
歯を食いしばっている様子もうかがえ、体は硬直していた……。
「し、紫呉さん?どうかなさいましたの?
体調がすぐれないようでしたら、
先ほどの医務室に行かれた方がよろしいのでは?」
「失礼いたしました。みことさま、お気遣いいただきありがとうございます。
問題ございませんので、ご心配には及びません」
紫呉は口を開くも、心痛の面持ちに変化はなかった。
「えっと……。閃花?あんたたまにメチャクチャ鋭いところあるけど、
何か気づいたことでもあんの?」
燈が問いかけると、
閃花はソファから背を離し、前のめりで鋭い眼光を紫呉に向ける。
「なぁ婆さん……。あんた、俺のおふくろと昔、
何か関係があったんじゃねぇのか?
似てんだよ……あんたのその所作といい、本心をはぐらかす仕草。
そしてその、内に秘めた猛烈な鬼気。
長年あのバケモンの傍にいて、苦汁を舐めさせられ続けてきたんだ。
知ってるからこそ見逃さねぇ。
あんたのポーカーフェイス、俺には通用しねぇぜ?」
燈もみことも、この時ばかりは、閃花の言葉に固唾を呑んで見守るしかなかった。
閃花に見抜かれた紫呉は――ふッと、全身の力が抜けたように、
穏やかな顔つきに変わり、優しい声色で語り始める。
「東雲閃花殿……。
“母上殿”に似て、非常に直感に優れた方でしたようですね。
逞しく成長されているようで、喜ばしい限りでございます」
「はんッ!やっぱりかよ。で?それは……YES、ということでいいんだな?」
「……お渡ししたい物がございますので、失礼ながら皆様、
少々お待ちいただいてもよろしいでしょうか?」
紫呉は、先ほどの神妙な顔つきとは違い、何か吹っ切れたような、
優しい微笑を浮かべ、閃花の問いには答えぬまま、客間を退室していった。
「ふぅ~ぃ……やっべぇ。あの婆さんと話してると、冷や汗が止まんねぇぜ」
閃花はソファの背に一気にもたれかけ、一先ず安堵した様子で天を仰ぐ。
「ちょっと閃花!あんたいつもはお茶らけてるのに、
こういう時めっちゃ鋭くなるのは何でなのよ!
まったく、常にそうでいてほしいんですけど!」
「ふふふ。少し見直しましてよ“東雲先輩”。
あの紫呉さんと張り合えるなんて、中々できるものではありませんわ」
「ガ~っ!!ごちゃごちゃうっせぇなぁ!俺だってやるときゃやんだよ!
ッてかみこと!腹黒のお前に先輩呼ばわりされるのはむず痒いから、
普通に名前で呼べや!名前で!」
「あら?よろしくて?それでは遠慮なく、
これからは閃花さんとお呼びいたしますわ」
「……な、何かそれもそれで虫唾が走りやがるなぁ……」
「全くもぅ~、可愛い後輩なんだから、
いい加減ちゃんと接してあげなさいってば」
「ぞぞぞ……こいつの何処に可愛い要素があるんだ?勘弁しろって」
「素直じゃないわね!」
「素直じゃありませんこと!」
「けッ……言ってろ!」
そう言うと閃花は茶をすすり、顔をそむけた……
恥ずかしさを隠すので精一杯の抵抗だったことは秘密である。
――「それで……閃花さん、先ほどの紫呉さんとお母さまのお話ですが、
差し支えなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「ああ……かまわねぇ。
端折って言えば、あの紫呉ッつう婆さん……元国防隊上がりなんだろうよ。
しかも俺の母親……東雲京花の上官、もしくは師匠ってとこなんじゃねぇか?」
「ひょえ~、あんたにそんな鋭い洞察力があったなんて!初めて知ったわ。
いつもは場を荒らしまくるだけの、“暴風の権化”みたいな人間なのに」
「おめぇは俺を何だと思ってんだよ!大体、そんな大したもんじゃねぇ。
あのバケモンと一緒に暮らし続けてみろ、誰だって直ぐに気づくってもんだ。
今までそこに座ってた奴が……、
“さらに上を行く”かもしれないバケモンだってことをな」
「閃花さんのお母様には、お会いしたことがございませんので、
よくわからないのですが、そ、そんなに強烈な方でいらっしゃるのかしら……」
みことは少々引き気味に燈に問いかける。
「あたしも一回しか会った事ないけど、見た目は普通なのよね~。
眼鏡かけてて、どこにでもいるような大人しめなお母さんって感じで。
でも閃花の話を聞く限りじゃ、全く違うみたいなのよね」
「おう、みこと!そんなに知りたきゃ、いつでも会わせてやんぜ!
会社に行きゃ大体いるしな。
鍛え甲斐のある有望な奴を連れて行くって言っといてやんよ!」
「つ、謹んで遠慮させていただきますわ。
それより、閃花さんの話が本当だとすると、
紫呉さんは国防隊を退役なさった後に、彩音家の執事長になられたと……、
な、何かあまりにもギャップがありすぎますわね。
そういえば、閃花さんのお母様は、退役時の階級は何だったのですか?」
「ん?たしか~……少佐だったけか?」
「えッーー!?」
みことは、思わず派手過ぎるほどのリアクションをとってしまう。
「みことちゃん?何、そんなに凄い階級なの?
映画とかアニメによく出てくるから、あんまりピンとこないんだけど?」
「ま、まあ、軍にも色々あるとは思いますが……、
一般的に佐官クラスですと、
50歳を超えているのが普通だと、耳にしたことがございますわ」
みことの話を聞いて、燈と閃花は同時に視線を合わせ、首をかしげる。
「ん?」
「え?」
「あれ?おふくろって歳いくつだったっけか?
……40くらいだと思ったけどな~」
「あんたねぇ!お母さんの年齢くらいちゃんと覚えときなさいよ!
……でも、確かに結構若かったように見えたけど」
「多分……閃花さんのお母様は、非常に優秀な方だったのではないかしら?
仮定の話ですが、
そのお母さまの上官だったかもしれないというのが紫呉さんですわね。
あの方は年相応の階級かもしれませんけど」
「まあ、どちらにしろ、おそらく“戦闘術の達人”なのは間違いねぇだろうよ。
おふくろがそうだからな。
普段は感じないが、一度スイッチ入ってみろ、尋常じゃねえ“鬼気”を纏いだして、
一瞬で敵を殺めかねないあの狂気に満ちた感覚。
あーー!おめぇらにも一度、味合わせてやりてぇもんだぜ!」
「遠慮しとくわ」
「御免こうむりますわ」
――年頃の娘三人の会話は留まるところを知らず、時間は流れていくも、
ようやく紫呉が客間に戻ってきた。
「皆様、お待たせしました。
東雲閃花殿、これをお母様にお渡しいただけませんでしょうか」
紫呉は、一通の手紙らしきものが入った封筒を、閃花に手渡した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「家族会議」
毎週火曜日19時更新。




