第三章 第七話:おねえちゃん
目を開き、意識を取り戻した――そう思った。
気が付くとなぜか薄暗闇の中を歩いており、
……遠くからは、男たちの焦った声がかすかに聞こえる。
「いたかッ!」
「まだ発見できません!」
「このままでは……」
何かを破壊しながら、慌ただしく駆け回っているような喧騒の中、
しばらくすると、子供の……何かにおびえている声が聞こえてきた。
「さむい……さむいよう。と、とうさま、かあさま、はやく……」
「!?……誰?――って……ここは何処なのよ!」
声のする方へと足を進めると、“黒猫のぬいぐるみ”を抱きしめながら、
子供が一人、凍えながら横たわっていた。
「さむい……さむいの……こ、こわいよう……」
子供は力なく、弱々しい声を発していた。
「あんた!……大丈夫なの!?しっかりしなさい!」
「……だあれ?……どこにいるの……」
「目の前にいるじゃない!……わからないの?」
「たすけて……“ろあん”おねえちゃん……」
「え!?こ、これって……」
――目を覚ますと、医務室のベッドで寝かされていたことを、
直ぐに理解したろあん。
「ああ……私、気を失っちゃったんだっけ。
しっかし、ここの薬品の匂いはほんと、好きになれないのよねぇ」
自身の体を少しだけグルーミングし、あくびをしながら周りを見渡すと、
隣のベッドにリンが寝かされていることに気づいた。
「あんたもここにいたのね。
今の夢って、リンの……まさかね」
――「10分が限界だったということですの?」
リンとろあんは医務室に運ばれ、安静の状態を余儀なくされている。
みことはリンの容態を見届けたいと懇願するも、
医師からは「ただの疲労で大事なし」とのことで一蹴されたので、
紫呉との話の場を設けるため、燈と閃花とともに彩音家の母屋に移動していたが、
みことの怒りは収まらず、同席していた紫呉を問いただしていた。
「XXCIAを介しての“まほろば”展開は、
技術的に昨年ようやくたどり着けたばかりでございます。
それからお二人のたゆまぬ努力により、
1秒ずつ伸ばすことができ、現状では10分が最長記録でございました。
今回は私の失態により、予定時間を大幅に超えてしまいました。
ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
紫呉は深々と頭を下げ、謝罪した。
「そう言うことでしたら、先に仰っていただければ、
“誰かさん”の無駄話など直ぐにでも切り上げましたのに」
みことはチラっと閃花を横目に見るも、
いつもの反応はなく、腕組みをしたまま沈黙していた。
模擬戦における、燈とのあまりの力量の差に凹んでおり、
余計な茶々が入らない今が好機と捉え、
ここぞとばかりに紫呉に攻勢をかけるみこと。
「紫呉さん、良い機会ですわ、
わたくしが感じた、リンの不自然な点をお話いたしますので、
全て、ご回答いただけますかしら?」
「かしこまりました。
ただし、彩音家としてお話できることに限らせていただきますので、
何卒、ご了承ください。」
「かまいませんわ。
それではまず……リンの、あの“急変”するような様子は何なんですの?
今はもう慣れましたが、わたくしが学園で出会った当初、
急に人格が変わったような様子に、幾度となく驚かされましたわ。
先ほどもそうでしたが、目の色が変わるような……
言葉遣いも変わってしまって。
リンの“あれ”はいったい、何なんですの?」
紫呉は少々、答えづらそうに視線を外した。
「あれは……
先ほどの、ろあんさんとの“共鳴”開始時におきまして、
XXCIAを介しての“思念リンク”……つまり、
脳内会話、とでも言いますか、リン様とろあんさんは、
思念伝達にて“繋がることができる”……その“現象”として、
あたかも人格が変わったように変貌してしまう……
というのが、現時点での見解でございます。
ですが、このことに関しましては、
“当初”の予測からは大きく外れており、
おそらくは……リン様とろあんさんとの相性が、
こちらの想定を上回る程である……としか、
現時点では申すことはできません」
みことは神妙な面持ちで、過去の学園でのリンの変貌を含め、
記憶を辿っている。
「紫呉さんの仰っていることが真実、ということであれば……
リンの態度の急変や、言葉遣いが変わった?時、
ろあんさんと“繋がって”いた?……ということなのかしら?」
「はい……そのようにお考えいただいて結構でございます。
ただ……リン様の尊厳にも関わるお話でございますゆえ、
くれぐれも他言無用にてお願いいたします」
リンのことを慮る紫呉の態度に、
みことも燈も、深くうなずく。
……閃花は、腕組みして瞑想しており、
話を聞いているのかすらわからない。
「紫呉さん、大丈夫よ。
あたしも閃花も、みことちゃんなら猶更のこと、
リンちゃんのそんな大事なこと、口外するわけないわ!」
「燈先輩の仰る通りですわ紫呉さん。
リンのことを守ると決めたわたくしが!
たとえ閻魔大王を敵にしたとして、話すことなどありえません!」
……比喩の意味は分からないが、そのくらいの気概があるのは確かみたいだ。
「それで……紫呉さん?
もう一つよろしいかしら?
先ほどリンがろあんさんのことを“お姉ちゃん”と言っていましたが、
あれは……どういうことですの?」
「そ、そのことでございますか……」
一瞬――紫呉は目を見開き、珍しく驚いた表情をみせた……。
「あれは『黒猫ろあん』という“絵本”の影響にございます。
守猫ろあんさんに引き合わせる際に、彼女は喋りますゆえ驚かせないよう、
あらかじめ“絵本”と言う形で、少しずつ慣れさせておりました。
それもあって、彼女を“姉”と呼び、親しい関係性を構築することが出来ました」
みことはその説明を聞きながら、心拍数が跳ね上がり、
顔を赤らめ手を握りしめた。
(な、何て……“てぇてぇ”世界線!
で、出来ることなら今この瞬間にでもリンをぉ~!)
「おいッ!ちょっと待てやッ!」
幸せの絶頂を妄想していたみことを、現実に引き戻したのは、
凹んでいたと思っていた閃花の一喝であった。
「はッ!?……せ、閃花さん?な、何かしら?邪魔しないでいただけますこと?」
深くソファに寄りかかり、腕組みしながらも、
鋭い眼光でみことを睨む閃花。
「てめぇ、ちょっとはき違えてんじゃねぇのか?
その質問に!奴が倒れたことと、何の関係があんだよ?
よそ様の内情に、他人が土足で踏み込んでんじゃぁねぇぞ!あぁ?」
いつになく“本気”の一喝であった。
場を俯瞰していた燈も、閃花を止める気配はない。
「みことちゃん。気持ちは分かるけど、
今は現状で何が起きて、何をしなければならないのかを話し合うべきだわ。
申し訳ないけど、個人的なことは後日、紫呉さんと二人でやってくれないかな?」
学園に入学して以来、一番身近で誰よりもリンのことを気にかけていたみこと。
当初は、リンの行動と言動に理解が及ばず、
自身も相当、落ち込んでいた時期もある。
先ほど、“守る”と心に決めたが、
心のどこかに溜まりこんだ“知りたい”という欲望に勝てず、
場をわきまえず、己を見失っていたことに、みことは気付いた。
「……と、取り乱しまして申し訳ございません。
燈先輩、ありがとうございます。先輩の仰る通りですわ。
紫呉さん……事の本質を見抜けず、
お見苦しいところをお見せしてお恥ずかしい限りです。
せ、閃花さん……、そ、その~なんですの、仰ってることは理解しましたが、
もう少し、エレガントに振る舞っていただけませんこと?」
閃花は茶をすすり、「けッ!……」と顔をそむけるという、
まるで遥か昔の頑固爺さんのような振る舞いをした。
「まったく……本当に素直ではありませんこと」
顔をそむけた閃花を見るみことの目は、
ほんの少しだけ、朗らかな感情を醸し出していたことは、誰も知らない。
「それじゃ話を先に進めるわよ。
今回の模擬戦で、あたしと閃花の戦闘時間がおよそ4分。
でもこれは一対一であったことと、相手の実力を既に見切っていたという、
好条件によるもの。
そして戦闘前に色々説明やら、閃花が絡んでしまってロスした時間が10分以上。
となると5分オーバーくらいで、二人が限界を超えて寝込んでしまう……
ということになるわね。
まったく、閃花が調子に乗って、
紫呉さんにちょっかい出すからこうなったんじゃない」
「ぐㇷ……。しゃ、しゃ~ねぇだろ、んなこと知ってたらとっくに始めてたぜ」
「燈先輩、お忘れかも知れませんが、先日の学園裏での戦闘もございますわ。
あの時は8匹の“疑似アウター”との対戦でした。
今思い返してみると、二人であれを10分以内に倒せたということになりますが、
それで終了という事になりますわね」
「そっか~……あれがあったわね。
確かに10分以内で8匹……が基準になるにしても……ってあれ?
そういえばあれって、本当はあたし一人で対応する予定じゃなかったんだっけ?
とてもじゃないけど十分以内でなんて片付けられなかったわよ?」
「あの時の目的は、撃破ではなく“凌ぐ”ことにございました。
まほろばの時間制限である十分を迎えた時点で、
疑似アウターは強制的に消失する設計でございましたので」
「じゃあ、倒しきれなくても終了していた、ということだったの?」
「はい。十分間凌ぎ切れるかどうか、それ自体が適応の確認でございました」
「そっか……でもそりゃそうよね。
それ以上の時間経過は二人の“体力”が続かないってことだもんね」
紫呉は……“誰にも”気づかれぬくらいに、
一度視線を逸らすとともに一瞬だけ、その指先がわずかに強張った。
「……燈様、
今回の模擬戦による“疑似アウター”の戦闘レベルは“2”でございました。
これはあくまで推測でございますが、
実際のアウターはそれ以上のレベルになると予想されます」
「そういえば、何やらそんなこと言ってたわね。
!?……ってことは、本物はあれ以上に速いってこと?」
「先ほど申しました通り、実際の“アウター”に関しましては、
現状で攻撃性はございません。
この戦闘レベルというのも、あくまで“仮想値”でありますが、
予測演算での結果では、
“疑似アウター”レベル2よりも戦闘レベルは高いと算出されております。
また、今回の“疑似アウター”は狼型でありましたが、
こちらの想定外の進化や変異をする危険性もございます。
そうなりますと、攻撃パターン等も全く別のものになる可能性もあります」
「な、何か……熊型とかにでもなったらメチャクチャやばくない?
その可能性もあるってことなんでしょ?」
「仰る通りにございます」
会話の空気が暗くなる一方であったが、
燈は何とか光明を見出すべく、話を続けた。
「ね、ねえ!先ずは足元を固めることを考えない?
今は先の話をしても出来ないもんは出来ないんだし」
――「ちょっといいか?」
珍しく閃花が落ち着いた雰囲気で話に割り込んでくる。
「ちょいと引っかかったんだが、さっき燈が言ったときに、
婆さん……スルーしやがったよな?
とどのつまり、その結界?ってのの時間を伸ばす方法……
あんた、既に知ってるんじゃねぇのかい?」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――「俺には通用しねぇ」
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