第三章 閑話 絵本『黒猫ろあん』
彩音家の奥深くに保管されている一冊の絵本がある。
表紙には、黒い猫と、星空を見上げる小さな女の子が描かれていた。
題名は――『黒猫ろあん』
黒ねこのろあんは、人とおしゃべりができるねこ。
でも、それは――
ないしょの おまじない。
いつも夜になると、
さみしくて星空を見上げている子がいないか、
かなしくて泣きじゃくっている子がいないか、
そんな子たちをはげましてあげたいと、
こころのやさしいろあんは、
みまわりをしています。
あるところに、ことばをわすれたおんなの子がいました。
うたうことも、わらうことも、
ありがとうも、ごめんなさいも――
いつのまにか、ぜんぶなくしてしまいました。
ひるまの世界は、なにかをさけぶように、
まっしろでまぶしかったけれど、
夜になると、すこしだけこころがやわらかくなりました。
なぜだかわからないけれど、
だれかにあいたいきもちが
すこしずつふくらんでいくのです。
その日の夜も、おんなの子はひとりで空をながめていました。
お庭のブランコからみあげていると、
星がちらちらしていて、
まるでなにかがふってくるようです。
「なにしてるの?」――
おんなの子がふりむくと、
そこにはまっくろで、つやのある毛なみをした、
一匹のねこがすわっていました。
そのねこは、ゆっくりとたちあがって、
おんなのこのまえまでやってきました。
そして、やさしいこえでいいました。
「あなたが さびしくならないように。
わたしが“おねえちゃん”になってあげる」
それから、夜がくるたびに、
黒ねこのろあんは、おんなの子のもとに あらわれました。
ふたりはなにもはなさなくても、
おなじ星をみて、
おなじ夜のにおいをすって、
ただそばにいるだけで、
こころがぽっと、あたたかくなるのでした。
ろあんは、たくさんのおはなしをしてくれました。
星のうたのこと。
雲のむこうにある町のこと。
しゃべるすずめのことや、
おどる森の木たち。
おんなの子はうなずいたり、
くすりとわらったりして、
少しずつ、まいにちの中で、
ことばとおもいをひとつずつ、おぼえていきました。
けれど、ある夜――
ろあんは、すこしさみしそうにいいました。
「あしたから、もう……ここへはこられないの」
おんなの子は、おおきな目でろあんを見つめました。
なにかをいいたそうな、
でもことばがでてこないような、
そんなかなしそうなひとみに、
ろあんはそっとほほえみました。
おんなの子は、ふるえるくちびるで、
そっと、たったひとことだけつぶやきました。
「……おねえちゃん」
それは、ずっとしまっていたことば。
いちばんはじめに、
いちばんいいたかったことば。
ろあんは、うれしそうに目をほそめて、
おんなの子のひたいにやさしくはなをすりつけました。
おんなの子はそっと目をとじて――
ふたりはなにもいわずに、
星のうたをきいていました。
朝がくるころ、
ろあんはしずかにたちあがり、
空のむこうへあるいていきました。
またひとりぼっちになってしまったけれど。
おんなの子のこころは、
あたたかなぬくもりにつつまれていました。
黒ねこのろあんは、人とおしゃべりができるねこ。
でも、それは――
ないしょの おまじない。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――第七話「おねえちゃん」
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