第三章 第六話 代償
「紫呉!……いい加減、はやく先に進めないと展開を解消するわよ!」
紫呉と閃花のやりとりに、痺れを切らしたろあん。
若干声を震わせはじめ、
消耗具合が激しいであろうことを気付かせるには十分であった。
リンにも同じような症状が見て取れ、
額には汗がにじみ、若干ではあるが肩で息をきるような仕草を見せていた。
「大変申し訳ございません、手早く最終段階へと移行させていただきます」
その言葉を発した途端、紫呉の表情は急変し、
今までの穏やかさは消え、不穏なオーラを漂わせ始めた。
じゃれついていた閃花であったが、
野生の本能が急ブレーキをかけてきたのを察知し、
瞬時に大人しくなるのであった。
「い、いきなりなんだよ婆さん。そんなに氣をあてるこたぁ~ねえだろ……」
「こ~らぁ、閃花。紫呉さんを困らせないの。大人しく話をききなさいってば」
「燈様、お気遣いいただきありがとうございます。
それでは気を取り直しまして、再度“疑似アウター”を出現させますが、
今度は、戦闘モードを設定しますので、
燈様、可能でしたら閃花殿も加わっていただき、
戦闘訓練を実施したいと存じます」
紫呉は手早くXXCIAを操作すると、再び“疑似アウター”が出現した。
「前回、お二方に戦っていただきましたレベル設定は“2”でございます。
今回も同じ設定になりますので、お一人ずつお願いいたします」
「よっしゃー!燈!俺が先に行くぜ!一気に片づけてやんよ!」
燈を押しのけ、閃花は我先にと勢いよく飛び出し、“疑似アウター”と相対する。
「ちょッ!まったく……節操がないんだから!
張り切りすぎて、ケガするんじゃないわよ!」
あきれ顔の燈をよそに、閃花は自信満々の笑みを浮かべた。
「へッ!やっとこさ暴れられるんだ……全開でやってやんぜッ!」
紫呉は閃花が構えたところを確認すると、右手を高く上げた。
「それでは……開始いたします――始めッ!」
紫呉の合図とともに、“疑似アウター”は先ほどまでの静止していた時と違い、
一気呵成に閃花に向かって突進していく。
「へッ!前ので動きは掴んでんだよ!突進するだけじゃ……俺には勝てねぇー!」
閃花は迫りくる疑似アウターの突進を、紙一重でかわす。
続けざまの二撃、三撃も軽快な身のこなしで避け切り、
口元には余裕の笑みが浮かんでいた。
「へッ!その程度かよ!」
前回の戦闘での経験が生きているのか、
閃花の動きは的確に攻撃をかわし続けることができていた。
しかしなぜか、なかなか反撃へ移る隙を作れない。
疑似アウターは、まるで閃花の動きを読んでいるかのように、
拳を振り抜こうとした瞬間には離脱し、常に間合いの外へと逃れていく。
「チッ!すばしっけぇ~な!」
――この時の閃花は気づいていなかった。
前回は、一瞬の判断ミスが命取りになり得る実戦さながらの戦い。
無意識のうちに本能が極限まで研ぎ澄まされていた。
だが今回は模擬戦。
疑似アウターの性能は同じでも、
心のどこかで“安全圏”から抜け出せていなかった。
つまり、閃花最大の武器とも言える"野生の本能スキル"が、
まだ発動していなかったのだ。
――閃花と疑似アウターの攻防は続いている……。
見学していたみことは、紫呉に何の気なしに質問をぶつける。
「そういえば紫呉さん、今更なのですが。
何で……閃花さんはアウターに触れることができましたの?
そもそも、この結界内での効果は、“適応者”以外は効果がなかったのでは?
先ほどろあんさんは、閃花さんには“素質”がない?と仰ってませんでしたか」
みことの問いに、少しだけ沈黙する紫呉。
「みこと様……」
神妙な面持ちで話を切り出す紫呉に、みことは一抹の緊張感を覚える。
「は、はい……なんでしょう?」
「“わからない”のです……」
「え!?……わ、わからない?どういうことですの……それは」
想定していた真逆の答えに、みことは戸惑う。
「“疑似SDT”での解析でも、ろあんさんの見立てでも、
明らかに閃花殿には“適応性”はございません。
ろあんさんが仰った、“相性の良い守猫”がいれば、
話は変わってくるのですが……。
現状では、全く理解不能な現象なのでございます」
「解析でも判明しない……そ、そのようなことでよろしいのかしら……
燈先輩、どう思われまして?」
話を燈に振ろうとしたみことだが、
燈は閃花と疑似アウターの戦いに集中しており、みことの声は届いていない。
「あ、燈先輩……恐ろしいくらいの集中力ですわね」
「みこと様、この件に関しましては、
閃花殿にはご内密にしていただけませんでしょうか。
今後、多角的な分析を継続していきますので」
「しょ、承知いたしましたわ。
まあ、あの方の性格ですから、余計なことは仰らない方が、よろしいと思います。
……調子に乗ると手が付けられませんから」
そうこうしていると、閃花の激しい声が施設内に響き渡る。
「どぉりゃーーーッ!」
閃花の掛け声が響き渡ると同時に、疑似アウターの体が霧散していった。
「ぜぇ……ぜぇ、たった一匹でこれかよ……クソがッ!
……あ~しかし、やっぱ早えなぁ~。
なかなかクリティカルを打ち込めねぇ~。
……何かこの前とは感覚が違ぇんだよな」
額から流れる汗を腕で乱暴にぬぐい、
膝に手を突き、呼吸を整えようとするも思うように息が戻らない。
何とか勝つことができたが、
苦戦を強いられたといってもいい内容であった。
閃花は、“その違い”に気付くことなく、ただ困惑していた。
「次に参ります……燈様、お願いいたします」
紫呉が再びXXCIAを操作すると、即座に“疑似アウター”が現れた。
燈は所定の位置に着くと、深く呼吸を整え、身を低めに落とし込み、
静かに脇に挿した木刀に手を添えた。
構えは得意の“居合の型”。
静まりかえる周りの空気に溶け込むかのように、
目を瞑って集中している燈の姿は、
“自然体”そのものであった。
――閃花は燈の様子を見て、ニヤリと呟いた。
「あ~気合入ってんなぁ……悔しいが、こりゃ瞬殺だわ」
みことは、閃花に向かい薄ら笑いを浮かべる。
「あなたがあんなに苦戦したほどですのよ?いくら燈先輩でも……」
「それでは……開始いたします――始めッ!」
紫呉の開始の合図が響いた直後の一瞬だった。
「皐の型!白閃!!!」
『シュパンッ!!!』
放たれた抜刀は、猛烈に襲い掛かってきた“疑似アウター”を一閃。
その体は瞬時に真っ二つとなり、白い粒子となって霧散した。
みことは視線を戻すも、立っているのは燈一人であった。
「え!?……な、何がおきまして!?」
「クソが……見せつけてんじゃねっての。……ま、流石だぜ」
閃花は悔しさを嚙みしめるようにうつむき、拳を握りしめる。
戦闘開始、一秒にも満たない刹那の圧勝……。
片や、動きを掴んでいたものの、数分動き回り、息が絶え絶えの辛勝。
現時点での自身の立ち位置を、残酷なまでに思い知らされた閃花であった。
「それまでッ!……ろあんさん、リン様、お疲れさまでございました。
“まほろば”を解除して頂いて結構でございます」
「ぜぇ、ぜぇ……やっと終わってくれたわね。リン!解除するわよ」
「う……うん、お姉ちゃん」
紫呉の指示により、ろあんとリンは解除を行うも、
疲弊のためその場に倒れこんでしまう。
先ほどまでの結界のようなものは消え去り、
まるで転移したかのように、施設内の光景が戻ってきた。
いきなり気を失ったかのように崩れ落ちたリンは、
息も粗く、顔色も血の気が引いていた。
「リン!大丈夫ですの!?」
みことはリンの状態を瞬時に察知し、
一目散にリンへと駆け寄り、抱きかかえる。
「だ、大丈夫なのだ。ありがと……みこと」
そう言うとリンは、気を失ったようにみことの腕の中で眠りについた。
長距離走を走り終えた後の疲弊した様相で、
そのまま眠りについてしまったリンを抱きかかえながら、
みことは、納得がいかないような強い眼差しで紫呉を睨む。
その形相は、今までに見たこともない程の鬼気迫るものであった。
「紫呉さん。……これは一体どういうことなのかしら?
リンにこれほどの負担がかかること、ご存じだったのでは?
返答によっては葵生家として、正式に抗議いたしますわ!
今までのような有耶無耶な回答は絶対に許しません!
納得のいく説明を要求いたします!」
先ほどまでの紫呉への苦手意識などどこ吹く風、
凄まじいまでの気迫を紫呉にぶつけるみこと。
「ちょっと待ちなさいよ……」
口を開いたのは紫呉ではなく、隣にいたろあんであった。
自身も一度倒れ込むも、リンの状況を心配し紫呉に指示を出す。
「その前に、紫呉!直ぐに救護班を呼びなさい。
みことって言ったっけ?
あんたも色々と、言いたいことはあるんだろうけど、
先ずは“妹”を休ませるのが先よ。いいわね?」
「妹!?……わ、わかりましたわ!わたくしも手伝います。
早くリンを治療できる場所へ運びますわよ!
閃花さん!あなた“バカ”力があるんですから、
リンを運んでくださいまし!」
「バ、バカ……んの野郎……ちッ、しゃ~ねぇなぁ。
婆さん!俺が運ぶから案内しな」
「みなさま、迅速なご判断ありがとうございます。
それでは先ほどのエレベーターにて、
地下二階にある医務室までお願いできますでしょうか」
紫呉の案内のもと、閃花はリンを抱きかかえ、
みことも同行しエレベーターに向かう。
「あたしも一緒に行くわ!」
燈も後を追おうとした時、後ろからろあんの声が一瞬かすかに聞こえた。
「ちょっ……と、待っ……」
ろあんは燈へ手を伸ばそうとするも、届くことなく力尽きる。
燈が振り向くと、その場に崩れ落ちたろあんの姿があった。
「え?……ちょっと!うそでしょ!?」
燈は一目散にろあんに駆け寄ると、そのまま抱き上げエレベーターへ急いだ。
「い、医務室に連れてかなきゃ!」
――燈に抱きかかえられている最中、
ろあんは、薄れゆく意識のなかで、何か“懐かしい”ものを感じていた。
(……この愛おしい匂い。私の記憶じゃないわ。
そう……《陵》のね。
この子にこだわる理由……そうだったのね)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次回――閑話 絵本『黒猫ろあん』
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