第三章 第五話 言霊のまこと
――閃花とみことの言い争いは、
リンを巻き込みながら終息の気配はまるでない。
「さて……いささか、困りましたね。
……そういえば、真剣はございませんが、燈様にご使用いただけるようにと、
木刀を準備しておりました。お使いになりますか?」(ニヤリ)
めずらしく紫呉の表情が緩み、
あからさまに楽しんでいるようであった。
「ナイス!紫呉さん!それ、ちょっと貸してもらえるかしら?」
燈は紫呉から木刀を受け取ると、
不気味な微笑から般若のような顔つきに豹変する。
さらに、最大限に威圧を与えるよう上段に構え、
異様なオーラを醸し出し始めた。
「おめぇ~はいっつも何だかんだ……ッ!!」
「あなたのその不遜な……ッ!!」
「お、およよよ……」
リンは先ほどからみことにいい様に振り回され、
腕の中で目を回している。
ヒートアップしていた閃花とみことであったが、
ただならぬ異様な気配を察知し、身の危険を感じ取った二人は、
燈の方へとゆっくり顔を向ける。
そこには、尋常ならざる形相とオーラを放ち、
今にも斬りかかろうとする燈の姿が、二人の目に飛び込んだ。
「燈ッ!ま、待て待てぇー!」
「燈先輩ッ!……きゃー!」
問答無用と言わんばかりに威圧する燈。
「二人とも……覚悟はいいわね?
――神楽坂一真流、師走の型……駆影斬!」
二人は恐れ慄き、うずくまり目をつぶってしまう。
『シュッ!シュッー!』
不気味な風切り音が聞こえるも、
閃花もみことも、自身の体に変化は感じず痛みもない。
恐る恐る目を開けると、先ほどの視線の先に燈はおらず、
視界から消えていた。
直後、背後より恐ろし気な声が聞こえる。
「二人とも、次は急所に入れるから……」
「うぎゃー!いきなり後ろからささやくな!」
「ひぃー、か、勘弁願いますわ!」
燈は木刀を床に『ドン!』と打ち付けると、腰に手を掛け、
二人を睨んだと同時に一喝する。
「二人とも!正座!」
燈の声が施設内にこだまする。
「お、おう……」
「はいッ!」
「お……おろろ」
閃花とみことは、しおれた花びらの如く、その場で大人しく正座した。
リンはみことの腕から解放されるも、
振り回されていたことで目を回しており、たまらず崩れ落ちてしまう。
「まったく、これで何回注意した?今日は何のためにここへ来たの?
邪魔するなら、今すぐ帰ってもらっても良いんだけど?んッ?」
――結局。
燈の説教は三十分以上に及んだ。
ようやく場の空気が落ち着いた頃には二人は放心状態で、
言い争う気力も残っていなかった。
この時紫呉は、一度も話を遮っておらず、
ただただ、状況を眺めていた。
若さ故であろうか、燈たち三人の行動は幼さを感じさせるも、
過ぎ去った過去を思い出すには十分なくらいに、
紫呉にとっては眩しく、感傷に浸るに足るほどであった。
表情は変えずとも、その眼差しはひと際優しさにあふれ、
三人の“瞬間”を見守っていた。
――ふと我に返った紫呉は、足元をポンポン叩かれていることに気づく。
痺れを切らしたろあんが、紫呉の足を叩いていたのだ。
「……ちょっと紫呉?……ちょっとー!
いつまで好きにやらせてんのよー。
まったく、待たされてるこっちの身にもなってほしいもんだわ」
「ごめんなさいね。柄にもなく惚けてしまいましたね……」
ようやく一段落ついたことを見計らった紫呉は、本来の説明に入った。
「……さて、みなさん。ひとまず落ち着かれたようですので、
次に“アウターの実体を捉える”手段をご説明いたします」
しょぼくれながら正座している二人に、燈が声を掛ける。
「ほら!二人とも。ちゃんと立って、紫呉さんの話を聞くわよ」
「お、おう……」
「はい……承知いたしましたわ」
閃花とみことは立ち上がり燈に並ぶと、
紫呉の説明に耳を傾けた。
「それではリン様、ろあんさん、こちらへ」
リンは燈の説教中に目を回していた状態も治まり、何とか回復していた。
「う、うむ……」
「ま~たく、いつまでも待たせるんじゃないわよ」
リンとろあんは紫呉の隣に立ち、リンはXXCIAを紫呉より受け取る。
「まあ、先に説明するより、とりあえず一通り見てもらいましょうか。
リン!いくわよ!……“思念リンク”開始!」
ろあんが指示を出すと、リンはXXCIAを操作し始めた。
XXCIAより照射したレーザー光のようなものが、
リンの眼をスキャンニングしている。
虹彩認証らしきものが終わると、リンは再びXXCIAを操作し始めるが……
その口調はいつものものとは違い、まるで別人格で進められていく様に、
三人は呆気にとられてしまう。
燈と閃花は思わず息を呑み、みことは不安そうにリンを見守る。
「思念リンク完了。続けて、XXCIAによる空間トレースモードを起動。
封術プロトコル、エミュレート開始。
虚次元より量子コードを転送……第八首召喚!」
リンの詠唱が響くとXXCIAが反応を示し、
空中に札のホログラムが浮かび上がる。
映し出されたのは『百人一首・第八首、喜撰法師』の札であった。
「“お姉ちゃん”……後はよろしく」
みことは、リンの変貌に衝撃を受ける。
(え!?この表情はあの時の?
……お、お姉ちゃんって!?どういうことですの!)
みことはリンと出会った当時のことをフラッシュバックした。
学園で見せていた、あの急に切り替わる表情や雰囲気が、全く同じだったのだ。
(!?ッ……もしかして、これが守猫との“共鳴”ということですの?)
一方、ろあんは全体が瞳の色と同じく、
エメラルドグリーンにぼんやり光っており、
眼を瞑り集中していたが、何かに目覚めるが如く眼を見開く。
「……まかせなさい!
――ことのね、ただ顕わしにあらず。
そは……常しえに継ぎし、ことわりなり。
百魂の楔が一、今ここに解き放たん。
『わが庵は 都のたつみ しかぞすむ、
世をうぢ山と ひとはいふなり』
“第八のまこと”解放!……『まほろば』展開!!」
ろあんの絶唱とともに、XXCIAに映し出されたホログラムの札の光がゆらぎ、
一気に周りの空間へと広がっていく。
拡散された光は前回同様に、薄暗い結界のようなものを形成し、
直ちにそこにいる全員が包み込まれた。
施設内にいたはずなのに、まるでどこかに転移させられたかのような、
囲まれた範囲外の景色は完全に遮断され、空間の歪みが生じていた。
「こ、これは……この前見た結界のようなものね」
「はッは~ん!いいね~ぞくぞくしやがるぜ!」
燈と閃花は以前にも体験していたため、冷静でいられたが、
みことは“まほろば”の内側へ入るのは初めてであったため、
思わず身震いしてしまう。
「こ、この結界は、リンとろあんさん……
適応者と守猫との“まことの共鳴”によって生まれたもの……ということですわね」
「ご説明いたします」
紫呉が静かに語りだした。
「みこと様の仰る通りでございます。
守猫ろあんさんに受け継がれた“まこと”は、
長年の研究によりXXCIAを介して、一時的に解放可能となりました。
今見ていただきましたのは……簡単に申しますと、“扉”と“鍵”。
XXCIAが“言霊のまこと”としての器……すなわち扉を準備し、
ろあんさんの“まこと”が、鍵の如くこじ開ける。
ただし、その発動には“適応者”たる人間――
すなわち、ろあんさんとの共鳴が不可欠でございます。
また、この結界内においても同様に、
守猫との共鳴が必要となりますゆえ、
対象外の方がこの空間にいても、効果はほぼ得られません」
「まッ、そういうことね。
ちなみに、私が《陵》より受け継いだ“言霊のまこと”は、
百人一首・第八首の喜撰法師の句で、能力は結界形成。
その名も――“まほろば”。
この結界内であれば……まぁ、ありていに言うと、
いろんなバフ効果が得られるってわけ」
ろあんは、先ほどまでの気だるそうな態度と違い、
少々、興奮状態にあるように、見受けられ、
脅威を前にするような威嚇体制を取っていた。
「さて、これで“疑似アウター”への接触、
もしくは攻撃も可能となります。
燈さま、どうぞ触れてみていただけますか?」
「う……うん、それじゃあ」
燈は手を伸ばし、恐る恐る触れようとした……その時、
「おう!俺にも触らせろや!」
突然、閃花が割り込むようにして、燈より先に疑似アウターへ触れた。
「ちょ!ちょっと!あんたねー。全くガキなんだから」
「お!おおお!感触があるぞこれ!なんだ!この感じはよ~」
「ほ、本当だ!触れるわ!みことちゃん!みことちゃんも触ってみなよ!」
「よ、よろしいのかしら……。それでは遠慮なく失礼いたしますわ。
……まぁ!ちゃんと感触がありますわ!」
霧の野獣のようなものに、三人がこぞってペタペタ触っている様は、
傍から見ると、とてもカオスな空間であった。
「はは!こいつ表情が変わらねぇぞ、おもしれ~」
「ちょっと閃花!顔にいたずらしないの!」
「ん~なんですの?この不思議な感触は……く、癖にな……」
……年頃のせいか、直ぐに本題を忘れ、わちゃわちゃ脱線してしまう。
「ちょっと!!あんたたち!遊んでるんじゃないわよ!
こっちは維持するの大変なんだからね!
紫呉!早く次いきなさいっての!まったくもう!」
“まほろば”の展開に際し、“体力”の消耗が激しいのか、
ろあんは明らかに不機嫌そうな感じであった。
「失礼いたしました。
では続きまして、この疑似アウターは動かしませんので、
燈様、先ほどの木刀にて一手、打ち込んでいただけますでしょうか」
「え、いいの?じゃあ……遠慮なく」
燈は再び木刀を構え精神統一する――
一刀!
「せいッ!!」
燈が疑似アウターへ一刀を入れると、
白い粒子が霧散するが如く、消えてなくなっていった。
「な、なんか……不思議な感触なのよね~。
この前もそうだったけど、現実世界では味わえない感触というか……」
それを見ていた閃花は、興奮が抑えきれない様子だ。
「か~ッ!!!婆さん!俺にも!俺にもやらせてくれよ!燈ばっかずるぃ~ぞ!」
閃花は子供のような満面の笑顔と言動で、紫呉にせがんだ。
みことは、閃花の紫呉への呼び名に再び反応し、
怒りが爆発しそうになったが、咄嗟に燈が首を横に振りながら抑制した。
「みことちゃん……やめときなさいって。あれはもう何言っても無駄だから。
ただね、一線を越えようもんなら……
あたしが責任をもって奴をぶった切ってあげるから♪」
「お、おほほほ……その際には“是非とも”よろしくお願いいたしますわ~♪」
「あははは!」
「おほほほ!」
二人がたった今、共同戦線を結んだこともつゆ知らず、
目を輝かせ紫呉に頼み込んでいる閃花であった。
一方、ろあんは苛立ちをあらわにしていた。
「まったく!いつになったら次、始めるのかしら!」
「お、お姉ちゃん……頑張って」
リンとろあんを蚊帳の外に、脱線ばかりしてしまう燈たちなのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
リンとろあんにより解放されし『言霊のまこと』。
しかしそれには意外な盲点があった。
次回――「代償」
毎週火曜日:19時に投稿中。




