第三章 第四話:アウター
「これより訓練場へ移動願えますでしょうか。
実際に、対アウター戦におけるレクチャーをしたいと思います」
紫呉は立ち上がり、皆に続くよう促した。
「おっしゃーーッ!!!気合一発!ぶちかましてやんぜッ!」
閃花は勢いよく立ち上がり、両拳を勢いよくぶつける。
「ちょっと閃花、やる気なのはいいけど、あんまり嵌め外すんじゃないわよ?
みことちゃん?あなたは大丈夫なの?」
「お気遣いいただきありがとうございます。
わたくしのことでしたら心配いりませんわ。
どのような試練が待ち受けようとも、リンを守ると決意いたしました。
葵生家の娘として、いかなる困難も乗り越えてみせますわ!」
みことの眼差しは力強く、揺らぎひとつ見えない。
(閃花は閃花、みことちゃんはみことちゃんで、
それぞれ肚をくくったみたいね……。
あたしも、負けてらんないわ!)
燈は自然と、両手の拳を握りしめていた。
そんな燈の様子を見透かしたかのように、ろあんが声を掛けてきた。
「まぁ、そんなに気合を入れなくてもいいわよ。
今日はあくまでレクチャーと模擬戦なんだから。
ただ、手順だけはしっかり頭に叩き込みなさい……ふぁ~ァ」
眠そうな声で燈たちに語るろあん。
猫特有?のユルさが、燈たちの緊張をほんの少しだけ、ほぐしてくれた。
――屋敷奥の行き止まり。
隠し扉にあるエレベーター手前まで、紫呉に案内される。
「ん?婆さん、行き止まりみてぇだが、何かあんのか?」
紫呉は行き止まりの壁にある、隠しボタンを押すと、
壁からエレベーターの入口が出現した。
「皆様、これよりエレベーターにて地下へ参ります。
一つだけご留意いただきたいのですが、
この先の出来事は、一切、他言無用に願います」
「もちろん、そのつもりよ、閃花もみことちゃんも大丈夫よね?」
「はんッ!んなこたぁ~聞くまでもねぇだろが。
しっかし、地下に訓練場なんて、中二病臭がたまんねぇ~なぁ、おい。
……柄にもなく武者震いしてきやがったぜ」
「わたくしもだいじょうぶですわ。
紫呉さん……姉様達も地下に行きましたのかしら?」
「はい、最下層にある当主様の部屋で、会談いたしましてございます」
「……そ、そうでしたの」
(まったく、姉様達ときたら、そんなこと一言も話されないんですもの。
帰ったら問い詰めないといけませんわね!)
しばらくすると、エレベーターの扉が開き、全員乗り込む。
いの一番に気が付いたのはみことであった。
「ち!地下32階!!!……ここは一体、何ですの!」
「ん?……なんだ?そんなに凄ぇもんなのか?」
「よ、よくわかんないけど……何か凄そうね」
「いちいちあんまり騒がないでくれる?姦しいったらないわ」(ぷんッ)
ろあんは自分で歩くのが怠いのか、紫呉の肩に乗っかっていた。
三人の喧騒をよそに、紫呉は平然と説明する。
「本日は、地下五階にある訓練場に参ります」
地下五階までの下降中、正面扉から各階が通り過ぎる際に、
研究施設および、研究員らしき存在が視認でき、
その規模の凄まじさに反応したのはみことであった。
「え!?人が?……そ、それになんていう規模ですの!
これが、地下32階まであるというのですか?」
「な、何だか……凄そうなところよね……よくわかんないけど」
「燈……心配すんな。俺もだ」
地上から離れていくにつれ、燈はどこか現実から切り離されていくような、
不思議な感覚を覚えていた。
そうこうしてるうちに、地下5階へ到着し、
研究施設然とした殺風景な通路をまっすぐ歩くと、
無機質な扉が道をふさいでいた。
紫呉がIDカードを通すと扉は開き、中に足を踏み入れると、
学園の体育館の倍以上はあるかと思えるほどの、広大な空間が広がっていた。
――奥の方に一人、ポツンと佇む少女。
「リンッ!!!」
中に入るや否や、みことはリンの存在を一瞬で見抜き、
大声で叫ぶとともに、リンのもとへ走り出した。
「ん?みことか?……どうしたのじゃ?何でここにおるのかのう」
みことはリンに走り寄ると、そのまま力いっぱい抱きしめた。
「あぁ……リン!会いたかったですわ!ずっとここで待っていましたの?
寒かったのではなくて?全く紫呉さんたらひどいですわ!」
「わわわッ!い、痛いのじゃみこと!どうしたのじゃ?なぜここにおる?」
何年も会っていなかった恋人が、久しぶりの感動の再会……よろしく、
燈と閃花……と、ろあんは、呆気に取られている。
「あ~……あの子、大丈夫なの?依存症か何かじゃないの?」
燈と閃花にジト目で訴えかけるろあん。
「き、気持ちは分からないでもないかな~、
ちょ、ちょっとだけ拗らせちゃってるけど」
「“ちょっと”かよ!昨日、学園で会ったばかりじゃねぇのかよ。
一体、あれのどこがお嬢様なんだ?
ったく、人にはいちいち絡んでくるくせによ~」
――全員が室内の中心へと集まり、紫呉は頃合いを見計らうと説明を始めた。
「……さてみなさん、これより疑似アウター戦における、
戦闘訓練を実施いたします」
燈は少し緊張気味なのに対し、
閃花は待ってましたと言わんばかりに目を輝かせている。
みことは……先ほどからずっと、リンを抱きしめたまま離さずにいた。
「それではまず、先日戦っていただきました“疑似アウター”を出現させます。
前回はろあんさんに手伝っていただきましたが、
訓練室内の設備とXXCIAを使用して、同様の環境を再現いたします」
紫呉はXXCIAを取り出し、慣れた手つきで操作を始める。
「疑似SDTとのリンク……完了、施設内デバイスとのリンク……完了。
空間認識モード……発動開始、虚次元形成によるラグを測定……。
次元境界よりニューロン量子場を触媒に疑似アウターを展開します。
……展開」
紫呉の号令を皮切りに、施設内の機器から白い霧のような粒子が噴き出し、
同時にXXCIAから強力なレーザーにも似た光束が照射された。
霞む影を照らし始め、やがて以前みた“狼のような野獣”が形成されていく。
「これは!この前見たのと同じ形……これが“アウター”なのね」
「おお!!!こいつぁ~いかした演出じゃねぇかよ!」
完全に形を成した状態になり、紫呉が説明を再開する。
「こちらが前回、お二人が戦闘した“疑似アウター”と同じものになります。
現在は指示を与えておりませんので、襲ってくるということはありません」
「な、なんだか、じっくり近くで見ると、
形はともかく“霧の映像”……みたいな、何か“チカチカ”してない?」
「燈様の仰る通りでございます。
俗に言う“グリッジエフェクト”のようなもの……記録によると、
実際の“アウター”にはこのようなエフェクトがかかっていた、との報告があり、
バースト演算の解析結果では、
何かしらの“バグ”によるものと推測されております」
「いいね~!いかにもって感じじゃねぇかよ!敵はこうじゃなくちゃな!」
「紫呉さん、先ほど仰っていましたが、
この状態では触れる?ことはできないということでよろしかったかしら?」
みことは、あいかわらずリンを抱きしめたまま……なぜか半泣き状態でいた。
「おめぇ~はいい加減、彩音から離れろや!
しかもなんで半ベソかいてんだよ!」
「あ!あなたに理解されなくても構いませんわ!
ガサツ人間には一生かかっても到達できない境地でしてよ!」
「あんだと!コラぁー!!」
「何ですの!」
「みこと……い、痛いのじゃ~離してたも~」
再び始まった痴話げんか?に、いい加減、燈も介入を諦めた。
「紫呉さん!こいつらのことはほっといて、続けてもらえます?」
「承知しました。先ほど、みことさまのご指摘にありました件ですが、
燈さま、実際に触れてみていただけますか?」
「……う、うん」
燈が“疑似アウター”に恐る恐る近づき、右手でそっと触れてみた。
「うわぁ!感触がない!……え?嘘!?き、霧そのもの……というより、
霧に映りだした映像?みたい!」
「はい、通常の状態ではこのように、ただの“霧の映像”のようなもの、
見方によっては、“幽霊”等の怪奇現象的にとらえられる恐れもあります」
「……はッ!い、言われてみれば……し、紫呉さん!急に変な事言わないでよ!」
“その手の話”が苦手な燈は、何かを思い出したかのように、一瞬たじろぐ。
「あっ!そう言えば紫呉さん、根本的な質問なんだけど、
このアウターって、何もしないと今みたいに触れることすらできないんでしょ?
てことは、向こうからも攻撃できないんじゃないんですか?
……わざわざ“実体”として捉える必要ってあるのかなぁ?」
「現時点で攻撃性が確認されていない、というだけでございます。
“攻撃してこない”と断定する材料はございません。
万が一、向こうから干渉してきた場合、対抗手段がなくては手遅れになります。
すでに有効と思われる手段がある以上、
備えておくのは当然の危機管理でございます」
燈は小さくうなずいた。
言われてみれば確かにその通りで、
危険が起きてからでは遅いというのは道理だ。
「そ、そうよね……こんな訳わからないもの、
いつどこでどうなるか分からないものね」
「それでは実際に、ろあんさん協力のもと、
“実体を捉える”ことといたしましょう。
その前に……あのお二方は、いかがいたしましょうか?」
閃花とみことは、リンを巻き込みながら言い争いを続けていた。
みことはリンを、自分のぬいぐるみのように抱きかかえ、
リンはなされるがままであった。
――終息する気配は全くない。
「……ねえ、ろあんちゃん?雷撃魔法とかー使えないの?」
「はぁ~?そんなファンタジーなこと出来る訳ないでしょ!」
「そっか~……じゃあやっぱり、あたしが“斬る”しかないか♪
紫呉さん!“真剣”お願いしま~す!」
「シャーッ!そんな物騒なもん、この地下施設にあるわけないじゃない!」
「さて……いささか、困りましたね」
紫呉はそうは言いながらも、顔色は穏やかで、
どこかこの喧騒を楽しんでいるようであった。
――訓練開始まで、もう少し時間がかかりそうである。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
少しずつ明らかになってきた『アウター』という存在。
しかし、それが本当に“危機”なのかどうかは、まだ謎に包まれたまま。
そして、ついに明かされる百人一首に込められた力の一端。
次回――「言霊のまこと」
毎週火曜日:19時に投稿中。




