第三章 第三話:霧中の光明
「さて、みなさん落ち着きましたか?」
燈を挟んで座っている閃花とみことは、
借りてきた猫のように、大人しくしている。
「ま~……な、なんだ、話を戻すが婆さん、
危機っつうからには、敵がいるってことなんだよな……」
隣の燈をチラ見しながら、恐る恐る紫呉に質問をする閃花。
「いえ、その事に関しましては、予測演算でも見えてきておりません。
ただし、彩音家には長年の蓄積における「行動規定」なるものが存在し、
現在の予測値は「B判定」でございます。
既に『政府機関への優先報告義務』、『五大財閥への告知義務』、
そして現状の最優先事項は、
『言霊のまこと』に“共鳴”できる人物の選定にございます。
その“二人目”が『神楽坂燈』殿……というわけでございます」
燈は自身の名を聞いても、まるで別人のことのように感じていた。
紫呉の説明で、いの一番に反応したのが、みことであった。
「!?ッ……もしや、“一人目”というのは、リンではありませんこと!?」
「その通りでございます。
ですが、リン様に関しましては、後ほどご説明させていただきます」
紫呉の冷徹な返答に、顔が引きつるみこと。
「でもよー!何で燈なんだ?どうして“その”存在だとわかったんだよ」
閃花の純粋な疑問に紫呉は口を噤んでしまうも、
テーブルの上で丸まっていたろあんが口を開く。
「《陵》よ。
さっき紫呉が『白い影の導き』っていってたでしょ?
彼女が武の継承家系である、あんたを選んだの。
もうその存在には気づいてるんじゃないの?」
燈は全身が凍るような衝撃を感じた。
これまで夢か幻だと思い込もうとしていた“白い影”。
だが今、その存在が現実のものとして語られている。
「……白い影?的な存在じゃない?」
「そうね、白……というより白銀ね。
でもまだ姿を現してない所を見ると、あんたもまだまだみたいね」
「うぐッ……いたい所つくわね」
己の未熟さを見透かしてきたかのようなろあんの言葉に、
妙に納得してしまう燈。
「かくいう私も、《陵》に頼まれて彩音家に来たんだけどね。
いろいろこき使われて大変だったわー」(チラッ)
ろあんは、紫呉に当てつけるように、横目で視線を送る。
そんな視線も意に介さずにいる紫呉が、話を仕切り直す。
「さて、先ほどの『特異な危機』に関してですが、
具体的な事はつかめておりませんが、
現在、『不可思議な現象』として表れ始めているかもしれません」
閃花は待ってましたと言わんばかりに、身を乗り出す。
「おッ!何かあんのかよ!早く話せや婆さん」
「東雲閃花!いい加減に……」
みことが嗜めようとした瞬間……燈が立ち上がり、
不気味な笑みを浮かべながら指をポキポキ鳴らし始める。
「お~……落ち着け燈!わかった!わかったから!なッ」
「ひ~ッ、あ、燈先輩……と、とりあえず座り直しませんこと?」
二人を睨みつける燈。
「これが……最後~だからね♡」
「お、おう!」
「は、はい……」
ろあんは見ていられないといわんばかりに、再び丸くなって眠りだした。
――紫呉が説明を再開する。
「先日の適応者選定において戦っていただきました、
霧のような野獣の姿をした存在、
財閥系観測班では『アウター』と名付けておりますが、
あれはあくまで『疑似的』なものであります。
現在、極秘情報ではありますが、主に山間部の限られた地域にて、
主に濃霧発生時において、実際の『アウター』の目撃情報を得ております」
「え!?……あの妙な手応えの、霧の野獣みたいなやつ?」
「おう!それな!見た目は霧?でできた狼的な?くせして、
殴ったらちゃんと感触があって、キモかったぞ!
霧のクセに、“ぶにゅ”ってしててさ、なんつーか……菓子のグミ?みてーな?」
「あれはあくまで、
疑似SDTによるバースト演算にて仮想化した“擬体”でありますが、
同じものと思ってもらってかまいません。
――観測班が本体を確認できたのは、過去に三度。
その内の一度のみ、国防隊独立特殊機動部、哨戒班の小隊が接触しましたが、
通常兵器類による攻撃は、全く効果なしとありました。
幸い、現状で『アウター』側からのこちらへの攻撃は確認されておらず、
人的被害も報告されていません。
その時も、濃霧に消えていったそうです」
燈と閃花は目線を合わせ、互いに首を傾げる。
「おかしいわね……あの時、木刀だったけど、手ごたえはあったわよ。
閃花はどうだった?」
「ああ、間違いねぇ!確かに殴った感触はあった。
拳が当たった瞬間に霧散?していったのには正直ビビったぜ」
丸くなって寝ていたろあんが、あくびと背伸びをしながら話に割り込んできた。
「ふっふ~ん!それは私のおかげなんだからね!」
「うおッ!いきなり喋んな!まだ慣れてね~んだからよ!」
閃花は勢いよく仰け反ってしまう。
「シャーーッ!!!いい加減なれなさいよ!……ったく。
あれはねぇ、私が受け継いだ『言霊のまこと』っていう“力”の一つで、
結界のようなものを展開したからよ。
何もない環境では、ただ霧に向かって攻撃してるのと同じだわ。
あの空間内であれば、“実体”としてちゃんと捉えられるってわけね」
「補足いたします」
紫呉が“とある物”をテーブルの上に置いた。
「あら?これはXXCIAではありませんこと?」
「これってアクセ?みたいね……新機種?」
「何だ?それ?」
燈と閃花は、初めて見るアクセサーを不思議そうに眺めた。
「そういえば……このXXCIA、
わたくしのクラスでしか貸出されていなかったですわね」
「え?みことちゃんのクラスって、これを貸し出してんの?」
「ええ、ただ、校外への持ち出しは禁止になっていて、今はありませんけど。
何やら、わたくしのクラスの担任、“国府田マスター”が手配したそうですが」
――紫呉は一瞬だが、みことの発言に反応した。
その反応は、誰にも気づかれていない。
普段、滅多な事では眉一つ動かさない彼女が……。
「……こちらのXXCIAに関しましては、中身のOSは書き換えております。
“封術演算アプリ搭載”のチューンナップ版、とでも申しましょうか。
『言霊のまこと』を長年の研究により解析し、
疑似SDTによるバースト解析した結果、ある程度の制御法則を算出。
XXCIAとの連携により、効率よく発動、展開できる手段を得ました。
これにより、『アウター』への対処方法を得る事が出来ました」
ろあんと紫呉の説明の直後、燈はいの一番に口を開く。
「閃花!あんたは何も言わなくていいから!
……みことちゃん、“簡単”に説明してくれる?」
「なッ!おいおい……まだ何にも言ってねぇだろうがよ~」
「よろしいですわ。
つまり……どういうことですの?」
「ガクっ……」
「ズコっ……」
「シャーーッ!!!」
燈、閃花、ろあん、三者三様にずっこける。
息の合った三者のリアクションに、紫呉はめずらしく微笑みを隠せずにいた。
「ふふ……具体的な説明に関しましては、
これから参ります訓練場にて、実際に試すとしましょう」
「ちょっと待てや!婆さん、肝心なことを聞いてないぜ。
その『アウター』つうの?何で出てくるようになったんだ?
そして……そいつは“敵”なのか?」
「ちょっと閃花!あんたまた敵だのなんだのって、いい加減に……」
「燈様、東雲様のご指摘は非常に的を射ております。
現在、“特機”の調査では、人が襲われたという事案もなければ、
襲ってくるという兆候もございません。
ですので“敵”かどうか、
“危機”かどうかの判断は微妙であるという事でございます。
しかし、このタイミング……
守猫である、ろあんの出現と“疑似SDT”における演算予測においての、
今後の危機に関する兆候事案として、
リストアップされたことによる“予測値B判定”。
現状で、この二つが同時期に起こったことは、
危機の胎動――とでも言いましょうか……
兆しは静かに、確実に、動き出しているとみていいと思います」
――それを聞いた閃花は再び腕組みをし、目をつむった。
「みこと……訳せ」
「はい?……まったく!あなたと言う人は!
――つまり!何らかの危機?が迫っており、
その前触れたる現象も既に現れ始めている。
現状のお話をお聞きしましたが、その“危機”と言うのは、
国家間的な……つまり外敵による侵略や戦争などと言った類の話ではなく、
国内にて発生しつつある、深刻な“異変”と捉えてよろしいでしょうか?」
「はい、そのような解釈でよろしいかと」
「そうね、そして……それに抗う定めを背負った私たち守猫と一緒に、
受け継ぎし伝承の“まこと”を駆使できる人間を探してるってところかしらね」
燈は真剣な面持ちで話を食い入るように聞いていた。
「あたしに“それ”を手伝えと?……」
不安を隠しきれない、覇気もない声が漏れる。
そんな燈の姿に、閃花は思わず声を張り上げた。
「燈ッ!!!何ビビってんだーー!!!オメ~らしくもねぇ!
やるってんなら、俺が先陣切ってやんぜ!怖えってんなら、
俺の後ろでビクついてな」
「あ、あんたねー!何でもかんでも単純に考えて!
べ、別にビビってる訳じゃないわよ。
ただ色々ありすぎて混乱してるだけなんだから!
っていうか、紫呉さん!
こいつは偶然居合わせただけなんですけど、いいんですか?」
「ええ、構いませんよ。そうですよね?ろあんさん」
「う~ン……私的にうるさいのは勘弁なんだけど……。
今のところ、あんたには“適応者”としての素質は見いだせないけど、
ま、私以外の守猫で相性がいいのがいれば問題ないんじゃない?
……いればの話だけど」
ろあんの話を聞いた閃花は立ち上がり、両手の拳を握りしめ、
不敵な笑みを浮かべた。
「ふッ……ガハハ!!!守猫?上等じゃねぇか!
俺が最強だっつ~ことをわからせて、下僕にしてやらぁー!!!」
あまりの話の通じなさにあきれ果てるろあん。
「ダメだわーこいつ……完全に勘違いしてるわー。
それよりあんた、みことって言ったっけ?
あんたはかなりイケそうよ。何でか知らないけどね」
いきなり、ろあんから話を振られあわてるみこと。
「わ、わたくしがですの?
そ、そのようなことをいきなり言われましても……。
わたくしはリンのことが心配で……」
「だったら一石二鳥じゃない。
あんたがリンのそばにいて、ちゃんと守ってやんなさいよ。
めずらしく、あんたには結構懐いてるみたいなんだから。
ほら、あの子、あんたが髪を直してあげた時なんか、
めちゃくちゃ嬉しそうだったのよ」
「え!?……リンがわたくしのことを?」
その話を聞くや否や、みことは急に顔を赤らめ乙女の表情になり、
瞬間、脳裏にリンの微笑みがふわりと浮かんだ。
(わたくし……あの子に、そんなふうに思われていましたの……?)
ろあんの一言で一気に肚が座り、
使命感にも似た感情が押し寄せてくるのを実感し、
みことは固い決意を心に誓う。
「そ、そうでしたわ!リンを守るのはわたくしの使命!
紫呉さん!是非、わたくしにもご教授お願いいたしますわ!」
両脇の二名は勝手に盛り上がり、
趣旨は違えどやる気に満ちている様に、圧倒される燈。
「まったくもう!何なのこのテンションの高さは!
紫呉さん……この場で易々と引き受けられる話じゃないわ。
さっきの伝承?の話、ちゃんと父さんとおばあちゃんにも聞いてみないと。
でも、今日はこの後も付き合います。
今はそれでいいかしら?」
いまだ心の中の雑音は消えずにいるが、
紫呉の眼を真っすぐに見つめ返答した。
「燈様……いきなりで困惑されているにもかかわらず、
誠意あるご返答、心より感謝いたします。
引き続きよろしくお願いしますね。
――さてみなさん、ご理解いただけましたところで、
これより訓練場へ移動願えますでしょうか。
実際に、対アウター戦におけるレクチャーをしたいと思います」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
守猫との邂逅を経て、少しずつ見え始める“危機”の兆候。
次なる舞台は、彩音家地下訓練施設――。
次回――「アウター」
毎週火曜日:19時に投稿中。




