第三章 第二話:黒の守手
「その“存在”の名前は……《陵》って言うのよ」
その名は、誰のものともわからないのに、
なぜか“やさしく”、“凛として”、まっすぐに燈の中へと届いた。
「ん?……燈、お前、今何か言ったか?」
燈は茫然としており、言葉を発した素振りはない。
「東雲先輩?……何か仰いまして?」
二人はあたりを見回すが、誰もいない……。
「……お越しいただいても結構ですよ」
紫呉は誰に話すともせず、独り言のように言葉を発した。
「なんだ、ばあさんかよ。――いや!違うな」
その時、三人の足元から何かが蠢いたと思ったと同時に、
美しい黒い毛並みに、透き通ったエメラルドグリーンの瞳で、
どことなく気品のある風貌の黒猫が、テーブルの上にいきなり現れた。
「うおッ!いきなりなんだよ!猫か?
俺、猫は苦手なんだよなぁ……こいつら何か目が怖えんだよ」
閃花は猫が苦手らしく嫌悪感を示し、
みことは先日、学園の教室で見かけたことを思い出す。
「あら?この瞳の色の黒猫は……学園にいませんでした?」
一方、燈は未だ釈然としていなかったが、
猫の存在に気づき、その愛らしさに少しだけ笑顔を取り戻せた。
「うわ~可愛い黒猫ねぇ。ここの子なのかしら?」
優雅に前足を揃えて座っている黒猫は、
その美しくも妖しい瞳で三人を見定めるようにゆっくりと視線を巡らせると、
最後にどこか呆れたように閃花の方を向いた。
「ふん!何よ!こんな可憐な存在に向かって失礼しちゃうわ!
こうして会うのは初めてになるわね。
――“ろあん”って言うの、よろしく。
いきなりだからびっくりするかもしれないけど、
あんまり騒がないでよ。うるさいのは苦手なの」
いきなり喋り出した黒猫に、三人は驚きを超え、
勢いよく立ち上がり叫びだす。
「うぎゃー!!!な、何だ!こいつ喋ったぞ! 」
「きゃーー!!!な、何ですのいきなり!!」
「ひぇー!!しゃ、しゃしゃしゃ……しゃべった!?」
閃花は途端に椅子の後ろに隠れ、しゃがみ込み、
燈とみことは、立ち上がり声を張り上げてしまう。
三人の派手なリアクションとは裏腹に、ろあんは全く動じる様子もなく、
むしろあきれた様子で丸まり始める。
「あー引くわー。いちいち説明するのだるいわー(棒)……。
だから言ったでしょ、うるさいのは嫌いなんだって!
これだから人間っていうのは……ブツブツ」
ジト目で紫呉の方を向き、説明はよろしくとばかりに視線を投げた。
「驚かせてしまいましたね。
先ほど申しました“特異な危機”が訪れようとした時に、
現れるとされる“存在”……彼女が『守猫』の、“ろあん”です」
――三人は思考が全く追い付かない。
燈は全身が固まり、閃花は柄にもなくビビり散らしている。
みことは冷静さを保とうとしているが、頭の中は真っ白だ。
「ま~ったく、そろいもそろってほんと、失礼しちゃうわね!
ちなみに、守猫は私だけじゃないし、気の短い奴もいるから気をつけなさいよね。
私なんか穏便な方なんだからね」
あまりの衝撃に、三人は言葉を失い、茫然としている。
話が進まない様子を憂い、紫呉が仕切り直す。
「みなさま、お気を取り直し、一旦お座りになっていただけませんか。
順を追って説明いたしますので」
紫呉に促され、三人は恐る恐る席に着いたところで、
一拍置き、紫呉は再び話を切り出した。
「守猫、ろあん……
彼女たちは何かしらの「危機」が迫る際に現れる存在であること。
この事は彩音家の伝承より研究の末、予見しておりましたが、
実際にこうやって守猫のうちの一匹が、
姿を現してくれたのが何よりの証拠でございます。
そして“守猫”とは……“特有の力”を“守る”存在だという事。
その“特有の力”ですが、
どうやら“守猫”自体に受け継がれているらしく……。
すなわち、“藤原定家”が【百人一首】を媒介に封印せしもの。
という解析が、現状でございます」
みことは瞬時に紫呉の言葉を把握し、自身でも納得した。
「に、にわかには信じがたい話ですわ……。
その研究と解析が、彩音家の使命であり本願ということですわね。
……ろあんさん?が、お喋りになった時点で、
全て証明されたのでしょうね」
一方、燈と閃花は狐につままれたように、
頭の中で思考を巡らせるので精一杯であった。
「は、話が飛びすぎて全然ついていけないんだけど」
「燈……。考えるな、感じろ……」
閃花はそう言うと、腕を組んで目をつぶり、瞑想態勢に入った。
「あんたはそれでいいわ。静かになるからむしろずっとそのままでいて」
一方でみことは一連の説明を頭の中で整理しながら、
再び静かに口を開いた。
「一つ質問してもよろしいかしら?
“百人一首”を媒介とはどういう意味ですの?」
香箱座りしていたろあんが、あくびをしながら口を開く。
「ふわぁ~……。それは私から話すわ。
百人一首って、今でも結構有名なんでしょ?
その撰者たる人物が“藤原定家”だってことは、
あんたたちも知ってることよね?」
「存じてますわ」
「もちろん知ってるわ」
「……知らん!」
閃花は、瞑想態勢を崩さずに……というより、
ろあんと目を合わせたくなかったのだ。
「あ~こいつのことは構わないでいいわ。話を続けてちょうだい」
みことが口を開こうとしたが、
閃花を良く知る燈の方が先にツッコミを入れる。
「この子……もしかして俗に言う脳き……まぁいいわ。
藤原定家が選んだとされる百人一首だけど、
それ自体はただの“句”で、何の力もないわ。
ただ、本人が亡くなる直前に、百首それぞれに“ある力”を込め、
私たち“守猫”の根源たる存在に全てを託したの。
その存在が白銀の《陵》よ」
その言葉を聞いた燈は、再び心拍数が上がり、
頭の中で、“靄がかった何か”が今にも晴れそうで晴れない感触に襲われた。
だが、それが何なのかまでは分からない。
「私たちはその《陵》の子孫になるわね。
最初は全て、《陵》に伝承されたけど、長い年月を経てある程度、
分散されていったみたい。
そして……それぞれの句に込められた力の存在……それは、
――『言霊のまこと』……そう呼ばれているわ。
その“まこと”を守るのが私たち守猫の第一の使命よ」
ろあんの話を瞑想態勢でじっと聞いていた閃花だったが、
いきなり目を見開くと、身を乗り出してろあんに詰め寄った。
「おい!ちょっとまてや。
そもそもだ、その藤原さん?……てぇ~のは何でその“まこと”ってやらを
あんたらに渡したんだよ。
こういうのなんて言うんだ?――動機!?動機だ!
それを言うのが先なんじゃねぇ~のか?」
燈とみことは呆れながらも、あながち間違っていない指摘に、
二人でうなずいた。
「ふ、藤原さんって……あんたねぇ~。
そもそも動機なんて私が知るわけないでしょ。
私が知ってるのは、さっき紫呉が言った彩音家の伝承にある通り、
“何かしらの危機が迫る時”……私たち守猫の『言霊のまこと』を駆使し、
それを阻止すること。
そしてそれが私たち守猫の第二の使命よ。
ただし、それは守猫だけではできないの。
私たちと共鳴できる“人間”がいて、初めて可能になることなのよ。」
閃花はそれを聞き、納得がいかないのか両手で髪をクシャクシャにし始める。
「あーーッ!!だからよー!!!その“迫る危機”って何なんだよ!
宇宙人でも侵略してくんのか?こういうのはなぁ~“敵”の存在が重要なんだよ!
立ち向かう壁が高ければ高い程!燃え上がるってもんだろうが!違うかッ!」
閃花は自身の言葉に酔いしれるが如く、
威勢よく立ち上がり拳を握り締め息巻いた。
それを見たみことは、今度こそ堪忍袋の緒が切れたのか、
勢いよく立ち上がり、閃花に食って掛かる。
「いい加減にしてくださいまし!
妄想するのは勝手ですが、一人で勝手に盛り上がらないでいただけます?
貴重なお話の場をこれ以上、あなたの脳筋話で乱さないでいただけませんかしら!」
怒りと共に、みことの中に眠るMETALの深淵が顔を覗かせる。
久々に、みことの固有スキル“ABYSS OF METAL”の発動体制に入った。
「ほ~う?みこと……いい加減、先輩に対してその口の利き方、
体に叩き込んでやった方がいいみてぇ~だな?
吐いた言葉……飲み込むんじゃねぇぞ?」
閃花の方も、野生本能スキル“売られた喧嘩は買ってやる”が発動……
その時、二人に挟まれて座っていた燈が急に立ち上がり、
不気味に笑いながら紫呉に話し出した。
「ふふふ……。紫呉さん?お聞きしますが~こちらに“真剣”はありますか~?
二人とも~ちょっとお庭に出ましょうか~。
あたしが“真剣”で二人同時に相手してあげるわ~、
どこ切られても、文句は言いっこなしだからね~♪」
あまりの燈の不気味な変わりように、二人は一瞬で戦意喪失してしまう。
「お!落ち着け燈!先ずは座ろうか。なッな!」
「ひぃ……ッ。あ、燈先輩、わ、わたくしはもう大丈夫ですわ!
い、一旦、お座りになりましょうか」
一向に話が進まない状況に、あきれ果てたろあんは、
いつの間にか丸くなって眠ってしまっていたのであった。
「う~ん……おバカ…むにゃにゃ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
守猫と邂逅し戸惑うばかりの燈たち。
しかしその出会いは、「危機」が迫っていることの証でもあった。
次回――「霧中の光明」
毎週火曜日:19時に投稿中。




